大魔王の間―
玉座に座した大魔王バーンは壁に掛けられた水晶が映し出す光景を眺めながら手にした盃を揺らした。
死の大地からギルドメイン大陸を挟み遥か遠く、地図で見れば北西と南東のほぼ対極に位置するパプニカ王国。
そのパプニカ王国では自身が最強となった姿を模した鬼岩城と、この世に二人と現れないはずの
まずバーンが眉を少し動かしたのは勇者が展開した魔法陣だった。
曼荼羅図のように空中に広がる見事な魔力の回路は、稚拙な魔法しか存在しないと思っていた地上で初めて見る芸術作品であった。
実に美しく精緻な魔法…
しかしそれだけだ。
鬼岩城が放った砲撃を余さず撃ち抜いたとて、少々の魔力と相応の魔力操作が出来れば誰でも成し得る。
大魔王バーンにとっては児戯にも等しい。
その後に続いた
鬼岩城の首を落とす程度の威力である以外に特筆すべき点が見られず、片肘をついて退屈そうに手にした盃を傾けた。
しかし、その後に続いた勇者の行動に大魔王バーンは片肘をつくのをやめてほんの少し前のめりになりながら食い入るように水晶を見つめる。
巨大な魔法陣、魔法によって吹き飛ばされる鬼岩城、そして水晶に大きく映し出されるピースサインをキメたドラの笑顔。
「フ…フフフッ…フハハハハハ…ッ!!
地上に残す価値のあるものなど何一つとして無いと思っていたが…
いとも稀なる花があったものよ!
ますます手折ってみたくなったわ…!」
ややあって、死の大地全域に鬼岩城が墜落した音が轟いた。
ズズゥン…という地響きが伝わってくる。死の大地の荒涼とした岩肌に胴体を沈め、足のみ地表に突き出た鬼岩城はガラガラという音を立ててその身を崩していった。
自身を模した人形の無惨な最後に気を悪くするでもなく、大魔王バーンはなおも上機嫌にククッと喉で笑う。
数千年間、他の追随を許さず魔界に君臨してきた偉大なる魔王。
その命を狙う敵など数えるのが馬鹿らしくなるほど無限に湧いて出てきた。
しかし数多の敵を屠った大魔王バーンの記憶に残るような攻撃を仕掛けてきた者など片手で数えるほどしかいない。
侵攻を防ぐのみならず送りこんだ巨人を丸ごと叩き返してくるなど長い人生においても初めてのこと…大魔王バーンは久方ぶりに体を襲った『驚き』の余韻を楽しんだ。
盃を干し、ドラの姿を映し出した水晶を見つめる大魔王バーンの瞳には妖しい光が揺らめいていた。
一方、空の彼方へと鬼岩城を吹っ飛ばしたドラ。
駆け寄ってくるレオナ達と喜びを分かち合いたいのを我慢して露台から飛び降りてヒュンケルとミストバーン達が交戦している場所へと急いだ。
(早くしないとポップが死の大地に誘き出されちゃう…!!)
港近くの市街地でカッと閃光が走った。ポップが放った
その場所を目指しドラは空中を全力疾走した。
「このミストバーンの真の力!! 今こそ見よっ!!!」
ミストバーンの封印が解けかけて衣の中から暗黒闘気と魔力の渦が溢れ出る。
と、そこへミストバーンが跳ね返したポップの
「間に合ったあああっ!! みんな無事!?」
「「「ドラッ!!!」」」
「
とてつもない殺気が空中から舞い降りたドラ一人へと向けられた。
ミストバーンがその身の封印を解き、勇者ドラを葬らんとしたその瞬間…
「はい、スト~~~ップ!
そこまでにしておきたまえミスト…」
「キ…キル…!!」
突如姿を現した死神…
「ヤ、ヤツは…! たしか死神キルバーンとかいうやつ!!!」
「「なにッ!!?」」
ポップの言葉にヒュンケルとクロコダインに動揺が走る。
それもそのはず。元軍団長の二人は魔王軍において裏切り者を葬り去るという死神の話は知っていても、今日までしっかりとその存在を確認できた事は無かったのだ。
大魔王の意向に背く者はたとえ誰であろうと殺す…それを今まさに体現しているキルバーンはミストバーンの首に大鎌を添えて喋り続ける。
「い~けないんだ、いけないんだ~っ♪
バーン様におっこらっれるぅ~っ♪」
「そうだとも、キミの本当の姿はいついかなる場合においてもバーン様のお許しが無くては見せちゃいけないんじゃなかったっけ?
それを破ったら…
いくら親友のキミでもただじゃ済ませられない…」
「…そ…、そうであった…」
キルバーンの言葉に冷静さを取り戻したミストバーンは解きかけていた封印を再び戻し、暗黒闘気と魔力の渦をその衣の内に仕舞い込む。
「あやまっちゃえ、あやまっちゃえ♪」
「そうさ、鬼岩城なんてバーン様にとってはお気に入りの玩具のひとつ…
可愛い君がちゃんと謝れば許してくれるさ…
それよりこの場は恥の上塗りを避けたほうがいいんじゃないのかなあ?」
「わかった…もはや二度と失態は見せぬ…」
そう言って沈黙したミストバーンにキルバーンが溜息を一つ溢した。その瞬間…
「
「うわわっ!??」
会話に気を取られて隙を見せている使い魔のピロロめがけて、ドラが空中に浮かせた大量の五芒星から
四方八方から迫り来る
死神の『本体』を仕留め損ねたドラは大きく舌打ちをしたが、分が悪いと判断しそれ以上の攻撃はしなかった。
(『本体』を消すのにやっぱり
あまりしつこく攻撃して逆に執着されても面倒だしここは一旦引き下がろう。
理想としてはこいつらを無視して老バーンを倒す…その後で各個撃破出来れば上出来なんだけど…)
『使い魔』に攻撃を浴びせられたキルバーンが仮面越しに鋭くドラを睨みつける。
手にした大鎌がギラリと光り、殺気を感じ取って皆戦闘態勢を取ったがキルバーンから出てきたのは
「鬼岩城を空の彼方へと吹き飛ばすだけに飽き足らずボクらにまでちょっかいをかけるなんて…
跳ねっ返りもほどほどにしないと、大魔王様におイタを叱られてすご〜〜〜く残酷なお仕置きをされちゃうよぉ? お嬢さん…
…まあ、大人なボクからは『素晴らしい杖の完成オメデトウ』という言葉を贈っておこうか。
これで仲間が多少頼りなくても安心だねぇ!」
「なんだとテメエッ!?」
言外に「ドラ以外はてんで役立たずだ」と言われポップの頭に血が上る。
沸騰したポップを無遠慮に指差したキルバーンがさらに煽りを続けた。
「ああ、特にキミだ! 鬼岩城相手に何も出来なかったろう?」
「や〜い! たよりな〜い!!」
キルバーンの影に隠れていたピロロが飛び出して舌を出しながらポップを囃し立てる。
わなわなと震えるポップを横目で見ながらドラは顔に温度の無い笑顔を貼り付けて口を開いた。
「死神さん、お祝いの言葉ありがとう! おまけに私の心配まで…
でも大丈夫よ、ポップが鬼岩城から溢れたモンスターを倒してくれたおかげで街に被害が広がらなかったし!
それに…
世界中の要人抹殺も果たせず、大魔王バーンから預かった大事な大事な鬼岩城をおめおめ壊されちゃうような…
ドラの言葉に冷静さを取り戻したはずのミストバーンの暗黒闘気が俄に膨れ上がっていく。
キルバーンはまたも大鎌でミストバーンを制しながらドラの煽り文句にさらに煽り文句を返した。
「おやおや…ちょっと甘い顔をしたらすぐにこれだ…!
いったい、誰にどんな育てられ方をしたらこんな
さぞかし、ぞんざいな教育を受けたんだろうねぇ…
まったく親の顔が見てみたいよ…きっと頭の悪い下品で低俗な輩だろうね!」
自分に向けてではなく家族に向けての
その場にいた全員が怒りに打ち震えた。この場にいるアバンの使徒、クロコダインにバダック、アキームやチウに至るまで…それはそれは仲間思いで家族思いだ。
自分に向けられた罵声は軽く流せても、家族に対する罵りや嘲りは許せない者ばかりであった。
ドラを除いて。
「あれ〜? よく聞こえなかったなあ?
ゴメちゃん今何か聞こえた?
あの死神さんが何か言ってたけど、ああいうのって何て言うんだっけ?」
「ピィ! ピピィ!!」
ドラのそばに寄ってきたゴメちゃんの返答にドラがふんふんと頷く。
あれだけハッキリとしたキルバーンの言葉が聞こえないと言い出したドラの不可解な行動に、
「そうそう、それだ!
『負け犬の遠吠え』〜っ!!」
「ピィ〜!」
指を指してケラケラと嘲笑するドラを見下ろしたキルバーンが、先ほどとは打って変わって恐ろしく冷え込んだ声で叫んだ。
「…図に乗るなよ小娘ェッ!!」
「え〜、何〜? 私、負け犬の遠吠えってよく聞こえないんだよね〜。
とっとと尻尾巻いて逃げ帰りなよ〜? 『負け犬』さん達ぃ〜♪」
煽りながらもドラは杖で仲間達を制す。
挑発に乗らないどころか、今の状況を冷静に判断できているらしいドラの様子を見たキルバーンがミストバーンの肩に手をかけた。
ピロロもキルバーンの肩に乗りドラを睨みつける。
魔法使いを誘き出して葬れればと思っていたピロロだが、そうは問屋が卸さないと分かりこの場を離脱することに決めた。
もはや長居は無用と立ち去る前にキルバーンがドラに向けて口を開く。
「勇者ドラ…生意気な言葉が湧いてくるその喉、必ずボクが刈り取ってあげよう。
では、シー・ユー・アゲイン!」
そう言い残すと、キルバーンとミストバーンはフッと姿を消してしまった。
気配が完全に無くなり全員が深く息を吐く。
緊張状態が長く続いたせいでチウやバダックなどはその場に尻もちをついてへたり込んだ。
(実質無敵のミストバーンと黒の
ハドラーも原作と違って超魔生物になってないだろうし…
可能な限り万全の態勢で最終決戦に臨みたい。
でないと死人が出ないまでも重傷者が出かねないし…)
なるべく犠牲者を出したくないドラはキルバーンとミストバーンの後を追いかけず、その場に留まることを選んだ。
原作ではこの後キルバーン、ミストバーン、そして超魔生物となったハドラーと衝突し行方不明となったダイ君の捜索と特訓に当てられた時間を、全て念入りな準備に費やしたいとの考えからだ。
最終決戦まで残された時間はあまりにも少ない…不要な衝突やトラブルはなるべくなら避けて通りたいのが本音である。
「ヒュンケル…ッ!!」
「おい、しっかりしろ!!」
「大事ない…この程度ッ…
うぅッ…!!」
何事かと見ると元から白い肌をさらに白くしたヒュンケルが額に汗を滲ませて膝をついていた。
手にした魔剣を支えにしてなんとか倒れ込まないように踏ん張っているが、どう見ても限界である。
原作ほどの重傷は負っていないがミストバーンから受けた暗黒闘気の攻撃によるダメージはしっかりと体に蓄積されていっていたらしい。
暗黒闘気で受けたダメージには魔法による回復は効かない。
急場を凌いだドラ達はクロコダインにヒュンケルを担いでもらい全員でパプニカの王城へと急いだ。
アキームはベンガーナ王に現状報告をするため大礼拝堂へと向かい、脅威が去った事を知った各国の指導者達は落ち着きを取り戻し
その頃、死の大地の間近に位置する孤島にあるザボエラのアジトでは…
「キィ〜ヒッヒッヒッ!
思えばあのような役立たずの力なぞ無くとも、このワシの頭脳を持ってすれば超魔生物の改良など容易いことよッ!!
見ておれミストバーン…そしてアバンの使徒どもよ…!!
最高の功績を手に大魔王バーン様に賞賛されるべきは…このワシじゃあぁ〜〜〜ッ!!!」
唾を飛ばし目を血走らせながら培養液に繋がっている管に次々と薬品を流し込んでいくザボエラ。
管の先には巨大な培養槽があり、その中では目を閉じ超魔生物化の痛みに耐えるハドラーの姿があった。
出世欲に目の眩んだザボエラと全身を襲う激しい痛みに耐えているハドラーは気づかなかった。
この時、ハドラーの体内にある黒の
「あれ〜? よく聞こえなかったなあ?
ゴメちゃん今何か聞こえた?
あの死神さんが何か言ってたけど、ああいうのって何て言うんだっけ?」
「ピィ! ピピィ!!」(やめなよドラ! 悪口に悪口で返すなんて!!)
「そうそう、それだ!
『負け犬の遠吠え』〜っ!!」
「ピィ〜!」(もぉ〜!)
ゴメちゃんは別に煽ってない。
ドラはゴメちゃんがなんて言ってるかわかってるけどあえて無視。
ドラ:煽り耐性と煽りスキルがカンストしている。実に腹の立つ言い回しの煽りが得意。
「ざぁこざぁこ♡ 煽っていいのは煽られる覚悟のある奴だけなんだよぉ♡ 知ってた~?」
ミストバーン:なんとか堪えたけど内心激おこ。
キルバーン:キャラを守って冷静に対応したけど内心「クソガキ絶対殺す」くらい思ってる。
毎日暑いですね。暑すぎて作文能力が溶け出してた作者です。
真夏にマスク着用で仕事とか拷問以外の何物でもない…
皆様も夏バテや熱中症にはお気をつけて。
さて、原作では死の大地に誘き出されたポップを追いかけたダイ君が行方不明になる流れですが、ドラは追いかけなかったのでその分の時間を対策にあてたいと考えているようです。
なので次回からしばらく閑話や本編に書ききれなかった小ネタなどを投稿する予定でおります。
魔宮の門を破壊すると最終決戦までわりとノンストップなので日常話やギャグネタを載せるチャンスがここしか無い…!
書き溜めた妄想を吐き出す気でおりますのでよろしければお付き合いください。