「きゃああッ!? チウちゃん大丈夫!!?」
「うぅ…」
「ピィ〜…」
作戦基地に戻ったドラは満身創痍となりベッドに横たわっているチウを見て絶叫した。
まだ少し痛みが残っているのか、マァムによる手当てを受けて傷はほぼ塞がっているようだが苦しそうに魘されている。
あらためてドラがチウに回復を施していると、ゴメちゃんが心底申し訳なさそうな顔でなぜこうなったかの事情を説明しだした。
眉をは八の字にして涙目で聞いていたドラだったが、敵がわざと情報を漏らした上でチウを痛めつけたくだりになると顔からスッと表情が抜け落ちた。
その瞬間部屋の中の温度が5度ほど一気に下がったように感じたのはゴメちゃんだけではないだろう。
「へぇ〜…親衛騎団のフェンブレンか~…そっかぁ〜」
誰に向けてでもない底冷えした声が静まり返った部屋に響く。
今にも暴走しそうな魔力をギリギリのところで抑えてはいるが、それでも怒気と共に魔力がか細い稲妻のように滲み出てドラの肌の上をビリビリと走った。
いまだかつて見たこともないほど静かに怒り狂っているドラを見たゴメちゃんは思わずといった様子で床にぺたりと土下座する。
「危ないから死の大地には行くなってあれだけ言っておいたのに…!」
「ピ、ピィィ…!」
チウを止められなかった事、死の大地に行った事、チウを守れなかった事…
それらを涙ながらに謝罪するゴメちゃんを見たドラは深く呼吸をしてため息を一つ吐いた。
「はぁ〜…いいよ、もう。
そんなに謝らなくても…
ポップ、ヒュンケル、チウちゃんとゴメちゃんを連れ戻してくれてありがとう」
ドラが部屋の隅で様子を見守っていたポップとヒュンケルに声をかけた。
「…お、おう」
「…ああ」
ドラの、まるで能面のように一見穏やかに見えてまったく目が笑っていない憤怒の表情と滲み出るドス黒い魔力を見た二人は顔色を悪くしながら頷いた。
と、ドラの怒りが鎮まるのを待っていたかのようにポップの後ろに隠れるようにして浮いていたドラの杖がスーッとドラに近寄ってきた。
「あ! 私の杖!
いきなり飛び出して行っちゃうんだもん、どうしちゃったのかと思った。
ポップが見つけてくれたの!? ありが…
「姐さん! このたびは勝手にお側を離れて面目次第もありやせん!!」
と…ッ!!?
きゃああああッ!!!
つ、つ、杖が喋ったああああッ!!?」
「いやなんでお前が俺と同じ反応してんだよ!?」
「ドラ…お前、自分の杖の変化に気付いていなかったのか…?」
よもや持ち主がこんな重大な事実を認識していなかったとは…
てっきり『ドラがそうあれと願ったから願いを受けた杖が進化を遂げた』と思い込んでいた二人にはまさに晴天の霹靂だったし、自分の杖が明確な意思を持ち喋れるようになったなど夢にも思っていなかったドラにとっても晴天の霹靂である。
「あらためてご挨拶しやす!
姐さんの慈悲と救済の祈り…女神の如き一心によって喋れるようになりやした『ドラの杖』でさぁ!!
姐さんのためなら火の中水の中マグマが燃え盛る魔界の底までどこまでもお供しやすッ!!
これからもどうぞよしなにお願いいたしやっす!!!」
まさしく平身低頭。
床スレスレに平伏したドラの杖。
椅子から立ち上がり驚愕に目を見開いていたドラだが、自分の杖の変化を徐々に飲み込んだのか頬を紅潮させて笑顔を浮かべた。
「わ〜っ! すごいすごいっ!
えっ、私の杖こんなに賢くなったの!?
私今なんにもしてないのに勝手に動いてたよね!?
自分でいろいろ考えて動けるってこと!? しかも喋れるの!?
さっすが私の杖、賢い、超便利〜〜〜っ!!」
「ぐすっ…あ、姐さん…!」
直立に姿勢を正した杖の周りをわ〜!と歓声を上げながらドラがぴょんぴょんと飛び跳ねる。
「気色が悪い」と拒絶される可能性に内心怯えていた杖は安堵して涙声になりドラの姿を追ってその場でくるくると回った。
「ドラ…お前、それでいいのか?」
「え? なんで?
便利じゃない。それに言うことよく聞く良い子みたいだし、最っ高!」
「そ、それだけじゃありやせんぜ!
姐さんほどではねぇが簡単な魔法なら難なく使えます!」
「本当に!? 自分で魔法使えちゃう杖なんて便利どころじゃないじゃない!!?
オリハルコンが擦り切れるくらい使い倒してあげる♡ 覚悟しといてねっ!」
「姐さあああ〜〜〜んっ♡」
「杖…お前もそれでいいのかよ…」
この主人にしてこの杖である。
ポップとヒュンケルがなんとも言えない微妙な表情で妹弟子とその杖をじっと見つめた。
「杖ちゃん…、ドラの杖ちゃん…
う〜ん…なんか呼びにくいな。
そうだなぁ…リュベルド…リューミド…リュミベル…
リュミベル、リュミベルにしよう!
正式名称は『ドラの杖』だけど呼びにくいからこれから呼ぶ時は『リュミベル』って呼ぶね!
今までありがとう。これからもよろしくね、リュミベル」
「リュミベル…姐さんから貰った名前…リュミベル…
じ、自分は姐さんの杖として生まれて幸せモンでさぁ…
姐さんから貰った名前、最強の杖の代名詞にしてみせますぜ!!」
あはは、うふふ…と和む杖を見守っていた兄弟子二人だったがいい加減痺れを切らしたポップが口を開いた。
「おい! 二人して楽しそうなところ悪りぃけどよ…
さっきからドラの後ろにず〜〜〜っと必死こいて隠れ続けてるそいつの紹介してくれねぇかな!?」
「「あ」」
ドラが作戦基地に戻ってから今に至るまで。
初めて人間の世界に足を踏み入れて萎縮しきり、おどおどと怯えた様子のディーノが居心地悪そうにドラの後ろからそっと顔を覗かせていた。
「え〜…みんなに紹介します!
私の双子のお兄ちゃん、名前はディーノです!
人間についてわからない事だらけなので、みんな優しくしてあげてね!」
「よ…よろしく…」
心細いのかゴメちゃんを抱きしめて恥ずかしそうに顔を赤らめながらディーノが軽く会釈をした。
ディーノとアバンの使徒は初対面ではない。
かつてドラがバランと対峙した時にバランのそばにいたのをポップとレオナ、クロコダインは見ているしヒュンケルも死の大地でバランと竜騎衆と共に行動している彼を見ている。
しかし今まで彼の存在をドラの口から説明されてはいたが、顔をきちんと見て言葉を交わすのは全員これが初めてだ。
レオナはプレゼントを贈られた子供のようにキラキラとした目でディーノを見つめている。
ポップは「ドラの兄貴でバランの息子か…もっととんでもない奴を想像してたけど案外小せぇし普通っぽいな」と口には出さなかったが、だいぶ失礼な感想を心の中で呟いていた。
マァムは村の小さい子供達を思い出しているのか微笑ましくディーノを眺めているし、ヒュンケルやクロコダインは「バランの息子か…」とかつての軍団長の名残か武人さながらに何かを見極めるようにしてディーノの一挙手一投足を見ていた。
「おう、あらためてよろしくなディーノ!
俺はポップってんだ。ドラの兄弟子だからまぁお前にとっても兄貴みたいなモンだろ。
わからない事があったら遠慮なく俺に聞けよ!」
「ディーノ、私はマァムよ。
私もドラの姉弟子だから、お姉さんみたいなものだと思ってちょうだい!
よろしくね!」
「ディーノ君! 私はレオナっていうのよ!
パプニカ王国の王女…って言ってもドラちゃんの親友だからキミにとっても特別な存在のはずよね!?
今度ぜひパプニカに遊びに来てちょうだい!!」
「う、うん…」
「「可愛い〜!!」」
少しばかり年上の人間に囲まれたディーノが縮こまって返事をする様がツボに入ったらしい。
やや離れた所に控えてはいるがエイミやメルル、ノヴァもディーノに興味津々といった様子だ。
世話好きなポップやマァム、積極的なレオナに構い倒され赤面するディーノをニコニコと眺めるドラに年長者であるヒュンケルとクロコダインが疑問を投げかけた。
「俺はてっきりバランが来るものと思っていたが…」
「お父さんと竜騎衆はサババ近くに待機してもらってるよ」
「だからと言って、なぜバランの息子を代わりに連れてきたのだ…?」
「え…だって…」
サババでレオナと挨拶し終えたバランが打倒大魔王に向けて気持ちを新たに覇気を燃やす。
一時的にではあるが人間と手を組むのだ。
バランにも竜騎衆にも、相応の心構えと事前の作戦共有が肝心なのは言うまでもない。
「では、人間達の拠点に案内してもらおう」
「あ、お父さんは竜騎衆と一緒にお留守番してて。
作戦基地にはお兄ちゃんが来て!」
「なんだと…!?」
「だってお父さん人間嫌いでしょ?
それに言葉の選び方下っ手クソだし話し合い苦手だし嘘つけないし交渉も出来ないし顔怖いもん。
お父さん達に滅ぼされた国の人もたくさんいるし、みんな怖がっちゃうよ。
お兄ちゃんは人間と話をするのも初めてでしょう?
良い機会だからお兄ちゃんに人間の世界見せてあげるね!
お父さんは竜騎衆が勝手しないように目を光らせておいてよ。特にガルダンディー。
じゃあお兄ちゃん私と一緒に行こ〜♪」
「うわわっ…」
「待て…待たぬかディーナ…ッ!」
「大丈夫大丈夫お兄ちゃんには私がついてるから〜」
そう言ってドラはディーノを連れ出してとっとと
ちなみに娘にコテンパンに言い負かされて上手く反論できずに固まっていたバランを見て爆笑したガルダンディーはラーハルトとボラホーンにブン殴られていた。
ドラの両脇のクロコダインとヒュンケルが肩を揺らす。
まったくバランを笑える立場にはないので笑いを堪えてはいるが、是非ともその時のバランの慌てた様子が見てみたかった…と元軍団長としてのバランしか知らない二人は思った。
ディーノを皆にひとしきり紹介した後、ドラの杖がバージョンアップした事についても説明したら作戦基地がお祭り騒ぎになってしまいいつまで経っても神妙な空気にならず将軍職に就いているバウスンが一喝してようやく落ち着いて話し合いが始められたのであった…
余談
サババ近辺の人気の無い浜辺にて。
口達者な娘に打ちのめされてわりと本気で落ち込んだバランをラーハルトとボラホーンが懸命にフォローした。
ガルダンディーは罰として一人で食糧の調達に行かされた。
正式名称ドラの杖、愛称リュミベル
竜水晶(
一見ネーミングセンスがあるようでわりと適当な名付け方をするドラ。
人間相手なら酷い言いようだけど「便利、賢い、使い倒す」は武器や道具にとっては最高の褒め言葉。
ディーノ
父親や義兄からさんざん人間の悪口を聞かされてきたので戦々恐々。
ドラから話を聞いていたので「そんなことないんじゃ…」と思ってはいたがそれでもどう反応していいのかわからなくてずっとドラの後ろに隠れてた。
天性の人たらしスキルによって周囲にどんどん人の輪が出来る星のもとに生まれた。
素直で順応力が高いのでわりと早々に人間社会に馴染んでいきそう。