作戦基地として使っている地下室…天井に大きく開いた今となっては地下とは言えない部屋の中にはドラを筆頭としたアバンの使徒、ドラの心友ゴメちゃん、獣王クロコダイン、王女レオナとレオナに随従してきた賢者エイミ、リンガイア将軍バウスン、その息子である勇者ノヴァ、先見の占い師メルル…そしてバラン陣営の代表としてドラの双子の兄であるディーノが集められていた。
それらを見渡したドラが部屋の中央で喋る杖、リュミベルに向かって指示を飛ばす。
「さてと…じゃあ落ち着いたところで作戦会議を始めます!
リュミベル! 結界とプロジェクション!」
「へいっ、姐さん!」
敵に手の内を見られるわけにはいかない。作戦基地を魔力で満たし強力な結界を敷く。
次いで杖の先端に鎮座する竜魔石が淡く輝いたかと思うと作戦基地の壁に映像が映し出された。
死の大地を上から見た地図、超魔生物となったハドラー、そのまわりには五体の親衛騎団がくるくると浮かんでいる。ハドラーも親衛騎団も、およそ実物の10分の1ほどの大きさに縮小された姿だ。
死の大地の中央には大魔王バーンのシルエット。その両脇にはキルバーン、ミストバーンの姿もある。
ドラがリュミベルを手に取り杖の先端でツツー、と死の大地の上をなぞっていく。杖がなぞった後には仄白く発光する線が浮かび、それはやがて翼を大きく広げた鳥のような形になった。
落書きにしか見えないそれが何を表しているのかわからず、皆首を捻りながらドラが描き終わるのを待つ。
死の大地を覆うようにして描かれた大鳥のそばに最後に『?』と書き終えるとドラは映像に見入っていた人々を振り返り口を開いた。
「この巨大な鳥の形を模した物が私達がこれから乗り込む大魔王の居城『バーンパレス』。
このバーンパレスが今どの方向を向いて死の大地の地下深くに眠っているのかはわかりません。
ここに攻め入るための入り口は死の大地の海底にありますが何処にあるのかは不明です」
ドラがゆっくりと死の大地の上を回転する鳥の嘴に『入り口』と書き加えながら説明を続ける。
「この入り口…『魔宮の門』はもう何百年も開いていない開かずの門で並大抵の攻撃や呪文での突破はまず無理です。
お姉ちゃんから
そしてそこを突破出来てもハドラーかミストバーン、あるいはキルバーンが私達を待ち構えている可能性が高いです。
さらにバーンパレスにはハドラー親衛騎団と同じ、オリハルコン生命体の戦士達が11体…さらにさらにそれ以外の凶悪な
ドラが親衛騎団、
「それらを踏まえた上で私達がやらなければいけない事を要点のみ抜き出して順序立てると…」
1、魔宮の門の捜索
2、魔宮の門の破壊
3、ハドラー突破
4、大魔王撃破
5、ミストバーンとギルバーンを始末する
そう空中に文字を書き終えたドラが軽く手を上げて皆に声をかけた。
「ここまでで何か質問ある人~」
シィン…と静まり返る部屋からは誰の声も聞こえないどころか身じろぎした際に服から出る衣擦れの音さえも聞こえてこない。
ただ誰かが息を飲み込んだ音と床に汗がポタリと落ちた音だけが微かに聞こえた。
「質問が無いようなので次に行きま~す」
質問が無いのではなく、あまりにも想像の埒外の話に全員が硬直していただけなのだが…
『全員すんなりと説明を理解した』と受け取ったドラが説明を続ける。
その様子にレオナが慌てて待ったをかけた。
「ちょっと待ってドラちゃん…!」
「レオナ、何かわからない事あった?」
「そうじゃなくて…!」
「何でそんなに平然としてるんだよお前は…っ!?」
上手く言葉が出ないレオナに代わりポップが声を荒げてドラに詰め寄る。
詰め寄られたドラはポップが言っている言葉の意味がわからずキョトンと目を丸くして首を傾げた。
「え? 淡々と説明するんじゃなくてドラマチックな演出にしたほうが良かった…?
じゃあ最初からやり直そうか?
リュミベル、死の大地をもっとおどろおどろしい感じに映し出して…」
「そんな事言ってんじゃねぇよッ!!
敵の本拠地がこんな有り得ねえ大きさで無数の
何でそんな冷静でいられるんだよお前はッ!!?
こんな…こんな…
こんなの…俺みてぇな普通の人間なんかにゃ太刀打ち出来ねえじゃねぇか…
俺達をお前みてぇなバケモンと一緒にすんな…ッ!!!」
「ポップさん何を…!」
「ちょっとポップ君!! そんな言い方って無いんじゃないの!?」
レオナの怒鳴り声が部屋に響く。
仲間を化け物呼ばわりしたポップをメルルとレオナは信じられないといった表情で見た。
そんな二人の声など届いていないのか、ポップは何の反応も示さずにいる。
人智を超える大魔王の居城や、強大な数多の敵…それらを一斉に羅列されて許容量を超えてしまったのだろう。
カッとなって叫んだ後、ドラの肩を掴んで絞り出すように弱音を吐いたポップはそのままの姿勢で視線を床へと落として震えていた。
いつもなら叱咤するマァムや、皮肉めいた言動で発破をかけるヒュンケルですら額に汗を浮かべて押し黙ってしまっている。
それほどにドラの口から出た敵の全容は人智を超えていたのだ。
確かにこの戦いは大魔王を頂点とした魔族と地上に生きる人間の種族対立という側面もある。
人間に同族ではない種族に対する根強い差別意識がある事は否めない。王族として民を治めるための教育を受けてきたレオナはその事についてきちんと理解はしている。
差別意識を完全に無くす事など出来はしないし、差別する人間を非難しても何も解決しないという事も。
しかし理解しているからといって納得しているわけではない。
何より、種族がどうのという以前に友が誹りを受けたのだ。黙って見過ごせようはずがなかった。
一方のメルルも自分の耳を疑った。
想い人の口からよりにもよって仲間を疎外する言葉が出てきたのだ。
命をかけて超竜軍団に挑み、ドラが人間ではないと知った後も妹のように親身に接していた彼は一体どこへ行ってしまったのか…
引っ込み思案でなかなか最初の一歩が踏み出せない自分と違い、自分の気持ちに正直で行動力があり、臆病ながらも勇敢に敵に立ち向かっていく…憧れが詰まった眩しいポップの姿は今この場のどこにも見当たらない。
静まり返った部屋の中で仲間から『化け物』と罵られたドラが恐怖に震えるポップの腕に手を置いた。
それでも顔を上げないポップの顔を下から覗き込んで語りかける。
「も~、ポップってば何弱気になってるの!
下向いてたって見えるのは自分の足と地面だけだよ?
それじゃ気分もアガらないってば!
ほら、顔上げて! 目の前にいるのは誰?」
「は…? 誰って…ドラ…だけど…」
「そう! 私は『何』!?」
「何って…」
「ほら、何でもいいから答えて! さっき言った『バケモン』以外で! 早く!」
「えぇ…え~と…
「それだけ? 他には?」
「ええっと…ゆ、勇者」
「そう、他には? まだあるでしょ?」
「アバンの使徒」
「まだまだ!」
「正義の魔法使い…って、何だよこの質問!
あとお前、役目?称号?やたら多いな!?」
「ふっふ〜ん!」
質問の意図が読めないポップが喚く。
周囲で様子を伺っていた人間…先ほどまで怒っていたレオナや悲壮な表情を浮かべていたメルルも困惑した表情で「ドラちゃん(さん)?」と言ってポップに向かって胸を張るドラを見つめた。
ドラが自分の胸に手を当て、ポップだけではなく部屋の中にいる人々全員に向けて語りかける。
「今、大魔王との戦いの先頭に立って立ち向かう『勇者』を何者だと思ってるの?
ただの『化け物』じゃないんだよ?
伝説に謳われる
世界を我が物にしようとする輩が現れた時に、そいつを粛清して天罰を与えるのが本来の
その使命を背負ってる私が、たかだか化け物みたいな強さしか持ってない敵に負けるわけないでしょう?
しかも!」
ドラがたたっとディーノに駆け寄ると腕を掴んで有無を言わせず部屋の中央に引っ張り出した。
「とてつもない力を持った
伝説の戦士が三人も大魔王を倒すために力を合わせるんだよ!?
竜騎衆も力を貸してくれるし、リュミベルもいる!!
あとね! 聞いて!
オリハルコンはまだ余ってるの! オーザムの王様から貰った『覇者の胸当て』!
あれでロンが作りたかった剣が完成すれば私達に負ける要素なんてどこにも無いよ!!
どうポップ!?
ちょっとは希望見えてきた!??」
というか希望しか見えてこないでしょう!? そうでしょう!?
キラキラと瞳を輝かせてそう言い放つドラにポップが脱力した。
「お前…お前って、本当…」
手で目を覆いながらポツリと「バケモンなんて言って悪かった…」と呟く。先ほどの自身の発言が一歩間違えれば酷く相手を傷つけたという事実が頭に追いついたらしい。当のドラ本人はまったく気にしてないのか「いいよ別に、気にしてない」とさらりと謝罪を受け取った。
「っていうかポップがさっき言った『バケモン』っていうのもそんなに悪意を感じなかったけど…」
「悪い、口が滑った。お前のバケモン並みに図太い神経と頭のネジが一本外れてるみてぇなイカれ具合からつい…。
普段の軽口のノリで口から出ちまった…もうしないようにこれからは気をつけるぜ」
「ちょっと! それどういう意味!? 今『バケモン』より酷い事言わなかった!?」
二人のやりとりに周囲からクスクスと笑い声が上がり、張り詰めていた空気が緩む。
不穏な空気を感じドラに引っ張り出されるまで部屋の隅に縮こまってしまっていたディーノもホッと胸を撫で下ろした。
感受性の強いディーノは今し方起きた諍いを見て人間にとってそれ以外の種族に対するわだかまりは相当根深いものなのだと実感する。
ほんの少しのすれ違いから起きた小競り合いではあるが、今まで悪意らしい悪意にほとんど晒されてこなかった少年にとってそれはまさに衝撃だった。
魔族と人間、そして自分達『
わからない、わからないが。
(ディーナは強い。化け物って言われても怒ったり否定したりしなかった。
ちゃんと自分が人間とは違うってハッキリ言って、でも大魔王を倒すって自分で決めた…
俺…俺は…大魔王を倒したくて強くなったわけじゃない…
でも、人間と争いたいとも思わない…
俺…
どう言えば…どうしたらいいんだろう…)
「ピィ?」
ディーノの腕の中、ぎゅっと抱きしめられたゴメちゃんが心配そうにディーノを見上げた。
ゴメちゃんの鳴き声が耳に届いたのか、ドラも心配そうにディーノの顔を覗く。
「お兄ちゃん?」
様子のおかしい兄を心配したドラが顔を覗き込む。
初めて会った時、兄は剣を持った事もなかったのだ。そんな彼をいきなり人間世界に連れ出し、戦力として当てにするような発言をしたのは失敗だったかもしれないとドラは反省した。
「…お兄ちゃんごめんね、無理しないで?
お兄ちゃんはそこにいてくれるだけでいいよ。
それだけで私とお父さんは誰よりも、何よりも強くなれる。
それが出来るのはお兄ちゃんだけだよ!
お兄ちゃんは自分の事だけ考えてればいいからね!」
「ディーナ…ごめん、俺…
うまく言えなくて…」
ディーノは思う。
強くなりたいと父と兄に願った。
それは自分ばかりが置いていかれるのが嫌だったから…蚊帳の外にいたくなかったからだ。
妹のように何かを成し遂げたいと思って手に入れた強さではない。
追いつこうと必死に追いかけた妹はまだまだ手に届かない位置にいて、ディーノは自分が無性に情けなくなり目に涙を浮かべた。
「も〜、お兄ちゃん真面目〜!
もっと肩の力抜いて生きようよ〜」
きゃらきゃらと笑うドラにクロコダインが野太い声で先を促す。
「ドラよ! すまぬが、話を続けてくれぬか!」
「わあっ!? ごめんごめん…
じゃあさっきの続きから…
え〜と、どこまで話したっけ…
そうそう、魔宮の門を破壊してバーンパレスに乗り込むって話!
そこでね、私、ハドラーを仲間に出来ないかなって思ってるの」
「やっぱこいつ頭のネジ一本外れてるわ」
人間に対し悪逆非道の限りを尽くしてきた元魔王、ハドラー。
それを仲間にするなどというイカれた作戦に対するポップの感想に、その場にいる全員が心の中で同意した。