カール王国からテランへ続く街道を小さな人影が進んで行く。
道行く先、大陸の中央に位置するテランは人口が50人程度という、国というよりは村と言ったほうが良いほどに小規模な国だ。
自然、街道は現在ではほとんど使われず整備もされなくなってしまった。
ここを通るのは定期的にテランへ物資を輸送する商人の一団と街道沿いに出没する魔物を倒すことを目的とした冒険者のパーティしかいないため、少人数で武装もせず歩く人間というのは珍しい。
珍しいが、まったくいないわけではない。
衰退する故郷に見切りを付けて家族でカールへ移住する者。
他国へ出稼ぎに出ていく人間、あるいは出て行った家族や友人を訪ねるために街道を使う者。
薬草や食料を自力で調達するために遠出してきたテランの住民。
理由はさまざまだがそういう種類の人間は武装に乏しく、しかし懐にはそこそこまとまった金品や物資を持っているため盗賊にはまるで歩く宝箱に見えていた。
よく晴れた日の昼下がり。
雑草が伸び放題になり歩きにくくなった街道をゆっくりとしたペースで進んでいく行き人の姿があった。
カール王国側からテランへと向かう行き人はふと、道の先に複数の気配を感じて足を止めた。
しばらく気配を探っていると、どうやら向こう側もこちらの異変に気付いたらしい。
街道脇の岩陰や木立に身を隠していた5〜6人ほどの“ならず者達”がわらわらと姿を表しズンズンとこちらに近づいてくる。
行き人は先ほど足を止めた場所から微動だにせず、ならず者達が近づいてくるのを待っているかのように立ち留まっていた。
「へえ〜、逃げ出さねえのか。大した度胸だ」
「いや、おっかなくて立ちすくんでんだろうよぉ」
「小せえな、ガキか?女か? こりゃラッキーだ」
「おい、チビ。その被ってるフード取れや。言うこと聞かねえとわかってんだろ?」
「言うこと聞いて大人しくしてりゃあよぉ、おじさん達はそりゃ〜優しいぜぇ〜」
「酷い目見たくなかったらさからわねえこった!」
周りを取り囲んだ見るからに風体の悪いならず者の男たちがニヤニヤ、ヘラヘラと下卑た表情と態度で命令する。
命令されたその“行き人”はゆっくりと目深に被っていたフードを取り払った。
そして表れたのは…
「…こりゃたまげた。上玉じゃねえか…」
「お、おお…まだガキだが悪かねえ…」
「なんだなんだおい。こりゃ売ったらすげえ金になるじゃねえか!」
「いや待て。こんな上玉売っちまうのは惜しい! アジトに持って帰ろうぜ!!」
「嬢ちゃん、運が悪かったなあ〜。ま、人生諦めが肝心だぜグヒヒ…」
「大人しく言うこと聞いてりゃ死にゃあしねえよぉ〜」
まさかこんな寂れた街道を1人で歩いていたのが、まだうら若く美しい少女だったとは。
ならず者達にはまったくの嬉しい誤算だったのだろう。
先ほどより更に下卑た顔つきと手つきでこちらににじり寄ってくる。
無理もない。
目の前に表れた少女はそれほどに場違いな美しさだったのだ。
フードからこぼれた黒髪はさらさらと風に流れ、柳の枝のように柔らかく美しいカーブを描いている。
黒髪に縁取られた顔は小さく、白磁の肌は少し陽に焼けたのかほのかに赤く染まり健康的な瑞々しさに溢れている。
黒髪の次に吸いこまれるように視線が行った先、垂れ目がちで大きな両の瞳は太陽の光を反射してきらきらと琥珀色に輝いていた。
鼻は小さく華奢で、その下にある唇はまるで睡蓮の花びらをひとひら落としたかのように可憐な上品さで笑みを浮かべている。
そしてフード付きの長い外套に覆われた肢体もならず者たちを興奮させた。
まだ10代前半だがすらりと伸びた手足はこれからの成長を感じさせたし決して貧相な枯れ枝などではない。
肌は滑らかで力強い生命力に溢れているし何よりまだ完全な「女」になる前の未完成な危うい色気がある。
その手の好事家が見たらヨダレを垂らして金に糸目をつけずに手に入れたがるだろう。
自分達で楽しむにしろ、売っぱらうにしろ、間違いなく欲を満たしてくれるという確信しか持てない。
しかしそのいやらしい手つきが少女に届く前に、男達には自身がまったく想像も出来ない事態が待っていた。
「
少女の額が一瞬パァッと眩く光り男達が照らされる。
「「「「「「ぐぁっっっ!!!?」」」」」」
「服従しろ」
「「「「「「へい!!」」」」」」
先ほどまでの下卑た態度が無かったかのように男達は少女の言葉に従い即座に平伏した。
顔は青ざめ、中には尋常じゃなく震えて歯をガチガチと鳴らしている者までいる。
「お前達が溜め込んでいる金目のもの、今すぐ全てここに持って来なさい。
捕まえている人間がいたらそれもよ。
遅かったらただじゃすまさないわ」
「「「「「「へ、へいっっっっ!!」」」」」」
命令されるや否や脱兎のごとく駆け出した男達に少女は笑みを浮かべた。
近くの手頃な岩に腰を下ろして待つこと四半時。
よほど急いで来たのだろう、重そうな荷物を持ちながらふらふら、ぜえぜえと汗に塗れて男達が戻って来た。
4人が大きな袋や箱を担ぎ、残りの2人は女を背負っている。
少女の目の前にどさどさと荷物と女を置いた男達はぐったりとその場に倒れこんだ。
突然連れてこられて無表情に座り込んだ女の状態を確認した少女は、何をされたのか大よそ察した表情で「ホイミ」と囁き
男達を睨みつけてこう言った。
「カール王国の衛兵所で全ての悪事を白状すること。
罪を償った後、生涯悪事に手を染めないこと。
私のことは黙っておくこと」
「「「「「「は、はいいいぃぃぃ…」」」」」」
言うが早いか半分の金品を持たせた男たちをひっつかみ「
目の間にカール王国の検問所の扉が見えて男達が目を白黒させている間に少女は再度「
元の場所に戻った少女は女性達に問いかける。
「あなたたちの故郷は?」
「…………………………カールの国はずれにある村。西のほう………」
「戻りたい?」
こくこくと静かに涙を流しながら女達が頷く。
「送るよ」
先ほど分けた金品を持たせ女の肩にそっと手を置き「
故郷の村近くに着いた女達はしかしそこから動けないようだった。
少女はそっと2人の背を押しこう囁いた。
「大丈夫よ、あなた達が生きてることだけでも知らせてあげて。
村に居づらくなったら、そのお金で別の場所に行ってやり直せばいい。
あなた達に対する迷惑料よ、遠慮せず使っちゃえ」
「あの、ありがとう…助けてくれて…
あなたの名前は…?」
「ドラ。私のことも忘れちゃいなよ」
じゃあね。と言って少女はまたも
残された女達はしばし少女が消えていった方角を見上げていたが、意を決したのか村へと入っていった。
2人に気付いた村人が女達の名前を叫び、女の家族に急ぎ知らせると村中に女とその家族の泣き声が響いたのだった。
「この世界、治安悪〜〜〜〜い」
「ピィ〜〜〜〜〜」
ずっとフードの中に隠れていたゴメちゃんも同じくしかめっ面だ。
「えーと、さっきまで進んだ場所は…あ、あそこだ」
「ピィッ」
先ほど一悶着あった場所にふわりと降り立ってドラは周囲を見渡す。
「何か目印になる物…あ、あの大きい一本杉にしよう」
両手の親指と人差し指で四角い枠を作る。「
次いで腰に下げていたロッドを取り出し地面に向け「
ポーチから分厚い手帳を取り出したドラはページをぱらぱらと捲る。
白紙のページを広げると先ほど呪文で写し取った景色が浮かび上がってきた。
その横にペンを走らせる。
「カール王国〜テランへの街道、一本杉、盗賊捕縛、
女性2人救出、
よし、今日はもう帰ろう。おじいちゃん心配しちゃう」
「ピィッ」
パタンと手帳を閉じてゴメちゃんを肩に乗せ「
瞬間、景色は変わり耳に馴染んだ波音が響く。
「おじいちゃんただいま〜」
「おかえりドラや。待っとったぞ〜」
「ごめんね、遅くなって。これお土産。ウサギのお肉取れたよ!」
「ピィ、ピィ」
「わかったわかった。すぐに焼いて夕飯にするわい。
魔法で狩ったのかの? ドラは本当に優秀な魔法使いになったのう」
「おじいちゃんの教え方が良いからだよー」
「ピィ〜」
ニコニコと夕飯の準備に向かうブラス老を見送りながら、ドラはこれまでの日々を思い返した。
レベルカンストさせるの本当に大変だった…
あと
レベルアップしようと決意したのは良いけどここまで大変だとは思わなかった。
推しへの愛が無かったらとっくに諦めてた…
前世の記憶を思い出し、レベルアップを決意したあの日から8年間。
ドラは弛まぬ努力を続けてきていた。
しかし決意したものの原作の設定をすっかり忘れていたのだ。
魔王ハドラーが倒されて魔物たちが邪悪な波動の影響を受けなくなったことを失念していた。
モンスター達とパーティを組んで、レベルアップに乗り出したものの経験値となる邪悪な魔物がいなかった。
なんなら先ほど遭遇した男達のたぐい。ならず者、盗賊、山賊、冒険者くずれ等々…のほうが圧倒的に多かった。
魔王による被害のせいで復興もままならず悪事に手を染めていってしまった人間の多いこと多いこと…
そういう人間をいちいち殺すのも気が引けてしまい先ほどのように強制的に脅す形で屈服させていった。
相手の本能に「自分が圧倒的に強者だ」という恐怖心を刻み込み無理やり命令を聞かせることができる。
原作にあった
知能の高い相手には効きにくいし、ごく単純な命令しかできないが獣系のモンスターには効果覿面なのでなかなか重宝している。
倒す対象のモンスターがいないのでは仕方がない。
仲間のモンスター達を引き連れ、なるべく遠くに行く→
やがて
また大きい国に行けるようになるとその国の社会や文化も少しずつ学び、この世界についての知識も蓄えていった。
原作で
この世界に写真や動画などというものは無い。あるのは富裕層が所有できる絵画だけ。
【頭の中に風景を正確にイメージする】という概念に乏しいのだ。
識字率もあまり高くないので視覚情報と文字情報で記憶を補強する、という方法を取れる人間も少ない。
出来るのは貴族出身かお金持ち、それかよほど才能がある一部の人間のみである。
前世の知識から編み出した
魔法力はほぼ使用しないが、特殊な魔法紙じゃないと映し出せない。
・
・
・その場所に関する情報を記した手帳
・それらを元にまとめた
日々繰り返して少しずつ行ける場所を書き込んでいく。
そうして何度も読み返してイメージを強化する。
これでこの世界にドラが行けない場所はほぼ無くなった。
私の年齢を考えるとそろそろ物語が動きだすはずなんだけど…
う〜ん、本当にこの世界は私の知っている「ダイの大冒険」なのかな…
もしかしたらまったく違う世界線で魔王が蘇らない可能性だってあるよね。
「さ、夕飯ができたぞ〜」
「わ〜、美味しそう! いただきま〜す!」
「ピピィ〜!」
「たくさんあるからの。ゆっくり食べるんじゃよ」
「ん〜、美味しい!」
「今日はドラはどこまで行っとったんじゃ?」
「カール王国とテランの間の街道だよ。なんか変な人たちがいたから魔法でやっつけた」
「ドラは魔法使いとして本当に強くなって…これならいつでも勇者さまのお役に立てるの。
ワシは果報者じゃ…」
孫娘が危険なことをしているという認識はなく、魔法使いとして強くなったことに目を潤ませて感激している。
それで良いのかブラス老。
やっぱりモンスター。現代日本、というか人間の常識から逸脱した育て方と教育方針だ。
助かるけれどもなんだか複雑な心境で夕飯を堪能するドラであった。
ドラちゃんは母親のソアラさん似の美少女という設定です