〜side アルビナス〜
時は少し遡り、ドラ達アバンの使徒とバラン率いる竜騎衆が共に強化訓練をしていた頃…
「この魔宮の門を破れるほどの力を持つのは勇者ドラ…そして竜騎将バラン…
おそらくその二人だろう。
ドラとバラン、二人と同時に戦った時に今の俺の力が果たしてどこまで通用するのだろうな…」
勇者アバンの志を引き継ぐ者達、アバンの使徒。そしてかつての部下、元超竜軍団長竜騎将バラン。
ハドラーは己が力と生命をすべて振り絞り、勝利を掴まんと固く拳を握り込む。
「………バーン様には遠く及ばずとも、せめてアバンの使徒どもを上回ってから死にたいものだ」
ハドラー親衛騎団は玉座に座り絶え間ない激痛に苛まれながらも凛とした表情で語る主の声に聞き入った。
「人間である勇者アバンは短い命を己の力を高めるために使うのではなく、自らが持つ技と心を次代に託すことに使った。
短命ですぐに老いさらばえてしまう人間どもが、我ら魔族と長きに渡り戦い続けてこれた理由がそこにある。
技と心を託された人間はそれらをさらに磨き、そしてまた次代へと託す…
そうして脈々と繋がった先の結びつきを奴らは『絆』と呼ぶそうだ。
奴らのその『絆』の前に今までの俺は敗北し続けた…」
ハドラーが玉座から立ち上がり、親衛騎団一人一人の顔をゆっくりと見渡した。
「かつての俺は『絆』などという不確かなものを信じ仲間と戦う人間どもを理解出来ずに嘲笑ったが…
お前達を見ているとその『絆』というものが生み出す強さをようやく理解出来たやもしれん」
「ハドラー様…!」
ヒムが感極まった声をあげ主を見つめた。
「今のアバンを殺しても俺は納得できぬ。
奴がアバンの使徒へと託した本当の強さに打ち勝たねば真にアバンに勝利したとは言えまいて。
もはやこの身はそう長く保たぬであろう…
しかし、残り僅かな命だからこそ俺は納得して死んでいきたい!
知りたいのだ!
俺の力が今、どこまでの高みへと届くのか…!!
…すまんな、俺が禁呪法で作ったお前達は俺が死ねば生きてはおれん。
生まれたばかりで消えることになるかもしれん…」
「かまいませんっ!!」
ヒムが震えながら叫んだ。
主の言葉を遮ったヒムを諌めようとアルビナスが横を向く。口を開きかけたアルビナスはしかし、声を発することが出来なかった。
なぜならそこには信じ難い光景があったからだ。
ポタリ、ポタリ、と…
金属生命体であるはずのヒムの瞳から水分が流れ落ち床を濡らしていく。
アルビナスだけではなくシグマとフェンブレンも、ヒムの瞳から流れ落ちる涙を見て絶句した。
ハドラーでさえも驚愕に目を見開く。
「ハドラー様…我々はあなたの駒です!
我々を道具としてハドラー様の望みを果たすためにお使いください!!
ハドラー様のために死ぬのなら…
粉々になっても俺は本望ですっ!!!」
「ヒム…」
滂沱しながら、ヒムは一点の曇りのない真っ直ぐな瞳でハドラーを見つめた。
彼の魂から湧き出た本心はハドラーのみならず、親衛騎団の心にも響いた。
ブロック、シグマ、フェンブレンが我も我もと、ハドラーに対する命懸けの忠義と主の望みを叶えるためならばどんな献身も厭わない覚悟を示す。
ただ一人、
(ハドラー様のお命はもう長くはないかもしれない…
超魔生物へとその身を変えたがゆえの代償か、ご自身が望まれた戦いで命を削ってしまわれるか…
それは同時に私たちの死を意味する…
でも、それはまったくかまわない。
ハドラー様の望みを叶えるべく生み出された私達親衛騎団は、ハドラー様のおられぬ世界になど存在する理由も興味もありはしない)
親衛騎団がハドラーの望みに賛同している中、なぜ自分だけは首を縦に振ることが出来ないのか…
明晰な頭脳を有して生み出されたアルビナスはハドラーが戦う様をシミュレーションしてみる。
(圧倒的な力で勇者とバラン、アバンの使徒どもを打ち倒し、バーン様からお褒めの言葉を頂くハドラー様のお姿…)
当然だ、とアルビナスは思う。
我が主に『敗北』など似合わない。私が、私達親衛騎団が王に『敗北』など齎さない。
しかし万が一、と最悪の事態もシミュレーションする。
血塗れになって千々に散った主の体、それを見下す大魔王バーンの冷たい目、
その光景を思い描いたアルビナスは恐怖し、そして理解した。
死ぬ事が怖いわけでも、大魔王から失望される事が怖いわけでも、主の名誉が傷つくのが怖いわけでもない。
(私はハドラー様が死んでしまう事が何より恐ろしいのだ…
この方に、私はただ生きていてほしい…)
アルビナスは困惑した。なぜ自分がそう思うのか、理解出来ない。
主の望みを叶えるのが自分の存在理由であるはずなのに、しかし死を免れないのならば主の望みは叶えたくない。
矛盾した気持ちを紐解こうとしたが、それはしてはならない気がしたアルビナスは自分の心に一旦蓋をして思考を続けた。
(すべてを賭して戦うのがハドラー様の望みであるのに、私はそれをしてほしくない。
ただ生きてほしい。
そのために私は何をすれば…どうしたら良い?)
他の親衛騎団に相談してみるか…? いいや、反対されるのは目に見えている。
特にヒムは激昂するだろう。彼の心根は創造主たるハドラーの魂を一番色濃く反映している。
シグマも、ブロックも、親衛騎団の中では一番忠義が薄いであろうフェンブレンでさえも…
どう説明したところでアルビナスの考えに賛同しないであろう。
ならば…と、アルビナスは決意した。
(私がたった一人で、ハドラー様を救ってみせる。
何を犠牲にしても、たとえハドラー様に疎まれ憎まれようとも…!)
なぜそのような結論に辿り着いたのか、アルビナスはわからないままだった。
重要なのはそこではないと半ば思考を放棄したというのもある。
(きっと、私が唯一の女性型だからなのでしょう…こんな考えが浮かんでしまうのは…
いえ、私は
チェスの目的は王を戦わせる事ではない…王を守り抜き生き延びさせる事こそが本来の使命!!
成し遂げてみせる…。ハドラー様のご存命こそが私の最大の望み…!!)
今のアルビナスの想いと葛藤をドラの中にあるもう一つの魂が聞けばすぐに答えが返ってきたであろう。
「なんだ、自我が成長しただけじゃない。
『娘』から『女』になったのよ、あなた。
立ち向かって果てるのが男の本能なら守って
良いのよ、それで。
…いつか素敵な恋になるといいわね」
と…。
しかし孤独な決意に至る心境をアルビナスが他者に話すのはこの時よりずっと先の話となる。
今はまだアルビナスの温度もなく脈も打たないオリハルコンの体…その中心にある
竜騎衆とディーノの強化訓練から一夜明けた早朝。
再び死の大地にて合流したドラとバランの両陣営はあらためて海底の『魔宮の門』の捜索に乗り出した。
「昨日も言った通り、ボラホーンが中心になって魔宮の門の捜索をお願い♡
門を見つけたら一旦引き返してきてね。
もしもハドラーの配下の金属生命体と遭遇したらか・な・ら・ず! 生捕りにしてきて!
じゃあみんな、いってらっしゃ~い!」
「「はっ! かしこまりました!!」」
「では、行ってくる」
「父さん、俺も行くよ!」
ガメゴンロードに騎乗したボラホーンとラーハルトが先行して海中へと潜っていく。次いでバランとディーノも、二人の後を追ってその身を海中へと投じた。
水中での行動を不得手としているガルダンディーとルードは海に潜るのを渋りに渋っていたが、
「四の五の言わずにとっとと行け!!」
とドラに
これで地上に残っているのはドラ率いるアバンの使徒とクロコダイン。そしてゴメちゃんのみである。
「…さて、バラン達が魔宮の門を見つけなければ俺達はどうすることも出来ぬな」
「待つしかない…か」
「うぅ~…さっみぃ!! なあ、ドラ。別に俺達まで来る必要なかったんじゃねぇの?
ドラの親父さんくらい強けりゃ敵にやられる心配もないんだしよ…
サババに戻ってゆっくり帰りを待とうぜ?」
「何言ってんのよアンタは! 敵はハドラーだけじゃないのよ!?
親衛騎団はもちろん、このあたりには
そんな危険な状況で、私達だけ呑気にしていられるわけないでしょう!?」
「じょっ、冗談だって…! そんなに怒るなよ…
…でもよぉ、本当に俺達のこと狙ってくるのかよ、親衛騎団の連中はよ。
あいつらハドラーの部下だろ?
全員ハドラーと一緒にいるんじゃねぇの?」
ポップの意見ももっともだ。
大魔王の本陣への入り口なのだから、本来ならハドラーと親衛騎団が一緒になって魔宮の門の守りについていないとおかしいのだ。
原作ではハドラーの意を汲んだ親衛騎団が勇者ダイとバランとの勝負に水を差さないようアバンの使徒を足止めする形で戦闘をしかけてきたが、果たして今の彼らがどういう行動に出るのか。
こればかりはドラもはっきりとは答えられなかった。
「う~ん…多分来るとしか言えなくて…
もし親衛騎団の連中がお父さん達のほうを襲ったら急いでそっちに駆けつけるしかないんだけど…
…でももし、こちらに親衛騎団が来たら戦闘に入るのは極力控えてもらっていいかな?
私、連中とちょっと話したいことが…」
その時フッと、ドラの顔に影が差した。
バッと影が伸びてくる方向を全員が向くと、小高い岩の上から親衛騎団がこちらを見下ろしていた。
突然現れた親衛騎団にポップとゴメちゃんは目を丸くして驚いたが、驚いたのは彼らだけではなかった。
「な…!? なぜ勇者がここに…!!?」
「おいッ、どういう事だテメェ!! ハドラー様の言葉を忘れたってぇのかよ!?」
「言葉…なんか言ってたっけ?」
忘れていた。
サババで
『死の大地に足を踏み入れる資格があるのは、オレと渡り合える強さを持つ者のみ!!
ドラ…お前達だけで良いのだ。大魔王様の御前をつまらぬ戦士の血で汚すわけにはいかぬ…!!」
待っているぞ!! 一刻も早く来いっ!!
死の大地へ…!!』
と、言っていたのだ。
つまりハドラーがまず戦いたいと思っているのはドラであり、ドラを倒すために現在も文字通り血反吐を吐く思い…というか実際に血反吐を吐きながら到着を待ち侘びていた。
そんな主の思いと覚悟を踏み躙られたヒムが屈辱に顔を歪めてドラに襲いかかる。
「ふっざけんなあァァァーーーーッ!!!」
「待ちなさい、ヒム!!」
「がッ…!!?」
「まあまあ…ちょっと落ち着いて話し合おうよ、ね?」
真っ向向かってきたヒムは当然といえば当然、ヒュンケルの空裂斬を受け地面に叩き落とされたところを即座にドラに足蹴にされ心臓にピタリと剣を突きつけられて固まった。
と、その時親衛騎団のほうから「カランッ」と何かが落ちる音が響く。空中に現れ落下したのは親衛騎団が揃いで腕に着けている
その音でようやくフェンブレンがこの場にいない事に気がついた親衛騎団が動揺する。
動揺する親衛騎団を尻目にドラが何かを取り出し親衛騎団に投げつけた。
警戒したシグマが手に持つ馬上槍でそれを叩き落とす。
アイテムによる攻撃か罠かと警戒した親衛騎団だったが、その物体は何ら動きも見せずにただ地面に転がった。
「勇者ドラ…何がしたいのです?」
アルビナスの問いにドラがニヤリと笑う。
「交渉」
「交渉だと…?」
「お、おい…ドラ…奴らと交渉とは一体…」
リュミベルが慌てて強力な結界を周囲に展開する。
訝しがる周囲を他所に置き、ドラがアルビナスの目をじっと見つめて口を開いた。
「ねえ、一時休戦して大魔王バーンを倒すために力を合わせない?」
「フッ、何を言い出すかと思えば…お話になりませんね」
「見返りにハドラーの寿命を延ばして奴の望みを叶えてあげる」
「…ッ!!」
アルビナスが目を見開く。
その足元に落ちている超魔生物の研究成果の全てが詰まった