「クワアァァッ…!!」
「ピイィィィ…ッ!!
「うわわわわ…ッ!?」
チウとゴメちゃんを背に乗せ、聳え立つ山の頂めがけて飛び立ったバピラスは何かに体を押し戻されるようにしてくるくると空を舞い落ちていく。
旋回しながら地上にぼてっと落ちた三人は頭の上にハテナマークを浮かべて顔を見合わせた。
「いてて…
やっぱり、何回やってもあの山の上には行けないか…かといって他に怪しい所は無いし…
みんなで死の大地に攻め入っても、こんなに何も無いのではキャンプくらいしか出来ないじゃないか。
まったく、魔王軍も気が利かないな」
「クワァ…」
チウの言葉にバピラスのパピィが申し訳なさそうな鳴き声をあげる。
死の大地を空から偵察してみたが荒涼とした大地が続くだけで魔王軍の軍勢も、怪しい建造物も何も見当たらなかった。
あちこち飛び回って見つけたのは抉れた地面に山となっていた鬼岩城の残骸と思われる瓦礫のみ。警戒しつつ恐る恐る近づいてみたが、特に何も起こらなかった。
最初は警戒していたチウ達も肩透かしをくらったような気分になりどんどん大胆に探索を続けた。
唯一、怪しい気配を醸し出す山の頂に行こうと試みたが何度やっても不思議な力で押し戻され辿り着けずにいる。
「うぅむ、これはいよいよ地下に繋がる入口を探すか海底を探ってみるしかなさそうだな…
しかし海を探るにしても僕もパピィも泳げないし…
ということでゴメちゃん! 行って海中を探ってきてくれ!!」
「ピ!」
チウの無茶苦茶な命令に即答するゴメちゃん。
勿論、答えは「否」である。
「なにぃっ、嫌だと!? 隊長命令に従えないというのかっ!!」
「ピィ」(こくこく)
「むむむ…仕方ない。
海中で行動できる
チウが懐からごそごそと『獣王の笛』を取り出す。
口に咥え海に向かって高らかに笛の音を響かせようとしたその時…
「そこまでにしてもらおうか…
これ以上、ハドラー様の視界の端をうろちょろされてはかなわん…
それもお前のような薄汚い鼠風情にな…!」
「ブピョッ…!??」
少し掠れた低い声で吐き捨てるように冷罵が響く。
突然降ってきた声にチウは持っていた笛を落としてしまった。
「だ…誰だッ!?」
「フン…ネズミ風情に名乗るほどワシの名は安くはない」
「なんだとぉッ!!?」
ザクリ、ザクリ、と…
足元の小石が踏まれただけで割られていく。
石を斬り刻む独特な足音を鳴らしながらハドラー親衛騎団の
全身がオリハルコン、それも大部分が鋭利な刃物という
「おっ…お前ッ! お前は魔王軍の手先だなッ!?
さてはボク達が大魔王のいる所への入口を探り当てるのを阻止しに来たんだろう!?
…ということはここから遠くない場所、きっと海底にその入口があるはず!
フフン、阻止をしに来たせいで尻尾を出してしまったな。
頭脳派なボクにはそのくらいお見通しさっ!!」
「ピィィ~…」
「クワアァ…」
フェンブレンを前に臆さないチウをゴメちゃんとバピラスが尊敬の眼差しで見つめる。
内心怯えながらも食ってかかってきた
「いかにも…
海底には『魔宮の門』と呼ばれる巨大な門がある。
その『魔宮の門』こそが偉大なる大魔王バーン様がいらっしゃる理想郷…大魔宮バーンパレスへの唯一の入口!!
ワシはハドラー様に門の守護を命じられこの場にいるのだ…
門の在処は誰あろうと知られるわけにはいかぬ」
「ハッハッハッ! 自分でバラしてしまうとは迂闊なヤツめっ!!」
フェンブレンの口から出た言葉を受け取ったチウがゴメちゃんを伴い、ひらりとパピィに跨って飛ぶように命じた。
敵の手の届かない場所まで上昇したチウは先ほどまでの尻尾の震えはどこへやら…眼下に向かって揚々とお喋りを始める。
「情報提供ありがとう!
今の話をドラさん達に伝えればすぐさまバーンパレスへの総攻撃が始まるぞッ!!
楽しみに待っていたまえっ!!」
「………」
「次に会う時はボクがお前達を倒す日になるだろうッ!
じゃ~ね~!」
飛び去っていくチウ達を無言で眺めるフェンブレン。
表情に乏しい相貌のフェンブレンの目が愉悦を含んで僅かに歪む。怪しく光を反射した目で、せせら笑うように呪文を唱えた。
「
「クッ…クワアァァッ!!!」
「な、なんだっ!? 急に突風がっ…!?
うわあああッ…!!」
「ピイィィ~~~!!?」
巻き起こる風に絡め取られて三人はごつごつとした岩場に落下する。
痛みに悶える三人にフェンブレンがゆっくりと近づき声をかけた。
「クククッ…
どうした? せっかく貴重な情報を得たんだ…
急いでこの場を離れたほうが良いんじゃないのか?
でなければ、命懸けで得た情報が無駄になる…
そうなれば死の大地に乗り込んでくる勇者達の身にも危険が及ぶぞ…クククッ!」
「こ…こいつ…! もしかしてわざと…!!」
「ああ、良い表情だ…
貴重な情報を得て油断したところで絶望の淵に叩き落とす…!
あっさり降参するかと思ったが、なかなか骨のある鼠だ。
気に入った! ワシを睨み付けるその生意気な目が恐怖に染まる瞬間を見てみたい…!
お前達の運命は決まっておる。ただ、早いか遅いかの違いだけだ…
ワシを楽しませればそれだけ長く生きられるぞ…せいぜい長く抵抗してみせるんだな…!!」
「うっ、うわあああ~~~ッ!!!」
「ピィィ~~~ッ!!!」
獲物を追い詰め痛ぶるという本性を露わにしたフェンブレン。文字通り袋の鼠となってしまったチウをゴメちゃんはただ震えて見る事しか出来なかった。
所は変わり、死の大地にほど近い海上をドラゴンに乗った男達が突き進んでいた。
「ねえ、父さん」
「なんだ、ディーノ」
「本当にいいの? ディーナのところに行かなくて…」
「………」
「バーンを倒して、魔王軍を滅ぼすっていう目的は一緒なんだからさ…
協力し合えばいいんじゃないの?」
「…一時的に目的を同じくするだけだ。私は人間を滅ぼすことを諦めたわけではない。
ディーナは今も人間と共に行動している…協力など出来ようはずもない」
(絶対、父さんが変な意地張ってるだけだと思うなぁ…)
何度目になるかわからない同じ質問を投げかけ、それでも納得のいかない様子のディーノにラーハルトが小声でそっと耳打ちをした。
「ディーノ様、バラン様はディーナ様のお立場を思い、あえて距離を置かれているのです。
どうかバラン様のお心を汲まれますよう…」
「ラーハルト…あんまり父さんを甘やかさないほうがいいと思うよ?」
一際大きいドラゴンに騎乗するバランを先頭に、その後を追う一回り小さいドラゴンにはディーノが騎乗している。しかしまだドラゴンの扱いに慣れていない彼に代わり、ドラゴンの手綱を握っているのは一緒に騎乗しているラーハルトだ。
二頭のドラゴンのさらに後方をスカイドラゴンに乗ったガルダンディー、ガメゴンロードに乗ったボラホーンが追従する。
彼らは今、魔王軍に反旗を翻し大魔王バーン、引いては魔王軍を滅ぼすために進軍している。
ドラと袂を分かってから約三週間の間、彼らの行動はそれまでと大きく様変わりしていた。
まずはディーノが父と義兄に戦い方を習い、才能を大きく開花させた事。
その成長度合いの速さに戦闘のプロフェッショナルであるバランとラーハルトが言葉を失うほどディーノに秘められていた力は強大だった。
そして身についた実力とともに精神も大きく成長した。今では自分の置かれた状況を少し退いた位置から見られるようにもなり、父と義兄の至らぬ点を指摘する事もままある。
竜騎衆はドラと別れた日から一度も人間を屠るような事はしていない。
ガルダンディーとボラホーンはドラから受けた
何より主君であるバランが一時的にとは言え、殲滅対象を人間ではなく大魔王バーンとしたのだ。
忠臣たる竜騎衆もまた束の間ではあるが穏やかな(気性が荒いガルダンディーにとってはやや退屈な)日々を過ごす事となった。
ディーノの才能が大輪の花を咲かせガルダンディーが穏やかな日々に鬱憤を溜め込み爆発しそうになった頃、彼らに死の大地への進軍を決意させる出来事が起きた。
死神・キルバーンが彼らのもとに姿を現したのだ。
一体どこでどうやって嗅ぎつけたのか皆目見当も付かなかったが、死神の目的はバランを魔王軍に引き戻しディーノを新たな軍団長にスカウトする事。
それが叶わない場合は二人を暗殺する事だった。
無論、魔王軍に戻る気など毛頭無いバランが首を縦に振るはずもない。ディーノも軍団長の座に興味を示さず死神の勧誘はあえなく失敗…
一転してバランとディーノを抹殺しようとした死神にバランが何故かと詰問すると、死神から返ってきた答えは二人が想像もしない内容だった。
「地上を消し去り、人も、
力の強い者、破壊や殺戮を悦びとする者のみが生き残れる世界…
そう! この世界全てを魔界とする事…それこそが大魔王バーン様が望まれる理想郷さ!!
その実現を邪魔する可能性がある芽を摘み取るのがボクの役目だ。
…だから君たち親子には死んでもらわないといけないってワケさ!
理解できたかい?」
ひゅるひゅると手に持つ大鎌を回しながら死神が嘲笑う。
「理解できるワケねぇだろうがよッ!!!」
激昂したガルダンディーが死神に斬りかかったのを皮切りにバランとディーノ、竜騎衆で死神を討ち取ったが全員がしばし無言だった。
『地上から人間を滅ぼす? その先にあるのは誰も幸せになれない地獄よ…!』
かつてドラが放った言葉がバランの…いや、全員の耳に響いた気がした。
「娘の言葉は真であったか…」
ディーノを除く全員が人間を憎み滅ぼさんと今日まで努めてきた。
しかし人間のいない世界を夢見た事はあれど、弱肉強食の地獄を夢見た事など一度もない。
形は違えど皆それぞれ安穏と暮らせる世界を目指してきたのだ。
この時ハッキリと、倒すべきはまず大魔王バーンであるとバランが示し一同は死の大地へ進軍するに至ったのである。
死神の亡骸を放置して去った後、物陰に隠れていたピロロが青褪めながら
(ディーナとゴメちゃん、今頃どうしてるかな? 俺がどれだけ強くなったか見てもらいたいよ…)
頬を切るような冷たい風を受けながらディーノが目下の死の大地を珍しそうに眺める。
荒涼と続く岩山に何かキラリと光った気がして目を凝らした。
「あれは…!?」
「ハア…ハア…ッ、グゥッ…」
ズタズタに斬り裂かれ全身から夥しい血を流しているチウがそれでも必死に仁王立ちしてフェンブレンを睨み付ける。
「粘るなぁ…思ったより頑丈な体をしてやがる。
クククッ!!
だが、もう避ける力も無さそうだな…」
「ね、ネズミは…追い詰められてからが凄いんだぞ…ッ!!」
「フン…」
「うわああッ!!!」
肺にギリギリ到達しない程度の深さにフェンブレンが鋭利な手を突き刺した。
あと少し力を込めればチウの肺が切れるし岩に押し付けられたチウが踠いても肺が破れる。
「い…痛くなんかないぞ…!
必ず…必ずみんなを助けてやるから…ッ
あ、安心しろ…ッ!!!」
どう足掻いても絶望しか見えない状況にあってもまだ隊員を慮る余裕を見せるチウにフェンブレンが敬意を表した。
「クククククッ…
立派だよ、お前は…!
こんな強情っぱりにはもう二度と会えまいて…!」
フェンブレンがチウに突き刺している手とは反対の手をギラリと構える。
「ワシを存分に楽しませてくれた礼だ。
すぐに仲間もお前のもとに送ってやろう!!」
トドメを刺そうとフェンブレンが手を高く振り上げた時、ゴメちゃんの体が光り出した。
「ピィィ~~~~!!!」
死の大地特有の、暗く澱んだような色をした岩肌を眩い光が照らし出す。
チウを守りたいという一心のみになったゴメちゃんがその身を輝かせフェンブレンに立ち向かおうとした瞬間…
「ギガブレイクッ!!!」
「ガアアッ…!??」
「ピィッ!!?」
まだ声変わりしていない少年の高い声が響く。
激しい雷鳴と金属が割れる音、フェンブレンの悲鳴。
チウを守ろうという一念のみになっていたゴメちゃんは何が起こったのか理解出来なかった。
自身が発光していたことすら無自覚だったゴメちゃんが倒れて気を失っているチウに気付く。
そしてそのチウの前に、守るようにして剣を構える少年が一人…
「久しぶり、ゴメちゃん」
「ピ…、ピ…、ピイィィィ~~~~!!!」
少し見ない間に顔つきは精悍に、体つきも逞しく…
友達に危機に、ドラの双子の兄ディーノが迅雷とともに降り立ったのである。
ディーノ
才能の原石(メガトン級)。実戦どころか剣すら持った事が無かったが三週間ほどバランとラーハルトにみっちり稽古を付けてもらった結果、ギガブレイクを打てるまでに成長。
性格も大人びて父親に対して辛辣な意見を言えるほどに精神的にも成長した。
ピロロ
ズタズタに斬り裂かれたキルバーンを見てわりとマジで焦った。
ギガブレイクや
良かった、ボラホーンが冷気系ブレスの使い手で…
ガルダンディー
根がチンピラのため戦闘が無い日々が退屈で仕方ない。
ヒムと気が合いそうで微妙に気が合わなそう。
バラン
息子が急速に親離れして娘とも未だ再会ならず。
内心とても寂しい。