「…さて、選ばせてあげるよ。
戦って逃げ帰るか、
戦わないで逃げ帰るか、
さあ、選んで?」
「こ、小娘…! このオレをどこまで侮辱する気だ…!?
逃げ帰るだと…それも戦わずして…っ!
その愚弄、許せぬ…!!」
「『戦って逃げ帰る』方を選ぶんだね?
じゃ、先にあなたの寝ぐらか拠点か…あ、魔王城? ハドラーのいるところ教えてよ。
勝負が終わったら特別サービスで送迎してあげる。
私、
「ぐおぉぉぉぉぉぉぉッ!!!」
ドラのあんまりな挑発に咆哮をあげるクロコダイン。
それはそうだ。
クロコダインが負けておめおめと逃げ帰る事を前提に会話をしているのだ。
「いっ…いいか小娘ェッ!!!!
武勲のない武人など張り子の虎も同然!!
誇りなどとうに捨て去った…ッ!
オレは…オレは…!
断じて退かぬぞ!!
ドラ!! その首を大魔王バーン様に献上してやる…ッ!!」
「人質を取った卑怯者が武人を語るな。
あと足の震え、止めてから言いなよ」
「ぐぅあぁぁぁぁぁぁぁっ」
(揺れてる揺れてる)
自分で言っておいて何だが詭弁だな、とドラは思う。
これは試合や果し合いではない、戦争なのだ。
人質を取って目的が達成出来るなら戦争ではそれはもう立派な常套手段だろう。
今起きている魔王軍と人間との戦争において一番大切なのは『勝利』だ。
勝てなければ待っているのは蹂躙と搾取。双方負けるわけにはいかない。
そこに卑怯もへったくれも無い。まずは勝たなければ未来が無いのだ。
自分が魔王軍にいたら迷うことなく人質を取って卑怯な手段でも何でも使って勝利を掴み取るだろうとドラは思う。
原作では魔王軍の暴虐が際立って描かれていたが、この世界の人間の魔族・獣人側への領土侵攻も結構なものだ。
『武人』に関してもドラは「武人とはこうあるべき」なんて語るつもりは毛頭ない。
それぞれが語る『武人』なんてものは千差万別、中には勝利のみを求めて卑怯な手段を積極的に使う武人だっているだろう。
しかしクロコダインの言う『武人』とは武人として理想像とでもいうべき形をしている気がする。
正々堂々、正面突破、卑劣な手段を用いずに己の力のみで勝利を目指す。
(…絶望的に軍人に向いてない気がするんだよなぁ)
魔王軍という軍隊の軍団長という立場にあって『武人』としてあり続けるというのは生半可な覚悟では務まるまい。
ドラも大概往生際が悪いのでここまで来てなお、クロコダインに退いてほしい気持ちが残っていた。
(出来ればこのまま戦わずに逃げ帰ってもらいたいんだけど…魔王軍を退職して、故郷に帰って同族の可愛いお嫁さんをもらって終生幸せに暮らしてほしい)
なのであえて挑発を続けているのだがクロコダインは一向に退こうとしない。
(もっと煽らないとダメかな?)
そう思案するドラ。
彼女はここまで来てもまだ舐めていたのだ。
獣王クロコダインの武人としての覚悟を…
なぜこんな事になってしまったのか、どこで間違えたのか…
クロコダインは今、目の前にいる小さな人間の娘を見ながら考えていた。
魔王軍の軍団長としての任務を仰せつかった。
簡単な任務だったはずだ。
人間の小娘を始末する…およそ自分には似つかわしくないほどのつまらない仕事だ。
しかし聞けば魔軍司令ハドラー殿に手傷を負わせたという。
ならばいくらかは楽しめるだろうか…
今まで何人、何十人と勇者を名乗る男の戦士たちと戦ってきたがどれも弱すぎて話にもならなかった。
生まれてより今この時に至るまで、信じられるのは自分の力のみ…
しかし“魔王ハドラー”が倒された後の世界は自分には退屈すぎた。
強者を求めて彷徨い続けていた自分に声をかけたのが大魔王バーン様だった。
強者に認められた、それはそれは誇らしかった。
そしてこれで自分の力が更に高められる、強者と相見えると思った。
だからこそ百獣魔団の軍団長になったのだ…
大魔王バーン様から賜った軍団長の名に恥じぬようにこの小娘の首級を上げねば…
しかし目の前の小娘からくらった技のせいで前に出る事が叶わない
足が震える、手からじっとりとした嫌な汗がにじむ、
百獣魔団軍団長として退くわけにはいかぬ…
この任務をしくじれば軍団長ではいられない。
臆病者のそしりは免れない…
オレは…
オレは…
否!!
オレは武人だ…!!
強者と相見えた事こそ至福…!!
己の矮小な恐怖心など問題ではない…!!
挑まねばならないのだ!!
武人として…!
目の前の
「ウオオオォォォォォォォォォンッ!!!!!」
パキンッ…!
「…は?」
両の目から大粒の涙を流しながら咆哮するクロコダイン。
しかし驚愕すべきはそこではない。
(もしかして
自力で…?!
今まで
そう、クロコダインは自身にかけられた強力な
「…人質を取り貴殿を生け捕りにしようとした無礼、心より謝罪する。
武人の風上にも置けぬ振る舞い、我が身を恥じる…
しかし武人としての最後の頼みだ。
真剣勝負を申し込みたい…!」
「…!! …負けたらどうする気?
魔王軍には戻れないんじゃないの…!?」
「負けた時は百獣魔団軍団長の座を辞し、大魔王バーン様にこの首を差し出す。
たとえ勝負に勝てたとしても、人質を取った責を負って腹を切ろう」
今までの恐慌状態が嘘のように凪いだ、獣王クロコダインの静かな…しかし揺るぎのない決意。
それを受けたドラも今までの自分の態度を恥じていた。
クロコダインの武人としての誇りを完全に侮っていたのだ。
脅してどうこうなるような中途半端な覚悟など、彼は持ち合わせてなどいなかった。
獣王クロコダインの真正面で対峙していたドラは片手で構えていたロッドを下げて、一度腰のベルトに装着し直した。
「…先ほどの侮辱を詫びます。
真剣勝負の申し出、謹んでお受けいたします」
「感謝する、ドラよ」
お互いが構えを取る。
クロコダインは自身の武器である『真空の斧』を顔の正面やや下に、斧の刃は良く手入れがされているのだろう。触れただけで人間の腕などスパリと切れそうな鋭さと、ギラリとした光沢ごしに澄んだ光を宿した武人の目がドラの目を見据える。
対したドラは再びロッドを構える。先ほどのように片手だが今度はロッドを後ろ手に、左手を前にして足を肩幅よりもやや大きく開き重心を下にする。
そして一切の魔力を封じて
獣王に力で対抗するなど無茶も良いところだ。
しかし魔法を使ってしまうと確実にドラが勝つ。
これから死にゆく男の頼み、最後の
そんな勝負をしたとあっては例え武人ではなくとも女が廃る。
その真剣さが視線越しにクロコダインにも伝わったのだろう。
大きな牙を持つ鰐口の口角が少し上がった。
今、玉座の間はドラの額の
ゆらゆらと揺れるそれがまるで故郷、デルムリン島の海の水面のように揺蕩い静寂と静謐で部屋を満たす。
これから殺し合いをしようというのに、その光の中にいる2人の心は不思議な平穏に満ちていた。
「勇者アバンが末弟子、ドラ
獣王クロコダインの真剣勝負、受けて立ちます。
いざ、尋常に勝負!」
「魔王軍百獣魔団軍団長、獣王クロコダイン
真剣勝負を受けて頂き『アバンの使徒』ドラ殿に感謝する。
…行くぞッ!!」
「うなれッ! 真空の斧よ!!」
「アバン流杖殺法! 海破斬!!」
勝負は一瞬だった。
真空の斧から放たれた
小さな体めがけて吹き出された風の刃をドラの海破斬が斬り裂いて真空の斧へと衝撃波を打ち出す。
打ち出された衝撃波が真空の斧を破壊した。
だが、そこまでだった。
ドラの手にしていたロッドが
振りかぶった姿勢のまま衝撃波が加わった事によってドラの細い体がまるで木の葉のように翻る。
その隙を見逃す獣王ではなかった。
元より初撃を破られる事を見越して、右腕に闘気を集中させていたのだ。
翻り、身を回転させて正面に向いたドラの腹めがけ集めていた闘気を爆発させた。
「獣王痛恨げ…
「アバン流刀殺法!! アバンストラッシュ!!!!」
顔の真横をドラの黒髪が過ぎて行く。
なんだ、何が起こった…!?
集めていた闘気が跡形もなく霧散し、右腕がだらりと垂れる。
振り向くと苦しそうにはぁはぁと短い呼吸を繰り返し、パプニカのナイフを眼前に構えるドラの姿があった。
ドラもまた、自身の初撃がクロコダインにまで届かない事を見越していたのだ。
体術に弱いドラが、クロコダインの初撃に耐えてアバン流刀殺法アバンストラッシュを繰り出せるかは一か八かの賭けだったが。
狙う場所も硬い鎧に覆われた腹ではなく、右腕の付け根。
それでも鎧なみに硬い鱗に覆われたクロコダインの表皮を切りつけられるかどうか…
魔力を使用せずに戦ったドラもまた、死ぬ覚悟で勝負に挑んだのだ。
右腕が受けた斬撃の痛みが追いついてきた頃、全てを諒解したクロコダインは満足げに微笑み
「見事だ…」
と一言だけ呟いた。
もはや勝負がついたとパプニカのナイフを下ろしたドラがクロコダインに駆け寄る。
それは侮辱になる気がしたのだ。
クロコダインもそれを察知したのだろう。
フッと微笑んで
「貴殿のような武人に正々堂々と戦って、負けた…
誇らしいぞ…
さらばだ…ドラ…
負けるなよ… アバンの使徒…
勇者… ドラよ… 」
よろよろと
ウオオオォォォォォォォォォン………ッ!!!!!
咆哮に続き巨体が地面に叩きつけられる音がした。
今際の際に発せられた痛切な咆哮を耳にした百獣魔団のモンスター達は、
部屋の隅で事の成り行きを見守っていたゴメちゃんが無言でドラの肩に乗ってそっと頬に寄り添う。
「忘れないよ、獣王クロコダイン…」
とぽつりと呟いたのだった。
原作では出来なかった「正々堂々真剣勝負」をしてもらいたかったんです。