カール王国へ向けて出発する日の早朝、ドラはレオナと一緒に特訓を終えてパプニカに戻ってくる仲間達を待つ。
広大な海を眺めるレオナはピンと背筋を伸ばし、凛々しさを湛えた瞳で来たる決戦に向け、高まる闘志を露わにした。
「いよいよ、出発ね…明日にはカール王国に全世界の戦士達が集まるわ!
私達の反撃を開始する時が来たのよ…!!」
レオナの言葉にドラだけではなくともに皆の帰りを待っていた三賢者やバダック、メルルらも頷く。
「残る敵はミストバーンとキルバーン、それに大魔王バーンのみ…
ミストバーンとキルバーンさえ出し抜いちゃえば打破すべきは大魔王バーンただ一人!
総力を結集すれば案外あっさり終わっちゃったりして…
ね? ゴメちゃん!」
「ピィ~!」
反撃の要である勇者のノリの軽さにレオナが目を細める。
やや楽観的ではあるが、暗い雰囲気で事に臨むよりは明るい雰囲気のほうがよほど士気が上がるだろう。
「ふふっ、頼もしいわね! そういえばドラちゃんは何か特訓したの?」
「特訓ではないけれど、もしもの時のために準備は色々しておいたよ」
「準備って?」
「ん~…内緒。気にしないで、きっと私が心配しすぎなだけだから…」
「そう?」
(あれこれ準備しといたけど、いらなかったかなぁ…
でも、なんだか嫌な予感するし備えるに越したことないよね、うん!)
ドラは特訓こそしなかったが、修行中の仲間達に差し入れをして激励したり各地に仕掛けておいた
(…あちこち探し回ったけど、お父さん達見つからなかったなぁ…今頃どこでどうしているんだろう)
『ドラの杖』のおかげでより強力な魔法を使えるようになったとはいえ、5日間で世界一周はさすがに堪える。毎日必要最低限の睡眠しかとっていなかったドラはあくびを噛み殺し目尻に浮かぶ涙を拭った。
最初に帰ってきたのはクロコダインとチウだ。バルジの大渦の特訓で新しい必殺技を会得したらしい。
次にドラも修行に付き合ったポップが。次いで鍛錬を終えたマァムとヒュンケルも次々と集結し、束の間とはいえ離れていた仲間達は再会を喜び合う。
「これで全員ね! じゃあ気球に…」
「うん…一応全員は全員なんだけど…
やっぱり、アバン先生の修行はまだ終わらないみたいだね…」
「あ…!」
「そういやそうだ。アバン先生、一体いつになったら戻ってくるんだろうな…」
「大丈夫、最終決戦には間に合うと思うよ。お姉ちゃんもそう言ってるし。
今はアバン先生の代わりにこれ! お守りとして持っていこう!」
「『アバンの書』か…」
「それが『アバンの書』…初めて見るわ。
なんだかアバン先生が近くにいるみたいでとても心強いわね!」
ドラが掲げた『アバンの書』を見たアバンの使徒達が一斉に表情を明るくした。
するとポップがお調子者の顔になり、ドラに悪戯っぽく笑って問いかける。
「どうするよっ? もしもアバン先生が間に合わなくって、大魔王バーン倒した後に戻ってきたりしたらっ!?」
「そしたら、『あれ~どちら様ですか~? アバン先生ならここにいますけど~?』って言って先生揶揄っちゃおう!
『大魔王バーンならもう倒しちゃいました~!』って言って」
「アッハッハ、そりゃいいな!!」
本を指差しながら意地悪く笑うドラにポップが笑い返す。ドラとポップの明るい雰囲気につられて周囲からも笑みが溢れた。
皆でひとしきり笑った後、気球へと乗り込んだ面々はパプニカの人々の大きな歓声と見送りを受けて一路カール王国へと向かう。
気球に乗り込んでも相変わらず緊張感の欠片も無いドラが風を受けてふにゃふにゃとしただらしない顔でレオナに提案した。
「気球ってやっぱり良いよねぇ~。ねぇレオナ、この戦いが終わったら気球いっぱい増やしてパプニカに観光事業起こそうよ。
色とりどりの気球がたくさん浮かんでる景色、きっと綺麗だよ~」
「あら、いいわねそれ!
…ただちょっと予算がかかりそうだけど」
「大丈夫大丈夫! 大魔王バーンがたくさん黄金とか宝石持ってそうじゃない?
やっつけて全部せしめちゃおう!!」
ドラの壮大な計画に、空の上に浮かぶ気球が朗らかな笑い声に包まれた。
と、そんな朗らかな笑いに紛れるように気球の片隅でメルルがポップに話しかける。
「あの…ポップさん」
「メルル…その腕輪付けてくれたのかっ! よく似合ってるぜ」
「はい、あの…ありがとうございます。すごくうれ…気に入って…あの…だ、大事にしますねっ!!」
「ああ!」
出発する直前にポップから贈られた腕輪を早速身につけたメルルは真っ赤になりながら礼を述べた。
そう、マァムに贈り物を用意する時にドラの助言で彼はメルルにも贈り物を用意したのだ。
『ついでだし、メルルちゃんにも何か贈ろうよ。戦闘なんて出来ない普通の女の子なのに占いで助言してくれたり食事作りのお手伝いしてくれたり色々お世話になってるし』
『ああ、そりゃ良いアイデアだ! …でも何贈ったら喜んでくれっかな?』
『メルルちゃんにはシンプルな細めの腕輪が良いと思う。今着けてる腕輪と一緒に着けても邪魔にならない感じの。
占い師さんだから手元をよく見る職業でしょ? 一番飾り立てておきたいとこだと思うの』
『はあ~、言われてみれば確かに…。ドラ、お前すげえなぁ…』
『えっへん。じゃあ私は『腕輪』ってアイデア出したから、どれにするかはポップが決めてよね』
『ええ~…アクセサリー選びなんて、正直自信ないぜぇ?』
『大丈夫! どれ選んでもメルルちゃんきっと喜んでくれるって!』
と、いうやりとりを経て選んだ腕輪を先ほどポップはメルルにさらっと渡した。
マァムの時にはあんなに緊張していたくせに、本命以外にはスマートに振る舞えるあたりポップも大概罪作りな男である。
意中の相手から突然贈り物をされたメルルは黒目がちな瞳を潤ませ頬をほんのりと染めて、心底嬉しそうにポップを見つめている。
控えめながらも恋する乙女特有の熱い眼差しをポップに送るメルルの様子にレオナも気がついたらしい。
ドラと目を合わせて
(恋バナ?)
(恋バナ)
と力強く頷き合う。
マァムの鈍感っぷりが際立つがポップも相当だな…などと失礼な事を考えるドラをよそに、自分に向けられている種々の思いになどまるで気がついていないポップが気球の中を見渡して違和感を抱く。
「ありゃ、なんでエイミさんだけ? あとの三賢者の二人は?」
「マリン姉さんとアポロは国王陛下の護衛をせねばなりません。わ、私は姫様の護衛に…。
今度の戦いは世界の運命がかかった戦い…姫様にも危険が及ぶかもしれませんし…
それに私だって、多少の戦いの役には…!」
それらしい理由を並べ立てるエイミだが本当の目的がヒュンケルだという事はこの場にいる何人かはとっくに気づいている。
その事実に気がついていない当のヒュンケルが戦いに臨むエイミの覚悟をばっさりと切り捨てた。
「多少の役に立つ程度では死の大地の敵にはまるで歯が立たん。
姫の護衛に徹することだな…」
「…っ!」
愛する人の役に立ちたいという気持ちを否定されたエイミがショックを受けて無言になる。
(ポップとヒュンケル…まったく似ていないのに鈍感なのだけそっくり。
ヒュンケル、マァム、ポップ…みんな自分に対する好意に鈍感って…
…ん? もしかしてアバン先生に師事した人全員そうだったり…
いやいやいや…私は違うからきっと偶然だよね)
きっと自分の考え違いだと、ドラがふるふると首を横に振って思考を振り払う。
その後落ち込むエイミにレオナがフォローを入れたり、ヒュンケルとクロコダインが神妙な顔で話しあったりしているうちに気球はカール王国へと到着した。
「…あれはっ!?」
カール王国上空から見えた『死の大地』の姿に、ヒュンケルが思わずといった様子で驚愕の声を上げる。
以前に見た死の大地の姿とはあまりにもかけ離れ変貌した様子はいかに大魔王バーンの力が強大かということを物語っており、一行は緊迫して皆無言になった。
刺々しく隆起し、天を貫くほどに巨大化した岩山は禍々しい気に覆われていて普通の人間ならば視界に入っただけで悪寒が走るであろう。
一行の目には魔王軍が高みから「準備は整っている、いつでも来い」と言っているように映り、ある者は死の大地を睨みつけある者は拳を強く握り込んだ。
ドラも手にした杖をギリリと強く握りしめて楽観的な表情を引っ込めて死の大地…いや、死の大地の地下深くにあるバーンパレスでふんぞり返っているであろう大魔王バーンを睨みつけた。
気球を下ろし地上へ降り立った一行を待っていたのはベンガーナ王国戦車隊長のアキームだった。
敵に気取られてはまずいと信号弾を打とうとしていたレオナ達を制止し、アキームは作戦基地への案内役を申し出る。
アキームの先導で道に散乱している瓦礫や崩れ落ちた馬車の残骸などを避けながら歩き見たカール王国は、まさに『滅亡』という言葉がしっくりと来る有様だった。
超竜軍団により徹底的に破壊し尽くされてしまったかつての堅牢な王国は全てを破壊され、草木までも燃やし尽くされて雑草一本とて残ってはいない。
先ほどまで大魔王バーンに対する闘争心に満ち溢れていたドラは父バランが行った残酷すぎる人間への仕打ちに心を痛め、やるせない気持ちになった。
それは人間達への同情というよりは、バランが自ら背追い込んでしまった業の深さに対する哀れみのほうが強かったが…
「やあ!! 待ちかねたよ諸君!!」
瓦解した建物の地下に設置された作戦基地ではバウスン将軍が一行を待ちわびていた。
怪我の具合はすっかり良くなったらしい。快くドラ達を迎えてくれたバウスン将軍だったが、彼の祖国リンガイアもまた父バランによって滅ぼされている。
大切な人達を失った悲しみはまだ癒えてはいないだろうに…それでも笑みを浮かべ希望を捨てずに行動するバウスン将軍の心の強さを見たドラは眩しさに目を細めた。
…と同時に、ドラは父が人間達に行った非道さをあらためて突きつけられた気がした。
不特定多数の『人間』ではなく、戦いをともにする『仲間』が危機に窮しているとなるとドラは途端に情が移る。
にもかかわらず疲労や心労をおくびにも出さず朗らかに一行を迎えてくれたバウスン将軍に対し、ドラは言いようの無い後ろめたさを覚えた。
バウスン将軍に「父が迷惑をかけてごめんなさい!」と謝りたい気持ちでいっぱいだったが、そんな謝罪は何の意味もなく救いにもならない。
その事がよくわかっていたドラは笑顔の下にその気持ちを必死になって押し込めた。
バウスン将軍には…いや、人間には
(その事実はきっとたくさんの人の心を傷つける…)
バランと自分が親子だという決して切れない繋がり…それは大勢の人を傷つけるであろうという事がなんだか無性に悲しかった。
「すでに私が再編成したリンガイアの戦士団とロモス王が派遣してくれた強者たちは到着している。
これで各国の勇者は全員揃った!!」
「ロモスの強者たちってあの武術大会の連中かい!?」
「みんな今、サババで船の建造を急いでいる。間もなく…」
ドオォンッ!!!
「攻撃…!??」
「いや!
バウスン将軍とポップが話している最中、衝撃音とともに作戦基地がぐらりと揺れた。
何事かと戸惑うマァムにポップが冷静に音と振動の正体を分析して伝える。
「そんな…まさか…!?」
ドラが慌てて外へと駆け出そうとした時、よろめきながら階段を降りてくる人影が見えた。
「ああ…っ!? フォブスターさん!!」
「た…大変だ…! サババが、襲われた…っ!!」
「「「エエッ!!!?」」」
「建造中の大型船のドックに全身銀色の金属の塊みたいな奴らが攻めてきて…」
「金属の塊!?」
「魔王軍の
ヒュッ…とドラが息を飲んだ。
フォブスターに
(ハドラー親衛騎団!? そんな…どうして…!!?
ハドラー親衛騎団が誕生してるってことはハドラーは超魔生物になったってこと??!)
「みんなは!!? 船は無事か!?」
「…強い! 奴らはとてつもなく強いんだ!! あれではもはや…!
私だけが報告のために
「みんな! 今から敵について私が知ってることを説明する! 作戦を立てたらすぐ救援に行くよ!!」
「「「応!!!」」」
ドラは
ハドラー親衛騎団に対抗する作戦を立て次第、すぐに救援に向かおうというドラに全員が賛同した。
しかし、ドラがまずはオリハルコン生命体についての説明をしようと思った矢先にその行動を否定する声が静かに、しかしはっきりとその場に響き渡る。
「その必要はないよ…
僕が行けば済むことだ」
階段を一段ずつゆっくりと下りながらドラを睨み付ける青年…
ドラ達勇者一行のサババ救援に待ったをかけ、自身が向かうと名乗り出たのは『北の勇者』ことリンガイア戦士団団長・ノヴァであった。