ドラの大冒険〜魔法特化の竜の騎士〜   作:紅玉林檎

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109_考えるんじゃない、感じるんだ!

ドラは手にしたリュミベルに魔力を込める。

360度、谷を埋め尽くしている怪物(モンスター)を駆逐するために魔力を練り上げ呪文を唱えようと一歩踏み出そうとした。

その瞬間…

 

「いけませんッ!!」

 

「ピッ!??」

 

一喝され身を竦める。と、同時に思わず魔力も引っ込めてしまった。

覇気の篭った声の主はカール王国女王フローラ。

怪物(モンスター)を蹴散らそうとするドラを睨みつけて、その場に踏みとどまるよう嗜める。

 

怪物(モンスター)は我々が対処します!

あなた方アバンの使徒は大破邪呪文(ミナカトール)を成功させることだけに集中なさい!!」

「あ、ハイ…」

 

まったくもって正論である。

頭に血が上っていたドラは本来の目的を思い出して大破邪呪文(ミナカトール)の陣に戻った。

精神を集中させて、濃紺色の光柱を出現させる。

大破邪呪文(ミナカトール)を完成させるために、出現させなければならない光の柱はあと一つ…

 

「それじゃあマァム、バシッとアバンのしるし光らせちゃって!」

「ドラ…残念だけど私のしるしはまだ…」

 

マァムは弱々しい表情でしるしを握り締めた。

ドラが棺桶に片足を突っ込む前と状況は変わっていないらしい。

 

(そういえば恋バナの途中だったっけ。

うーん…しるしが光らない原因を指摘するのは簡単だけどそれじゃあ意味ないし、

というかどれだけ言葉を並び立てたところで説明できるものでもないしなぁ…

 

仕方ない、マァムには悪いけど時間も無いしちょっと力技で理解(わか)らせちゃおう)

 

「マァム、マァム。ちょっと私の手を握って?」

「こう?」

 

聖母竜(マザードラゴン)、あなたの力を借りるよ」

 

「きゃっ…!?」

 

眩しいと思ったら次の瞬間にはザパンッ、と…

いきなり海に投げ落とされたような衝撃がマァムを襲った。

咄嗟に閉じた目を開けるとそこは紛うことなく海の中で、目の前にいるのはドラひとり。

さっきまで一緒にいたアバンの使徒や戦闘しているはずの仲間の姿はどこにも見当たらない。

 

マァムの魂はドラによって聖母竜(マザードラゴン)の記憶の海に引きずり込まれた。

数千年、いや、数万年の昔から脈々と受け継がれてきた(ドラゴン)の騎士達の記憶…

二人が漂っている海の水、その一滴一滴が(ドラゴン)の騎士が生きた証。魂の欠片だった。

 

水中だが不思議と苦しくはない。

ドラがマァムの手をぎゅっと握りしめた。

 

「マァム、愛ってね『こういうもの』って形が決まってるわけじゃないんだよ。

例えばヒュンケルのことが好きだからってポップのこと嫌いになるわけじゃないし、逆もしかり。

ヒュンケルとポップを同時に好きっていうのもアリだと思うし、愛してるから傷つけちゃうことだってあると思う。

与えると気持ち良いのが愛で、苦しいのが当たり前なのが恋。

わかるかな?」

 

「…よく、わからないわ」

 

ドラがへにゃりと表情を崩す。

 

「だよね~!

わかる人なんてそういないよ。

私たち、魂の色も形も大きさもバラバラなんだから。

だから実際に見てみようよ」

「え…?」

「例えばほら、こんな『愛』」

 

ドラが海中を漂っている小さな光の粒をそっと手に乗せてマァムに差し出す。

手を繋いでいるほうとは逆の手でそれに手を伸ばすマァムの魂に一人の男の記憶が流れ込んできた。

 

『お願いです、もう戦いに身を投じるのはやめて…!

私と一緒にいてください!

あなたがいないと私は…!!』

『すまない…それでも俺は行かなければならないんだ』

『なぜです…!? 私を愛してはいないのですか!?』

『愛しているとも。だから私は戦うんだ』

 

愛する男を引き止める女の悲痛な叫び。

身を裂かれるような男の苦しい心の内がマァムの魂に流れ込んでくる。

死地に向かう男の背中を、女は泣き腫らした目でずっと見つめていた。

「愛しているのならなぜ私を置いていくの…」と、女は生涯男を恨んだ。

 

しかし恨まれてもなお、女が平穏な世界で生きられるように…

その時代の魔王を倒した直後、男は満足そうに戦場で息を引き取った。

 

「あ…」

「見えた? これがこの人の『愛の形』だよ。

じゃあ今度はこっち見てみて」

 

またドラが光の粒を手繰り寄せてマァムの目の前に差し出す。

 

『何をしているの!? やめてちょうだい!』

『…うぅ』

『ああっ、しっかりして! ひどいわ、あなたがこんな乱暴をする人だったなんて…!!』

『う…く、苦しい…』

『待っていて、今お医者様のところへ連れていくわ…

しっかりして…』

『お、俺…お前のことがす、好き…』

『ええ、ええ、知ってるわ。

ごめんなさい、彼がこんな乱暴をする人だなんて知らなかったのよ。

私もあなたが好きよ…だから死なないで』

『うぅ…』

 

『フン…』

 

愛しい女と一緒に去っていったのはこの地方一帯の有力者だった。

あまり素行の良くないその男に言い寄られていたところを助けたのが二人が知り合うきっかけだった。

惹かれ合うのに時間はかからなかったが、女の一言で男は身を引く決意をする。

「私、あなたと幸せな家庭を築きたいわ」と…

 

無理なのだ。どう足掻いても。

(ドラゴン)の騎士に子供は生まれない。

花を咲かせることは出来るが、その花が実を結ぶことは天地がひっくり返ってもあり得ない。

 

素行はあまり良くないが根っからの悪人というわけではなく、土地も、地位も、財産もある。

女が幸せになるかはわからないが、少なくとも不幸な目には合わないはずだ。

自分に心を残さないように、わざと嫌われるよう振る舞って男は戦場へと去っていった。

 

男は(ドラゴン)の騎士の中では、比較的長く生きたようだった。

男が生きている間、愛した女の住まう土地に怪物(モンスター)は一度たりとも現れなかった。

戦いに明け暮れる中で、屠った敵の血を全身に浴びた男は自身が怪物(モンスター)に成り果てる夢を何度も見る。

そのたびに自分に向けられた女の笑顔が瞼に浮かんで、男は人の心を思い出してまた戦場へと赴いていった。

 

「これ、どうなんだろうなぁ…。私なら不幸になってもいいから想いを貫いてほしいけど…

まあ、でも、これがこの人の『愛の形』なんだもん。

苦しかったのに頑張ったよね。

…うん、よく頑張った」

「あ…」

 

その次の魂も、そのまた次の魂も…

(ドラゴン)の騎士は総じて不器用なのか、愛すれば愛するほどに女が流す涙は多くなった。

中には添い遂げた者もいたが、その手に我が子を抱かせてやれない罪悪感が常に付き纏っていた。

 

恋して、恋されて、愛し合って、時に憎まれて…

戦い続ける事が宿命の(ドラゴン)の騎士。

その魂には自分以外に向けた愛が大きな光となって刻み込まれている。

 

「マァム、少しは男女の愛がどんなものかわかった?

何か掴めたかなぁ?」

「あ…わ、私…!」

 

マァムが大粒の涙を流す。

気丈なマァムが咽び泣く様子にさすがにやりすぎたかとドラが焦った。

 

「わ〜っ、ごめん! マァム、ショックだったよね!?

続けざまに他人の恋愛模様見るなんてキツかったよね!?? 本当にごめん!」

「違う…違うのよ、ドラ…

私、なんにもわかってなかったのよ!」

「うん?」

「母さんの気持ちも、父さんの気持ちも、自分の気持ちも…

なんにもわかってなかったんだわ」

「レイラさん、と…お父さんって確か、ロカさん?」

 

マァムがぐしぐしと乱暴に涙を拭い、目元を赤く腫らした顔でこくりと頷いた。

 

「今、ドラが見せてくれた(ドラゴン)の騎士…その人達の記憶が流れ込んできて思ったの。

記憶の中で泣いていた女の人達と同じように、私も父さんのことを心のどこかで責めてたんだって…

 

女手一つで私を育ててくれた母さんはね、少しも父さんの事を悪く言ったりしなかったわ。

村のみんなも、アバン先生もよ。

マトリフおじさんは…悪口ばっかり言ってたけど。でもそれだって「俺よりよっぽど早く逝きやがって、大バカ野郎」って…」

 

「マァム…」

 

マトリフの悪態を思い出しているのか、マァムがくすりと笑う。

 

「母さんね、すごく強い(ひと)なのよ。

腕っ節だけじゃなくて、うんと厳しいけど、とっても優しくて、みんなから慕われていて…

私、母さんのことが大好き、尊敬してるわ。

けどね…母さん、一人になった時に泣いてるの」

「………」

「本当にたまにだけどね。

ずっと言えなかったのよ。

「なんで泣いてるの?」って…

だって父さんの事を思い出してるんだろうなって、なんとなくわかってたから…」

 

ドラは繋いだ手を強く握りしめたまま、じっとマァムの言葉に耳を傾ける。

 

「頭ではわかっているの、父さんはみんなを守るために命を懸けて戦ったんだって。

でも、じゃあ、なぜ母さんは泣いているの?

アバン先生もマトリフおじさんも悔しそうな顔をするの?

 

記憶も思い出も無い私が、父さんを責めるのは悪いことなの?」

 

マァムは唇をきつく噛んで、固く握りしめた拳を見つめる。

 

「父さんから受け継いだ力を誇りに思ってるわ。

この力があるからみんなと一緒に戦ってこれたんだもの…

 

でも…

 

でもね…!

 

卑怯よ…! 「母さんを泣かせるな」って言わせてもくれないなんて…!!」

 

そこまで言うと、マァムはふぅっと肩の力を抜いて深呼吸をした。

張り詰めた空気が緩み、マァムの内側から柔らかく温かいオーラが溢れ出してくる。

 

「父さんを責めちゃいけないんだ。

好きでいなくちゃいけないんだ、って思い込んでいたのよね私…

父さんの事を責めたりしたら死んじゃっても父さんを愛し続けてる母さんまで否定する事になるんじゃないかって…

そう思うと凄く怖かった。

…でも、(ドラゴン)の騎士の記憶を見ていてすっごく腹が立ったわ!

 

女の子を泣かせるなんて最低よ!!

 

って怒鳴りたくなっちゃった、アハハッ!」

「あっはは! それ、何にも間違ってないよマァム!」

 

カラッと笑うマァムに釣られてドラもコロコロと笑い転げる。

まったくもって同感だった。

(ドラゴン)の騎士は長い歴史の中で戦闘経験は山ほど積んだくせに、女を悲しませない方法は何一つ学んでないし引き継いでもいない。

酷すぎて笑い話にもなりゃしない。

ひとしきり笑ったマァムが「はー…」と安心したように息を吐き出してドラに言った。

 

「良いのよね? 私、父さんを責めても。

父さんの事を誇りに思ってる、覚えてないけど大好きよ!

…でも、嫌いなところがあっても良いのよね?

愛してる気持ちは減ったりなんかしないもの!」

 

ドラがキラキラと瞳を輝かせる。

 

「そうそう! それも『愛』だよ!

自分の気持ちに嘘を付かない、蓋をせずに受け入れてあげるのが自分への『愛』!

そこから『恋』も『愛』もグンと広がっていくんだよ!」

 

「正直に言うとね『恋』も『愛』もまだわからない事ばかりだけど、これだけは言えるわ。

私、みんなの事を」

 

マァムがそっと胸に手を添える、アバンのしるしが光り輝く。

 

「愛してるわ…!」

 

ドラとマァムが聖母竜(マザードラゴン)が宿していた記憶の海を漂っていたのは、現実世界では時間にしてほんの一瞬。

その刹那の後、天を貫くように赤い光の柱が立ち上る。

 

「ロカ…」

 

まっすぐに伸びる光を見たフローラは、燃えるような魂を持った戦士を思い出しその名を呟いた。

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