バランに抱きすくめられたドラが顔を上げてバーンを睨みつける。
ギリギリと唇を噛み、瞳には目一杯の憎しみを湛えて。
その表情を見たバーンは「ほう」と眉を上げて唇の端を吊り上げた。
いたいけな少女が臆さず大魔王に激情をぶつける…久しく忘れていた仄暗い情欲が湧き上がり、萎んでいたバーンの機嫌が急激に上昇した。
「ククッ…そうではなくては!
可憐な見目に反してその鼻っ柱の強さたるや…ますます気に入った!
まがりなりにも大魔王の妃となるのだ。
このようにむさ苦しい場でそれを言い渡すのは、あまりにも不似合いであったな…
そなたらの目的はこの大魔王バーンを倒し、地上に平和を取り戻す事であろう?
であらば余自らが出迎えずとも、そちらからドラを差し出しに来るも同義ではないか。
ふぅ…余としたことが…
気が急いて頭が回っておらなんだわ」
やれやれ…という感じに頭を軽く振って、バーンはふわりと宙に浮かんだ。
「あっ、ちょっと! 話はまだ終わってないっ!!」
喚くドラを見つめながら、バーンはスゥ…とその姿をかき消していく。
「マキシマムよ、ドラ以外全員この場で始末しておけ。
また後ほど相見えよう。待っているぞ、我が妃よ…」
「そういうことだ、せいぜい頑張りたまえ」
「まったね~!」
「…」
バーンに続いて、キルバーンとミストバーンもパッと姿を消してしまった。
後に残ったのはドラとゴメちゃん、アバンの使徒、バラン率いる竜騎衆、ディーノ。
そしてマキシマム率いるオリハルコンの戦士達…
「ぐ…ぅ…! 影に死神めぇ~…、自分達だけちゃっかり退散しおって…!!
…バーン様の勅命では仕方ない…これも我輩が真の側近である証!!
そういうわけだ諸君!!
我輩の栄光への礎となってもらおうッ!!!」
マキシマムが計10体の駒で周囲を固めながら吠える。
数の上では同等…だがオリハルコンには呪文の一切が効かないことを考えると魔法使いのドラとポップ、それに賢者のレオナは戦力にならない。
戦闘力に遅れは取らないが、ロン・ベルク謹製の武器を持っていないガルダンディーとボラホーンも戦力になるか怪しい。
バラン、ラーハルト、ヒュンケル、ディーノ、マァム。
物理攻撃に特化したこの五人に頼るしかない状況だ。
各々が真剣な表情で武器を構える。
対するマキシマムは余裕の笑みを浮かべている。
それはそうだろう、魔法も物理攻撃も(通常なら)意味を成さない、
マキシマムの指示なのか
「さて諸君…!
我輩は無駄な争いは好かんタチでな…
大魔王様が無傷で、と仰ったからには無駄に暴れられて小娘に傷が付いては我輩の評価に関わる。
その貧相な小娘を大人しく引き渡してくれるというのであれば、一太刀で楽に殺してやるぞ!」
ガッハッハッハッ…!
高笑いをするマキシマムに一旦は静まったバランの怒りが再燃する。
今すぐ下品な笑いをあげる頭と中身が空っぽなオリハルコンの胴体を
ぶるぶると震え、はぁはぁと荒い息を繰り返す娘を放り出して戦闘は出来ない。
以前のバランであれば周囲の気持ちは二の次。戦闘を優先した後で対処したであろうが、人間らしい感情を取り戻しディーノの気持ちもちゃんと汲めるようになった今、精神的に傷ついた娘を放ってはおけない。
「バラン様、私にお任せください」
「ラーハルト…」
進み出たのは竜騎衆の長、陸戦騎ラーハルトだ。
「んん? なんだ貴様、命乞いは受け付けておらんぞ」
「ふ…まったく同じセリフを返してやる」
ピクリ、と眉を引き攣らせたマキシマムが高笑いを引っ込めた。
…と思えばニヤリと笑ったマキシマムは、前に進み出ていた三駒のうちの一つ、
「自ら進んで見せしめになろうとは、良い度胸だ!!
全身が鋭利な刃物と言っていい
「は…ッ!??」
腕を持ち上げた瞬間、細切れに崩れ落ちる
一体何が起こったのか…
目の前で不敵に笑っている男が槍術の達人であることは過去のデータを検索したら出てきた。かなり素早い動きをする事も…
しかしラーハルトはその場から一歩も動いてはいない。
ならば今、
(まあ、そーなるな)
一方、幾度か模擬戦闘を交えてラーハルトの実力を知っているアバンの使徒は皆涼しい顔だ。ポップなどラーハルトが出張った時点でマキシマムに呆れ顔を向けていた。
残る
たった半歩後ずさんだ瞬間、ただの金属塊になってバラバラと地面に散らばっていった。
「な…、なぁッ…!!?」
「なんだ、バーンの側近などとのたまうからどれほどの精鋭かと思えば…
ただの雑魚の集まりだったようだ」
「ぐぬぬ…!!
こうなったら仕方ない…!
出来ればやりたくは無かったが…こうなったら奥の手よ!!
「「「「!??」」」」
マキシマムの命令で待機していた7体の
無論それをラーハルトは撃破しようとしたが、捉えられたのはたった一体だけ…それもかろうじて片腕を落とせただけだった。
ラーハルトの尋常ならざる動体視力をもってしても動きを追いきれず、
ヒュンケルとマァム、ディーノが雨あられと降り注ぐ拳を、ギリギリのところで防いでいく。
その拳の威力たるや…
一発でも当たったら肉体が四散する、バズーカ砲の連撃だ。
「何よそれ…」
ドラの呆然とした呟きにマキシマムが気を良くしたのか、
「ガッハハハッ!!!
常勝不敗が我輩のポリシー! よって! 奥の手という物はいくつも用意しておくものだ!!
今
勉強になったかね?
元々近接戦闘に特化した
目にも止まらぬオリハルコンの拳は、いかに頑強な装備であろうと防御不可能!!
攻撃をくらいたくなければ回避するしかないが…
そこの槍使い以外、回避など出来ないであろう。
よって、仲間を見捨てて槍使い一人で我輩への攻撃に専念するか…仲間を見捨てずに槍使い一人が7体の
好きな方を選びたまえ!
だから我輩は最初に言ったのだ…
その貧相な小娘を大人しく引き渡してくれるというのであれば、一太刀で楽に殺してやるぞ! とな…」
ガ〜ハッハッハッハッハッ…
「ぐっ…!」
「くぅッ…」
「ヒュンケル!」
「ディーノ君…!」
「ナメた真似を…!
一人残らずこの俺が真っ二つにしてやる…!!」
激昂したラーハルトが目にも止まらぬ速さで
バランとドラの目にも、ラーハルトが
「な…!?」
「残像だ」
「残像…!? そんなはずは…ッ!!」
ラーハルトに斬り伏せられたはずの
驚きに固まるラーハルトの腹に、ラーハルトと同等のスピードで繰り出された
「ぐああっ…!!」
「ラーハルト!! しっかりして…
みんな、攻撃禁止!!
防御に徹して!!!」
防御に徹しろ、と言ったドラにマキシマムが「む」と唸る。
「さすが、大魔王様が見初めただけはある…
少しはチェスのルールを知っているようだ。
だが、しか〜し」
ちっちっち、とマキシマムが人差し指を振った。
やたらと腹の立つ表情と仕草にドラがイラッとする。
「ルールを知っていたところで対処は出来まい?
何せ、貴様らには本体は決して見えないのだからなぁ…ガ〜ハハハ!!」
(アンパッサン…!!)
チェスの特殊ルールの一つ『アンパッサン』。
チェスの基本ルールに
機動力が二倍とはこの事を言っているのだろう。
機動力が二倍の
あまりに速い動きに本体が置き去りにされてしまう、と言えばイメージしやすいだろうか?
機動力二倍の
一つは動き回っている
もう一つは、見えない本体を探し出して倒す事…本体を倒せば機動力が二倍になった方の
「マキシマム! 降伏するわ!!」
「ディーナ!?」
「おいドラ…!?」
「お嬢ッ!??」
「抵抗はしない。私をバーンの元へ連れて行きなさい!!
だからその代わり攻撃をやめて…!!」
「ガッハッハ…断る」
「!!」
「それでは我輩の功績にはならぬでな。
大魔王様はこの場で全員始末せよと仰せだ。
…だいたい、攻撃をやめた途端に反撃する魂胆だろう小娘。
その手には乗らんぞ、残念だったな!!」
「チィッ!!」
無論バッチリそのつもりだった。
しおらしくしていれば油断も誘えると思ったのだが…
なぜドラがそんな手段に走ったかと言えば、マキシマムが『姿を隠した本体』で攻撃をしてこない事が問題だった。
見当さえ付けば倒せるというのに、攻撃をさせないところを見るとこれがマキシマムの常套手段なのだろう。
絶対の安全圏を作り上げた上で集団で相手を攻めて勝ちを奪う…
汚いさすが
ラーハルトが七人で襲いかかってくるような絶望感。
ドラが構築した防御陣を易々突破した
ドラの指示通り全員が防御に徹しながら、回復呪文をかけ続けて何とか体制を維持する。
その戦法がいつまでも続くわけが無いとわかりきっているマキシマムがただニヤニヤと笑ってドラ達を眺めていた。
それを横目で見ながらドラは打開の一手が来る時をひたすら耐えて待つ。
(マキシマム絶対殺す…!!
アンパッサンのルールが適用されるなら…
隠れてる本体を見つけられるのは同じ駒である
今、この場にいない
「なんだこりゃ? なんだか面白いことになってんじゃねえか」
「ヒム…!」
救世主、と言うには微妙な関係だが。
ハドラーと親衛騎団がドラを追いかけてバーンパレスに乗り込んできたのであった。