崩天地壊郷 作:山明鏡 紫水
「……は、灰が、吹雪いてる。死んじゃう、あの機魔が、ナズカが……!」
「キララがやったようですね」
熱風が木々を燃やし、そして急冷した空気の揺り戻しが炭化した樹皮を引き剥がす。少し冷めた熱風が灰を吹き散らし、またかき集める。燃えて消え、砕けて集まり、そして散る。その繰り返しが五度はあった。
驟雨が天地を見失ったかのごとき光景。球状の破壊域の中心で、機魔はぼろぼろと脚部の一つを付け根から瓦解させた。ましてや裂傷は全体に及ぶ。テルキの開発した“灰暮の壺”の威力は、魔具にすら匹敵する。
綿の中にいる感覚。喪失感が背中を押し、ふらふらと進む。周りの声が遠く聞こえる。
「しかし彼女も墜落。空中の砂に詞術が効かなかったのでしょう。翼さえあれば……」
「おや。残念ですが、あの機魔を止めたのであればその命に価値はあった」
「……何様だ。人の命を」
瑞々しい根獣に十の爪を立てると、青臭い汁が爪に浸みた。これは毒だろうか。だとしても糾弾せねば済まない。自分の情緒が不安定なのは、枠の外から客観視すればわかる。だが淡々と話すヨザマがどうしようもなく憎かった。
「キララに関しては残念だと」
「じゃあナズカの命はなんとも思わないのか?!」
「あの機魔はヒティーアの外に出ようとしていました。あれだけの巨体が奔放に動けば、どれだけの死人が出るか。悪意の有無ではなく、存在が悪です。機魔一体と、あの山以上の人命。我々にとって、天秤にかけるまでもありません」
「だから……そういう事じゃないんだ」
「アイラヒ様。あれはテルキの遺産ですよ」
背後のナジコスは残骸から目を離していない。大地から新たな脚部が生え、胴体と
「あの程度では死にません。ナズカの命の刻印は人間の心臓と同じサイズですから。相当運が悪くなければ今のような特攻では壊されないでしょう」
鼠の心臓が小さく、
だが命の詞術も詞術である以上、“客人”には手の出せない技術のはずだ。鯨波のテルキも例外ではない。ならば彼はどうしたか。
魔法のように見える詞術も、体系化できる学問である。既存の技術体系を呑み込み、過去の産物へ押し流してしまう──“鯨波”の真骨頂。鼠の心臓で巨人の体を動かす理不尽を通した。それがナズカ。彼女を殺すのは山の中から一石を探すのに等しい。
さらにナズカが得手とするのはエネルギーを生み出す力術熱術ではなく工術。再生も材料の貯蓄に従う。つまり、星が涸れ果てるまで再生し続ける。無制限よりも悪夢だ。
「……わかりました」
「あの機魔の殺し方が」
「我々は知っていました」
ヨザマがアイラヒの手を振り払って増えていく。既に答えは出ている。命の在処がわからない相手を殺すにはどうするか。彼女らが増え始めた時に実践している。
「全身を隈無く撃ち抜いて殺します」
「触ったら燃えて死ぬのに?」
かつてヨザマはそのようにして初めて人を殺した。その記憶を全員が受け継いでいる。あの時と違うのは、触れないという点。ナズカの脚はマグマで組まれており、熱気の層も阻んでいる。ヨザマの蔦と気根では即座に炭になる。無限に取りついて刺すこともできない。
「触らなければいいでしょう。四つの脚を同時に“灰暮の壺”で瓦解させ、残部をテルキの遺産で破壊します。指導は我々の内の誰かが教われば完了です」
工廠で製造された兵器を無尽の根獣が使えば、理論上は打倒可能だ。テルキの兵器が通用することは証明されている。
首を横に振る。話が噛み合わない。犠牲を最小に抑える最善手も、彼の理想を叶えていない。
「……認めない。そんな結末は認めない」
「遺産を使うなら、許可を求めるべきなのかもしれません。ですが工廠と兵器はあなたの物ではない。我々にも裁量があると思いませんか?」
「ナズカは遺産で、僕の物だ。手を出すな」
「命を奪う兵器なら壊すべきです。我々が遺産を守っていたのは、壊した場合の被害が計上できなかったからです。兵器の使用法を教えてください」
「絶対にダメだ、ナズカを殺すのだけは」
「これ以上の妨害は、我々としても対応を改める必要がありますが」
無機質な声。今までと同じように、大義の為にヨザマは彼を排除して進むだろう。ナジコスに短剣を刺し、毒に溶けていった女の姿が浮かぶ。
生きた意味を見つけずに死ぬのは嫌だ。ああはなりたくない。しかしそれでも退けない理由がある。
かぱりと首飾りを開く。
「どうすればいい……爺さんなら」
「殺さずに事を収めたいなら、その解法を示してください。我々でも辿り着けなかった、理想解までの」
「目的も不明、無力化の方法も確立されていない、まったく未知の存在に対して」
「甚大な犠牲が出るよりも早く」
できるはずがない。アイラヒは“客人”の血を継ぐだけの、ただの人間だ。異能も遺伝していない。こんな時、祖父はどうするのか。推し量ることもできない。
「ナジコス、教えてくれ。お前たちは、一体どんな夢を託されたのか。そこがわかれば、何か変わるかもしれない」
「教えられません」
「テルキが口止めしたから?」
「はい」
首飾りを閉じて、名残惜しむように鏡のような縁を撫でる。祖父の見ていた、きらきらとした世界を見たかった。
張りのある声だけで、迷いがないのがわかる。機魔にとって創造主の言葉は天命だ。一種呪いのようにこびりついている。アイラヒでは絶対に解呪できない。それは彼自身もよく知っている。
──この世はロマンに溢れてる。お前も見つけろよ。
「……わかった」
あまりに残酷な判断を下す、その覚悟ができてしまった。彼の選べる未来はごく限られている。
首飾りを後ろに放る。もう、必要ない。