ランカークス村へと続く街道に降り立った一行はドラの魔力に耐えられる杖について情報収集をするため、さっそく村で唯一という武器屋へ向かうべくポップに道案内を頼もうとした。
なんと言っても彼の生まれ故郷だ。道案内はお手のものだろうと全員が期待の眼差しを向けたのだが…
「じゃ、みんな後は頼まぁ。
…俺、ここで待っててやるからよ」
そう言って芝生に寝転がるポップにチウの足蹴りが炸裂する。
「職務怠慢は許さんぞっ!! コラッ!!!」
「…いでっ!?
あ~~~っ!! うるせえなもう!!!
地元だからヤバいんだよっ!!!
…俺さ、アバン先生の弟子になりたくって家出して押しかけ弟子になっちまったんだ。
だから…ヤベえんだよな。
…うっかり親父にでも出会っちまったら、殺されちまうよ!!」
「大丈夫だよ、殺されないって」
「知らねえからそんなことが言えるんだよ!!
ウチの親父はおめえんとこみたいに理知的じゃねーんだっ!!」
(いや理知的ではない、全然理知的ではない。
理知的な人は八つ当たりで二つも三つも国を滅ぼしたりはしない…)
遠い目になったドラに変わってマァムがポップに道案内を促す。
「…でも、ポップの実家って武器屋でしょ?
このランカークス村に本当に手がかりがあるのなら、立ち寄らないわけにはいかないんじゃないの…?」
「…わ、わかったよ。
そのかわり場所教えるだけだぞ…!!」
渋るポップの手を引いて長閑な村の中を進んでいく。
何度か小道を曲がったところでピタリとポップの歩みが止まった。
「店はその先だ、俺はここで待ってるからよ…!」
そう言って引き返そうとするポップだったが、武器屋の扉を開けて中から出てきた人物を見たドラの一言で踵を返した。
「あ…あの女の人、もしかしてポップのお母さん?」
ポップによく似た面立ちの女性が店から出てきた。
開店中の目印になる看板を店先に吊るそうと踏み台に足をかけた…が、踏み台を置いた場所が悪かったらしい。
足をかけた瞬間に踏み台が倒れ、バランスを崩した女性が石畳に背中を打ち付ける形で倒れ込む。
「かっ、母さんッ!!!」
瞬間、勢いよく飛び出して行ったポップが女性と石畳の間に体を滑り込ませる。
女性はよく状況が飲み込めないようだったが、自分を助けようと下敷きになっているのが家出をしたきり一年間も音沙汰の無かった息子だったとわかるや目に大粒の涙を浮かべた。
「ポップ…? ポップかい!?」
「………母さん、ごめん…ごめんよ…!」
「…ポップ!!」
一年ぶりの親子の再会。
ポップは今15歳、一年前に家出した時はまだ14歳だ。
いくらこの世界の成人年齢が低いと言っても村から出たこともないような意気地のない少年が、元勇者の家庭教師と名乗り一人きりで旅を続ける胡乱げな青年についていったとなればそれは心配どころではないだろう。
一瞬、誰なのかわからないくらいに逞しく成長した我が子が夢では無いのを確かめるようにポップの母…スティーヌが力強くポップを抱きしめる。
ドラ達も再会に水を差さぬよう、少し離れた場所から二人を見守った。
「ポップさん、無理なさってたんですね…」
「本当は会いたくてしょうがなかったのね…」
「やれやれ…まだまだお子様なんですね、あいつは」
「ピィー」
母親に謝罪を繰り返しながらポロポロと泣くポップを優しく見つめるメルルとマァム…と、一応チウ。
ドラも同じように母と再会したポップを見守る。
…が、
(この後って確か…)
バァンッ、と閉じていた武器屋の扉が勢いよく開いて中から大柄な男性が出てくる。
男性は石畳に座るポップをジロリと睨むと、ふるふると震えながらポップの肩に手を置いた。
「勝手に家を出ていったきりで一年以上も音沙汰無し!!!
今更どのツラ下げて帰ってきやがったんだあッ!!!
このクソガキがあぁあーーーッ!!!」
「うぎゃああああーーーっ!!!」
小さな村の通り一帯に響き渡る怒鳴り声をあげながら、ポップを担いで振り回した男性…父ジャンクはそのままの勢いでポップを石畳に叩きつけた。
痛みに悶えるポップだったが、怒髪天をつくジャンクの猛攻と罵声は止まらない。
突然聞こえてきた怒鳴り声と絶叫に、近所の人たちもなんだなんだと家の中から顔を出してきた。
「わあ、あれってプロレス技のバックブリーガーって技だっけ?
痛そ~」
「う~ん、よく似てるけどちょっと違うかしら…
あ、あれは腕ひしぎ十字固め…あれは痛いわよ!」
「ピィ~ッ…!」
「ドラさん! マァムさん! 呑気なこと言ってないであの人を止めてください!
あのままじゃポップさんが死んじゃいます…!」
「あら? あれポップ君?
帰ってきてたのね」
「ほっほ、ジャンクのあの怒鳴り声も久々じゃのう」
「ねぇ、「根性なしがいなくなってせいせいしたぜ」なんて強がってたけどやっぱり寂しそうだったもんねぇ」
「ポップにいちゃんがんばれ~」
「おいどっちに賭ける? おいらあと10分!」
「ポップ兄ちゃんがそんなもつわけねぇだろ!
あと5分で泣き喚いて土下座するに3
「ならばぼくは5分で土下座した後に余計な一言を言ってまた怒らせるに5
「むぅ、鋭い…! 大ねずみのくせにポップ兄ちゃんのことよく知ってる読みしてんな…」
「ジャンク! ほどほどにしてやれよ~!!」
「おかえり、ポップく~ん!」
集まってきたギャラリーがやいのやいのと野次を飛ばす。
母からの優しい出迎えと父からの激しい歓迎…そしてご近所の人々の温かい?声援を受けて、ポップは故郷ランカークス村へと帰郷を果たしたのであった。
「いやあ、まったく申し訳なかったねぇ。
お客さんが来ているとは知らず、恥ずかしいところを見せちまって…」
ひとしきり再会の歓びを爆発させたジャンクが朗らかな笑顔でドラ達に挨拶をする。
スティーヌも突然の大人数での来客にも関わらず、家出した息子を連れ帰ってくれたドラ達に笑顔でお茶とお茶菓子を振る舞い歓迎してくれた。
「…しかし、ウチのバカ息子が本当に勇者の手助けをしていたなどとは…
信じられんよ、まったく…!
どうせ、みんなの足を引っ張っとるんだろう?
こいつは昔から根性が無えからなあ!」
我が子の生まれついての根性の無さを知るジャンクは、半ば確信した様子でいまだ鉄拳制裁の痛みに涙目になっているポップを睨みつけながら言った。
「いいえ! ポップさんは勇者様パーティの立派な魔法使いですわ!」
「そうです、ポップと一緒だったから私達ここまで頑張って来れたんです」
「一番頼れる仲間です」
「…ほう?」
女性達から次々あがる意見がよほど意外だったらしいジャンクは、半信半疑ながらも少しは役に立っているのかとまじまじとポップの顔を見た。
「ところで、ジャンクさんにお聞きしたいことがあるのですが…」
「ん? なんだね?」
「ロン・ベルクという方をご存じありませんか?
私、その方に武器を作っていただけないかと思って…」
「お嬢さん、ロンのこと知ってるのか…?!」
「誰だぁ? その…ロンなんたらってのは…」
「ロン・ベルク。ラーハルトの魔槍やヒュンケルの魔剣の制作者の名前だよ。
剣だけじゃなくて杖も作れる魔界最高の名工。
その人に私の杖の制作をお願いできないかなぁって…」
むぅ、と唸って腕組みをしたジャンクが口を開く。
「そこまで詳しく知ってるんなら、ロンの住処に案内してやってもいいか…
けれどなにせ気難しい奴だ。
案内はするが武器を作ってくれるかの保証は出来んぞ?」
「かまいません、お願いします!」
「無理だな、帰れ」
ジャンクの案内とメルルの感知による助言のもと、ドラ達は森の中にひっそりと佇むロン・ベルクの住処に辿り着く。
家の前でちょうど外出から戻ってきたロン・ベルクと鉢合わせしたドラ達は話を聞いてもらう前に門前払いされそうになるが、ジャンクのとりなしでなんとか話だけは聞いてくれることになった。
そうして話を聞き終わったロン・ベルクが言い放ったのが先の一言である。
迎え入れられたロン・ベルクの住居…どうやら元は猟師が使っていた作業用か休憩用の小屋を鍛治場に改装したらしい。人が住む空間としては殺風景としか言いようが無かった。
床は板ではなく土が剥き出しのままだし日用品と鍛治に使うであろう種々の道具以外、嗜好品と言えるようなものは彼が手にしている酒瓶くらいである。
本当に飲んで、寝て、酒代代わりの剣を打つ以外の事はしていない生活なのが見て取れた。
目の前で酒瓶から直に酒をあおる人物、ロン・ベルクは魔族の特徴である青い肌に大きく尖った耳を持つ大柄な壮年男性だった。
男性には珍しいくらい長く髪を伸ばしており、癖一つない流れるように美しい黒髪は世の女性達が羨むほど濡羽色に輝いている。
しかし髪以上に目が行くのは顔に大きく刻まれたバッテン型の傷跡だ。
地の肌よりも薄い色になっている傷跡はかなり古いものらしく、皮膚が引き攣れたまま完全に馴染んでしまっていた。
これでもかと個性を詰め込んだ魔族の壮年男性は、隠居をするような年齢でもないであろうに人間界の片田舎の、さらに森の中で隠遁生活を送っていた。
余生を過ごすかのような生活をしている彼の目には諦めと失望が色濃く浮かんでおり、まるでその絶望こそが酒の肴とでも言うように何かをつまむでもなく淡々と酒をあおり続けている。
(おお、この人が魔界最高にして最強の剣士ロン・ベルク…
魔族ってみんな人間より体格大きいなあ。
魔界じゃなくて地上にいるのって大魔王バーンの目を逃れて流れて来たのかな…?
でも何もわざわざこんな森の奥に住まなくても楽しいこととか面白い場所なんていくらでもあるのに…)
変な人だ。とドラは目の前で椅子に座り酒を飲み続ける人物に心の中で総評を下した。
「俺はもう二度と気合いを入れて武器を作ることは無い。
ましてや伝説の武器にも匹敵する世界最強の杖などと夢みたいなことを…
早く帰んな」
「えぇ…ロンさんに杖作ってもらえないとなると杖無しで魔王軍に挑まなきゃならない…
さすがにそれはしんどい…」
「…おい、あんた。
あんた、魔族だから魔王軍の味方しようってんじゃ無ぇよな…?!!」
あおっていた酒瓶を強くテーブルに置いてロン・ベルクがポップをジロリと睨む。
「…武器屋に善も悪もない。
興味はただひとつ…
自分の作った武器がどれだけの威力を発揮してくれるかだけだ。
ところがどうだ! 最近はろくな使い手がいやしない。
所詮は強力な武器も持ち主がバカじゃ飾りみたいなものよ。
…アホらしくなったんで武器作りはやめたのさ…
杖が必要ならジャンクにでも作ってもらいな。
かつてはベンガーナ王宮随一の鍛冶屋だったんだ…
杖の一本くらいは作れるだろうよ」
「やめねえかロン!! 古い話は…!!
それに、俺は刃物専門なんだ!
杖やロッドは門外漢だってんだよ!!」
ジャンクにとっては王宮に勤めていたのはあまり胸を張って語れる過去ではないらしい。
照れ隠しに怒鳴るジャンクを見て笑いながらロン・ベルクがグイッと酒をあおる。
「…だからよ、早く帰ったほうがいい。
魔法使いなんだったら、そこそこの杖ならどれを使っても大差ないだろう…
自分の魔力を底上げする努力をするほうがよっぽど有意義だぞ」
「これ以上?」
「なッ…??!」
ドラが少しだけ魔力を解放して家の中の魔力圧を上げた。
ズンッ…という鈍い衝撃が全員に圧しかかり体がずっしりと重くなる。急に息苦しさが増して、呼吸すらままならなくなっていく…
魔法使いのポップや感応力に優れたメルルはもちろん、武闘家のマァムや魔力に乏しいジャンクまでもがあまりの圧力に膝をついて震えた。
ドラが人間ではない事をうすうす気づいていたロン・ベルクも、ドラが隠し持っていた魔力量と圧力を受け額から一筋の冷や汗を流す。
「これ以上魔力の底上げしようと思ったら、やっぱり私の魔力がちゃんと通せる武器が無いと無理。
ロンさんの作った鎧の魔剣に
ロンさんの作った魔剣でさえ私の魔力に耐えきれそうになかったんです。
この世に私が全力で魔力を流して耐えられる杖なんか、そうそう存在するとは思えない」
「真魔剛竜剣だとおっ…!!!」
『真魔剛竜剣』の名を聞いたロン・ベルクがそれまでののらりくらりとした態度を一変させてドラへと詰め寄った。
ドラの両肩を強い力で鷲掴んで質問を浴びせかける。
「今、叩き折ったと言ったか…
しかも俺の作った剣に
俺が作った『鎧の魔剣』は魔法を全て弾くのにどうやって
詰め寄られたドラは眉一つ動かさずに質問に答えた。
「ロンさんが魔剣にかけた『
けど、一瞬でまた弾き返されちゃった。
持ち主以外に良いようにされたくないのか…私の魔力が馴染まなくって全然言う事聞かなかったの。
あの魔剣、持ち主に似てほんと可愛くなぁい」
「魔力で…こじ開けた…!?」
予想だにしないドラの返答に放心状態になるロン・ベルク。
両肩を掴まれたままのドラは目の前で大きく見開かれているロン・ベルクの目を真っ直ぐに見据えながら、口角を上げて挑発的に言い放つ。
「不足? あなたの武器を振るうのが私では」
「………フッ…
フハハハハハッ!!!
いいぞ!! そいつは凄い!!!
気に入ったッ!!!
俺の武器を魔力で無理やりねじ伏せた上に、究極の武器である真魔剛竜剣までを叩き折るとは…!!
無茶苦茶しやがる!! たいした小娘だ!!
ワハハハハハッ…!!!」
「小娘じゃなくてドラね」
ドラの抗議は込み上げてくる笑いを抑えきれないロン・ベルクの耳にはまったく届いていないようだった。
ひとしきり笑ったロン・ベルクはドラに向いて武器作りを了承する。
「いいだろう、作ってやるよ。
この世に二つと無い、地上最強の杖をな…!」
「本当ですかっ!?」
「ああ、しかしその前に…
いい加減、その魔力を引っ込めろ。
ねずみが泡吹いてひっくり返ってるぞ」
「きゃああッ!? チウちゃんごめん!!
メルルちゃんも…! しっかりして!!」
ドラがうっかり放ち続けていた魔力のせいでチウとメルルは昏倒…
ポップやマァム、ジャンクも魔力圧が納まるや否や外に駆け出して必死に呼吸を繰り返した。
唯一、ゴメちゃんだけは常と変わらぬ様子だった。
全員に謝り倒しながら介抱するドラを酒の肴に、ロン・ベルクは楽しげにグイと酒をあおる。
ドラを映すその瞳には、自身の作った最強の杖を振るうドラの姿がすでに見えているかのようだった。