「ポップがハニートラップに引っかかってる…!」
「なに…ッ!」
「なんだ…ッ!?」
ドラの叫び声によって叩き起こされたヒュンケルとクロコダインは流石というべきか、素早く周囲を見回し状況を判断した。
開かれた小窓から外を見れば地べたに転がるポップと、ポップを庇うようにして立つマトリフの姿が…
さらに奥には震えながら疼くまるザボエラ、そして己の拳をじっと見つめ佇むハドラーがいた。
寝台から飛び出し裸足のまま外へと駆けるドラを二人は武器を手に慌てて追いかける。
しかし…
「ヒュンケルは中にいて! レオナ達を守って!!」
「ぐっ…!」
以前ならば誰に指図されようと己の思うままに行動していただろうが、アバンの使徒としての使命に目覚めたヒュンケルをドラの言葉が押しとどめた。
小屋の中にいるレオナ姫とメルル…そしてメルルを心配して老体に鞭打ち駆けつけたナバラ。
ドラの言う通り、いまだ意識を失っている女性達を放置はできない。
「…ッ! 全員の安全を確保したらすぐに行く!!
それまで持ち堪えろ!!」
その言葉を受けたドラとクロコダインは視線のみで応と答えてポップのもとへと駆けつけていった。
「ふん、ちったぁ成長したみたいじゃねぇかバカ弟子。
あんなお粗末な騙し討ちをくらってどうなる事かと思ったけどよ…
まあ、お前にしちゃあ及第点ってとこか」
「チッ…相変わらず手厳しいぜこのクソジ…クソ師匠はよ…!」
「クソは余計だバカ弟子」
空中から降り立ったマトリフが弟子であるポップに辛口の評価を下す。
立ち上がり、窮地を救ってくれた師に心の中で感謝しつつも憎まれ口を叩くポップ。
しかしその口元が綻んでいるのを見たマトリフがニヤリと口角を上げて、同じく憎まれ口で返した。
マトリフの顔を見たハドラーの脳裏に、かつて勇者アバンが自身を封印した時の光景がまざまざと蘇った。
そう、あの時…思えばあの時からだ。
魔王として君臨せし自身の栄光に陰りが差し始めたのは…! アバンのほかに二人、武闘家と魔法使いがいた…
「思い出したぞ貴様…アバンに味方してこのオレに楯突いた、人間界最強の『大魔道士』とか
「よお、元気そうじゃねえか…三流魔王!」
「なんだと貴様ァッ…!!」
「てめえが成仏しやがらねえおかげでいらぬ手間が増えたぜ。
おかげでこの年になってものんびり隠居もままならねぇ…
…まあいいさ、娘の成長を見れずに逝っちまった
大魔王バーンとかいうクソッタレを倒すついでだ。
いっちょどデカい花火にして打ち上げてやるよ。
景気付けに、パァッとなぁ…!」
「言わせておけば老いぼれめが…!!
貴様になぞ用は無いのだッ!!!
今度こそ、そこの小僧もろとも貴様を葬って…」
「ポップ! 大丈夫!?」
「無事かっ、ポップッ!!」
「…ドラッ!! 貴様のせいでオレは…オレはあぁッ!!」
ドラの顔を見た瞬間、アバンとマトリフの事を思い出した時の比ではないほどに激昂するハドラー。
駆けつけたドラは背中を撃たれ頭から血を流しているポップに回復呪文を施し、クロコダインはマトリフの前へと進み出てその巨躯を盾とした。
「ドラ! 良かった…目が覚めたのか!」
「うん、ごめんね心配かけて…
ポップこそ、大丈夫?」
「ドラッ!!! 大魔王様の命により貴様を生け捕ってくれる…!
逆らえばこの場にいる人間を全て殺す! 観念せよッ…!!」
ハドラーが手を振り上げて魔力を練る。
ハドラーの頭上で圧縮された魔力が熱を帯びて閃光を発した。
「そうはさせぬ!!」
「くっ…!!」
ハドラーが魔力を練り上げ放とうとした
「獣王…! 小癪な…!!
これならどうだ…
「おい、どきな。
クロコダインを下がらせてマトリフが前に進み出た。
ハドラーによって放たれた凄まじい閃熱がマトリフの
ハドラーに引けを取らない…いや、余裕で応戦する師を見てポップとクロコダインは感嘆の声を上げた。
「す、すげえ…! さすが師匠…!」
「なんと…人の身でありながらハドラーの魔法に対抗できるとは…!」
「ぐぐぐっ…!!
に…人間ふぜいが
「てめえの専売特許だとでも思ってたのか?
おめでたいヤツだ!!」
「ザボエラァッ!!! いつまで狼狽えておる!?
とっととオレに加勢せんかぁッ!!!」
いまだ疼くまり腕を抑えていたザボエラにハドラーの叱責が飛んだ。
ザボエラは憤怒の形相を浮かべてぶるぶると震えながら立ち上がり、残された片腕に魔力を集中させる。
「グヌヌヌッ…!! よくもワシの腕を~~~っ!!!
許さんぞお~っ!!
「俺の事を忘れんなよなぁっ!!
ポップが魔力を振り絞ってザボエラの
4人分の
じりじりと焦がされていく木や土の匂いが鼻をつく中、額に
(ハドラーの中にある黒の
あれに引火したらまずい…!!
今から結界を張っても防げるかどうかわからない…一か八か…!)
「
ドラが空中に魔法陣を展開させる。
ポップとマトリフの目の前に出現した五芒星は、二人の手から放たれる閃熱を一つにまとめ上げていく。
「なっ…二人分の魔力を集約させただと…ッ!?」
二人分の魔力をまるで糸のように撚り合わせていく常識はずれのドラの魔力操作にハドラーだけではなくマトリフまでもが目を見開いて驚愕した。
「…
一つに撚り合わされて、細い糸のように集約したエネルギーにドラが自分の
レーザービームのように集約された閃熱がハドラーの腰から下…下半身とザボエラめがけて照射される。
地面を捲り上げて轟音を鳴らし着弾した閃熱はハドラーとザボエラを光の中に飲み込んで大爆発を巻き起こした。
(他人の魔力を無理やり束ねた上に自分の呪文もミックスして一つの魔法として撃ちやがった…!?
どう逆立ちしても俺には…
いや、この嬢ちゃん以外にそんな事出来るヤツなんかこの地上にいやしねえ…!)
爆発による暴風が過ぎ去った後…
木々を吹き飛ばして小さな村ほどの広さの大地が抉れたが、黒の
(よ…良かった~…!!
土壇場だったけど
き、奇跡…!!!)
ばくばくと心の臓が早鐘を打ち、ドラの額から冷や汗が溢れ出る。
元々貧血で血の気が失せていたドラの顔からさらに血の気が引いていった。
心配したクロコダインがドラを抱き上げて介抱する。
「大丈夫かドラ…酷い顔色だ。
お前のおかげでみんな無事だ…ひとまずは休め」
声が出ない様子のドラが無言でこくこくと頷く。
「みんな無事か!?」
女性達を小屋から避難させていたヒュンケルが爆発を見て駆けつけてきた。
「おお、ヒュンケル。
見てのとおり、全員無事だぜ…
姫さん達も大丈夫か?」
「ああ、大事ない。
…すまん、駆けつけるのが遅れた」
「なあに、気にするな! お前が姫達を守ってくれたからこそ俺たちは安心して戦えたのだ」
「ああ…」
思い詰めた表情で謝罪するヒュンケルにクロコダインが鷹揚な言葉で励ましを送る。
大らかなクロコダインの態度にヒュンケルは表情を和らげた。
幸いにして小屋にも大した損傷は出ていないようで、ハドラーとザボエラの脅威を退けた一行は雰囲気も明るく中へと戻る。
ただ一人…ハドラーが生きている事を確信しているドラの顔色だけは青白いままだった。
「ところでポップ。
罠にかかったと聞き心配したが大丈夫だったのか?
ハニー?トラップだったか…」
「はあ!?」
「ハニートラップとは一体どのような罠なのだ?」
クロコダインの疑問にヒュンケルが答える。
「ハニートラップとはいわゆる色仕掛けのことだ。
通常、目的のために女が男を色香でもって誘惑する事を言う」
「むぅ…女が男を…なるほど。
人間の考える罠は興味深いな…」
「ドラが「ポップがハニートラップに引っかかってる」と叫んでいたが…
そうなのかポップ?」
この状況で、このような場所で?
責めているというよりは純粋な疑問からヒュンケルはポップに問いかけた。
「引っかかってねえよ!!
おいこらドラ!! お前の中の俺の扱いどうなってやがる!?」
「えっ、引っかかってないの…!?
だってザボエラがポップを誘惑しようとしてマァ…いにゃあああ…!!」
ギリギリと頬をつねってポップがドラの言葉を遮った。
「なんで知ってんだよ…
そしてなんで引っかかった前提なんだよ…!」
「うぇぇん…ひゃなしてぇ~…」
よくはわからないがポップはハニートラップに引っかかってはいないらしい。
クロコダインとヒュンケルはじゃれる二人を見てひとまずは胸を撫で下ろしたのだった。
ドラ「いや、だって原作ではあんなに不自然に登場した偽マァムにあっさり引っかかってたから当然罠にかかってるものだと…
この世界のポップにいったい何が起きたんだろう…?」
クロコダイン
武に明け暮れてきたため『ハニートラップ』という言葉を知らなかった。
『色仕掛け』はわかるが種族の特性(ワニは通常オスからメスにアプローチする)もあって、「女が番になりたいでもない男を誘惑する」という行為にいまいちピンと来ていない。
ヒュンケル(幸運E)
若干天然が入っている。
ハニートラップは知っていたが、こんな場所で誰が?どうやって?という純粋な疑問を持つ。
今回駆けつけるのが遅れたが、幸運値を考えたらその場にいなくて正解だった。
ポップ(幸運A+)
ドラによる熱い風評被害。
原作では一度死んで蘇生、瀕死状態のうえに薬まで嗅がされていたから思考力がだいぶ鈍っていた。
この世界では誰かさんのおかげで騙されずにすんだ。
マトリフ(98歳)
ポップやクロコダイン、ドラの加勢もあってだいぶ体力に余裕がある状態でハドラーを撃退できた。
おじいちゃん、長生きしてね…!