「ぬうううっ…!
ぐっ…あっちいぃぃッ!!!」
「ポップ、大丈夫!?」
ポップの叫び声と共に放たれた
ポップが
得意とする
幸いにしてと言えば良いのかはわからないが、
一日にそう何度も練習できないのが救いと言えば救いだった。
「ポップ、もう魔力も少ないでしょう? しばらく休んで
マトリフさんも、あまり体調が良くないんだから帰って休まないと…」
「だな。まあ、ここまで形になってりゃ大したもんだ。
あとはバランスと集中力次第ってとこだな」
「は~…痛てて…。右腕が熱持ってヒリヒリしてるぜ…
ドラと師匠は先戻っててくれ。俺ぁちょっとばかし腕を冷やしてくらぁ」
じゃ、そういうことで~…
と、
「ぶべぇッ!!? おっ、おま…、何すんだよッ!?
ド…ドラ…? なんでお前
顔面から地面に着地したポップがどういうつもりかと後ろを振り向く。
振り返った先にいたドラは額に
「ポップ…腕を冷やすならマトリフさんの庵でも出来るし、なんなら私が
「い、いや、いいよ別に…師匠と妹弟子の手を煩わせるほどのもんじゃ…」
「ポップ…まさか、マァムのとこに行くつもりじゃないよね…?」
ギクリ
効果音が聞こえてきそうなほどわかりやすくポップが動揺し出す。
「そっ…そんなわけ、ねぇじゃねえかよっ!?
俺ぁただ気分転換も兼ねて涼しげな滝のある川に腕を冷やしにだなぁ…」
「そう? じゃあ私もついていっても問題ないよね…?」
「ちょっ、バカ野郎お前…ッ!
~~~ああッ、そうだよッ!! マァムが修行してるとこに顔出しにだよッ!!
悪いかよッ!!!」
「悪いッ!!!!」
間髪入れずに叫び返したドラがポップの胸ぐらを掴んで揺さぶる。
「ぐえぇっ…! は…放し…!」
「気になる女の子に会いに行くのに手ぶらで行くとかあり得ないんだけどッ!?
こういう時に贈り物持っていってアピールしないでどうすんの!!?
手ぶらで会いに行く男なんて女の子からしたら
『あ、こいつ私のこと口説く気無いんだ~…ふ~ん…』
って思われて意識されないどころか恋愛対象から外されるに決まってるでしょうッ?!!」
舐めとんのか?! お前恋愛舐めとんのか、おおん!!?
恋に対して前のめりな姿勢のドラがなおも胸ぐらを掴んでガクガクとポップを揺さぶる。
涙目になったポップが負けじと反論を試みた。
「なっ…贈り物って…
男に貢がせるお前と違ってマァムは純粋なんだぞっ?!
こんな誕生日でもなんでもない時になんか贈っても変に思われるだけじゃ…」
「純粋だからこそなんでもない時の贈り物が有効なんでしょうが!!
そのへんで拾った小石か雑草でもマァムなら笑って受け取ってくれるっての!!!
もうっ! 今からマァムにあげる贈り物用意するよ!!
ほら、行くよ!!」
「ぎゃあああああ…!!」
額に
ポップの叫び声が聞こえなくなる頃、一部始終を眺めていたマトリフは苦虫を噛み潰したような顔で
「耳が痛いぜ…」
と呟いたのだった。
ドドドドド…
耳には滝から流れ落ちる水の音だけが響く。
精神を集中し、その水の音さえも遠くなるほどにひたすらに流れる水をマァムは無心でただじっと見つめた。
「ハッ!!!」
武神流の奥義は頭で考える事に非ず。
対峙する者の呼吸に合わせて自分と相手との境界を無くし、自分のみならず相手の力も利用して自分の技とすべし。
水の流れを敵と捉え、舞い落ちる水滴を一つ一つ一心不乱に打ち抜いていく。
全ての水滴を打ち抜いた時、背後から耳によく馴染んだ声が飛んできた。
「ヒューヒュー! よっ、やるねぇ!」
「ポップ!!」
「舞い上がった無数の水滴を一つ残らず拳で打ち抜く…スピードアップの特訓だな」
「ええ、スピードが増せば破壊力も大きくなる。
新しい敵にダメージを与えるには瞬間の破壊力を上げなくっちゃね!
…って、どうしたのその腕!?」
「ああ…ちょっと新しい呪文の特訓中でよ…上手くいかないとこうなるのさ。
ちょいと冷やしに来たってわけよ」
「…一体どんな呪文を…」
見れば川に浸しているポップの右腕の法衣は焼け焦げて黒く変色していた。
布の服ではない。魔法に耐性のある装備がこんなに変色するとは…
弟弟子は一体師であるマトリフからどんな無茶な修行をさせられているのかとマァムは心配を募らせる。
「ま、成功してのお楽しみさ! こいつぁマジで凄いぜ!
どんな敵が来ても必ずみんなの力になれる…!」
「…自信満々ね」
「おうよ! まかせてちょーだいっ!」
「集合まであと二日…私も頑張るわ!!」
どうやら心配など不要だったらしい。
危険な修行でも仲間のためを思い、俄然やる気になっているポップを見てマァムは柔らかい笑みを浮かべた。
そして自分も負けていられないとつられて気合いが入る。
「あっ、そーそー! これ届けに来たんだった…
ほらこれ、ドラからの差し入れ…一応俺も一緒に作ったんだけどよ…」
「えっ、差し入れ? わあ、美味しそう…」
「ああ、ちょっと待ってな。
飲み物が入った木製の器を持ったポップがごく弱めに
適度に冷やされた飲み物が入ったカップをマァムに差し出す。
「ほらよ」
「ありがと…
何これ!? 美味しい!!」
「スポーツドリンクっていうんだと。激しい運動をする人間に最適な飲み物なんだって言ってたぜ。
あとこっちのレモンの蜂蜜漬けも、体を動かすのに必要な栄養が詰まってんだとよ」
「へえ〜、ドラってば物知りねえ。
あら? そういえばドラは?」
「他のやつのとこにも差し入れに行くってさ」
「ドラって優しいわね…!」
「はは…ソーデスネ…」
マァムと会話をしながらポップはドラの言葉を思い出し、目の前に無防備に晒されているマァムのくびれたウエストや露わになっている太ももに視線が行かないように必死に堪えていた。
理性を総動員してドラの言葉を頭の中で反芻する。
『ポップ…マァムに会ったらスケベな視線とからかい禁止ね?』
『お前は俺をなんだと思ってんだよ…しねえよそんなこと』
『でも、目の前にマァムの胸の谷間や太ももがあったらガン見するでしょ?』
『ったりめーだろ! そりゃあお前男の性ってやつよ!!』
『…それ、好意の欠片も抱いてない男からされたら女の子はまずもってその人を好きにはならないよ?』
『…!!? …マジ?』
『大マジ。私だったら「無いわー」って顔と口に出した後、そいつの存在を
『存在を
『頭と心の中からすっぱり消去する。で、そいつがそれ以後何をやってもどうアプローチしてきても好感度は上がらない。むしろ下がる』
『好感度が上がらない』
『マァムは優しいからセクハラされてもちょっと怒る程度で済ましちゃいそうだけど、好感度が上がらない事だけは確実なんだから絶対やっちゃダメだよ?』
『肝に銘じます…』
『よろしい、健闘を祈る』
とまあ、ドラの指導を受けたポップは湧き上がるスケベ心をなんとか押し込めて平常心を装いポケットから
「あ、あとよ…これは俺から…
お前、髪長いからよく括ってたりするだろ?
よ、良かったら使ってくれよ…!」
「えっ!? 綺麗な髪留め…いいの?」
「お、おうよ!!」
「ありがとう…ちょっと付けてみてもいいかしら?
…どう?」
「い、良いんじゃねぇのっ!? 赤い色がお前の髪の色とすごくよく合ってるしよっ…!」
「ふふ、嬉しい。大事にするわね」
「あ、ああ…」
顔を真っ赤にして声も若干上擦りながらも変なからかいはせず、ポップはマァムに贈り物をするという偉業を成し遂げた。
マァムも異性としてポップを意識するところまではいっていない様子だが、好感度が下がったようには見えないので上々の結果と言えるだろう。
そんな二人の甘酸っぱい青春の一ページを物陰からこっそりと見守る影が二つ…
「ねぇねぇ、マトっぺ」
「なあに、ドラっち」
草むらに身を潜ませてコントのような隠れ方をしているが、高度な魔法を駆使して気配と姿を消して一から十までポップとマァムのやりとりを見ていた魔法使い二人。
「普通、あそこまでされたら「え…こいつ私に気があるんじゃ…トゥクン」ってなってもいいと思うんだけど…
マァムのあの異性に対する感度の低さってどこから来てるの?」
「マァムの家は代々僧侶の家系だからなぁ…
『汝の隣人を愛せ』『日々の糧に感謝を』『奉仕の精神をもて』ってのが身に染み込んでんだよなぁ…」
「あ、ああ〜! なんか納得…。恋愛や色事への接触の無さと博愛精神のハイブリットかぁ…」
「でもあいつの母親は敬虔だけど恋愛には積極的だったからな…ありゃ100%父親の血だな」
「父親…アバン先生とマァムのお母さん…レイラさんとパーティ組んでた戦士だっけ?」
「ああ、純粋っつうか単細胞で気の良いやつでよ。これがまあ鈍いのなんの…」
「なるほど…マァムはお父さんの性格と性質全部受け継いだんだね」
(…う〜ん、戦士としての才能は受け継がずに性格だけ受け継いでたらマァムってば純粋で優しい美少女僧侶だったかも。
で、果ては聖女様とか呼ばれるくらいになっちゃったり…。うわ、もったいない…!!
…ヒュンケルも、戦災孤児にさえなってなければ今頃は優しくて仲間思いのクール系イケメン騎士団長とかだったかも…
いや、『もしも』の話を考えても仕方ないか…
にしても、ポップがあんなにあからさまな態度で差し入れとは別に贈り物してるのにドキリとした様子も無いとは…)
「ポップの恋は前途多難だぁ…」
そう言ってドラは天を仰いだのであった。
ドラ:自覚はしてる。ただ一つ言わせてほしい。
自分の心が汚れているのではない…アバンの使徒が純粋すぎるだけだ!
「は? ぬいぐるみ? マァムがぬいぐるみ好きかどうかわからないのに…好きでもない造形のぬいぐるみとか人形なんて貰っても扱いに困ると思うよ? 待って、指輪は早すぎる。腕輪? 武闘家に贈っちゃダメなやつじゃない? 邪魔にしかならないでしょ。
花束…なんでそうなるのよ!! それこそ意味わかんないでしょ!?
マァムの好みがわからない?! なんでそこ調べておかないの!!」
ドラ監修のもと、泣きそうになりながら無難に髪留めをチョイスした。