ドラの大冒険〜魔法特化の竜の騎士〜   作:紅玉林檎

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78_ドラの杖ver2.0

暗く澱んだ空気が漂う死の大地を青く澄んだ光が照らす。

ドラの杖はバラン達に杖の正面を向けて「これ以上手出しはさせない」とでも言うようにポップ達の頭上に浮かんでいた。

白銀に輝く柄とキラキラと青い光を湛えた竜魔石からなる杖を見たディーノが瞳を輝かせてほぅっと溜息をつく。

 

「すごい…綺麗な杖だね…」

 

「ピィィ~!」

 

バランの手から飛び出したゴメちゃんが杖に向かって羽ばたいた。

空中に浮かぶ杖の前でゴメちゃんがピタリと止まると…

 

「良かった! ゴメの(あに)さんご無事でしたかい!!

心配しやしたぜ!!」

 

「「「「「「!!!?」」」」」」

「ピィッ!?」

 

「ぎゃああああッ!!!

つ、つ、杖が喋ったああああッ!!?」

 

叫び声を上げたポップが鼻水を垂らしてぺたりとその場に尻餅をついた。

バランに竜騎衆、ヒュンケル、そしてクロコダインも…地上にいる者は誰も一言も発してはいない。

今しがた声が聞こえてきたのは間違いなく頭上からだが、空中に浮かんでいるのは杖とピィとしか鳴かないゴメちゃんだけ…何かの聞き間違いではあるまいかと全員が自分の耳を疑った。

ただ一人ディーノだけは

 

(杖って初めて見るけど喋る杖もあるんだ…)

 

世界って広い…と、世間知らずゆえの純粋な眼差しで杖を見上げていた。

 

先ほどまですわ、戦闘かと危ぶまれていた状況だが突然の杖の乱入と予想外の事態に緊迫した空気は霧散してしまった。

なんとも形容しがたい微妙な空気が漂う地上にドラの杖がスーッ…と降りてくる。

ポップはまるでお化けでも出たかのように尻餅をついたまま後じさり、バランは得体の知れない武器を前に無意識に真魔剛竜剣の柄に手を置いた。

 

「お初にお目にかかりやすバランの(かしら)、手前はドラの姐さんの武器を務めさせていただいておりやす『ドラの杖』と申しやす。

以後、お見知りおきを」

 

ぺこり、と全身を斜め45度に傾けてどうやらお辞儀をしているらしい。

お見知りおきを、と言われてもまさか『杖』に礼儀正しく挨拶をされるとは思っていなかったバランはどう対処したらよいのかわからず無言で固まった。

しかしバランの困惑などどこ吹く風と、男とも女ともつかない低く落ち着いた声音で杖はぺらぺらと喋り続ける。

 

「いやあ、ゴメの兄さんもですけど鼠の旦那もご無事で何よりでさぁ。

ちぃと怪我しちゃいるがそれくらいなら姐さんの呪文で一発で回復すらぁな!

姐さん、そりゃあ心配してたんですぜ~。まずは戻って顔を見せて安心させてやってくだせぇ!

恥ずかしながら手前も自由に動けるようになって勢い余って飛び出してきちまったもんで…兄さん方と一緒に頭下げねぇと。

 

マの字! ヒュンケル! ワニの旦那も!

一旦サババに戻ってくんな!

 

それにバランの頭達もだ!

いやぁ、ゴメの兄さん方を迎えに来たらバランの頭達までいるなんて僥倖僥倖…

姐さんそりゃあ頭達に会いたがって…

「ちょ、ちょ、ちょっと待て…!!

勝手に話を進めんじゃねぇッ!!」

あん?」

 

立て板に水と喋り続ける杖にポップが待ったをかけた。

話を遮られた杖は不機嫌そうな声を出してポップに近づく。

 

「なんだよ、ドラの姐さんを安心させようって話に何か文句があるってのか!? あぁん?」

「文句がどうのこうのの話じゃねぇよ!!

何でドラもいないのにただの杖が勝手に動き回ってんだよ!!? そんで何でいきなり喋れるようになってんだよ、えぇッ!??」

 

至極もっともなポップの疑問に全員が心の中で同意した。

何なのだと問われた杖はふんぞり返って自身について語り出す。

 

「ハッ! 耳の穴かっぽじってよ~く聞きなぁ!!

俺様はただの杖じゃねぇ!! 竜水晶からドラの姐さんの手によって選りすぐられ結晶化した竜魔石を核にロン・ベルクの親父によって作り出された史上最高の杖よ!

竜水晶が喋れて俺様が喋れねぇ道理があるかってんだい!!

 

竜水晶は古き神々の『野心を持って争う者を粛す』ってぇ祈りによって魂が宿ったが、俺様はドラの姐さんの『家族と仲間の命を救いたい、争いを止めたい』ってぇ純粋な祈りによって『個』としての人格を得たってわけよ!

清らかな乙女の祈りによって生み出されたいわば平和の象徴、この世の至宝だぜ! ありがたくひれ伏して崇め奉りやがれ!!!」

 

「いやガラ悪っりぃな!!!」

 

ポップのツッコミにまたも全員が心の中で同意した。

ギャハハハハ…と、笑い声をあげる杖はとてもではないが乙女の祈りで生み出されたとは思えない品の無さである。

よしんば外見と声が上品な分、余計に口調が残念だった。

 

「まあ、これ以上の詳しい話はドラの姐さんのとこに戻ってからにしようや。

バランの頭、ディーノの若頭、竜騎衆の兄さん方も。

とにかく一度姐さんのところに来てくだせぇ!

でないと大魔王バーン打破は夢のまた夢って話だ」

「!?」

「待て、杖! バラン達も俺達のところへ連れていくつもりか!?」

「ヒュンケルの言うとおりだ! というか、そもそもバランよ…なぜお前達が死の大地に…?」

「………」

 

クロコダインの指摘にバランは答えず押し黙った。

ポップ達が一度サババに戻るというのならばバランにとっては好都合。その間に大魔王の拠点に攻め入る気でいるからだ。

わざわざ「大魔王バーンとは相容れない事がわかったから娘が危険に身を晒す前に我々が奴を打ち倒す」などと話す義理も必要もどこにもない。

しかしそんなバランの心中を見透かすかのようにまた杖が喋り始めた。

 

「バランの頭達がここにいる理由はなんとなくお察ししやすぜ。

大魔王バーンを討ちに行くつもりでしょう?

…もしかして、死神の野郎と会って大魔王の目的でも聞かされやしたかい?

 

手前には頭達を止める力も、手立てもありはしやせんが…

これだけは言っておきやす。

頭達が姐さんを差し置いて大魔王バーンに挑むつもりなら…

 

間違いなく、姐さんは死にやすぜ?」

 

「ハァ!? どういう事だよそりゃあ!!」

「マの字てめぇ、唾飛ばすんじゃねぇよ!!

どうもこうも言ったとおりの意味でぇ。

大魔王バーンはとんでもねえ爆弾(・・)隠し持ってやがるんだ。

奴の手の内を知らずに討ち入るなんてぇ真似は自殺行為でしか無ぇ。

俺の姐さんがそんな無謀なカチコミ入れる身内をほっとくような(タマ)かよ!

間違いなく、自分の命(なげう)ってでも家族と仲間助けるに決まってんだろうが!!」

「…ッ!!」

 

全員の脳裏にかつてバランと戦った時のドラの姿が蘇る。

命懸けで仲間を…人間を殺そうと復讐心に染まるバランを止めに入った時のドラの痛ましい姿を思えば、なるほど有り得る事だ。

バラン達が本当に無策で大魔王の本陣に攻め入ろうとしているのならば、そして杖が語ったように大魔王バーンが何かとてつもない切り札を隠し持っているのだとしたら…

ドラは父親や兄が悲劇に見舞われる前に命懸けで駆けつけ喜んで身代わりになるであろう。あれはそういう娘だ。

 

杖が喋り終わると、重苦しい沈黙が落ちた。

杖の言うことには一理ある。特にポップはこの場にいる者の中でゴメちゃんの次にドラとの付き合いが長い。

バランが敵陣に攻め入ったと聞くや我儘娘の本領を発揮してアバンの使徒を置き去りにし、たった一人で後を追いかけるドラの姿が目に浮かぶようだった。

 

娘の…ディーナの命がかかっているのであれば人間と協力し、共に大魔王に挑むのが最もリスクの少ない方法だ、と。

そう理解はしているが、しかしバランにはその選択肢を選ぶ事は出来なかった。

何をどうやっても、人間への憎しみが日々薄れていようとも…

人間と手を取り合って戦う事など出来ようがない。

 

それはバランの意志であったが、連綿と孤独な戦いを続けてきた(ドラゴン)の騎士の本能でもあった。

 

「杖に諭される謂れはない。私は…」

「俺、行くよ」

「ディーノ様!?」

 

バランが杖の申し出を断ろうと口を開いたが、それをディーノが遮った。

ラーハルトが抗議の声をあげる。

 

「ディーノ様、何を…」

「父さんが行かないなら俺が行くよ。人間達のところに。

だってそうしないとディーナの命が危ないんだよね?

ディーナだけがまた傷つくなんて見過ごせない。

俺だって少しは強くなったんだ…!

 

ディーナだけに辛い思いはさせない。俺も一緒に戦うよ‼︎」

「若頭…!」

 

感極まった杖は涙声になりながら輝きを増した。

 

「ありがてぇ…! そう言ってくれるだけでも姐さんのこれまでの苦労が報われますぜ…!!」

 

ぐずぐずと鼻声になる杖を見下ろすクロコダインがバランに向かって口を開いた。

 

「なあ、バランよ…知っているか?

ドラにはな、先の事を見通す目を持つ魂が宿っているのだ。

その魂の持つ知識のおかげで我々は窮地を救われた事も多い。ドラもその魂を家族のように慕っている。

 

…しかしな、そのせいであの娘は仲間にも言えずにいる事実を一人抱え込んで苦悩しているように俺には見える。

たった12歳の少女が、仲間にも友にも相談すら出来ずに戦いに身を投じる日々を送っているのだぞ?

親であるお前がそばにいてやれるならそうするべきだと俺は思うがな。

 

ドラの力の根源はなバラン、何をおいてもお前達家族の存在だ」

「…ッ!!」

 

「父さん…俺からもお願いだよ。

これ以上ディーナを一人で戦わせないで。

そばにいて、守ってあげてよ」

「ディーノ様…」

「頭…俺からもお願いしやす」

「………」

 

物言う杖、息子、クロコダインに懇願されたバランはしばし無言だったが最終的には首を縦に振った。

あくまで力を貸すのは娘に対してのみ。人間と協力して戦うなど御免(こうむ)るという条件付きではあったが。

クロコダインがその場に残りサババまでの案内を買って出たのでポップとヒュンケルは一足先に戻る事になった。

 

気絶しているチウと怯えたままのパピィをポップが両脇に抱えて飛翔呪文(トベルーラ)で飛び立つ。

ドラの杖を手にし、ゴメちゃんを肩に乗せたヒュンケルも後に続いた。

 

飛翔呪文(トベルーラ)くらいなら朝飯前よ!」

 

(のたま)った通り、並行して飛ぶ杖にポップが「なんちゅう反則的な性能だよ…」と呟いた。

 

「おいマの字! もちっとスピード出せねぇのか!!

チンタラしてたら置いてくぜぇ!?」

「うるっせぇ! こっちは動けねぇの二体抱えてんだぞッ!!

…っていうかさっきからマの字マの字って何だよその呼び方!?

いくら俺が魔法使いだからって他にマシな呼び方はねぇのかよッ!!?

ヒュンケルは呼び捨てだしクロコダインのおっさんは旦那呼びしてただろうがッ!!」

「はぁ? ちげーよ、『魔法使い』のマじゃなくて『マヌケ』のマだよ。

俺様が鳥の兄貴を止めなかったらお前あのまま両腕ブッタ斬られてただろうが。

殺されはしねぇまでもその状態で帰ってたらどうなったよ?

姐さんはギャン泣き、マァムの姉御は怒髪天からの説教、パプニカの姫ぃさんからは戦力外通告されて易者のネェちゃんは良くて絶叫、さもなきゃ失神してただろ?!

面倒くせぇ事態になるのを防いでやったんだ、永劫感謝しなぁ!!」

「こ…このクソ杖…!!」

「ピィィ…」

 

返す言葉が出てこないポップを杖がケラケラと笑い飛ばす。

ゴメちゃんは後輩とポップの矢継ぎ早の応酬に口を挟む事が出来ずただただ困り顔になった。

 

「てめぇその性格(ガラ)の悪さ誰に似やがった!?」

「あぁん!? こちとら数千年間抗争見守ってた竜水晶から生まれたんだぞ!!

お上品で(ドラゴン)の騎士のお供務まるかよやんのかゴルァッ!!?」

 

ギャンギャンと言い争う二人に挟まれたヒュンケルが我慢の限界に達し「煩いぞ!! お前達!!!」と諌めるまで口喧嘩は続いたのであった。

 

 

 




ドラの杖
ドラの祈りの力で大幅なバージョンアップを果たし喋れるようになった。
口調がべらんめぇで侠客じみているのは杖を手にした時にドラが
「わ〜、仕込み杖とか任侠ものみたい! かっこい〜!」
という感想を呟いたから(適当)
性格は作り手と持ち主に似た。
忠誠心が篤くバランやディーノの事を敬ってはいるがドラ以外に従う気は毛頭無い。
真魔剛竜剣やゴメちゃんは大先輩。魔剣や魔槍とは兄弟分な関係。
主人達のいないところで武器トーークとかしてるかもしれない。

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