ゴオォォォ…
洞窟が鳴動し、深部に繋がる通路を探していたアバンは歩みを止めた。
はるか上階から破邪呪文を使用した気配を感じて、目を見開いて上を見上げる。
「…ッ!!? この破邪の力は…!?
今、
誰であろうか。
その者は大魔王バーンの力を封じるため、伝説の破邪呪文を必要としたに違いない。
「最終決戦の日は近い…
私ももう、引き返さねばなりませんね」
破邪の洞窟地下150階層。
一度突破した道でも油断は出来ない。
通常、ダンジョンという物は程度の差こそあれ邪悪な瘴気に満たされている。
その邪悪な瘴気に引き寄せられた
一度倒した
しかし破邪の洞窟は通常のダンジョンとは全くの別物だ。
嘘か真か、太古の昔に神々が作り出したとされる破邪の洞窟は不思議な法則で成り立っていた。
・一度倒した敵は同じ階層にいる限り復活しない。
ただし階層を移動した後に戻ると復活している。
・一度開けた宝箱も同じ階層にいる限り復活しない。
これも階層を移動した後に戻ると復活している。
・突破した
仕掛けを解除しようが破壊しようが階層を移動すると元通り復活する。
食料もアイテムも尽きかけた今の状態で百五十層分の移動は到底不可能だ。
毒消し草が手に入れば毒を持った
「急いで戻らなければいけないんですが…
保存食もある程度作らなければ上まで保ちませんね。
各階層の
警戒を怠らぬよう一層、また一層と上を目指す。
そうして十層ほど上がった時だろうか、暗い通路を抜けたアバンは天井が高く広い部屋に出た。
部屋の中央には大きなドラゴンが体を丸めて寝そべっていて、ここを通るには奴を倒す他ない、言わばボス部屋だ。
「まだ地上まで百層以上ある。
魔法力は無駄に出来ない、かと言って武器もそろそろ限界…
最小限の労力で切り抜けなければ…!」
寝息を立てているドラゴンを起こさないように壁を伝って急所を狙える位置まで回り込む。
一気に駆け抜け一撃で動きを封じなければ戦闘が長引く、ブレスを吐かれたら厄介だ。
アバンは手にした剣の柄を強く握りしめて地面を蹴る。
「たああぁぁーーーーッ!!!」
カッ!!
「何…!??」
走り出した瞬間、頭上から眩しい光が降り注いだ。
長い間ダンジョンにいたせいで暗闇に慣れた眼球がチカチカと痛んだが瞼を閉じてなどいられなかった。
「一体何が…!?」
「ここは…?」
「洞窟…? ダンジョンのようですが果たして何処の…」
突如現れた複数の人影。
銀色に輝く装甲を身につけているそれを、自分以外にも破邪の洞窟に挑んだパーティがいたのかと訝しむ。
しかし次の瞬間、それらが人間ではなく人の言葉を操る
装甲に覆われているのではない、体自体が銀色の物質で出来ているのだ。「撤退」の二文字が頭をよぎる。
たった一人でドラゴンを相手にしつつ複数の
(ここで死ぬわけにはいかない…!)
幸い
気付かれないように気配を消して、ゆっくりとこの場から離脱しようとした時だった。
「ぐ、うぅッ…!!」
「ハドラー様、ご無事ですか!?」
「お気を確かに…! ………大丈夫、大きな外傷は負っていないようです」
「しかしダメージが酷い…しばらく戦闘は困難でしょう」
「ブローム…!!」
「なっ…!? ハドラーッ!!?」
「グルルゥ…、ギュオオォォォンッ!!!」
聞き捨てならない名前を聞いたアバンは思わず叫んだが、同時に響いたドラゴンの咆哮に声がかき消されたのは不幸中の幸いだった。
寝ていたところを叩き起こされて怒り浸透といった様子のドラゴンはジロリとアバンを睨んでから親衛騎団を睨みつける。
どちらを先に攻撃しようか少し考えて、怪我人を囲んでいる親衛騎団に狙いを定めた。
どうやら大勢固まっているほうを一気に叩いたほうが楽だと判断したらしい。
のしのしと親衛騎団に近づいていって、炎を吐くために大きく口を開いた。
(しめた…!! 今なら隙を突いて攻撃でき…る…)
ズズゥン…
アバンは目の前の光景に理解が追いつかなかった。
たった一撃。
銀色の
倒れ伏したドラゴンは舌がだらんと垂れ白目を剥いていて、完全に絶命している。
「ふん、地中に隠れ住むトカゲ風情が…ハドラー様に牙を向けるなど身の程を知れ!
…んん?」
吐き捨てるように悪態を尽く銀色の
撤退を選べば次の瞬間、間合いを詰められ地面に沈んだドラゴンの二の舞となる自分の姿がハッキリと見えた。
アバンは覚悟を決める。
「貴様…ハドラーの手下か!?」
「あん? 誰だ、てめぇ。
手下じゃねぇ、俺はハドラー様の誇り高き配下の一人。
ハドラー親衛騎団、
「ハドラー親衛騎団…!?」
ヒムがニヤリと笑う。
「おうよ。
ハドラー様を知ってるようだが…見たとこダンジョン探索中の戦士ってとこか?
雑魚に用は無ぇが戦士として挑んでくるなら話は別だ。
俺は名乗ったぜ?
どうした? テメェも戦士なら名乗りを上げて真正面からかかって来なぁ!」
「………アバン。
私は勇者、アバンだ!!」
「「アバン!?」」
「お前がアバンだと…!?」
主君が執心してやまない宿敵に、よもやこんな場所で邂逅するとは…
親衛騎団が驚愕する中、黒の
「ア、アバン…!」
「ハドラー様、気が付かれましたか!?」
「今しばし横に…、いえ、私の肩にお掴まりください」
「シグマ…!」
「よせ…アルビナス」
「…はっ!」
シグマに支えられて立ち上がったハドラーがアバンと対峙した。
「ふ…夢ではなかったか。
まさか貴様とこのような場所で相見えるとはな、これが宿命か…!
お前という男を超えるために俺は魂以外の何もかもを捨てたぞ!!
さあ、アバンよ!
今こそ決着をつけようではないか!!!」
「ハドラー…!
いいだろう…貴様を倒し損ねたばかりに数々の悲劇が生まれた。
今度という今度こそ貴様に引導を渡してやるッ!!!」
睨み合う両者、一触即発の空気…
親衛騎団がハドラーの意を汲み、静かに対峙する二人から距離を取った。
立っているだけでも辛いはずのボロボロの状態の主君が、宿願を果たす瞬間を固唾を飲んで見守る。
間合いを取り合うアバンとハドラー。互いに先手必勝と踏み出して刃を交えようとしたその時…
「ストオォーーーーーーーーーーーップ!!!!!」
「「!??」」
アバンとハドラー、斬り結ぼうと刃を翳した二人の間に一振りの杖が立ち塞がった。
「先生さんもハド公も一旦落ち着けってんでぃ!!
こんなダンジョンの奥深くで命散らして何になるってんだ!!
アンタらにはそれぞれ残された使命がちゃあんとあるんだからよ…姐さんの許可も無しに対決を許したとあっちゃ、主君の名を冠する武器の名折れよ。
その対決、ドラの姐さんの名のもとにこの『ドラの杖』ことリュミベルが一旦預からせてもらうぜ!!」
「…杖が」
「喋った…!?」
「そんなに驚くことかい。
そこのオリハルコンの
混乱する面々をくるりと一回転して眺めたリュミベルが「ドラの姐さんの恩師、アバン先生とお見受けしやす」と言ってアバンに近寄っていく。
じーっと、アバンを見つめたリュミベルは深い溜息を吐いた。
「先生さん、無茶しますねぇ。
長いダンジョン生活で体力も気力も限界じゃねぇですか。
地上に戻るまでにせめて体力は回復させないと…
何、戦闘や
ハド公、テメェもふざけるのも大概にしろってんだ。
テメェが今生きているのは俺様が
それに、今のテメェは姐さんに
先生さんもハド公も一時休戦して、まずは地上を目指そうや!
さぁ、ぐずぐずしてる時間は無ぇ!
地上に向けて出発だー!!」
「ぐぇっ!?」
リュミベルがアバンが背負うリュックの紐に柄を滑り込ませて、そのままアバンを持ち上げて飛んでいってしまった。
その場に置いて行かれたハドラーと親衛騎団はしばし呆然とした後、慌てて後を追いかける。
決闘を邪魔されたハドラーは納得の行かない表情だったが、親衛騎団は内心ホッとしていた。
それほど今のハドラーの状態は酷いものだったのだ。
アバンとの決着は主君の悲願。邪魔だてするつもりは無いが、かねての望みであるからこそせめてもう少しマシな状態、相応しい場所で戦ってほしい。
一方のアバンも追いかけてくるハドラー達を見つめて難しい表情をしていた。
ハドラーは倒さねばならない宿敵。
何があったかはわからないが、相当なダメージを負っている今なら仕留められる可能性は高い。
…ただしアバンの命と引き換えに。
三ヶ月も日の差さない洞窟で常に命を危険に晒していたのだ。
頬は痩け、無精髭は伸び放題、武器はボロボロで魔法力も尽きかけている。
三ヶ月前の奴ならいざ知れず、大きくパワーアップしている今のハドラーを倒せる自信は無かった。
「先生さん」
リュミベルの声にアバンがハッと我に返る。
「姐さんも含めて、アバンの使徒…いや、人類はいよいよ大魔王にカチコミかけに行きますぜ。
先生さんはこんなところで命削ってる場合じゃねえ。
地上に戻ったら準備を整え次第、応援に駆けつけてくだせえ」
「大魔王に…!
ありがとうございます。
危うく最終決戦に大遅刻するところでしたよ…えーと、リュミベルさんでしたか?」
「おうよ! ドラの杖ことリュミベル。
好きなモンは姐さんの笑顔、嫌いなモンは鈍い男と女の涙。
帰ったら姐さんのもとに駆けつける前に、カールの女王サマに熱い抱擁の一つか二つか三つくらいカマしてやってくだせぇ!
何なら一晩くらい一緒に過ごしてもいいんじゃねぇですか?
姐さんも女王サマも喜びますぜ」
「なっ…なんで貴方がそんなこと知ってるんですかっ!??」
「姐さんから聞きましたぜ〜。
カールのまもり、ありゃ女王サマから贈られた物なんでしょう?
「女から贈られたアクセサリーなんて貰っても付けたくないから早く返したい…」って姐さんボヤいてましたぜ。
ダメじゃねぇですか、そんな大事なもんほいほい別の女に渡しちゃ…」
「だからッ!! なんでそんなこと知ってるんですかッ!??」
赤面するアバンにリュミベルがカラカラと笑い声をあげる。
こうしてなし崩しに行動を共にする事になったアバンとハドラーは、地上を目指して破邪の洞窟を駆け抜けた。
と言ってもブロックが
アバン先生×ダンジョン飯、めっちゃ面白そう誰か描いて。
………………………………………
「ちょっと待ちな! もう今日はこのへんで休憩に入るぜ!」
「おい、またかよ!」
「…少し休憩を入れすぎではないのかね?」
「一刻も早く地上へ行くと言ったのはあなたですが?」
「ブローム…!」
リュミベルの言葉に親衛騎団からブーイングの嵐が吹き荒れた。
「仕方ねぇだろ! 先生さんの体力がもう限界だってんだよ。
二時間…いや、最低でも三時間だな。
しっかり睡眠取らねえと地上に着く前に天国に着いちまわぁ!
人間ってな繊細で脆い生き物だって知ってんだろ!?」
「…まさかここまで脆弱な生き物だとは思わなかったぞ」
「何年地上で魔王やってたんだよ…
しっかり食べてしっかり寝ないとすぐに死ぬ生き物なんだよ人間ってのは!」
リュミベルに
食事も睡眠も一ヶ月は取らずとも平気なハドラーが複雑な表情でアバンの寝顔を見つめる。
人間を見るのは戦場ばかり、どのように生命を維持しているかなど考えた事も無かった。
「ハドラー様」
「アルビナス…」
「まだ傷は癒えておりません、ハドラー様も休憩なさってください」
アルビナスに促されて、ハドラーが片膝を立てて座り瞼を閉じる。
勇者と魔王、かつての宿敵同士が休息を共にする。
因縁で結ばれた二人の不思議な道中は地上に到着するまで、少しの間続いたのだった。