崩天地壊郷   作:山明鏡 紫水

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深層へ続く道

「──ちょっと、休ませて」

 

 荒い息を整えながら、アイラヒは足を止めた。無尽蔵の体力を持つ機魔や筋肉疲労の概念すら怪しい根獣とは違い、彼は人間だ。鍛練もしていない。足場も不安定な道を数十分歩き通せば疲労も溜まる。

 

「こちらをどうぞ」

「ありがとう」

 

 横から水筒が差し出される。魔王自称者テルキを支援すべく造られた機魔を、“白の蹉跌”ナジコスという。飲食が不必要な彼女もアイラヒと同じ荷物を背負っている。それらは全てアイラヒのための物資だ。所有者の身辺管理、それが彼女の存在理由である。

 幹に寄りかかり喉を鳴らしながら、周囲を警戒するヨザマをさりげなく窺う。ずっと彼女たちには聞きたいことがあった。足を止めた目的は休息のみではない。

 

「一つ、いい?」

「はい」

「なんでヒティーアをこんなにしたの?」

「テルキの遺産を隠す為に」

「その前だよ。爺さんの遺産を隠したいのはわかった。だけど、街ごと消す必要は無かったんじゃないかって」

「遺産はこの地全域です。正確には、街の地下に建設されていた工廠。持ち出すことはできません。どのような被害が出るか不明な以上は易々と破壊もできません」

 

 工廠。それがテルキの残した遺産だという。アイラヒはずっと、テルキが安価な兵器開発に成功したと邪推されたためにヒティーアまで逃げてきたのだと思っていた。事実だった。

 もっと世界を撃滅するような、突拍子もない兵器を作っていて欲しかった。偶像が歪められた気分になる。

 

「本当にそんなものを……?」

「はい。当時の生存者から、製造品はテルキの設計であると証言されています。心配なさらずとも後で工廠まで案内しましょう。我々も、そのつもりであなた方をここまで連れてきているのですから」

「疑ってるんじゃない。設備と完成品を見れば全部わかることだ。ありがとう、休憩は終わりにしてくれていいよ」

 

 逸脱の発明力によって産み落とされた兵器に類似品は存在しない。テルキの作というのは自明だ。

 どれだけ面白味に欠けた物であっても、一度決めたからには立ち会わなくてはならない。そもそもアイラヒの目的は遺産ではなく、テルキの手掛かりの捜索。それを思い出して再び歩き始める。

 

「にしても他の建物まで全部壊すのはやりすぎに思うけどね」

「……何か、勘違いをしているようですね。街の崩壊は我々ではありません」

「え、消滅させたのって」

「我々は後からこの森を生み出し、遺産を覆い隠したに過ぎません。崩壊の原因は別にあります」

 

 ヨザマもまた、破滅の中を生き延びた者だ。一体のヨザマの発言に触発されたように、さわさわと周囲の根獣も葉を揺らす。ヒティーアの崩壊から十年と経っていない。あまりに凄惨な災禍は全ての彼らの記憶に刻まれ、忘れることを許さない。過去の情景が、今なお心を脅かす。

 

「あの日……地が火を吹き、砕け、全ては底に沈みました。今歩いている下にも、街は埋まっています」

「……噴火」

「そういう物ですか」

 

 足が進む毎に、大樹の根が視界を延々と流れる。かつてここを訪れた学者たちは、自分たちが踏み締める大地の実在を疑えただろうか。苔と根の下に残骸の層が隔たっていると、掘り返した者がいたか。いたとしても公表する前にヨザマに消されてしまったのだろう。だからこそ、ヒティーアは禁域であり続けられた。

 文字の発達しておらず、口伝が多いこの世界では歴史の継承が“彼方”より難航している。それでも命に関わる災害は数百年が経過してもなお記録が残される。アイラヒもそういった記録を学んだことがある。過去に見た噴火の記録は、ヨザマの語った描写に合致していた。

 

「いや、なら工廠も瓦礫も溶けて無くなるはずじゃ……」

「ここは魔王自称者テルキの兵器とその街です、特殊な加工法が伝来していたとして不思議ではありません」

 

 実際には加工ではなく素材の特性である。マグマが冷え固まった土石は、空気や水分が抜けることで融点がマグマの状態よりも高くなっている。その土を用いて作られた家屋や物品は、マグマに溶かされない。

 そのような理屈をヨザマは知らない。彼女は無限に思考分岐を辿れるが、原点となる知識が乏しい。だがそれでも問題はない。問題なのは、工廠と兵器群がこの地に遺棄されてしまったことだ。

 

「着きました。我々が知りたいのは過去の崩壊ではなく、これらの処理方法です。テルキの子孫とその作品ならば、安全に解体する方法を把握しているのではないですか?」

「これが……爺さんの遺産」

「その一部です。生産設備は五箇所、製造されたとおぼしき兵器ならば十三箇所、産出した地点が他にあります」

 

 道案内してきたヨザマが蔦で叩くと、生木の壁が動く。それらは全てが根獣。偶然包囲網を突破できたとしても、根獣を倒さず遺産に触れることは不可能だ。緑と茶色の下からは、錆び汚れた金属の集合体が現れる。それが何らかの生産設備であることは、工術に疎いアイラヒにも理解できた。ひしゃげた金型、削り出すための機械式の(たがね)。工廠の欠片が散見している。

 樹海に入ってから初めて文明の冷たさを掌に感じる。

 

長距離音響破壊兵器(LRAD)、加速粒子ビーム砲、これは……“灰暮(かいぼ)の壺”ですね。“彼方”とこちらの技術の融合の結晶と、テルキがよく語っていました」

「全部爺さんの作品?」

「ええ、間違いなく。これらの解体法ならば、私が教えられます」

 

 工廠に這っていた根獣が最小限の蔦先で、内部から人頭ほどの構造物をナジコスに渡していく。ナジコスは指先を細く作り替え、それを撫でるように扱う。“灰暮の壺”と呼ばれたそれは黄都の技術者が解析を諦め、封印した恐るべき兵器であったが、彼女にとっては全てが既知だ。機魔は忘却せず、解体工程を寸分違わずになぞれる。

 

「これで、これでやっと我々の役目が終えられる」

「工廠を隠し続けたのは正しい判断でしたね。ここの兵器だけでも戦争……いえ、虐殺には十分ですから」

「そんな兵器には見えないけど」

「たとえばこの“灰暮の壺”は下手に弄れば半径五十メートル圏内が更地になります。ここの解体はコツがあるのでよく覚えておいてください」

 

 螺子が回り、装甲が剥がれる。絡み合った配線は直線に正され、工程を遡っていく。

 その様を無数の根獣が震えながら眺めている。彼らはヒティーアで産まれてから悲願の成就をどれだけ待っていたか。そのためにどれだけ苦しんだか。ぬるま湯の中で生きてきたアイラヒにはわからない。

 

「……ところでさ」

「はい」

「テルキの伝言ってのは誰から聞けばいい?」

「そうですね。そちらもお話しなくては。キララを呼びますね」

「ではこちらは我々が」

 

 そっと腰を屈めて近くの根獣に尋ねた。感動の瞬間を邪魔したくはないが、彼はテルキの兵器の末路に興味がない。それ以上の事項がある。

 尋ねられた根獣は二体に分裂すると、一体がするすると破棄された工廠の中に戻っていく。ほどなくして、鐘が三度鳴り響いた。兵舎や工房などの施設には、鐘が備えてあることが多い。簡単な符丁を決めておき、より広域に伝達を可能とするためだ。また、符丁を知られぬ限りは隠蔽性も高い。

 揺れる鐘の裾が瓦礫の隙間から見える。

 

「──やめなさい、キララ」

「あっ、この人間はいいの?」

「あなたの伝言を託す相手ですよ」

 

 一陣のそよ風を背中に受けて振り向く。二体の根獣が空に立つ人間からアイラヒを庇うように蔦を広げている。ヨザマが止めなければ今頃どうなっていたか。遅れてきた緊張に脳が萎縮する感覚。

 

「テルキの子供?! 危ない危ない」

「僕は子じゃない。孫だよ」

「そう。私はキララ、地知らぬキララ」

 

 よく見れば彼女は人間ではない。片腕はなく、一方の腕が翼に置換されている。鳥竜に生存圏を追われて絶滅したはずの空人を、アイラヒは文献で知っていた。

 隻翼の空人は上機嫌に空中でひらりと一回転する。訂正に口を挟んでもきっと聞いていない。空人は知能に劣り、廃退の種族であった。

 

「私が飛ぶよりも早かった。テルキでも見通せなかったね」

「君は会ったのか。鯨波のテルキに」

「仲間と喧嘩して、寂しがってた。伝言を伝えるよ。それを聞くんでしょ?」

「……ああ。爺さんは、何を」

 

 ヨザマを掻き分けて前に出る。祖父が何を伝えようとしていたのか。ありきたりな遺言か、愛の言葉か、それとも。果たしてそれはアイラヒの正答になり得るのか。

 

「えっとね、『俺はそれでも──」

 

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