崩天地壊郷   作:山明鏡 紫水

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“赤の軌条”

 規則的に震動する四つ足の機魔(ゴーレム)の上に胡座をかいて、折った枝をふらふらと振り回す女性の小人(レプラコーン)がいる。

 青錆錠のキノイチがイザベルの確保は担当していたように、蜂巣(ほうそう)のレニはヒティーア地塁街跡の突入を任ぜられた将だ。工業部門を直轄する第四卿の配下である彼女は、真理の蓋のクラフニルより心術を伝授され、機魔の扱いに長けていることから抜擢された。

 

「っはぁ~~、さっさと遺産見つけて帰ろこんなとこ。怖い怖いめんどくさい」

「まだ何も脅威らしき物は見当たりませんが……」

「だからだよ。コイツ見て危険だ~ってわかる知性あるっぽいのがめんどくさい。普通に襲ってくれた方がまだ楽」

 

 彼女と部隊を護衛するように、砲門を搭載した大量の機魔が存在する。過去のヒティーアの失踪履歴を見れば必要な戦力だ。書面上で動員されたのは一個分隊だが、火力は中隊にも匹敵する。

 

「キノイチのじっさまの報告も……失敗の報告すら無いし、怖い怖い」

「あの方は二十七将の指揮下ですし、そちらに先に報告が行っているのでは?」

「だとしても作戦中にお上経由で回すなんて悠長な事やるはずがない。叩き上げだよ? 役所仕事と同じにしちゃ失礼よ」

 

 テルキの遺産確保に動いているのは第四卿と第二十七将の合同部隊。どちらも独占を諦めるしか交渉の妥協点がなかった。軍事にも工業にも、テルキの作品はそれだけの価値を持つ。“彼方”の器物を模した程度ならよかった。黄都の所有する一例の兵器はもはや魔具の領域であり、テルキと出自を同じくするはずの“客人”を含めて誰にも理解できなかった。操作法のみならず、その用途すらも。

 既存の技術体系を()()()()、そして全てを鉄屑に()()()()。故に“鯨波(げいは)”。彼は脳内に独自の異世界を仮想している。

 

「でも逆に言えば。こんな機魔を警戒するの? いや遺産の守り人がテルキ製の兵器を使うとも……わからないな~。なーにもわからない」

「しかし急がなくてはなりません。なにしろ……」

「わかってる。内部がどれだけヤバくたって、外から来る奴の方が絶対にヤバい。私を起用したのだって、万一鉢合わせした時に損失を抑えるためでしょ」

 

 機魔の装甲を枝でぺしぺしと叩く。換装も容易い四足の機魔は機魔使いが最初に教わる構造だ。しかし音が軽い。支給された素材の希少価値が低い事から、使い捨てだとレニは推測していた。機魔をいくら壊されても、兵を訓練するより安く済む。

 

「他にもヤバいのは多い。謎まみれのヒティーアの守り人。麗しきイザベルもきっと来てる。私らがそんな強者に勝てるとしたら情報力しかない。資料貸して。最速で遺産を回収して、帰る」

 

 黄ばみかけた紙の束を受け取る。近隣の町に保管されていたヒティーアの地図。どこにテルキの居城があったか、黄都だけは把握できていた。

 衛星通信もなく、距離や方角は杜撰。しかし商会や家屋の間口からおよその長さを算出し、コーズの橋から機魔の歩幅を揃えることで目指している。

 しかしそこには何もないはずだった。工廠は麓の町に建設され、彼らはそこを通過してしまった。ヨザマからの干渉がないのはそのためでもある。

 

「もう近い。この辺りのはず」

「あそこだけ(ひら)けてますね。伐採されています」

「私たちよりも先にたどり着いた誰かの仕業かな? 機魔を先行させよう。あ、あと戦闘と撤退の準備を」

 

 枝葉の天井が陽光を遮る樹海の中で不自然に照らされた区画を、単眼鏡を覗いた兵が報告する。土が掘り返され、木も切り倒された荒れ地。

 

「……機魔です。人型の機魔がこちらを見てます! 数は一機!」

「人型ぁ?」

 

 片目を塞ぐと、小人(レプラコーン)のレニと比較しても小さい機魔が陣の中から飛蝗のように跳ねる。魔族との感覚共有。クラフニルの開発した、安全圏から実体のある情報を得る技術だ。

 

 彼らの知る(よし)もない事だが、テルキが設計したNAZシリーズと呼ばれる機魔には“白”を例外として人の似姿が与えられている。

 外科手術や治療を任せられた“青”には健常さを示す若い男の姿を。

 力術熱術による警護の“黄”には無邪気な破壊と保守欲求から幼子の姿を。

 食料の生産を目的とした“緑”には着実な成長を遂げた老夫の姿を。

 そして残る一機は。

 

「女性……だね」

 

 創造性の象徴。テルキの情熱に従い工術を行使する“赤”。

 ナジコスの変装とは比べられない粗雑な造形だが、馬の尾のように結んだ髪を模した装飾と緩やかな機体の輪郭は明らかに女性的だった。

 真円の双眼がレニの機魔に写る。白磁の肌に深紅の幾何学的な紋様が彫られている。

 

「これがテルキの遺産なの……?」

「攻撃か撤退か、どうしますか」

「うっさい。現状攻撃の意図は無さげ。様子を見たい」

「あの機魔なら砲撃機魔で粉砕できそうですね」

「そう。あれがヒティーアの正体だとは思えない。それに、殺意が無さすぎる。もうこの時点で撤収すればきっと生きて帰れちゃう。じゃあ、あの機魔は何者なんだろうね?」

 

 互いが観察しあう膠着状態の中で、単眼鏡の兵士と推論を交わす。消化できない気味の悪さが腹の底に溜まっていく。テルキの作品は用途すら理解不能の異物だ。

 機魔が顔を伏せる。レニの機魔ではなく、掘り返された大地に釘付けになっていた。

 

「──何の音?」

 

 晴天のヒティーアで、雷を孕んだ黒雲のような音が。

 レニは全員に注意を促す。良くない気配だ。生粋の武官でない彼女でもそう思ってしまう。

 

「ひきゃっ」

「視界が……」

 

 機魔の位置から莫大量の土煙が上がり、空き地を陰らす。不定の塔を作って渦を巻きながら拡散していく。肌を刺す砂粒に慌てて顔を覆う。

 真っ先に思い出したのはヤマガの微塵嵐。砂塵で進路上の物を磨り潰して移動する天災。同様の機能を持つ機魔をテルキは作っていたのか。

 

「力術……違う。工術かこれは!」

 

 紗幕の奥で壊された機魔の最後の視界を、レニは共有していた。煮え滾った熱の滝が逆流して女性型の機魔と同化する。その激動にも関わらずレニたちへ飛沫すらない。機魔使いのレニにはわかった。これは機魔の工程であって、砂嵐は副作用でしかない。

 地盤が落ちる。地下から質量が抜け、空洞になったのだろう。過去のヒティーアが崩落したように。

 

「レニ隊長!」

「とにかく逃げようか。機魔の敵意の有り無しは関係ない。余波だけで普通に死ねる! 作戦は中断、命第一で動け!」

(バカげてる。鯨波のテルキ……なんて物を遺してくれた)

 

 機魔を反転させる。胡座をかく余裕もない。

 目測で三十メートルは離れていたはずだ。それでも、汲み上げられた熱量がレニを炙る。

 

(マグマに詞術を通じさせるなんて聞いたことがない。蛇竜だってまず焼け死ぬ)

 

 マグマが冷え固まった岩石で造られた機体は、その熱に溶かされることはない。水や空気が抜け、融点が高くなっている。おかげで彼女は長い時間をかけて慣れ親しむことができた。

 ガルナーに封印されていた、長い時間を。

 

「うっは!? いったぁ……」

 

 地盤の変動で浮き彫りになった木の根に足を取られ、悪路に投げ出される。機魔が横転し、頭をしたたかに打った。痛がる暇はない。正面には破滅が控えている。

 レニを跨ぐように、橙色に脈動する四つ足が悠然と樹海に降りる。岩山じみた胴体にもマグマが動脈のように流れている。機魔使いが最初に学ぶ、基礎の機魔。レニにも製作できる。だがその一本一本が黄都の城の尖塔よりも太く、高い。

 

「ふふ、どうしようね。これはもうおしまいじゃん」

 

 いっそ開き直って地に座す。惨めに嬲られるくらいなら、直視した方がまだ納得できる死に方だと思った。小人の短足で走っても、一歩で追いつかれる。規模が違いすぎる。

 砂塵が天を隠し、山の機体が地を砕く。不時なる大地の特異点。衆目に仰ぎ見られながら、彼女は崩天地壊を為す。対価や畏怖を求める行為ではない。

 目的はたった一つ。教えられた夢の達成しかない。

 

 

 

 それは砲弾すら融かして阻む、揺籃の温もりの中で幾年も眠っていた。

 それは峡谷を埋め、山河を均す出力を擁している。

 それは地の中核より賜った威を、五体四肢より容易に振るう。

 鬼才の大願の始点。そして情熱の終着点である。

 

 工術師(アーキテクト)機魔(ゴーレム)

 

 赤の軌条、ナズカ

 

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