ドラの杖作りに必要な素材を手に入れた一行はクロコダインとヒュンケルをパプニカに残して再びロン・ベルクの工房を訪れた。
クロコダインとヒュンケルには
そうした人々が突然の魔王軍の襲撃にパニックを起こして危険に晒されないよう、周囲の兵士達と連携して避難を優先させてほしいとの要望を伝えたところ二人は快く頷いてくれた。
森の奥の工房にて入手した素材…覇者の冠、覇者の胸当て、竜魔石をロン・ベルクに渡すと、予想以上の良質な素材に驚きを隠せない様子だった。
ロン・ベルクは興奮した面持ちで素材を鑑定し、急ぎ炉の準備をしたかと思うとドラを椅子に座らせて両手を出すように命じた。
そこからは、炉の火勢が落ちないように注意をしつつもドラの手を色々な角度から見たり押したり曲げたり…
実際に武器を持った時の姿を幾重にも思い描き、これから作る武器の形を研ぎ澄ましていっているのだろう。
それがいかに重要な作業なのかを理解しているドラはされるがままに両手を差し出した。
外で待っているポップ達が窓からチラチラとこちらを覗いては、向かい合ったまま槌も持たず動こうとしないロン・ベルクに焦れた様子でため息を吐く。そしてまたこちらの様子を伺うという事を何度も繰り返していた。
「あの、ロン・ベルクさん…聞きたい事があるんですけど…」
「さん付けは不要だ。ベルクも。
…で、何だ」
「じゃあ…ロン。
ロンってなんで大魔王バーンに仕えなかったの?
どうして地上に来たの? 魔界にいたほうが良い素材あるし、強い人も大勢いたんじゃないの?」
過去の経緯を問われたロン・ベルクが落としていた視線を上げてドラの顔をじろりと睨みつけた。
「俺が大魔王バーンに仕えていた事を誰かに聞いたのか?」
「うん、私の仲間がロンの作った槍と剣を持ってる」
「なるほど…それで俺の事も知っていたわけか。
…で、大魔王バーンのもとをなぜ離れたのかを聞きたいと?
生憎それをお前に教えてやる義理は無いな」
「バーンのもとにいたら自分の武器作りの腕に磨きがかからないから?」
大魔王バーンと袂を分かった理由をズバリと言い当てられたロン・ベルクは先ほどよりも一層キツくドラを睨みつけた。
「お前、なぜそれを…! どこまで俺の事を知っている!?」
「ちょっ、痛い痛い痛いっ!! 手、離して〜ッ!!」
人間よりも数段上の握力を持つ魔族…それも力仕事である鍛治を生業としている成人男性に手を強く握られたドラが悲鳴を上げる。
尚も手を離さずに「答えろ」と、詰め寄るロン・ベルクにドラが「わかった! 離してくれたら話すから!」と叫んでようやく解放された手を涙目でさすりながら言葉を返した。
「あいたたた…。も〜…杖が出来る前に手が砕けるとか笑い話にもならない…
私が人間じゃないのはわかるでしょ?
それに関連して、ちょっと特殊な事情で人より見えるものが多いだけ…
ロンが大魔王バーンに失望して魔王軍から離れたのは知ってるけど、それ以上は知らない。
せっかくの機会だから詳しい事情が聞きたかっただけ!」
ほら、答えたよ!と抗議するドラにロン・ベルクは再び手に視線を戻して語り出す。
「ふん…、なるほど?
まあ、そういう事にしておいてやろう。
そうだ、俺は大魔王バーンに失望したんだ。
奴の武器に対する志があまりにも低かったんでな…!!」
その言葉を聞いたドラが首を傾げながら重ねて質問をした。
「そこがよくわからないんだけど…
だって、武器作りにはどうやっても素材が必要でしょう?
表向きはバーンに従ったふりをして、自分の腕を磨き続けるっていう道もあったんじゃないの?
で、なくたって…
魔界には地上なんかとは比べ物にならないくらい凄い素材がたくさんありそうなのに…
なんで大魔王バーンのもとを離れた上に地上に来たの?」
気分転換に観光でもしに来た?
その言葉を聞いたロン・ベルクは鼻で笑った後魔界を離れた経緯を語り始めた。
「口が減らない小娘だ。
お前の言うとおり、魔界には武器作りに適した素材も、強い魔族も掃いて捨てるほどいたさ。
それこそ大魔王バーンのもとには魔界中から大量の貢物が毎日届いていたしな…
…だがな。
どいつもこいつも、俺が作った武器を手にした途端に自身を鍛えるのをやめちまう。
強くなると同時に成長しなくなるんだ…!
俺が心血を注いで鍛え上げた武器を手にした途端にそいつ自身が弱くなっていく姿は、まあ見れたもんじゃなかったよ。
おまけに魔界じゃ弱肉強食が必定…
昨日まで他の魔族に虐げられていた奴が、俺が作った武器を手にした途端にそれまで虐げていた奴を追い回す。
俺の作った武器の性能に頼り切ってただ他人から奪うだけの獣に成り下がるんだ。
うんざりして魔界を離れたって仕方のない話だろう?」
ロン・ベルクの言葉を受けてドラはううむ、と唸って頭の中で想像を巡らせた。
(自分で材料を集めてこつこつと一生懸命ひみつ道具を作るドラ○もん、ならぬ武器を作るロン・ベルク…
そこへ泣きべそをかいたの○太君が
「うわあ〜〜〜ん、ロン・ベルク〜!!
ジャ○アンが僕をいじめるんだ〜!!」
「はい、の○太君! SIG MPX サブマシンガン〜!」
「わ〜い、ありがとう! これでジャ○アンをやっつけるぞ〜!!」
「でもね、の○太君…武器にばかり頼ってちゃ強くなれないよ?
ちゃんと自分も鍛えないと…」
「ヒャッハ〜〜〜!!!」
…で、ジャ○アンを倒すに飽き足らずにそこかしこから略奪を重ねるようになるの○太君。
武器の性能が良すぎて自分が強くなる意味なんて見出せなくなるのか…
なるほど、作り手側からしたらそりゃ嫌にもなるわ)
更に考えを巡らせると、何故大魔王バーンがハドラーに目を付けたのかも理解出来る気がした。
クロコダインやヒュンケルを見ていると戦士が鍛錬をするなど当たり前のように思えるが魔族の基準からすると例外らしい。
バーンから見れば魔王時代のハドラーなぞ小物も良いところだったはずだ。だというのに死の淵からわざわざ蘇らせたのは、強さを求めて自身を鍛え続けるハドラーが魔族の中で一際異彩を放っていたからか…
深く納得してロン・ベルクの話にうんうんと頷くドラ。
力強い同意を得たロン・ベルクはさらに地上を目指した経緯を語った。
「魔界の連中に嫌気が差した俺は一縷の望みを抱いて地上に来た…
人間は魔族に比べたら脆弱もいいところだからな。
弱い人間なら、慢心せずに己を鍛え続ける強い心を持った奴がいるかと思ったが…
数十年探したがそんな奴は一人もいやしなかった…!」
長年吐き出せなかった不満を吐き出したからか、どことなくスッキリとした表情になったロン・ベルクにドラがもう一つ気になる事を尋ねた。
「…大魔王バーンの目的に手を貸す気はなかったの?
地上にいる私達からしたら迷惑千万だけど、『荒れ果てた魔界の未来のためにその力を奮ってほしい』なんて…
普通魔族なら誰もが手を貸してあげたくなるものなんじゃないの?」
『魔界の神』などと異名を持つ大魔王バーンから直々に、「魔界の未来のためにお前の力が必要だ…」などと聞こえが良すぎる誘い文句を受けて、それを拒否したロン・ベルクには何か隠された意図や事情があるのではないか。
ドラはそう思ったのだ。
「興味がない」
一刀両断、理由も何も無かった。
単純にロン・ベルクが自身の強さと武器作りへの飽くなき探求以外の事柄に微塵も興味を抱いていないだけだった。
あまりにもあっさりとした回答にドラが「あ、そう…」と気の抜けた返事を返した時だ。
「それとな…」とロンが言葉を続けた。
「あいつは魔界の未来なんて考えてはいないぞ」
「…なんでそう思うの?」
「奴の目だ。あいつの目の中には俺も、俺の武器も、奴が指し示した魔界の空も、何もかも映し出しちゃいなかった…
奴がその目の中に映しているのは、『奴自身』だけだ。
俺はそう感じた…だから何を言っても無駄だと思ってとっとと離れたんだ」
「ロン…! 実は凄い人だったんだね…!!」
「おい、俺を舐めてるのか武器作りやめるぞ」
大魔王バーンの本質を見抜いていたロン、ベルクに、ドラがほおっ…とした溜息と共にキラキラとした称賛の眼差しを送った。
不本意な称賛を受けたロン・ベルクが今度はこちらの番だとドラに質問を投げかける。
「おい、今度は俺の質問に答えろ。
お前はこれから俺が作る杖を持って何を成す?」
「へ…? な、何を成すって…
大魔王バーンをブッ飛ばす」
「それだけか? 真魔剛竜剣を折ったのは聞いた。
俺が追い求める究極の武器、真魔剛竜剣…
それを折って、『魔界の神』と称される大魔王バーンを倒して、そこまでしてお前が成したいものはなんだ?」
質問の意図が読めずにドラは困惑した。
ドラの困惑を読み取ったロン・ベルクが、話を続ける。
「俺はな…最強の人間と最強の武器が合わさった姿が見たいだけなんだ。
ただ強者を打ち破りたいというだけなら、今まで俺が武器を与えた下らん連中となんら変わらん」
で、どうなんだ?!と、ロン・ベルクが語気を荒げて言い放つ。
(ああ、なるほど…
武器にかける想いというか…強くなりたいっていう根幹の志が知りたかったのか。
確かにダイ君みたいに「真魔剛竜剣に打ち勝って、地上に平和を取り戻したい」っていう純粋な心で武器作りお願いしてないもんね)
ドラがロンに武器作りを依頼した理由は「魔王軍を相手に最強の杖で戦いたいから」で、差し出した提示は「自分ならロン・ベルクの武器の特性を十二分に理解して振るう事が可能」の二つだ。
ロン・ベルクの理想の武器作りへの道程として、それだけでは些か「足りない」と思われたのだろう。
そう理解したドラが包み隠さず本音を語る。
「私の成すべき事はただ一つ…
大魔王バーンを倒して、世界を救う事。
それだけ」
「ふん、世界を救うとは…
それはまた大きく出たもんだ。
驕りと慢心は強さを探求する者にとって天敵だ。
そんな志で、最強の武器を振るうに相応しい者足り得るとでも?」
「そうかな? 『大切な人を幸せにする』っていう願いよりかは簡単な目標だと思うけど」
ピクリ、と魔族特有の大きな耳が反応した。
今までの会話中、ずっとドラの手を眺めていたロン・ベルクが再びドラの顔へ視線を向ける。
「私の願いはたった一つ。
おじいちゃん、お父さん、お兄ちゃん…それに友達と仲間達…
大切な人達みんなに、ただ日々を幸せに過ごしてもらいたいだけ」
その光景を思い浮かべたのだろう。
炉に照らされた顔が甘くうっとりと、火にかけた砂糖が溶けるように愛情が溶け出していくのが見てとれた。
しかし次の瞬間、その表情は一変する。
まるで煮えたぎるマグマのような激しさを伴い、喉の奥から絞り出すような声が低く響いてきた。
「…けれど! 『地上侵攻』なんてふざけた事を抜かしてる大馬鹿者のせいで、私の大切な人達の幸せが脅かされてるのよ…!?
許せないッ…!!
ロン、私はね…自分なんかよりも遥かに優しくて、純粋で、大きな志を持った『真の勇者』を知ってる…
その人の純粋な願いを前にしたら、私がこの戦いにかける想いなんて足元にも及ばない!
ただ大切な人が何に心を脅かされる事も無く、幸せになるために生きていってほしい。それが私の夢。
でも、幸せなんてその人の心の持ちよう次第…他人がどうこう出来るような代物じゃない。
世界を壊したくなるほど絶望している人の心を救ってみせるだなんて、それこそ驕りよ。口が裂けても言えないわ。
人々の心に希望をもたらす『真の勇者』に代わって私が出来る事はたった一つ…
自分以外の存在を全て見下して踏ん反り返って良い気になってるクソ野郎に吠え面をかかせてやる事…!
それだけよ…!!!
『魔界の神』なんて呼ばれてる奴に無様な吠え面かかせてやろうっていうのよ?
世界の一つや二つ、救えなくってどうするの?」
炉の火に照らされた瞳を爛々と燃やしながらドラが言い放つ。
その瞳を見たロン・ベルクは激しい既視感に襲われた。
それは彼がまだ30歳にも満たない若僧だった時のこと…
自身が存分に振う事の出来る強い武器作りへの道を邁進し始めたロン・ベルクは武器の素材を求め魔界を彷徨っていた。
その時彼が欲しかったのは魔界に生息するドラゴンが持つ、とてつもない硬度を誇る鱗や牙だ。
目当てのドラゴンの巣を見つけ、卵を抱いて眠っている親ドラゴンの意識を難なく刈り取った彼は必要な素材の見定めをし始めた。
違和感を感じたのはドラゴンの角に手をかけた時だ。
その種のドラゴンにしてはなんだか角が小さい気がしたのだ。
雌はもっと大きな角をしていたはず…と、思った時には遅かった。
突然背後から襲いかかってきたドラゴンの一撃を受けてロン・ベルクは地面に叩きつけられてしまった。
卵を抱いたのは雌ではなく、雌の代わりに卵を守っていた番の雄ドラゴンだったのだ。
番を傷つけられ、卵を危険に晒されていると感じた雌ドラゴンは怒り狂って凄まじい炎を口から吐き出す。
その時の燃え盛る火に照らされたドラゴンの瞳…
大切なものを傷つけられ、しかし命懸けで番の命と卵を守ろうとする雌ドラゴンの瞳は何百何千とドラゴンを狩ってきたはずの彼の瞼に焼き付いて今も残り続けている。
(結局その時はそのドラゴンを倒して素材を剥ぎ取る気になれず、そのまま退却したのだったか…)
二百年以上も前の、忘れかけていた記憶が鮮明にロン・ベルクの脳裏を駆け抜けていった。
そしてロン・ベルクは、大切なものを守ろうと爛々と瞳を燃やすドラゴンと目の前の少女を重ね合わせて槌を手に取りオリハルコンを打ち始める。
時を同じくして、パプニカに集う各国の王達を一網打尽にせんと鬼岩城がすぐそこまで迫ってきていた。
ドラ「勇者ダイにはわりとあっさり武器作り了承したのに、なんか私にはチェック厳しくない?!」
ロン・ベルク「…簡単に武器を渡したら危ないと俺の勘が告げた」
ドラ「何それ! 私間違ったことに武器使ったりしないよ!?」
※勇者ダイにあってドラにはないもの【人徳】