崩天地壊郷   作:山明鏡 紫水

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天啓を届けに

(だれにもじゃまさせない。ゆめのために)

 

 誰かが自嶺を踏破せんとしていた。テルキが苦渋の思いで弱みを隠しても、必ず横槍を入れる者がやってくる。心の底でぐらぐらと煮え湯の如く怒りが沸くのがわかる。彼の葛藤を慮る者はいないのか。

 不埒な侵犯者をまた一人倒した。高密度の棘で中は見えないが終わりだろう。少しの満足感で鬱憤を呑みながら、次の工程を組む。確かあの日の地図では南下していく予定だった。

 山の機体を動かす。ゆっくりと、彼女の故郷を壊さぬように。だが牛歩でも二度でコーズ渓谷を越える。有毒ガスの充満した幽谷すら彼女にとって要害になり得ない。

 

「みなみにいって……うそ」

 

 接地していた脚部から、バギンと棘の塊が衝撃波で弾けた。飛び出した存在を山肌への接触で感知する。

 続いて不等間隔で点の闊歩が始まる。対処前と同じだ。事態は好転していない。

 

(しんでない)

 

 硬い装甲に防がれたのではない。不意打ちで胴を貫けている。しかし刺突を回避できる空間もなかった。全身に風穴が開いたはずだ。何が起こったのか。

 

(ああ、もうすぐそこまで。とげもかべも、いみがない。はしるのがはやい)

 

 困惑している間にも敵は登り続ける。慌ててまた土の棘を生やす。着地から生成まで時間差もほぼない。それでもこの敵には。いっそ着地点を予測せず無秩序に生成する。衝撃波で穂先をずらされた。いつの間にか脚部の中間まで接近されている。

 ぞわぞわとした不快感。死なないと頭でわかっていても、ここで対処しなくてはナズカの夢が終わってしまう気がした。

 

(……はしれなくなればいいじゃない)

 

 脚部が崩壊する。男の作為ではない。ナズカが工術を解除した。替えの利く部品より敵の排除を優先する。詞術の箍が外れ、土砂とマグマが錐体から平面に延ばされていく。今から駆け上がって本体に飛び移るのは不可能であり、地面に叩きつけられるか土石流に摩耗するか。仮に着地できたとして、大地は彼女の意のままだ。ヒティーア全域が窮地。

 脚部が消えたことでカメラの視線が通る。砂煙がひどいが、動く影法師だけは見えた。地面に落ちたのなら対策する必要がある。落下点はどこか。

 

「どうやって、はしって……」

 

 その心配は不要だった。

 影は土石流と直交するように横へ。足場のない空中を躍動している。

 

 

─────────────────────────────────────

 

 

(ギリギリ、なんとかなった……生きてると思っていなかっただろ。ダメ押しされたら危なかったかもな)

 

 編まれた棘を吹き飛ばして外へ出る。絵具のようなべったりとした血肉で痛々しく装っているが、彼にとっては痛痒にもならない。降り立った棘をしならせて距離を詰める。

 一手、ナズカの予想を否定する度に隙はやってくる。だがそれは常に死と隣り合わせの好機だ。男の策も無限ではない。

 五歩を進んだ辺りで迎撃が再開した。精度が上がっている。ならば斜行の登攀も考慮する。彼の挑戦は一度しかできない。急いて死ぬより迂回してでも辿り着く。

 

(着地と同時。予測を捨てたか)

 

 足裏の余震。近い。聴覚に頼れば地の歪む音から察知できたかもしれないが、今は英雄の歌に耳を傾けている。

 ショックガンを山肌に向けて使う。表面が撹拌され、あらぬ方向へ棘が生えた。同時に無数の棘が折り重なって、面のように見える。

 棘を利用して、密林の肉食獣じみた立体機動を繰り出す。着地点の候補を増やす。次こそ連続の工術を利用した全方位刺突をされれば、彼は死ぬかもしれない。あれは単に運が良かった。だがそれは無いと思っている。ナズカは必殺の空間から生還された奇術を理解していない。

 

(棘なら避けられるが……考えたな)

 

 足場が崩れる。破れた裾をたなびかせて落ちる。肺が凍てつく高度からの転落。自身と等速で流れる岩石を踏んで飛ぶことはできない。

 よくもここまで凄まじいものになってくれたと、ナズカを誇らしく思う。成長に笑えてくる。だからこそ無念でならない。彼女の夢を、壊そうとしているのだから。

 最大出力のショックガンを撃つ。反動で飛ぶ。上ではなく、横に。彼自身が弾丸じみて回転しながらも外れた肩の関節を嵌め込み、地に打ち上げられる。転がった透明な床に血痕がかすれて残り、吹き荒れる砂が粘着していく。

 

「さて、この高さまでくれば十分だったわけだが」

 

 術者が死んでも工術は残り続ける。地知らぬキララの天空階層を、男は砂煙の中に確認していた。途中でこちらに乗り継ぐことは計画通り。

 山肌に触れなければ視界不良のカメラで照準を合わせるしかない。命中率は大きく下がる。しかし同時に彼も余震を察知できず、回避が難しい。そして何より、この道はナズカまで繋がっていない。彼女が機体を創造した際に周囲の床は圧壊している。

 ここまで最善手を尽くして、優位に立てない。

 

(もう一手が足りない)

 

 まだ届かない。

 ナズカが唸りを上げる。見られた。接地していない空も射程圏内。キララとの戦闘で見せた手段は二つあり、本体から伸びるマグマの絡んだ槍、そして──

 

(大地からの、柱。これを待っていた)

 

 空気の床を破壊して柱がそびえる。反転して柱へ走る。これが最後の一手だった。

 

「ブッ壊せ!」

 

 爆音。彼と相対する面だけが蒸発した。指示と同時に下方で起動した五十を越える兵器群がそれを為した。しかしそこに命の刻印はない。それでいい。

 

(修復前に終わらせる!)

 

 柱を駆け上がる。飛び移るだけの高度が必要だった。両足を捨てる覚悟で蹴る。身動きの取れない空中への攻撃は爆撃でカメラを潰して防いだ。

 次のナズカの手は無差別に伸びる槍か柱か。どちらにしても直撃をいなせば足場として経由できる。彼女の命に手が届く。

 そして凹凸のある斜面が再加工されるのを見た。復元ではない。それは、彼を殺すための最後の手段。回避も防御も能わぬ、非実体の攻撃態勢が待ち構えている。

 

 

───────────────────────────────

 

 

 視界を奪われたナズカは、意外にも錯乱していなかった。この敵に自分の工術が通じないというのを受け入れ、諦めていた。今さら修復しても相手はもっと先手を打ってきてしまう。

 だから修復の一手を、自分ではない攻撃の一手に使う。

 

「……いいかげんに」

 

 四足の機魔は武装の交換と搭載が容易い機種。将来的にはナズカも機内で兵器を生産し搭載できたに違いないが、実際は製造工程を知らず、非武装でこの戦いに挑んでいる。彼女は兵器を作れない。

 

「おわって」

 

 しかしこの地には自律駆動する兵器が存在していた。

 泡のように砲撃機魔がぽつぽつと生じる。この地の防空網を務めていたそれらは、ナズカの機内に格納されていた。彼女にテルキの作品を壊せるわけがない。

 遥か上空の敵性存在を識別する砲撃機魔のカメラはナズカのそれよりも高性能だ。敵は必中の雷撃を避けられない。

 暗闇の中で彼を信じている。彼なら、きっとナズカの夢を守ってくれる。無音の時間が続き、墜落の衝撃を感じる。動かない。ようやく終わった。夢は守られた。

 

「……どうしてしんでないの」

 

 工術でカメラを直すと、誰かが立っている。遂に踏破された。襤褸布のように右腕を垂らし、皮膚は爛れ、腹部の傷からは骨とも脂肪ともわからぬ白色が零れている。そのような瀕死の体でありながら、背を正してカメラに収まっている。如何なる奇術でここまで登ったのか。熱、土の棘、雷撃。生身の人間が突破できる波濤ではなかったはずだ。

 だがまだナズカの夢は終わっていない。山の巨体から命の刻印を発掘されるまで、彼女は死なない。内部に侵入した敵には圧殺や窒息などの手も取れる。故にこの問いも怨み言でしかなかった。

 

「死ぬわけがないだろ」

 

 男が銃を捨てる。彼に攻撃の意思は最初からない。ナズカを()()()()()()()()ここまで来た。彼女がどれだけ強大であっても、必ずそれを殺しうる修羅がいる。地形そのものを破壊する地平咆メレや冬のルクノカ、あるいは不世出の怪物。黄都や修羅と敵対する前に懐柔する必要があった。

 その姿を確認した瞬間、ナズカは詞術の詠唱を止める。殺してはいけない人物だからだ。そして死なない理由もわかった。死ぬわけがなかった。道理を抜きにして、そう思える。最後の砲撃機魔も当然のセーフティとして、製作者は対象外。

 

 飛沫(しぶき)のような火傷痕のある手で、片眼鏡の血を拭う。

 

「俺のロマンは、終わっちゃいないんだからな」

 

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