先のバランとドラの闘いを見届けたミストバーンとキルバーンは、大魔王へ仔細を伝えるべく夜闇の中に吸い込まれるようにして姿を消していった。
そして今、『大魔王の間』にて玉座に向かって左にキルバーン、向かって右にはミストバーンが跪くハドラーを見下ろしていた。
二人の間からは薄絹越しにとてつもない魔力と無言の圧を放つ大魔王バーンが音一つ立てずにハドラーをジッと
跪き俯いたまま、額から流れ落ちた汗の音が響いてしまうのではと思うほどの静寂に身を刺されながらハドラーは大魔王の言葉をひたすら待った。
どれほどの時間が経ったか…ハドラーには永遠にも感じられたがミストバーンやキルバーンにとってはわりとあっけないと思った程度の間の後、大魔王バーンが口を開いた。
「…ハドラー、面を上げよ」
命じられたがハドラーは震えるばかりで一向に顔を上げはしなかった。
命令を聞かない部下に対し、重ねてバーンが命じる。
その声色になんの苛立ちも呆れも伺えないのがかえって恐ろしい。
「どうした…? 面を上げるがいい」
「おっ…!!」
ガバッと勢いよく、ハドラーは両の手をついて額を地面へと押し付けた。
声には出さなかったが、キルバーンが「おや」とでも言い出しそうな雰囲気でほんの少しだけ目を見開いた。
土下座の姿勢をとったハドラーがそのままの姿勢で、声を地面に叩きつけるように叫ぶ。
「お許し下さいッ!!! バーン様ッ!!!
バランの失態は上司である私の責任…!!
ヤツが戻りましたら厳重に…」
「愚か者!!!」
ハドラーの赦しを乞う声を遮り、大魔王バーンの叱責が響き渡った。
言い募りたい気持ちはあれど容赦なく飛んできた叱責にハドラーの口から言葉にもならない音だけが漏れ出る。
「う…ああ…!!」
「お前のつまらぬ小細工を見抜けぬ余だとでも思ったか…!!
バランの失態は余にすらドラが
…それに、バランはおそらくもう戻らん。
あの男の性格から考えても、もはやドラの事以外には行動を起こすまい。
余のために無関係の人間を滅ぼしたりはせぬだろう。
バランは余に逆らいうる力を持つ地上唯一の男。
説得し、味方に引き入れるのには苦労したのだが…な…」
叱責され、再び跪いた姿勢に戻ったハドラーだったがなんとなく一回り小さくなったように見えた。
かつて地上を支配しようとした魔王といえども、魔界に君臨せし大魔王バーンの前では追いつめられた仔ウサギも同然である。
ガタガタと震え、その額からは汗が滝のように滴り落ちていった。
「…ハドラーよ、今一度言う。
面を上げよ」
まさしく恐る恐る…といった様子でハドラーがやっと顔を上げ、玉座へと顔を向けた。
薄絹にぐっと手を近づけたバーンがその指をゆっくりとひとつずつ、ハドラーが冒した失敗に合わせて折っていく。
「余は寛大な男だ。
失敗も…三度までは許そう…
しかしお前はロモス、パプニカを奪回され我が軍の有能な軍団長二人を敵に回してしまった…」
ひとつ。
「…さらにバルジ島においては全軍を率いたにもかかわらず、ドラを討ち漏らした」
ふたつ。
「…そして今回のバランの一件…!」
みっつ。
いよいよ進退窮まったハドラーが一層震えを増して大魔王による粛清を覚悟する。
しかし、大魔王は手のひらをくるりと裏返し人差し指のみをピンと立てた。
「ハドラーよ…これらの失態、命をもって贖うには十分すぎる…
…だが、実に惜しい。
其方ほどの男、挽回の機会さえあらば十分に取り返せるものと余は思うのだが…?」
「はっ…! むっ、無論です!!!
なんなりとご命令をッ!!!」
「うむ…
勇者ドラの仲間を皆殺しにした上で、勇者ドラのみを生捕りにしてまいれ。
さすれば度重なる失態は全て無かった事に…
いや…勇者ドラを生きたまま余に差し出した暁には必ずや其方に褒美を与えよう…!
…ハドラー、これが最後のチャンスだ。
よいな…?」
「ははあーッ!!!
このハドラーの命に換えても必ず…!!」
命令を受けたハドラーは矢も盾もたまらぬ様子で『大魔王の間』を後にした。
ハドラーが退出し、その足音が遠ざかっていったのを確認したキルバーンは大魔王に向かって真意を尋ねる。
「あの跳ねっ返りなお嬢さんを生捕りにしてこいとはまた…
バーン様、一体どういう風の吹き回しで?」
「ふっふっ…、いや何、少し興味が湧いてな…」
「興味?」
「先のバランとの戦いで見せた
バラン相手にああも見事に啖呵を切るとは…! くくっ…
この数千年あまり、余に傅き頭を垂れる女しかおらなんだ…
余を倒すと息巻く小娘が、仲間を皆殺しにされ、絶望に打ちひしがれた上で余の前に引き摺り出される様相…
力でねじ伏せられた時に、一体どんな表情で余を仰ぎ見るのか…
是非とも見てみたいと思うたまでよ…!」
「………なるほど?
しかし勇者のみを生捕りにせよとは…バーン様も無茶を仰る。
ハドラー君は捨て駒同然という事ですか」
「何、あやつとて追い詰められればもうひと化けするかもしれぬ。
奴には最強の肉体を与えているのだ…
勇者どもが追い詰められようが、ハドラーが追い詰められようが、どちらに転んでも余にとっては利にしかならぬ」
「さすがバーンさま! スゴイ! エライ!」
「………」
「見届けてやろうではないか…
ハドラー軍団最後の戦いを…!」
ひとしきりはしゃいだキルバーンの使い魔、一つ目ピエロのピロロはキルバーンの影に隠れて大魔王には見えない位置で普段はまん丸く開いている目をスッと細めた。
(あらら、あの勇者の小娘も可哀想に…大魔王の嗜虐心に火が着いちゃった。
ハドラーもだけど、完全に玩具認定だね。
ご愁傷様~)
ハドラーが部屋にいた時とは打って変わって、屈辱に顔を歪ませたドラの表情でも想像しているのか上機嫌なバーンを見ながらピロロは心の中で同情した。
(まあ、その時はせめてボクが首を刈り取ってあげるとしよう。
死神からのせめてもの手向けだ)
キルバーンが手に持った大鎌をギラリと光らせる。
ちょうどその頃、貧血で意識を失い仲間からの看護を受けていたドラはというと…
(『あ゛ぁ!? なんか今すっごい腹立った!!
とてつもなく見下されてる気がする…!!
誰だか知らないけど絶対跪かせてやる…!!!』
怒られるのが嫌でずっと耳を塞いで意識の奥底に引っ込んでたと思ったら開口一番それ?!
『わ~ん、ごめんなさい~!
だってみんな本気で怒ってたんだもん~~~っ!』
次からはちゃんとあなたが表に出なさいよ!
というか元々あなたの体よ?!
『え~、まだみんな怒ってるかもだし…
もうちょっと今のままでよくない?』
よくない!
こちとら成人してから何年経ってると思ってるの!
12歳女児ムーブなんて三分でさえキツイのよ…!!
『え~』)
「う~ん…」
「ドラちゃん…魘されてる…」
「早く、休める場所へ連れて行こう」
「ポップさ~ん…っ!」
遠くからポップの名前を呼ぶ声が聞こえる。
「あっ…メルル!
どうしんたんだよ、なんでここに…!?」
「はあっ…はあっ…
物凄い爆発が見えて…
大丈夫ですか? 怪我は…!?」
メルルはポップ達の帰りを待っていたが、バランとドラの戦闘で起きた爆発は遠いテラン城からも見えた。
テラン城に安置された『竜水晶』に映し出された映像で傷だらけのポップの姿を見るや、いてもたってもいられず駆けつけたらしい。
服はボロボロだが、ちゃんと立って歩いているポップを見て安堵の表情を浮かべた。
「良かった…ご無事で…
…ドラさん? 大丈夫ですか…顔色が…!」
全員を見渡すと血の気の失せた顔色でクロコダインの腕の中、意識を失っているドラに気づく。
「ああ…俺達は大丈夫だ。
ただこいつだけとんでもない無茶してさ、どこか休める場所に連れてかねぇと…」
「で、でしたら、私とおばあさまが暮らしている小屋に来てください!
狭いですが、体を休める程度は出来ます!
それにテラン城よりはここから近い場所にありますので…!」
「本当かいっ!? そりゃ助かる!!
お言葉に甘えさせてもらうぜ!」
「はいっ…!」
二人の様子を見たレオナが小さく「恋バナ案件ね…」と呟いた。
こうして一行はメルルとナバラが暮らす小屋へと向かったのである。
そして一行に向かって、忍び寄る魔の手が二つ…
「勇者ドラ…! 大魔王様の命だ、必ずや貴様を生け捕ってくれる…ッ!!!
行くぞッ、ザボエラ!!」
「ハッ!」
追い詰められた形相のハドラーと、声は殊勝ながらも侮ったような表情でハドラーを見るザボエラがドラ一行へと差し迫っていた。
大魔王バーン
ドS。好きな子は虐めるタイプ。
今までは「なんか勇者とかいう小娘、邪魔だな」程度に思っていたが気の強いドラを玩具認定。
暇潰しのターゲットにした模様。
ドラ(ディーナ)
ドS。見下してくる男を逆に見下したい。
分化した魂が戯れあっていて同化せず、意識がなかなか戻らない模様。
ハドラー
ドS。上司からの無茶振りで胃が痛い。
見下すのは好きだが見下されるのは本来我慢がならないので、今の状況は身を削られるほど辛い。