鬼岩城の外装が剥がれ落ち、真の姿を現している。その周囲には
すでに海から陸に移動した鬼岩城は港を越え、建物を踏み潰しながら進撃している。パプニカ大礼拝堂はもう目と鼻の先だ。
慌てて大礼拝堂へと向かうドラだったが、鬼岩城から少し離れた場所で何かが大きく光ったのに気づき目を凝らす。
光源を辿るとそこには対峙したヒュンケルとミストバーンがいた。
(今の光はアバン流刀殺法空裂斬…?
…え? ええ!?
ちょ、ちょっ…ちょっと待って!??)
チウとゴメちゃん、バダックやベンガーナの兵士であるアキームまで…アバンの使徒のみならず仲間達が軒並みミストバーンが繰り出す闘魔滅砕陣に絡め取られて身動きが取れなくなっていた。
(なんで原作とまったく同じ事になってるの?!
ヒュンケルは剣を使えばロン・ベルクと同等の実力だって原作でロン自身が言ってたし、心だって…
精神を落ち着けて『正義の心』について今一度考えてもらうためにアバンの書の複写もお願いしたし!
っていうか私ちゃんと「心を健全に保つこと」って言っておいたのに…!!
これだけやってもミストバーンの言葉に惑わされたってこと!?
ヒュンケルの情緒どれだけ脆いの!!?)
キレ気味で若干パニックになるドラ。
ドラは二ヶ月ほど前にアバン達が来るまでずっと一人で世界を巡り
最近になりポップやマァムとのパーティ戦闘にもすっかり馴染んだがいまだに彼女が苦手にしているものがある。
計算どおりに行かないもの(人)が苦手なのだ。
一人での戦闘も、パーティを組んでの戦闘も頭の中でチェスのように戦略を組み立てて計算しながら最も効果的な戦術を選ぶ傾向にある。
なので予想の付かない動きや思いがけない行動を取る人間がいると計算が狂ってしまい、一から作戦を立て直すはめになってしまうのだ。
ドラがヒュンケルを苦手としているのも、一見冷静なようで実際は結構な直情型。仲間想いなのに周囲に何の相談もなく一人で結論付けてしまいマイペースに行動する…
そういう寂しがり屋な一匹狼タイプのヒュンケルの性格が、甘えん坊で奔放、その実わりとドライで計算高いドラの性格と合わないというのも理由の一つだった。
「おいっ!! 何やってんだっ!!!
まだ野郎の闘気流は消えちゃいねえぞーーーッ!!!」
上空にいるドラにまでポップの叫び声が届いてきた。
見ればヒュンケルとマァムが互いに見つめ合い微笑み合っている。
(いや、まったくポップに同意なんだけど…
戦闘中、しかも殺されそうになってるのにあの天然二人何やってるの…?)
ウソみたいだろ…? これで付き合っていないどころかお互い恋愛感情を抱いているかどうかも曖昧なんだぜ…?
悪堕ちしそうなところを救われて、正義のために戦い続けると誓いを立てるほど大切な女性に対して恋愛感情が有るのか無いのかもハッキリしないヒュンケルって一体…?
ドラは二人の関係に首を傾げつつも手にした杖に魔力を流す。
(す、凄い…!!
今まではすぐに容量がいっぱいになっちゃったけど魔力を込めてもまだまだ余力があるのがわかる…!
この杖ならいける…!!)
「アバン流杖殺法! 空裂斬ッ!!」
ミストバーンの足元、蜘蛛の巣のように広がる闘魔滅砕陣の中心めがけてドラがアバン流空の技を放つ。
ヒュンケルからお見舞いされた空裂斬で顔を覆う衣を斬られたミストバーン…震えながら片手で顔面を抑えていたが、迫り来る光の闘気を察してその場を飛び退いた。
バシィンッ!!と、ドラが放った空裂斬によって地面に大きな亀裂が生じる。
ミストバーンの闘気流が断裂され、捕まっていた仲間達が体の自由を取り戻した。
「ムッ!!?」
「あうっ!!?」
「ピッ!!?」
「おおっ!!!」
「体が…動く!!」
「みんな! 大丈夫!?」
「「「ドラ!!」」」
空から舞い降りたドラに身動きが取れるようになった仲間が駆け寄る。
「ピィ~!」
「ゴメちゃん、良かった無事で…!
わわっ…マァム、腕に酷い怪我を…
ドラの足元に大きな五芒星が出現する。
先ほどミストバーンが展開した闘魔滅砕陣と同等の大きさのそれに向けて、ドラが魔力を通し呪文を唱えた。
「
「なっ…なんと…!!」
「すげえ!!」
「全員の回復を一度に…!?」
ドラの唱えた
しかし回復呪文を唱えたドラは立て続けに複数の呪文を唱える。
「
「なっ…!?」
ドラが唱えた呪文の数々にさしものミストバーンも度肝を抜かれた。
全員同時に魔法をかける呪文は確かに存在する。
しかしそれには多大な魔力を必要とする上に達人と言われる魔法使いであっても二つ魔法を重ねられれば上等といったところだ。
それを
それも全員に向けてではない…
(あの小娘は今、一人一人に同時に呪文をかけたのか…!?)
全体魔法ではなく範囲魔法…有り得ない魔力量と卓越した魔力操作を兼ね備えていなければ成し得ない技だ。
(元々侮れぬ実力の持ち主だと思ってはいたが…)
今のドラの危険性に気づいたミストバーンは速やかに排除せねばと判断を下しドラめがけてその凶爪を伸ばした。
「ビュートデストリンガーッ!!!」
「ブラッディースクライド!!!!」
ミストバーンの爪を、ヒュンケルの必殺技が粉々に砕く。
「ヒュンケルッ…!!」
「貴様の相手は相手は俺だ…!
ドラ、大礼拝堂に急げ!! ここは俺達が食い止めるッ!!」
「ああ、そうだぜ…俺達にまかせておけって!
ドラは姫さん達を頼んだ!!」
「ドラの魔法のおかげで負ける気がしないわッ!!」
劣勢はどこへやら…一気に形勢逆転したアバンの使徒が矢継ぎ早にドラを大礼拝堂へと促す。
「ふん…俺を忘れてもらっては困るな…
ミストバーン、俺の獣王会心撃…受けてみるがいい!」
「ワシの剛剣が唸るぞい!!」
「ぼくの新しい必殺技『窮鼠
「ピイィ〜!!」
「わかった! みんな、ミストバーンの足止めお願い!!
無理と深追い禁止!! よろしくね!!」
「待て…ッ!
ドラを追いかけようとするミストバーンだったがドラの魔法によりステータスが向上したヒュンケル達に阻まれ、防戦一方となってしまった。
攻撃をいなしつつ念話で鬼岩城の玉座にいる分身に呼びかけ大至急、大礼拝堂を潰すように命じる。
その命を受けたミストバーンの分身、玉座に腰掛けるシャドーは鬼岩城を操りその大きな右腕を振り上げて大礼拝堂の中心部…各国の指導者達がいる部屋を丸ごと叩き潰そうとした。
『…潰れろッ!!!』
「
間一髪、振り下ろした巨人の右腕が大礼拝堂に届く直前、巨大な五芒星の魔法障壁によって弾かれた。
渾身の一撃を弾かれよろめいた巨人は後ろに数歩ほど下がり倒れそうになりながらも何とか踏みとどまる。
鬼岩城がまるで睨みつけるかのようにその巨大な二つの目を
「ドラちゃん!!」
レオナが外に出て駆け寄ろうとするが護衛についていた三賢者がそれを抑える。
大礼拝堂の中からは駆けつけた勇者の表情は伺えない。
しかし杖を右手に持ち左手を腰に当てたドラの余裕溢れる後ろ姿を見た各国の指導者達はとてつもない安堵と頼もしさを感じ息を吐いた。
一方で、鬼岩城から見下ろすドラの表情はこちらを見上げているにもかかわらずまるで見下しているかのようにシャドーには感じられた。
その姿は王笏を手に下々を見下ろす女王陛下もかくやという雰囲気だ。
鬼岩城の玉座に座すシャドーはこちらを小馬鹿にしたようなドラの態度を見て沸々と腹立たしさを募らせる。
『お…愚かな…
そのような杖一つ構えたところで何が出来る…!!
この天下無敵の鬼岩城に、如何な魔法で歯向かう気かッ…!!!
ふざけおってーーーーッ!!!!
全門解放ーーーッ!!!
この鬼岩城の全火力をもってッ!! 灰にしてやるーーーッ!!!』
先ほどドラが展開した魔法障壁に拳を弾かれて、ならばとシャドーは鬼岩城の体に取り付けられた大砲の一斉射撃を命じた。
玉座に備え付けられた魔石を通じて一斉射撃を命じられた鬼岩城が大砲に魔力を装填し、大礼拝堂へと各砲の照準を合わせる。
大礼拝堂だけではない。大砲は鬼岩城の体にぐるりと取り付けられており大礼拝堂を撃つ事が出来ない背中側の大砲は市街地へと狙いを定めた。
シャドーの叫び声で事態を察した各国の指導者達の顔から一斉に血の気が引く。
しかしドラは目の前にずらりと並んだ大砲からいよいよ光弾が発射されようという時になっても、まったく慌てた様子もなく杖を両手に持ち頭上へと掲げた。
ドラの魔力と頭の中に描いた
空中に人一人分ほどの大きさの五芒星が次々と浮かび、ドラを中心としてまるで仏教の曼荼羅のように広がっていった。
無数の魔法陣は一つ一つが青い輝きを発し、やがて巨大な五芒星が浮かび上がる…
その荘厳な光景を見た各国の指導者達、ミストバーンと戦っている仲間達、鬼岩城に恐怖し必死に避難していたパプニカの人々…果てはミストバーンに至るまでが一瞬我を忘れてその光景に見入った。
『発射ーーーーッ!!!!』
「
迫り来る光弾めがけ、ドラが唱えた呪文が杖を、魔石を、空中に浮かんだ無数の
撃ち出された光弾が全て、市街地へと発射された物に至るまで一つとして撃ち漏らす事なくドラが放った
更に撃ち放たれた
『なッ…なんだとぉッ…!??』
驚愕するシャドーの声など意に介さず、ドラは杖を逆さにして杖の下端…グリップのように溝が入っている部分を握りしめる。
杖はドラの意を酌んだようにドラが握りしめた部分を残して、再び宙へと浮遊した。
そうして現れたのはキラリと光を帯びた銀色の刀身…
真っ直ぐな両刃の剣。
そう、ロン・ベルクがドラに説明したこの杖のもう一つの機能。それは『仕込み杖』だという事だ。
あくまでも本体は杖だが、
ドラの手の中で光り輝くそれは、
ドラが剣を手に構えを取る。
剣を持った右手を後ろ手に、上半身を大きく捻り左手は拳を握りしめ顔の位置、右側に…
ほんの少しの溜めの後、ドラは必殺の一撃を繰り出した。
「アバンストラッシュ…アローーーッ!!!」
ドラから放たれたアバンストラッシュは鬼岩城の頭部…玉座の間めがけて一直線に光の軌跡を描く。
『ウギャアアアッ…!!! ミ…ミストバーン様〜〜〜〜〜ッ!!!!』
ドオォンッ…!!
岩を砕く音が轟き胴体と泣き別れになった巨人の頭部が地上へと真っ逆さまに落ちていく。
地上に落下した鬼岩城の頭部はこれまた凄まじい轟音と地響きを上げ粉々に砕けて崩れていった。
手にした剣を杖の本体に収めたドラが、鬼岩城に向けてその杖を高らかに上げて勝利宣言のポーズを取った。
それを見た各国の指導者達は目を、表情を輝かせて「勇者よ…!」と巨人を制したドラに快哉をあげる。
ロモス王は両手を上げ「勇者万歳!」と万歳三唱しているし、レオナは目に涙を浮かべてフレイザードに襲われた時と同様に危機に駆けつけてくれた親友であり勇者であるドラに感謝を捧げた。
しかしその光景を遠くから眺めていたヒュンケルは鬼岩城がまだ活動を停止していない事を見抜いていた。
「いいや…まだだ。
まだ鬼岩城の中の暗黒闘気は消えていない…!
鬼岩城自体を破壊するか、機能を停止させないと
「そんな…」
「ドラにその事を伝えねえと…ッ!!」
「いや…待て、ポップ!
あれを見ろ! 鬼岩城の前に、再び五芒星が浮かび上がったぞ!!」
「ドラ…何をする気なんじゃあっ!?」
パプニカ大礼拝堂、各国の指導者達が訝しがりながらも見守る中でドラは鬼岩城に…いや、その鬼岩城の持ち主に怒りの矛先を向ける。
「人の国に勝手に乗り込んで来た挙句、こんな
自分で出したゴミはお家に持ち帰りましょう! ゴミはゴミ箱に!って、お母さんに教わらなかったの!!?」
怒り心頭といった様子のドラは片手で持てる程度の大きさの魔力の塊…
野球のボールによく似た光球を作り出し、それを宙に浮かせた。
ごうごうと魔力の渦を唸らせながら宙に留まっているそれを、杖を肩にしたドラはよくよく狙いを定めて魔力を練り上げていく。
狙いはパプニカからはるか遠い死の大地。
ヒュンケルが調べ上げた鬼岩城が在った場所をイメージして杖を通して座標を打ち込み、着弾点を絞っていく。
練り上げた魔力と思い描いた着弾点の座標が頭の中でピタリと一つに重なった瞬間、ドラが思いっきり手にした
「地の果てまで…ッ
飛んでけえぇぇぇーーーッ!!!!」
振り切った杖が宙に浮かんだ
杖に込められた魔力を受けた
正確には鬼岩城の前に浮かべられた魔法陣に、であるが…
とてつもない速度で魔法陣に到達した
一瞬だけ五芒星が揺らいだかと思った次の瞬間、各国の指導者達、アバンの使徒、パプニカとベンガーナの兵士達…いや、パプニカ王国にその日いた全員が、信じられない光景を目にする事となる。
五芒星の光を受けた鬼岩城はその体を仰け反らせたかと思うと、宙に浮き、空の彼方へと飛んでいった。
本当に一瞬、瞬きをしていたらもう見えなくなってしまうような速度で空の彼方へと消えていった鬼岩城を眺めながらドラがふぅと息を吐き空に向け笑顔でピースサインをキメる。
「ホームランっ! イェイ♪」
パプニカ王国の国史に、その日『巨人が空の彼方へと飛んでいった』と刻まれたのであった。
イメージ曲はRADWIMPSの「会心の一撃」