ドラとバウスン将軍の制止を振り切り作戦基地を飛び出たノヴァはカール王国の北端に位置する漁港・サババへと降り立った。
漁港と言えど、その規模はお世辞にも大きいとは言い難い。どこにでもありふれた小さな漁村といった風情のサババには常と変わらぬ長閑な空気が漂っている…
かと思われたが、ノヴァが異変を察知し振り返るとふらふらとした足取りの人影が近づいてきた。
その人影…騎士の鎧に身を包んだ戦士はノヴァに手が届くまであと数歩という所でついに力尽きたのか、何かを訴えようとする表情で前のめりに倒れ伏した。
倒れた拍子にかろうじて頭部に引っ掛かっていた兜が砕け落ちる。
頭から夥しい量の血を流し気絶した戦士を助けようと駆け寄ったノヴァはしかし、すぐに立ち止まり背にした大剣の柄に手をかけ身構えた。
倒れ伏した戦士の向こうに赤い装具を身に纏った一団が見えたからだ。
(全身真っ赤な装備…いや、違う!)
周囲の建物が燃え盛る炎を反射して全身が赤く染まっているが、よく見れば磨き上げられた銀のような質感をしている。
(全身銀色の金属の塊…こいつらか…!!)
作戦基地で耳にした敵の情報と一致する一団を睨みつけノヴァは剣を抜いた。
睨みつけられた一団…その中でレスラー風の格好をした大柄な戦士の首を掴み、持ち上げていた一人がノヴァの存在に気づいたのか顔を向けニヤリと笑う。
笑みを浮かべた顔面すら全て金属で出来ており、形を変えるはずのない金属がぐにゃりと動き表情を模る異様さにノヴァは眉根を寄せた。
「おや? また雑魚が現れたのか!? 本命の勇者達はいつ来るのやら…」
金属生命体が口を開き声を発したが、耳に届いた音は
まるで金属で作り上げた人間のような歪な生命…
普通の
「どうやら貴様の目は節穴のようだな!! …その本命が現れたんだぞ!!」
仁王立ちでギロリと敵を睨み付けるノヴァに周囲のあちらこちらから声が飛んできた。
「…ううっ…ノ…ノヴァ様!!」
「お…お逃げください!! こ…こいつらは強すぎます…!!」
「そ…そうだ…! ド…ドラ達が来るまで、待って…
は、反撃を…!!」
声の出どころは敵襲を受けて満身創痍となり地面に倒れ込んでいる兵士達であった。
敵に首を掴まれ持ち上げられている男…レスラーのゴメスも、締め上げられて息もままならない状態でなんとか声を絞り出しノヴァ一人では太刀打ち出来ないと訴えてくる。
「そいつらの言う通りだ! どうせ戦うのなら勇者ドラが来るまで待ったほうがいいんじゃないのか?」
「ぐふっ!!!」
巨漢のゴメスがノヴァの目の前の地面にまるで紙屑のように軽々と投げ捨てられた。
ノヴァは地面に打ち落とされ痛みに悶絶するゴメスを助けようともせず、手にした大剣を構える。
リンガイアのみならずテランやベンガーナにも勇名を轟かせていると自負するノヴァは冷静な表情の下で激憤に駆られていた。
『北の勇者』が駆けつけたというのに誰一人として助けを欲して縋るでも、希望と期待に満ちた表情で瞳を輝かせるでもなく口を揃えて「ドラは、ドラが、ドラを…」と…!
勇者と持ち上げられていい気になっている紛い物の魔法使いの名前ばかり出す。
「…何度も言わせるなよ!! 真の勇者はこのノヴァだ!!
ドラなんかじゃない…!!
たあぁぁーーーーーっ!!!!」
大剣の重量をまるで感じさせない俊敏さで鋭く踏み込んだノヴァが、叫びながら敵へと斬りかかった。
「いたぞ! あそこだ!!」
「ノヴァは…良かった、まだ無事だぜ!」
「みんな! 地上に降りたら作戦通りに!!」
「ええ!」
「承知した!!」
クロコダインの背中に乗ったドラとポップ。
クロコダインの両腕に乗るようにして抱えられているヒュンケルとマァム。
見たところノヴァはまだダメージを負っていないようだが、手にした大剣は無惨に折れてしまっている。
「大変…彼、武器が…!」
「いや、よく見てみろマァム。奴の闘気が剣を伝って刃のように伸びている…
あれなら並の武器を振るうよりはるかに強い攻撃が繰り出せるはずだ」
地上に降り立つと親衛騎団はノヴァに向けていた視線と意識を一斉にドラ達のほうへ傾けた。
もはや眼前のノヴァなどまるで空気のような扱いだ。
待ち侘びていた
「ノヴァ!!」
「黙って見ていろ!! 今こいつらにトドメをくらわしてやるところだ!!!
くたばれっ!! 鉄屑ッ!!!」
ドラが肩に手をかけ止めるも聞き入れないノヴァは
振り上げた
対するヒムもノヴァを追いかけるようにして跳躍し闘気流の光の中へ飛び込んでいく。
「ノーザングランブレード!!!!」
ノヴァの渾身の一撃を受けたヒムの体は激しく旋回しながら遠くの岩山へと叩きつけられた。
岩盤に深くめり込んだヒムを見て手応えを得たノヴァと、対決を眺めていた親衛騎団が揃って口元に笑みを浮かべる。
ノヴァは敵を屠ったという確信から、親衛騎団はヒムが無傷であるという確信から…それはまったく正反対の意味を含んだ笑みであった。
「…こいつは効いたぜ…人間の痛みで言うと〝柱のカドに頭をぶつけた〟ってところかな…
褒めてやるぞ! 前座試合にしてはなかなか面白かった…!!」
めり込んでいた岩山を丸ごと吹っ飛ばして無傷で舞い戻ったヒムにノヴァが目を見開いて絶句する。
渾身の必殺技を正面から叩き込んだというのに傷ひとつ付けることが出来なかったのだ。目の前の光景を信じられることが出来ないノヴァは技の不発か、敵のマグレかとぐるぐると現実逃避に走り出す。
と、その時周囲を走り回っていたクロコダインとマァムがドラのもとに駆け寄ってきた。
「ドラ! このあたりにいた負傷者を安全な場所に運んだぞ!」
「応急処置もしておいたわ! もう大丈夫よ!!」
「ありがとう、クロコダイン、マァム!」
茫然自失のノヴァを尻目にドラからあらかじめ指示を受けていたクロコダインとマァムは親衛騎団の注意がノヴァとヒムの対決に傾いている間に負傷者を次々と救助していた。
マァムは俊敏性を活かして
目に付く範囲だけだが、ひとまずドラ達の戦闘に巻き込む心配をする必要はなくなった。
『サババに着いたら人命救助を最優先にして動いて。無理に敵を倒そうとしなくてもいいから』
『むぅ…先に敵を倒してしまわねば満足に負傷者を助けられないのではないか?』
クロコダインからの質問にドラが首を横に振った。
『サババ襲撃の目的は死の大地に乗り込もうとする人間の振るい落としなの。
本気で人間を殺そうとはしていないから救助の妨害まではしないと思う。
ましてや敵はハドラーとアバンの使徒との対決を望んでる…私たちとも今は本気で戦おうとは思ってないよ。
…それに禁呪法で生み出されたオリハルコン生命体達はまだ経験値が低い。
手の内を見せれば見せるほどこちら側が不利になる。だから極力、手札は見せないでおきたいの』
『そうね、ドラに賛成よ。まずは怪我をしている人達を助けましょう』
人命を最優先に動こうというドラの意見にマァムが賛同する。
『俺はどうしたらいい? 敵に
『それなんだけど…敵が持つ反射アイテムを封じられない場合は
『へっ…? だってオリハルコンで出来た戦士なんだろ!?
『たしかにオリハルコンには並の攻撃じゃ効かない。倒せる人間も限られてくる…ねぇ、ポップ?
オリハルコン生命体の特徴と弱点、何だかわかる?』
『と、特徴ぉ? え〜っと…そいつらはフレイザードと同じ、禁呪法で生み出されたんだろぉ?
ってことは、オリハルコンで出来てて超頑丈、魔法を弾く、閃華裂光拳も効かない、
…って、どうやったら倒せんだよそんな奴ら!!』
『そう、オリハルコン生命体には
…でも、禁呪法で生み出された生命体は前提条件として生み出した者が死ねば同時にその命も終わりを告げる。
早い話がハドラーが死ねば全員死ぬ。だから無理に倒そうとしなくていいよ。
ハドラーさえ倒せば同時に全員倒せるんだから』
『なるほど…雑魚には目もくれず、《頭》のみ叩くことを念頭に置けばよいのだな』
『そういうこと』
作戦基地で話し合ったとおり、まずは人命救助を最優先にして戦闘は二の次と決めていたアバンの使徒達。
ポップとヒュンケルも無理に敵を攻めようとはせず防御姿勢をとってドラの両脇に控える。
「フフ…さすがはハドラー様が強敵と認める勇者ですね。
声ばかり大きいそこの『自称』勇者さんとは大違いです」
「なっ…!? い、今のはマグレだッ!! 僕がっ…僕こそがっ…!
真の勇者なんだぁーーーーーッ!!!!」
「ノヴァ!!?」
「あっ、バカ野郎!!」
アルビナスの言葉に逆上したノヴァが止める間もなく再び親衛騎団めがけて飛び掛かっていった。
ボロボロに崩れて今や柄だけになった剣に闘気を流し込み、またもヒムの頭めがけて斬りかかっていく。
「ノーザングランブレ…ッ!!」
「ニードルサウザンド!!」
斬りかかられたヒムが応戦しようと構えた刹那、アルビナスがノヴァの目の前に姿を現しその身を眩く発光させた。
ほんの一瞬、しかし全身に光を浴びたノヴァはどさりとその場に崩れ落ちる。
皮膚を熱した無数の針で貫かれたような痛みが襲い、意識を保つのがやっとという状態だ。
「うぅっ…」
「今のは
「ノヴァ、しっかり! 今回復を…」
「…かわいそうな事するじゃねぇか、アルビナス。
あんなレベルの相手にその技をかますとは…」
「フッ、あなたの遊び相手にはちょうどいいのでしょうが…
〝勇者〟ならびに〝アバンの使徒〟以外の人間にこれ以上、用はありません」
応戦する気満々だったヒムがアルビナスの過剰とも言える攻撃に不満を漏らす。
魔王軍の手先ではあるが非道な輩ではないらしい。クロコダインとヒュンケルは漏れ聞こえてくる会話からヒムを一人の武人として認識した。
声からして女性らしいオリハルコン生命体がドラ達に向きなおり礼儀正しく名乗りを上げる。
「さて…遅ればせながら自己紹介させていただきましょう。
我らは魔軍司令ハドラー様の忠実なる下僕…死の大地を守護するハドラー親衛騎団!!
私はその行動を統括する
アルビナスに続き他のオリハルコン生命体も次々と名乗りを上げる。
「接近戦において俺の右に出るものはいないぜ…
「私は戦場を駆ける疾風の
「我が名はフェンブレン!! 親衛騎団の
(ん…? そういえばこの流れは…!?)
「そしてもう一人…」
「ちょっ、ちょっと待って!! もしかして船…っ!!?」
「船?」
「あっ、あれを見て!!」
「船が陸を…っ!!?」
ズゥン…ズゥン…と。
遠くから聞こえてくる地鳴りのような音がする方角を見ると、大きな帆船が陸に浮かんで徐々にこちらに近づいてくるのが見えた。
煉瓦造りの民家を突き崩しながら進む船はやがてその船首がドラ達の真上に来るほど近づいて止まる。
そこまで来てようやく、船体を浮かぶように担ぎ上げているのが今名乗りを上げたハドラー親衛騎団の倍ほどの大きさもあるオリハルコン生命体なのだという事が見てとれた。
「彼の名は
残念ながら言葉を喋れないので私が代わって紹介しますが…」
「おいブロック! その船は人間達の大事な物だそうだ。
返してやりなっ!!」
「ブローム!」
ブロック、と呼ばれた巨大なオリハルコン生命体がドラ達めがけて帆船を投げ飛ばした。
「待って待ってそれ私の船!!! ゆっくり下に置い…っ
あ、あぁ〜〜〜…」
ドラの願いも虚しく無造作に投げ飛ばされた船は地面と激突した衝撃で真ん中からバッキリと折れメキメキという音とともに崩れていく。
さらには船内に保管してあった火薬類に引火したのか爆発が巻き起こり、轟音と爆炎があたりを一帯を吹き飛ばしていった。
(ああ〜、私の船が〜…)
爆風と土煙がアバンの使徒とハドラー親衛隊の姿を包み隠す…
正義と悪…互いに身を置く場所は違えど絆で結ばれた仲間同士の戦いが文字通り、火蓋を切って落とされたのであった。
ドラ「死の大地に乗り込むための船=勇者が率いる一行の船=勇者の船…つまり私の船!」
完璧な理論により用意される物品や設備はだいたい自分の物認定していくスタイル。