地底魔城、玉座の間。
かつては魔王ハドラーが座していた玉座…
今、そこに座しているのは魔王軍不死騎団団長ヒュンケルだ。
目をつむり部下の報告を待つ彼の耳に「チリリン…」と、広い邸宅に鳴らす貴族が使用する鈴によく似た音色が届く。
「只今戻りました。
勇者ドラはクロコダインとともに牢獄に閉じ込めてあります…
それと…たった今『悪魔の目玉』より通告がありまして…
まもなく魔軍司令ハドラー様がお見えになるとか…」
「なんだとっ!!?」
かつて勇者との激しい戦闘があった地底魔城。
戦闘の爪痕残る地底魔城の通路をハドラーとザボエラが闊歩する。
その後ろを配下のモンスターが二体、ギョロギョロと目を血走らせ地底魔城を巡回している骸骨の兵士達を威嚇しながら追従していく。
「地底魔城か…15年ぶりだな」
「ここはかつてはハドラー様の主城であったとか…」
「…うむ…」
通路を進むハドラー達の前に一人の青年が立ちふさがる。
「これは魔軍司令閣下…ずいぶんと立派になられましたな。
わざわざおいでになるとは…何用です?」
不敵な笑みを湛えて挑発するかのような態度で質問をぶつけるヒュンケル。
「…戦場視察というところだ。
大魔王様の命によりドラ抹殺をお前にまかせたものの心配になってな」
「そのような心配ならご無用。
すでにドラなら生け捕りました。
魔軍司令殿が手傷を負ったというからどんな手合いかと思えば…
何、他愛のない相手でしたよ」
「なに!?」
「なんと…!?」
「ならば今すぐドラの身柄を引き渡せ!」
「断る」
「き、貴様…ハドラー様のご命令ぞ!?」
「此度の命は大魔王様から直々に与えられたもの!
ドラの身柄が欲しくば直接大魔王様に掛け合うのですな!!」
「くっ…! …よかろう…
…もう一つ聞くがクロコダインがこの大陸に来なかったか?
ヤツめ、蘇生液の水槽から完治せぬまま出て行きおった…!
もしやドラのいる場所へ向かったのでは…と思ったのだが…」
「知りませんな」
「…そうか、ならばよい」
用は済んだとばかりに
そこへヒュンケルが先ほどの不敵な笑みを浮かべて再びハドラーへと言葉を投げるつける。
「…せっかくお見えになったのだ。
ゆっくりと見物なさっていってはいかがです?
“
「くっ…!」
(…フン! 何が魔軍司令だ…
そもそも貴様の力量が十分ならば父さんは死なずに済んだんだ…
…いずれ己の非力さを思い知らせてやるからな…!!)
「若造め…! つけあがりおって…!!」
「まったく…大魔王様は何故あのような男を…」
「わからぬ…単なる酔狂なのか、それとも…
…バーン様は偉大なお方だが、心中は計り知れんところがあるからな…」
「…」
来た道をツカツカと引き返しつつヒュンケルに苛立ちを募らせるハドラー。
それに対しゴマをするザボエラだったが何気ないハドラーの言を受け、何くわぬ顔でその持ち前の智謀を巡らせていた。
場所は変わり地底魔城の牢獄。
そこにドラとクロコダインは閉じ込められていた。
石造りの牢獄はクロコダインの巨躯が横たわってもまだ十分な広さがあったが、室内には照明用の粗末な燭台以外何もない。
怪我人と年端も行かぬ少女を押し込めるには相応しくない場所である。
特に縛られるでも、武器を取り上げられるわけでもなかったがもう少しマシな部屋は無かったのかと内心ドラは不満に思った。
床に横たわり静かに目を閉じているクロコダイン…
かすかに息はしているが、眠っているのではない。気を失っているのだ。
ドラの
予断は許さない状況である。
(クロコダイン…どうか目を覚まして…!)
「ピィ〜」
クロコダインのごつごつとした皮膚をさすって途切れなく
一緒についてきたゴメちゃんも心配そうに見ている。
何時間かそうしていたところ、扉の外から「開けろ」という声がした。
見張りの骸骨兵士が扉を開けて声の主を部屋へと通す。
「フン、おとなしくしているようだな」
「ヒュンケル…」
「クロコダインもバカな事をしたのものだ…しかし、武士の情けだ。
死に水を取るまでは待ってやろう。
アバンの居場所を吐き次第、お前を大魔王様のもとへ送る。
覚悟しておけ」
「…ねえ、ヒュンケルのお父さん…
バルトスさんの仲間にブラスって名前の鬼面道士いなかった?」
思いもよらない質問に眉をひそめるヒュンケル。
「…確かに鬼面道士はいたが…?」
「それ、私のおじいちゃん。私もモンスターに育てられたんだ。
ハドラーに仕えてた時に仲間にバルトスって戦士がいたっておじいちゃんから聞いたことあるの」
そっか、ヒュンケルのお父さんのことだったのか。
ぽそりと静かに呟かれたドラの言葉にヒュンケルの体が震える。
「な…お前もモンスターに育てられただと…?
父の事を知っていると…!?」
「うん、立派な戦士だったんだってね」
ガァンッ!!
突然の衝撃音が牢獄の中に響き、びくりと身をすくませるドラ。
見ればヒュンケルが石造りの壁を殴り破壊していた。
砕けた石がパラパラと床に落ちていく。
「…なぜだ!? 同じくモンスターに育てられてなぜ人間の味方をする!!
しかもよりにもよってアバンに弟子入りだと!?
ふざけるな!! あいつはオレの父親を殺した!! 他にも大勢のモンスターを…!
答えろ!!!」
フーッフーッと息を荒げて大声でドラに詰め寄るヒュンケル。
「アバン先生は魔王を倒すために立ち向かって行っただけでしょう?
別に無差別にモンスターを殺してまわってたわけじゃ…」
「正義だなんだのと人間の勝手な都合で父親を殺されたオレの苦しみがわかるか!!?
魔王を倒すため!? 魔王を倒すためなら何をしても許されると!?
憎くないのか!? アバンだけじゃない…
正義だの平和だののお題目で…オレの父を…罪無き大勢のモンスターを殺す人間が!!」
「別に憎くないよ? …仕方ないじゃない?
仮におじいちゃんがアバン先生に殺されたら悲しいし寂しいけど…
まあ、ちょっとはアバン先生のこと、恨むかも。
でも人間は憎まないかなぁ…だってモンスターも人殺すじゃない。
自分たちの正義と平和のために人間殺すよね?
私のおじいちゃんもだけど、あなたのお父さんだってたくさん人間を殺し…」
「黙れ!!」
パァンッ
乾いた音が室内に響く。
何が起きたのか一瞬ドラにはわからなかった。
音の発生源であろう自身の頬に無意識に手が伸びる。
(今、何が…パンッて音がして…
ヒュンケルのほうを向いてたはずの首が横に向いて…
ほっぺたがジンジンする…
…え? 叩かれたの? 私? ほっぺたを?)
理解が進むにつれドラの大きな目からじわじわと涙が溢れてくる。
「うあ〜〜〜〜〜〜ん!! ぶ、ぶった〜〜〜〜〜〜!!!
ひどいぃ〜…! 私なんにも悪いことしてないっ…のにっ…
あ゛〜〜〜〜〜〜!!!」
最後のほうはほぼ絶叫になっているドラの、上を見上げての号泣を背に、ヒュンケルは扉を乱暴に開けて部屋を出て行ってしまった。
残されたドラの火のついたような泣き声が薄暗い牢獄にこだまして扉の外の通路にまで響き渡る。
(うう〜…おじいちゃんにだってぶたれたこと無いのに…!
私とクロコダイン、殺さないでちゃんと取引に応じるなんて優しいとこあるなと思った私がバカだった…
殺す…! あいつは絶対に殺す…!!
アバンの使徒? 一番弟子? 頼れる長兄?
知るか!! 絶対に殺してやるあのダイオウグソクムシ!!!)
人生で初めて頬を打たれた衝撃で混乱しているドラ。
最後のほうはもうよくわからない罵倒になっている。
多分鎧の魔剣がどことなくダイオウグソクムシに似ているからであろう。
罵倒言葉にされたダイオウグソクムシにとってはとんだとばっちりである。
「うぅ…」
「クロコダイン! 気がついた?
まだ動いちゃダメだよ」
「ドラか…
…頬をどうした…張られたのか?」
「…ピィ、ピィッ」
赤く腫れた頬を見て何があったか察したのだろう。
言ってクロコダインはドラの頭を撫でて慰める。
今まで隠れていたゴメちゃんもフードから出てきてドラの赤く腫れた頬を心配そうに撫でた。
「うぅ〜…クロコダイン〜〜ゴメちゃん〜〜…ぐすっ、
あっ、ありがとう〜」
二人の慰めにより徐々に泣き止むドラ。
一方のヒュンケルはと言うと…
苛立ちながら大股で通路を進んでいくヒュンケル。
先ほど投げつけられた言葉と自分が取ってしまった行動による苛立ちが彼の心をギリギリと苛んでいた。
(…なんということだ…無抵抗の、しかもあんな年端もいかない少女に手をあげてしまうとは…!
だがあの言葉…! 父を侮辱されたかと思ったらつい、手が出てしまった…
くそっ…!!)
ヒュンケルは“父を侮辱された気がしたからカッとなって手が出た”と思っているがそうではない。
今まで憎しみを理由に蓋をしてきた感情を暴かれそうになり、あれ以上ドラの口から真実を聞きたくなくて咄嗟に力づくで黙らせたのだ。
モンスターも人間を殺すこと。
人間と同じく、モンスターたちにも掲げる『正義』と守るべき『平和』があること。
…そして言葉と同時に向けられたドラの目が
「お前だって大勢殺してきただろう。罪もない人間を。
父親を殺されて、きっとお前みたいに泣いた子どもがいたろうに…」
と責めたててきたような気がしたのだ。
それは「父の仇だから殺してもいい」と、復讐を大義名分にして罪無き人間を大勢殺してきたヒュンケルの、目を背け必死に封をして閉ざしてきた心の蓋を無理やりこじ開けるかのような所業だった。
自分の心の葛藤に混乱し、苛立ちがやがて怒りに変わる。
ぐらぐらとやり場のない憤怒を沸き立たせていくヒュンケル…
そこへ折悪く声をかけてくる輩が現れた。
「キヒヒヒ…」
「ザボエラ…! 貴様まだいたのか…!?」
「いんやあ〜、なにかワシが力になれればと思うてのぉ…」
「…必要ない!! 失せろ!」
ニヤニヤと下卑た表情ですり寄ってくるザボエラに嫌悪感を隠さず拒絶する。
「まあそう言うな…
しかし魔剣戦士殿もなかなか良いご趣味をしていたんじゃのぅ…
奥手な男じゃと思っとったが…まさかの幼女趣味とは…
どうじゃ、ワシが一服盛ってあの小娘をお前の恋の虜にしてやろうか?
大魔王様に献上する前に多少楽しんでもバチは当たらんじゃろうて…
ギェッヘッヘッヘッ…!! ぎょえっ!!?」
あまりの言いようにカッとなったヒュンケルが憤怒を込めてザボエラの首を締め上げながら壁に叩きつける。
「ダニめ!! 貴様は六団長の恥さらしだ!!
とっとと消えないと骸の仲間入りをさせてやるぞ!!」
「よくもこんな真似を…!
後悔するぞ…!! クロコダインもワシの言うことを聞かんかったから負けたんじゃからな…!!」
「…違うな、ヤツが負けたのは貴様のくだらん入れ知恵のせいだろうよ!」
「お、覚えとれよ〜ッ!!」
負け惜しみを吐いてザボエラはその短い足を必死に動かし立ち去っていく。
(…もはや誰の声も聞く耳持たん! オレはオレの心のおもむくままに戦うのみ…!!)
ヒュンケルが自身の心の葛藤に蓋をして燃え盛る復讐心に身を投じようと決意していた頃、頬を張られて泣きじゃくっていたドラは…
「へ〜、クロコダインお魚好きなんだ?
今度デルムリン島のお魚ごちそうしてあげるよ!」
「ピピィッ!」
「うむ、楽しみだ」
先程までの号泣は嘘かと思うほどの速さで気持ちを切り替え、ヒュンケルの葛藤など頭の隅にも置かずわりと暢気におしゃべりしていた。
ヒュンケル
正論を叩きつけられて言い返そうと思ったけど自分の気持ちへの理解と語彙力が足りなくてつい手が出た。
結果、妹弟子からの不興とロリコン疑惑をかけられた。不憫。
ザボエラ
なんで抹殺命令出てるのにドラを生け捕りにしたんだ? あれ?大魔王様が目をかけてる…?
ゴマをするならこっちのほうが良いか?と思ってこそこそ様子を伺っていたら牢獄から「ぶたれた」と泣き叫ぶ少女の声が…
え〜!? なんか女っ気無いと思ったらそっちの趣味!??と早合点した。
悪いけど今回あんまり悪くない。
ダイオウグソクムシ
深海生物。酸素が少なく暗い深海に生息している甲殻類。
5年間絶食しても死なない。正面顔がどことなく
クロコダイン
魚が好物。普段食べてるのは主に川魚。
ドラ
自分の顔が可愛いという自覚がある。生まれてからこの方、褒められた事しかない。
顔をぶったヒュンケル絶許。