ドラの大冒険〜魔法特化の竜の騎士〜   作:紅玉林檎

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65_(ミスト)

~side ミストバーン~

 

少し手を伸ばせば雲にすら届かんばかりの巨体…その巨体を覆い隠すほど濃い霧の中を鬼岩城が進んでいく。

一歩、また一歩…とゆっくりと進行しているように思えるがその実とてつもない速度で進む巨人は、眼下に差し迫ったパプニカ王国の港を前に歩みを止めた。

人間が作り上げた街並みは数千年間大魔王バーンに仕えてきたミストバーンの目には、稚拙に並べた積み木にしか見えなかった。

 

(このような粗末なもの…バーン様に献上するどころか残しておくにも値しない…)

 

ミストバーンは鬼岩城を操作し、港にぷかりと浮いていた軍艦を拾い上げる。

その軍艦を玉座の間に備え付けられた巨大な水晶から束の間眺めた後、玩具に興味を示さなかった幼な子とまったく同じ仕草でそれを放り投げた。

玩具と違うのは投げた先にあった建物もろとも、満載した火薬が爆発し炎を巻き上げて木端微塵になった事だろう。

軍艦に刻まれた紋章がパプニカ王国ではなくベンガーナ王国のものであるのを確認したミストバーンはハドラーが示唆したとおり、各国の首脳陣がパプニカに集結しているのを確信し鬼岩城の進行を再開した。

 

「バーン様に楯突こうとする蟻どもめ…!! 燻り出し、焼き尽くしてくれるわ…!!!」

 

燃え盛る軍艦から上がる煙が周囲に広がるのと同時に、建物からわらわらと這い出てきた人間を見たミストバーンは「まさに羽虫の如き愚かさよ…」と呟いた。

人間が玩具のような小型戦車に乗り込み隊列を組んだかと思うと、次々と砲撃を放ってくる。

砲撃は鬼岩城を覆っている岩壁に当たりドン、ドオンッ…と派手な音を立てて岩壁を崩すがミストバーンは怒りも動揺もしなかった。

 

ギルドメイン山脈の岩肌に紛れるように偽装として付けた岩壁だ。外装としてそれ以上の意味は無く、砲撃により剥がれ落ちていくならむしろ自分で取り除く手間が省けると防ぐ事もせずにミストバーンは人間どもの好きにさせた。

砲撃による爆煙と舞い上がる粉塵によって視界が遮られる。

立ち籠める煙が晴れるまでの間…鬼岩城の操縦をしばし止めたミストバーンは敗走したハドラーの所在を突き止めた時の事を思い返していた。

 

 

 

ガシャンッ!! ガッシャァン…ッ!!

 

「ええい、あの役立たずめ…ッ!!

負けるどころか超魔生物の研究成果が詰まった記憶媒体(メモリー)までも勇者に奪われおって…!!

おまけに捕虜となって生き恥を晒す大失態…!!!

 

どれだけこのワシの顔に泥を塗る気じゃッ!?

あ、あの…ゴミ屑めが~~~ッ!!!」

 

ガッシャアアンッ!!!

 

死の大地の間近に位置する孤島。何も無い孤島のさらに奥深い岩の間に隠された洞窟。

そこからはザボエラの怒鳴り声が岩に反響して響き渡ってきた。

軍団長として召集されている間は冷静沈着な策謀家を気取っているが、怒りに駆られると見境がつかなくなるらしい。

怒鳴り声とともに手あたり次第に投げた物が壊れる音がミストバーンの耳に届いた。

 

「ザボエラ…」

「ひぎゃあっ!?? ミッ、ミッ…ミストバーン…!!!

ど…どうしてここを…!!?」

「ハドラーはどこだ…?」

 

質問には答えず、ミストバーンは感情の乗らない声でハドラーの所在を問う。

大魔王バーンから勇者ドラ生捕りを命じられたハドラーは任務に失敗。勇者ドラの返り討ちに遭いザボエラともども敗走…

生きているのか死んでいるのかすら定かではなく、大魔王より行方を追い仔細を調べよと命じられミストバーンは配下のモンスター達を駆使してザボエラのアジトを突き止めた。

 

ザボエラが生きているのならハドラーも死んではいまい…。

その思惑は当たっていたらしい。奥に続く通路から「通せ」というハドラーの声が聞こえ、ミストバーンは案内しようとするザボエラを無視してアジトの奥へと向かった。

そこで見たものは…

 

半身を吹き飛ばされ培養液に浸かりながらも、なお強さを追い求めるハドラーの姿…

地位も名誉も命も何もかもをかなぐり捨てて、ミストバーンに人間どもの目論見を打ち砕いてほしいと懇願する様…

肉体を変貌させて超魔生物となってまで己の強さに固執するハドラーを見たミストバーンに沸き上がったのは侮蔑や嘲りではなく共感と羨望だった。

 

 

ミストバーンは暗黒闘気の集合体として生まれた。

いわば魔界に漂う負の感情の寄せ集めだ。

生まれたばかりのミストバーンにあった感情は『渇望』と『破壊衝動』の二つだった。

 

足りない…壊し足りない…

 

ミストバーンが思っていたのはそれだけだ。

足りないから奪った。破壊したいから生物も無生物も関係なく壊した。

しかし何度繰り返そうが一向に満たされる事は無く、ただ本能の赴くままに魔界を延々と彷徨った。

 

そうするうちに、『思考』というものが備わったミストバーンが『器』を欲するのにそう時間はかからなかった。

魔界を彷徨って理解した事…それは『肉体』があれば満たされる事が出来るという事だ。

暗黒闘気の集合体であるミストバーンには当然ながら睡眠は必要ない。

腹を満たすための食物も、繁殖のために起こる情動も不要であり無縁のものだった。

 

しかし肉体を持つ者達がそれらを得た瞬間、『満たされている』という事に気づいたのだ。

渇きを、飢えを、情動を満たせるのは肉体という『器』が有ればこそ…!

肉体が欲しくなったミストバーンは他者から肉体を奪って、奪って、奪い続けた。しかし奪った肉体は操れはすれど、決して『自己』には成らず渇望と破壊衝動だけが増していく。

ミストバーンにとって『器』である肉体を得て、破壊衝動を満たすために強くなるという希望はすなわち永遠に続く絶望に他ならなかった。

 

同じ事をひたすら繰り返した末に偉大なる方に出逢い、価値を見出されて『大魔王の肉体の番人』となり満たされぬ思いは少しだけ癒された気がした。

しかし借り物の肉体はいつか返さねばならない。

いつの日か必ず来る『大魔王の肉体の番人』の終焉…自分の存在価値が無くなる恐怖と絶望は常にミストバーンの中で燻り続けている。

 

 

だからこそ、全てを投げ打ってでも己の欲を満たそうとするハドラーの気持ちが痛いほどに理解できた。

肉体を得て、その肉体を鍛え、自身が満たされるための強さを欲する。

ハドラーは培養液の中で身動きもままならない自分の姿を指し「みじめな姿に見えるだろう?」と言ったが、そのような事を思う筈もない。

 

それこそがミストバーンが望めども望めども手に入らなかった、自分の肉体を鍛え強くなろうとする姿に他ならないのだから…

 

 

ミストバーンが物思いに耽っているうちに鬼岩城を覆っていた煙が晴れていく。

ハドラーの懇願を受け入れ、鬼岩城でパプニカに進撃したミストバーンはどこかに集まっているはずの各国の王達を配下に探させた。

ハドラーへの同情とは別に、主人に楯突こうとする虫ケラどもは滅ぼさねばならない。

今のミストバーンを動かしているのは破壊衝動ではなく自身の価値を見出してくれたバーンに対する忠誠心だ。

 

「パプニカ王女レオナよ…

そして各国の指導者達よ…

我は偉大なる大魔王バーン様の配下…魔影軍団長ミストバーンである…!!

 

命令する…

 

 

死ね。

 

 

お前達には一片の存在価値も無い。大魔王バーン様の大望の花を汚す害虫だ…

降伏すら許さん…死ね!

この国ごと地上から消えよ!

バーン様のお耳に届くよう精一杯大きな最期の叫びをあげてな…!!」

 

宣言を終えたミストバーンは鬼岩城の体内で作り出した動く甲冑(リビングアーマー)達を解き放ち、再び鬼岩城を進撃させる。

しかし解き放った動く甲冑(リビングアーマー)達はパプニカへ侵攻しようとしたが何者かに阻まれ鬼岩城の足元から先には進めないようだった。

何事かと思って壁にかけられた水晶に映像を映し出すと人間達に迎撃されて大多数が鉄屑と化していた。

 

「アバンの使徒どもか…」

 

見れば足元だけではなく鬼岩城の眼前にもアバンの使徒の魔法使いが飛んでいる。

それに向けて光線を放ったが、羽虫のようにすばしっこく動き回りなかなか命中しなかった。

 

「…先の人間どもが蟻なら奴は蠅だな。

ガストどもよ…落とせ!」

 

飛び回る魔法使いに呪文封じ(マホトーン)が得意な配下のモンスターをけしかける。

戦況はそのまましばし膠着状態に陥ったがミストバーンにとってはそれもまた好都合であった。

魔影軍団の配下のモンスター達の多くは実体を持たない。

疲労が蓄積する事も精神的に疲弊する事もないので戦況が長引けば長引くほど有利になる。

出来るだけ膠着状態を続け、相手が疲弊し切ったところで一気に叩く。それが魔影軍団の戦法だった。

 

しかしその状況は駆けつけた一人の男によって打破される。

甲冑を身に纏い手にした剣で次々と動く甲冑(リビングアーマー)達を粉砕していく戦士…

 

「ヒュンケル…!!」

 

ミストバーンは破壊衝動に駆られ、思わず玉座から立ち上がった。

かつて自分が暗黒闘気による戦い方を教え、理想の肉体にしようと手塩にかけて育てた『器候補(スペア)』。

群がる人間どもを蟻、魔法使いを蠅とするならヒュンケルは駄犬…いや、駄作だ。

 

完璧に調教した猟犬が、少し良い餌を与えられ頭を撫でられただけで尾を振り飼い主どころかその主人たる大魔王バーン様にまで噛み付くようになった…

完全なる失敗作となった器候補(スペア)を見るたびに、ミストバーンはヒュンケルを跡形もなく破壊し尽くし何も無かった事にしたくなる。

 

暗黒闘気の本質は渇望と憎悪。

かつては破壊衝動に満ち人間どもを滅ぼそうと憎悪を滾らせていたヒュンケル。

しかしアバンの使徒どもに絆されてからは探していたものが見つかったような、どこか満たされたような表情になっている。

 

そう、何よりも許せないのはその『満たされた姿』だ。

永遠に満たされないミストバーンにとって精神的に満たされていく器候補(スペア)の姿など目に入れるのも不快であった。

 

(この世に存在して良い理由が見当たらぬ…)

 

失敗作を葬るために外へ出ると、生意気にもヒュンケルが鬼岩城を踏みつけ駆け登ってきた。

何を勘違いしたのか、器候補(スペア)如きが自分と対等に渡り合えると思ったらしい。

 

「…やっと俺と戦う覚悟が出来たようだな、ミストバーン!」

「…一言断っておこう。

お前如きの技ではこの鬼岩城はビクともせん。

…だが、あえて出てきてやったのだ。

魔王軍を裏切り、バーン様に対し私に恥をかかせたお前をこの手で葬ってやるためにな…!」

「フン…随分と喋るようになったな。

俺に物を教える時ですら、ほとんど口をきかなかったくせに…」

「………」

「フフッ…そう気にする事もないさ。

すぐに昔のお前にもどしてやる…

俺に倒されればお前は永久に無言のままだっ!!!」

 

言い終わらぬうちにヒュンケルがミストバーンに剣を振り下ろす。

 

「…無理だ、お前の力量(レベル)では…」

「逃げるかっ!!!」

 

振り下ろされた剣を難なく躱したミストバーンにすぐさま間合いを詰めたヒュンケルは次々と攻撃を繰り出す。

流れるように繰り出される斬撃を同じく流れるように躱し、時には指先で弄んでやりながらもミストバーンは集中してヒュンケルの内に宿る闘気を探った。

 

(やはり…光の闘気が育ち、暗黒闘気が弱まっている…)

 

攻撃の速度は変わらず、いや以前よりもかなり速くなっている。

しかし剣に込められた闘気の鋭さは明らかに鈍くなっていた。

暗黒闘気に満ちていた頃のヒュンケルの剣に込められた禍々しい鋭さは、もう二度と取り戻せないであろう。

 

(あれほど暗黒闘気を使いこなせる器が今後出てくるかどうか…つくづく惜しい事よ…

まあ良い、時間はあるのだ…

数千年も待てば一人くらいは見つかるであろう。

その時にまた考えれば良い…)

 

用済みとなったヒュンケルの体を闘魔傀儡掌によって宙に浮かせたミストバーンは、軍艦を放り投げた時と同じように無造作にヒュンケルを放り投げた。

鬼岩城の頭部から地上まではゆうに100メートル以上の距離がある。

いかに鋼の肉体を誇ろうと所詮は人間…助かるはずはあるまい。

 

そう思い玉座へ戻ろうとしたミストバーンであったが、地面に激突し千々になったはずのヒュンケルの闘気が消えていない事に気づく。

気配を探ればアバンの使徒が近くにいた。

どうやら寸でのところで仲間に助けられたらしい。

 

(悪運だけは強い男だ…)

 

ヒュンケルにトドメを刺すべくミストバーンも地上に降り立つ。

案の定、ヒュンケルの側にはアバンの使徒と裏切り者の元軍団長クロコダイン、それに鼠がいた。

 

「フ…無益なことを…

自らが傷ついてまでそんな役立たずを助けるとは…」

「バカ言わないで!! ヒュンケルほどの達人が役立たずだなんて…!!」

 

傷つきながらもヒュンケルを助けた女が喚いた。

喚く女とよろめきながらも吠えるヒュンケルの物言いにあえて乗りながらもミストバーンは集まってきたアバンの使徒の足元に気づかれぬようゆっくりと、しかし着実に暗黒闘気で紡いだ糸を張り巡らせていく。

 

(愚かな害虫どもめが…

蜘蛛の巣のように張り巡らせたこの『闘魔滅砕陣』で命を落とすが似合いの末路…)

 

壊してやる…

自分が作り出した駄作も、偉大なる大魔王バーン様に楯突くアバンの使徒どもも、諸共…!

 

ミストバーンの満たされぬ心をほんの一時癒すもの…それは何かを完全に破壊した時の達成感だけだ。

その達成感をなるべく長く味わうべく、ミストバーンは暗黒闘気を念入りに蜘蛛の巣のように張り巡らせていく。

宣言通り、アバンの使徒どもの断末魔を大魔王バーン様への献上品とすべく…

 

 

 

 





「蟻どもめ…!! 燻り出し、焼き尽くしてくれるわ…!!!」

部屋の中に羽蟻が大量発生しミストバーンとまったく同じ気持ちになりました、作者です。
ノートPCがクラッシュした時といい、変なシンクロ起こす現象なんなんですかね…
(蟻には蚊取り線香がよく効きました)
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