「ヒュ…ヒュンケル…!
来てくれたのね…!!」
「マァム…」
魔王軍の手により今にも命を落とさんとしていた美しい乙女とそれを間一髪で救った美貌の青年剣士。
乙女は感極まって青年に抱きつき涙する。
まるで物語のワンシーンのように美しい光景だがその様子に衝撃を受けている人間がすぐそばにいた。
満身創痍で地面に這いつくばって唖然としているポップである。
無理もない。
ほのかな恋心を抱いている相手が残酷な方法で殺されかけたのだ。
それだけでもショックなのに恋敵(とポップが一方的に思っている)である兄弟子が颯爽と想い人を助け、挙句熱い抱擁を受けている。
衝撃が落ち着いていくのとは逆に急激に腹立たしさが湧き上がっていく。
「てっ…てっ…てめえっ、ヒュンケル!!
こっちにもケガ人がいるんだぞ! なんとかしろいっ!!!」
想い人に対して「そいつに抱きつくな」とは言えず、かと言って想い人を助け出してくれた恩人に悪態も付けず…
「自分も助けろ」と言って二人の間を離そうとするあたりポップも大概善良である。
「…薬草だ、使え」
なんとかしろと言われたヒュンケルはやや面倒そうに薬草入りの小袋をポップへと投げつける。
無造作に投げつけられた小袋から急いで薬草を取り出し口にかき込んで咀嚼するポップ。
体がぽかぽかと温まり失われた体力が回復していく。
「ちっくしょう、あの野郎〜〜っ…
男女差別だぁこりゃ!!!」
ヒュンケルの登場に衝撃を受け唖然としたのはポップだけではない。
ハドラーもまた、死んだはずの男が生きており、かつ敵であるはずのアバンの使徒の命を救うという行為にかつてないほど驚愕していた。
「な…なぜだ!!?
貴様は地底魔城の崩壊に巻き込まれて死んだはず…!!」
「…フッ、救われたのさ…
ドラ達…アバンの使徒と獣王クロコダインによってな…」
「ク…クロコダインだと…!?
彼奴め、姿をくらましたと思ったらまさか寝返っていたとは…!!」
「ヤツが炎魔塔を砕く音を聞けば嫌でも信じるさ」
「ぬ…ぬううっ…!!」
ヒュンケルだけではなくクロコダインまでもが魔王軍を裏切り人間の味方をしているという事実。
ハドラーは言葉に出来ぬほどの怒りと蔑みを込めヒュンケルを睨みつけた。
「マァム…立てるな?」
「ええ」
「この場は俺にまかせて安全な場所に避難していろ」
「そんな…私も一緒に戦うわ!」
「いいや、すぐにクロコダインも駆けつける。
俺にかまわず、少しでも体を休めていろ」
「でも…」
「お〜おっ!! そっか!! サンキュッ!!!
じゃあ、俺たちは中央塔に避難してるからよっ!
またあとでな!!」
再び作られる二人の世界…、その空気を横からブチ壊すポップ。
ヒュンケルの言葉に従い、この島唯一の建造物である中央塔に向かう旨を伝えてマァムの肩を掴んで強引に走り出す。
「なっ…何するのよっ、ポップ!!」
「うるせえっ! ほっとけっつってんだからまかせときゃいいんだよっ!!」
(けっ! これ以上ベタベタされてたまるかっつーの!!)
真意はどうあれ、言葉通りマァムを連れ避難していってくれた
その隙をついてアークデーモン達が攻撃するためではなく、ヒュンケルの動きを封じ込めるために手に持つ鉄球を投げつけた。
棘のついた鉄球と鋼鉄製の鎖がヒュンケルの体にジャラジャラと巻きついていく。
「むっ!!?」
幾重にも絡みついた鉄鎖によって雁字搦めにされたヒュンケル。
巻きついている鉄鎖の先、鎖を手ににじり寄る二体のアークデーモンに挟まれて完全に身動きが取れない状態となってしまった。
そこへハドラーが魔王軍の裏切り者へ制裁を与えるべく声を発する。
「裏切り者には死あるのみ! それが魔王軍の掟だ!!
じわじわといたぶりながら殺してやる…!!
さあ、どう料理してやろうか!!?」
「…ハドラー…
貴様、俺をなめているのか?
それとも相手の実力が見抜けんほどバカなのか?」
拘束され、万事休すという状態のヒュンケル。
しかし彼はまったく慌てた様子もなく兜の隙間から見える口元を皮肉げに吊り上げてハドラーを小馬鹿にした。
バキイィンッ!!
自身を拘束していた鎖を上半身に込めた力だけで乱暴に引きちぎるや、鎖の端をむんずと掴む。
狼狽えるアークデーモン達が手にした武器を捨てる前に目にも止まらぬ速さで鎖を引くヒュンケル。
「むうんっ!!!」
気合いとともに引かれた鎖は武器を手にしたままのアークデーモン達の巨体を空中に引きずり、そのままお互いを正面衝突させた。
超重量の巨体が他に力の逃げ場が無い空中で正面衝突したのだ。
その衝撃たるや…ドガッと鈍い音で頭部が破壊され地面へ落下したアークデーモン達は血を噴き出して絶命してしまった。
「こんな雑魚で俺の相手が務まるものか…
俺を殺したければ貴様自身の命をかけて挑んでこい!
ハドラー!!」
瞬く間にアークデーモン二体を葬ったヒュンケルは飄々とした態度を崩さずハドラーを挑発する。
「こっ…小僧〜〜〜!!!」
ドオォォン…!!!
遠くから地鳴りのような音が鳴り響く。
見れば遠くにそびえていた炎魔塔がガラガラと崩れ落ちていった。
「…炎魔塔は砕けた。
次は貴様の番だ!
俺にはもはやアバンを師と呼ぶ資格はない…
師のために戦うなどとおこがましいことは言わん…
だが、俺の父バルトスの命を奪った貴様を生かしてはおけん!!!」
「ほざくなッ、若僧めがっ!!
親子揃ってこの俺に楯突きおって…!!
消えうせろォォーーーッ!!」
言い終わらないうちに放たれる
短い時間で構築されたとは思えないほどの高魔力で練り上げられた灼熱の業火がヒュンケルに直撃した。
着弾した瞬間派手な爆音と炎を撒き散らすそれは、たとえ熱を帯びておらずとも衝撃波だけで対象を吹き飛ばしてしまうほどの威力を持つ。
もうもうと立ち上がる炎を見て勝利を確信しニヤリと笑うハドラー。
しかしもうもうと立ち上がる炎が消えていくにつれ見えたきたのは…
「バ…バカな!
直撃したはずの
「忘れたか!?
この俺の鎧はいかなる攻撃呪文もうけつけん事を…!!
覚悟しろ! ハドラァーーーッ!!!」
「ぬううううっ」
向かってくるヒュンケルに高速で
今言った言葉が嘘では無いと証明するかの如く、爆発をものともせずに直進するヒュンケル。
呪文では分が悪いと踏んだハドラーが魔法を使うのをやめて自身の腕で斬り下ろされたヒュンケルの剣を防ぐ。
まさか素手でガードされるとは思わず一瞬動揺を見せたヒュンケル…
その隙を逃さず拳に装備した『爪』でがら空きになった胴体を狙うハドラー。
両者一歩も引かない激しい戦闘が繰り広げられる。
「…オレの
「…面白い…そうこなくてはな!」
再び剣対拳の激しいぶつかり合いが続き、決着がつく様子はまるで見えない。
しかし互角とも言える勝負をじりじりと押しているのはヒュンケルのようだった。
ハドラーもそれを感じ取ったのだろう。
相手の実力が想像を超えていた事に若干の焦りを滲ませている。
(…だてに魔軍司令は名乗ってないな…
たいした強さだ…!)
互角の戦いを押しているとはいえヒュンケルもほんの少しの焦りを感じていた。
このまま膠着状態が続けば、魔族の体力と人間の体力では明らかにヒュンケルのほうが分が悪い。
膠着状態を一度打開すべく、鍔迫り合いを押しのけて互いに距離を取った。
が、次の瞬間踏み込んで来たのはハドラーであった。
「オオオオオオオ…!!」
最後の勝負に出たと悟ったヒュンケルが自身も必殺技の構えを取る。
「かああああーーーっ!!!」
「ブラッディースクライドーーーッ!!!」
「がっ…は…っ!!」
ハドラーの爪とヒュンケルの剣…
勝負を制したのはヒュンケルの剣であった。
「意外と脆かったな…終わりだハドラー!」
「ううっ…お…おのれ…
ヒュンケル…、ぐううう〜!!」
心臓を貫かれてなお、怨念めいた声でヒュンケルの名前を呼ぶとハドラーはドサリと倒れ絶命した。
「そ…そんなっ…!!」
「ハドラー様が負けたっ…!!」
激しい戦闘に手も足も出ず、傍に控えていたハドラーの手勢が顔を青くして動揺する。
そんなモンスター達を歯牙にもかけず、ヒュンケルはゆっくりとハドラーへと近づいていった。
目の前で絶命した父の仇である男の顔を一目拝んでおこうと覗き込んだ瞬間…
閉じていたハドラーの瞼がクワッ…と開かれた。
「うおおおっ!!?
…バ…バカなっ…!!?
急所を貫かれてなぜ動ける…!!?」
死んだはずのハドラーが目を覚まし、ヒュンケルの肩を爪で貫いた。
貫かれたまま体を持ち上げられ、痛みと驚愕に苦悶するヒュンケル…
「あいにくオレの心臓は左右に一つずつあってな…!
貴様が剣を収めこちらに近づくのを待っていたのだ!!
いかに呪文が効かぬ鎧でも貫いてしまえば内側から焼くことなど造作もなかろう…!」
「ぐああああーーーっ!!!」
肩に食い込んだ爪から発せられた強烈な熱が全身を焦がしていく。
熱さに耐えきれず、身をよじりながら爪を剥がしハドラーから逃れるヒュンケル。
地面に落ちて、ハドラーの爪が肩から抜かれてもなお、身を焦がす熱は一向におさまらない。
「…どうだ…オレの炎は地獄の苦しみだろう!?
貴様の全身を蝕むまで消えはせん…!!」
「お…おのれ…
姑息な真似を…!!
う…ッ!!」
構えようとした剣が握れず手からすり落ちていく。
熱と痛みで力が入らず、もはや膝で立っているのがやっとの有様だ。
「もはや自慢の剣も使えまい。
だがオレは…まだ切り札を残しているぞ…!」
余裕の表情でゆっくりと両腕を上に向けたハドラーはじっくりと魔力を練り上げていく。
ヒュンケルの頭上に直視できないほどの光と熱が集まる。
やがて出現した巨大な
その炎を手にハドラーがヒュンケルへとトドメを刺す…!
「今こそ全力で放ってやろう!
我が最強の呪文を!!
穴の空いたその鎧で耐えられるかなぁッ!?
ごふッ…!??」
もはやこれまでかとヒュンケルが覚悟を決めたその時…
今度こそ絶命していくハドラーが最後に見たもの…
それは心臓に深々と突き刺した剣の柄を手に、こちらを見上げるドラの凄絶な笑みであった。