崩天地壊郷 作:山明鏡 紫水
「『俺はそれでも、俺のロマンを終わらせるわけにはいかない』ってさ」
「……なんだよそれ」
テルキの伝言。最後の希望。それはアイラヒに理解できる物ではなかった。最初から最後まで、何もかもがずれている。非凡の“客人”とただの人間の世界が重なっているはずがない。
古い記憶の中のテルキもそうだった。雲を掴むようなロマンを一方的に語り、そして光の中に消えていく。アイラヒを影に隠したままで。こちらよりも別の何かを優先し続けている。
しばし言葉を噛み締めて、そして両の眼球を掻くようにして顔を隠す。今の表情が泣いているのか怒っているのか自身にもわからないが、変な表情であるのだけはわかった。
「ああ、なんなんだよ、もう。ああ」
「他に伝言があるかもしれません」
「ないよ。キララは知らない」
「……いいよいいよ。こうなるかもってのは予測してた」
ぼやけた残酷な世界に戻ってくる。
「アイラヒ様……」
ナジコスはきっと慰めてくれるのだろう。精神の介助も彼女の機能なのだから。だが易々とこの心の傷が治ることは──
「どうして、
「喜んでる? 僕が?」
戸惑っている。人間の機微を人間以上の精度で察知する機魔と、他ならぬ本人が。唇の形を確かめてようやく笑みを自覚した。歓喜の中にアイラヒはいる。
「つまり、自覚はなくてもあなたにとって鯨波のテルキとはそういった存在だったのでしょう。自分の条理から外れた、天上の人のような。だから、
「……違う。僕は爺さんやナジコスみたいに」
「感情の正誤は我々にはわかりません。あなたがそう言うのなら、そちらもおそらく正解です。しかし我々の推論を誤謬とするには根拠として弱い」
ヨザマが冷静に疑問を解消していく。根獣が三体増えている。答えもわかっているのだから考察の余地もない。思えばテルキの遺産が工廠だと知った時、落胆しなかったか。もっと、頭のネジが外れた発明品を待ち望んでいたのではないか。
突っかかったように喘ぎ笑う。あまりにも理不尽ではないか。涙がつつと筋を流れる。
「はは、じゃあ最初っから爺さんに教えてもらうなんてのは土台無理な話だったんだ。嫌になってくるね」
テルキが虚像を保ったまま教えることはできず、そして虚像ではないテルキから教えられたものが望む答えになるはずがない。じわじわと、自己を破壊したい衝動に駆られる。過去の自分を形成する要を壊して、心を持った別人に生まれ変わりたいと思う。
ここまで来て、得られた物は先のない失望とテルキの遺産の工廠のみ。今は生産品の解体に付きっきりだが、それが終わればヨザマは設備自体の解体も取り掛かるだろう。このつまらない遺産なら、消えてもアイラヒは困らないが。
「……おかしくないか」
体を巡る血流が滞ったように錯覚する。奇才への憧れを再認した彼だけが遺産の異常性に気がつけた。工廠を凝視する。工廠だとしか思えない。
「あなたの感情論をこれ以上議論しても無駄でしょう。新規の証拠もありませんし」
「僕の感情はもうどうでもいい。ナジコス。あの設備を見て……いや、ナジコスじゃ参考にならないのか。ヨザマもキララも……」
「見たところ普通の工廠ですが?」
わざわざアイラヒに変装してから工廠を注視しても無駄だ。騙し絵のような、目に写る問題ではない。
ナジコスはなまじ理解できる故に素通りした。ヨザマは無限の思考分岐を持つが、源泉となる情報が乏しい故に素通りした。キララは全てを知っているが、意味を理解しない故に素通りした。ここにいない
胸を毟って高らかに叫ぶ。
「普通だからダメなんだ。鯨波のテルキが遺した工廠が普通でたまるか。僕なんか、工廠だっていう事実すらわからないはずなのに!」
テルキの発明品は理解不能の異物。黄都の学者も匙を投げた。それを工術への造詣もないアイラヒが用途だけでも理解できてしまった。何故か。工廠がテルキの遺産ではないとすると、辻褄があってしまう。
「ならテルキの遺産は他にあると」
「……ヨザマがヒティーアの全域を見張ってるなら地上にはもうない。キララが空にいたなら、さすがにそこにもないはず。なら残るのは」
「地下。崩落に巻き込まれたか事前に埋められたかは知りませんが、可能性としてはありえますね」
「魔王自称者が市街地に遺産を残すとは考えにくい。あるとしたら、テルキのラボ。そこしかない」
「だから黄都は探索を差し置いて奥へと。工廠には接近していなかったので逃してしまいましたが」
「黄都も来てるのか……まずい。キララ、ラボの場所ってわかる?」
「うん、橋から東の山の方に飛んですぐ」
「案内してほしい。急いで」
一刻も早く見つけなくてはならない。国家の手に渡ってしまえば買収も厳しい。
金の羽毛が肩に乗った。そして。
「……何の音ですか? 遠い、地鳴りのような」
始めに優れた感知機能を持つナジコス、次に体表の葉を揺らすヨザマたち。最後にキララとアイラヒは重苦しく崩れるような音を聞いた。
「まさか、兵器の解体に失敗しましたか」
「こんな異音が発生する兵器はなかったはずですが……音源が巨大化している?」
「キララが見てくるよ。待ってて」
「不用意に行動するのは──」
樹海の奥で、何かが起きている。
ナジコスの警告を他所に、隻翼の空人は力術で邪魔な枝をへし折り、樹上まで飛び上がる。
「……あいつだ」
「キララ。何を、わっ」
そして憎悪を呟いて、すぐに降りてきた。問いに答える事もせずに鉄塊を一つヨザマから引ったくると、落ち葉と羽毛を吹き飛ばして鳥竜以上の加速で飛んでいく。何を見つけたのか。鬼気迫る形相で目を見開いていた。
「お借りします」
ナジコスが散らばった部品から、銃身を切り詰めた銃を組み立てる。解体していた兵器だ。工程を知る彼女は修復もできる。銃床の歯車と銃身のダイアルを操作して撃つと、パシンと視界を塞ぐ木が斜めに割れて束で倒れた。弾丸の代わりに衝撃波を射出する、ショックガンという。
遮るものがなくなり、
「これは……」
「ああ! あっちが本物のテルキの遺産だよ。絶対そうだ。だって、ワケがわからないから」
やっと見つけた。拳を握り締める。いつも感じた悔恨の苦痛はない。その痛みすら悦ばしい。
金色の鳥影が砂の薄雲に突撃していく。その奥には赫灼と輝く山がある。火山。文献でしか知らない存在でも、そう呼称したくなる。今朝はなかった異物が忽然と現れた。地鳴りと共に山の裾野が持ち上がって、落ちてくる。動いて、生きているのだ。渓谷を越え、さらに先の町からも見えそうな巨体が。脚部を赤熱させ、全身にも動脈のようにマグマを巡らして。
「制御は」
「きっかけは」
「目的は」
「殺害方法は」
「能力は」
「交渉の余地は」
ヨザマが分裂していく。無限の思考回路に至る哲学者は、そう時間を掛けずして非現実的な光景にも現実的な解を導くのだろう。
だがその解の一端を既に知る者がいる。全ての処理能力を費やして、確かめている。
「……ナズカ」
「待ちなって! あれを知ってるの?!」
ショックガンを捨てて走り出し、引き留められる。会った事はない。完成の前にナジコスは送還されている。けれど同じ夢見る同胞であったはずだ。
「ええ。NAZシリーズ、工術担当──ナズカ。テルキの夢の中核で、私の姉妹機です」