ドラの大冒険〜魔法特化の竜の騎士〜   作:紅玉林檎

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45_奮闘銘々

「ディーナ…記憶を消したはずだ…!!」

「お父さん…」

 

対峙する父と娘。

どちらも険しい表情をして睨み合う。

生き返ったばかりでまだぐったりとした様子のルードをガルダンディーに任せ、ドラは立ち上がり離れた位置にいるバランの方向へとゆっくり歩き出した。

 

「お父さん…もうやめて。ラーハルトも。

私の仲間を…いいえ、人間を殺すのはもうよして!」

「…娘だからと手加減が過ぎたか…次は容赦せん。

二度と戻ったりしないよう、全力で記憶を吹き飛ばしてくれよう…」

「お父さん!!」

 

せめて会話をしてくれと苛立ちながらドラは父へと呼びかける。

人間を滅ぼして地上から消し去るという悲願を諦めるつもりはないらしい。

これはいよいよ話し合いではどうにもならない…とドラが腰のベルトに差し込んだロッドを手にした時だった。

背後から雄叫びが上がる。

 

「てめえっ、この薄汚え人間がッ!!

よくも俺の可愛いルードをバラバラに吹っ飛ばしてくれたなぁッ…!?

落とし前はキッチリつけさせてもらうぜぇッ!!」

 

バッと振り向けば泣き止んだガルダンディーが佩いていたフェンシング状の剣を手に、切っ先をポップに向けて今にも飛びかからんとしていた。

ドラゴンを吹き飛ばしたあと、地面へと投げ出されていたポップは今レオナに最大回復呪文(ベホマ)をかけられ回復している最中である。

生き返ったとはいえ家族も同然と大切にしているドラゴンを攻撃されたのは事実。

血気盛んなガルダンディーは腹の虫が治らない様子で翼を大きく広げて飛びかかった。

 

「あのバカ…!?」

 

ドラが慌てて全力で飛翔呪文(トベルーラ)を発動してガルダンディーを止めに入る。

ポップとレオナに凶刃が振り下ろされる寸前、何かに気づいたドラが魔法障壁を展開して自身とガルダンディーの身を包んだ。

 

「死ねえぇぇぇッ!!!」

「危ないッ!! ガルダンディー!!

きゃああああッ!!!」

「ガハァッ…!!」

「ディーナ!? ガルダンディー!!」

 

飛びかかったはずのガルダンディーの体が止めに入ったドラもろとも、何者かの攻撃によって逆に押し飛ばされて数メートル先の地面へと転がり落ちた。

バランでさえも一瞬何が起きたのか判らないほど、見事に消し去った気配で悟られる事なく放たれた一撃。

そんな事が出来る者など、この地上にそう何人もいない。

 

「ドラ…なぜそいつをかばった!?」

「あ、あなたは…!」

「ヒュンケル…!」

 

座り込み身を寄せ合っていたポップとレオナの背後に立ったのは、アバンの使徒ヒュンケルだった。

攻撃を受けようとしていた弟弟子達を助けるために敵へと放った強烈な一撃…

しかし放った衝撃波が襲いかかる敵に命中する寸前、妹弟子であるドラが身を呈して敵をかばったのだ。

この場に到着したばかりのヒュンケルには事情がまったく飲み込めなかった。

 

 

一方、攻撃をもろに受け地面を転げ回ってやっと止まったドラとガルダンディー。

 

「あいたたた…ガルダンディー、大丈夫?」

「お、お嬢…、オレを守ろうと…」

「良かった、大丈夫みたいね…」

 

そう言って安堵して微笑み、ガルダンディーの頭に手を差し伸べた。

ガルダンディーの頭の大きさの三分の一にも満たない、小さい手を額に押し当ててドラが叫ぶ。

 

刷り込み(インプリント)!! 人間を殺すな!!!」

「クワッ…!?」

「これで二度と人間は殺せない…、もう引っ込んでなさい」

 

(まったく…原作の予備知識が無かったら危うく腕が切断されるところだったわ…

ただの衝撃波に見せかけた闘気(オーラ)による連撃…ヒュンケルの攻撃、えげつないわねぇ。

…でもまあ警戒心の解けたガルダンディーに刷り込み(インプリント)をかけられたから良しとしましょう。

いつまで保つかはわからないけど、そこまで捻くれた思考回路はしてなさそうだからしばらくは保つでしょう)

 

バランもだが、田畑を焼いて食料不足にして殺すとか、井戸や河川に毒を流すとか、直接手を下さずとも人を殺める方法なんていくらでもあるのだがそういう方法を取るタイプには見えない。

竜騎衆の支配権を持っているのは無論バランだ。刷り込み(インプリント)による効果がいつまで保つかはわからないがあまり捻くれた手段は取らないはずと考え『人間を殺すな』という単純な命令を叩き込んだ。

ひとまずこの場は凌げるだろう。

放心しているガルダンディーを後ろに対峙しているバランとヒュンケルのもとへと駆け寄る。

 

 

現れた援軍…娘と部下に攻撃した男、元魔王軍不死騎団長ヒュンケルを睨みつけるバラン。

命に別条は無さそうだが、駆け寄ってくる娘の姿を見てバランはますます表情を険しくした。

先ほどルードを生き返らせた際に切った手首からはまだぽたぽたと血が滴り落ちている。

その体は勢いよく地面を転がったため土に塗れて痣だらけだ。

痛々しい娘の姿に、これ以上は身動き無用とバランはラーハルトに命じる。

 

「ラーハルトよ、ディーナを頼む」

「はっ!!」

「きゃあっ!?」

 

目にも止まらぬ速さで横抱きに担がれてバランとヒュンケル達のいる場所から連れ出されたドラ。

自分の状況がすぐには飲み込めずに至近距離でまじまじとラーハルトの顔を眺めた。

 

(うわっ、いつのまに抱えられてたの私!? ほんとに何も見えなかった…!!

おお…目の前にイケメンのご尊顔が…!

ヒュンケルとは系統が違うイケメン…、イケメンというより男前って感じの顔立ちだわ。

筋肉すご…っていうかちょっと待って!!?

 

お、推しにお姫様抱っこされてる…!!?

 

ほんとにちょっと待っていきなりのファンサ心臓に悪いっ!!!)

 

状況が理解できるに連れて羞恥に顔を赤らめながらラーハルトの腕の中でじたばたともがく。

 

「放しなさいラーハルト!」

「致しかねます、バラン様の命です。

ディーノ様と一緒に大人しくお待ちください」

 

(ハイ! お姫様抱っこという甘いシチュにもかかわらず主君への忠誠心から来る塩対応!

解釈一致のファンサ頂きましたー!!

 

…って違う! 喜んでる場合じゃない)

 

頭の中で紫色のサイリウムを振って狂喜しかけたドラだが今はそんな場合ではないのだ。

こうしている間にも遠目に見えるバランとヒュンケルが鯉口を切り今にも鍔迫り合いを始めそうな雰囲気だ。

クロコダインも駆けつけ、ポップ、レオナと共にバランと睨み合っているが4人総出で戦ってもバラン相手では勝ち目は無いだろう。

 

「もう一度言うわよ。放して」

「聞けません」

 

スンッ…とそれまでじたばたとしていた態度を一変させて、腕組みをし居丈高に命令する。

が、またも拒否されてドラは「はぁ…」と溜息を吐いた。

そして両腕をラーハルトの首に手を回し耳元で囁く。

 

「あんまり手荒なことはしたくなかったんだけど…仕方ないわね。

 

魔力霧散呪文(マムーサ)

「なっ…!??」

「おっと」

 

呪文を囁かれた直後、ラーハルトの体がぐらりと傾き地面に倒れ伏した。

力が抜け、拘束が緩まったと同時にひらりと腕の中から抜け出したドラが軽やかに着地する。

 

「ラーハルト…あら、意識があるなんて凄いわね。

ごめんなさい、魔力が戻ればすぐ動けるようになるから…」

 

許して、ねっ?と両手を合わせてまるで5分遅刻しちゃった〜みたいなノリで軽く謝罪するドラ。

 

「ぐっ…うぅっ…」

 

突然力が抜けて昏倒したラーハルトが朦朧とする意識の中で起き上がろうと必死に足掻く。

一体何が起きたのか。

 

ドラは自分の推察が正しかった事に安堵した。

ラーハルトは戦士、しかも原作で本人が言っていたが呪文はさほど得意ではないらしい。

なんのなんの…

彼は魔法の天才だ。ただし加速呪文(ピオリム)限定。

彼の『目にも止まらぬ速さで動ける』という特質は自身でかけた加速呪文(ピオリム)によるものだろう。

原作には出てこなかったのでしばらく観察して見ていたが、どうやら彼も意識的にやっているわけではないらしい事がわかった。

無意識的に常事発動させているので他の魔法を使おうとするとうまく魔力が使いこなせなくて「呪文は得意ではない」という認識になっているのだろう。

身体強化魔法の常事発動…それも効果を極限まで高めた状態での行使なんて芸当、一体どんな鍛錬をしたら身につくのか怖くて聞く気にもなれない。

 

しかしそうとわかれば話は簡単だ。

魔力を吸収、もしくは霧散させてしまえばいい。

先ほど使った魔力霧散呪文(マムーサ)は相手の魔力を文字通り霧散させてゼロにするドラのオリジナル魔法だ。

成功率がかなり低くて先ほどのように密着でもしないとなかなか成功しないのが難点だが。

この世界の生物は魔力が体の一部として機能しているから、魔力切れを起こすと立ちくらみや眩暈など貧血みたいな症状が出る。

常に体に魔力を行き渡らせて魔法を発動させた状態の生物が、突然魔力切れなどを起こしたらどうなるか…

目の前で昏倒したラーハルトの姿が正解だ。

 

かろうじて意識を保っているラーハルトにドラがしゃがみこんで言葉をかける。

 

「ラーハルト、気づいてるでしょう?

お父さんがこのままだと引き返せない地獄に足を踏み込んでるって…

 

…まあ見ていなさいな、あなたの分までお父さんの事叱り飛ばして止めてあげるから。

そこで大人しく待っていなさい」

 

そう言ってドラはラーハルトを残し駆け出していった。

 

 

バランと相対したクロコダインとヒュンケルは魔力が尽きたポップと、回復魔法は使えるが非力なレオナを後ろ手にかばいながら戦っていた。

バランも戦闘不能な人間には興味が無いようでクロコダインとヒュンケルを相手に愛刀・真魔剛竜剣を振るう。

その太刀筋には一切の容赦が無く、額に竜の紋章を輝かせ竜闘気(ドラゴニックオーラ)を纏って繰り出される攻撃はクロコダインとヒュンケルの命を一刀ごとに削り取っていく。

 

「ぐわああああっ!!!」

「クロコダイーーーン!!」

「ぐぅっ…!!」

「ヒュンケル! しっかりしろッ!!」

 

さして汗もかいていないバランがスッと刃を下向けて口を開く。

 

「他愛もない…。

しかし解せん…何故そこまでしてディーナを私から奪おうとする?

親から我が子を奪おうとは…しかも人間と共に。

魔王軍を裏切り、もはや完全に人間どもの味方というわけか…

見下げ果てたぞクロコダイン、そしてヒュンケル…!」

 

憎々しい人間と共に駆けつけたかつての僚友…

元軍団長であるクロコダインとヒュンケルに向けて、侮蔑した視線と共に言葉を吐き捨てる。

一体どんな理由で人間どもに味方し、あまつさえ親から子供を奪おうとはどういう魂胆か…

無分別な企みを聞き出してやろうとバランが束の間、返答を待った。

 

「ドラの本意ではあるまい…

 

バランよ…あの娘は優しく、純粋な心の持ち主だ。

仲間を想い、迷う事なく身を呈して自ら人質になる事を厭わないほど…

その優しい心に、俺とヒュンケルはどれほど救われたかわからん。

そのドラが…人間を滅ぼそうという魔王軍に身をおいて心を痛めぬはずがなかろう…

 

ドラは、闇を…魔道を彷徨う者を照らし、正しく導いてくれる存在だ!!

断じて魔王軍…いや、大魔王の御許にいていい存在では無い!!!

たとえ力及ばずともドラのためなら俺は命を賭して戦うぞッ!!」

「………!!」

 

クロコダインの口から出た咆哮にも近い魂からの叫びにバランが目を見開く。

 

「そっ…そうだぜ…! ドラは俺たちの仲間だ!!

魔王軍に立ち向かう『アバンの使徒』なんだからなッ!!」

「そうよ! 彼女はあなたの娘なんかじゃない!

私たち人類の希望! 『正義の魔法使い』そして『勇者』よ…!!」

 

ポップ、レオナがクロコダインに続いて口々に言い募る。

三人が言いたい事を述べると、ヒュンケルがゆっくりとバランに語りかけた。

 

「バランよ…

 

かつては俺もそうだった…

家族を奪われ、人間を憎み、復讐に身を投じていた…

しかしドラが気づかせてくれたのだ!

復讐に囚われた俺の歩みを止め、命を救ってくれた…!!

もうよせ…バラン!!

我が子のためを思うならなおさら、子の自由を奪い子の仲間を…

人間を殺すのはやめるんだ!!!」

 

目を閉じ、ヒュンケルの言葉に耳を傾けるバラン…

傍目からはわからないがバランの体から魔力が放出され、空へと流れていく。

静かな様子とは裏腹に、空には文字通り暗雲が立ち込めていった。

 

「………」

「バラン!」

「…言いたい事はそれだけか?」

「何っ!?」

「先ほど娘を痛めつけてくれた礼がまだだったな…」

 

雷鳴が轟き、上段に構え大きく振りかぶろうとするバランの真魔剛竜剣めがけて稲妻が走る。

 

「くらうがいい、我が秘剣…

 

ギガブレイク!!!!」

 

「ぐああああッ!!!」

「ヒュンケルーーー!!」

 

バランが放ったギガブレイクはヒュンケルが纏っていた鎧を粉々に砕き、更には(いかずち)を纏った刀身で体を撫で斬っていった。

致命傷を負ったヒュンケルにレオナが駆け寄ろうとするが、バランに刃を向けられ制止される。

 

「ふ…さすが元軍団長…ギガブレイクをくらっても死なないとは…

しかし最早戦闘は不可能。

その命ももう幾ばくも保つまい…

次はお前の番だ、クロコダイン」

「ぐうぅ…ヒュ、ヒュンケル…!!」

 

バランが再びクロコダインへと向き直り、ギガブレイクを放つためゆっくりと真魔剛竜剣を上段へと構え直した。

しかし背後から聞こえてきた声にバランは思わず構えを解き、振り向いた。

 

最大回復呪文(ベホマ)

「ぐ…うぅ…ドラ…」

「勘違いしないでちょうだい。

あなたの命を助けたわけじゃないわ。

お父さんにこれ以上人間を殺してほしくないだけよ」

「フ…そうか…」

 

心の中でブーブーとブーイングする『ディーナ』をまあまあと宥めながらヒュンケルの怪我を治療する。

念のため『ディーナ』の心情を考慮してヒュンケルにはきっちりと釘を刺しておいた。

照れ隠しでも何でもなく、言葉通りそのまま事実を告げる。

 

(なんだかツンデレっぽい言い方になっちゃったけど…

この世界に『ツンデレ』の概念は無いから大丈夫でしょう、多分)

 

『ツンデレ』はなくとも普通に照れ隠しや天邪鬼といった概念は存在するし、なんなら皮肉屋なヒュンケルには「照れ隠しか…」と案の定ズレて伝わっていた。

そんな些細なすれ違いなどに構っている場合ではないドラは、ヒュンケルを治療した後クロコダインにも最大回復呪文(ベホマ)をかけて回復する。

少し離れた位置に倒れたままになっていたボラホーンのもとにも飛んでいき最大回復呪文(ベホマ)と、先ほどのガルダンディーと同じように人間を殺さないよう刷り込み(インプリント)を施した。

 

敵味方と区別なく回復させていくドラにバランが業を煮やして怒鳴り上げた。

 

「一体どういうつもりだ…ディーナ…!!

我々のみならず人間どもまで助けるとは…

貴様、一体どちらの味方だというのだ!!?」

 

ドラがここにいるという事はラーハルトを出し抜いたという事だ。

ならば人間どもの味方をする気かと思ったがドラは瀕死の重傷を負ったボラホーンを回復した。

ドラの真意が見えず、理解不能な行動にカッとなったバランが真魔剛竜剣を構える。

 

「答えろ! ディーナ!!」

 

ボラホーンの治療をするためしゃがみ込んで背を向けていたドラがゆっくりと立ち上がりバランへと向き直った。

バランを真っ直ぐに見据えて、歩きながら話し始める。

離れた位置にいるのに声が届くのは魔法で音を大きくしているのだろう。

 

「どちらの味方かって?

そんなの決まってるじゃない。

人間の味方だった事なんか一度もないわ。

魔物や魔族の力になる気もない。

 

生まれた時から今この瞬間まで、私はあなたの味方よ。

 

お父さん…いえ、バラン」

 

 

 




魔力霧散呪文(マムーサ)
ドラのオリジナル魔法。
文字通り魔力をゼロにする。
しかし成功率がかなり低く、使い勝手が悪い。
戦士の魔力をゼロにしてもあまり意味が無いし、魔法使いの魔力をゼロにしようとしても密着できるほど接近出来てるなら普通に攻撃した方がよほど効率的、と本当に使い所がない。
ほぼ対ラーハルト専用魔法だが、ラーハルトも何か対策するだろうし二度目は通じない気がする。

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