崩天地壊郷 作:山明鏡 紫水
遠く東の空から三本腕の鳥竜が火山の残骸まで飛来し、そして去っていく。興味を失ったのだろう。しかしそんな事は露知らず、蜂巣のレニは荒れた地面に膝を揃えてガタガタと座っていた。正座という、“彼方”の反省を示す座法らしい。真実かどうかは知らない。だが目の前の人物がそれを求めるのであれば、死なないためにも従うしかない。
ため息を噛み殺す。ふくらはぎが痛い。
(最悪だ。どうやって弁解しよう……)
テルキの遺産の噂が流れた。それを求めた強者が集った。遺産は目覚め、そしてアイラヒによって薄氷の安寧を得た。
だからと言って、脅威が全て過ぎ去ったわけではない。
──
──内部がどれだけヤバくたって、外から来る奴の方が絶対にヤバい
黄都は情報の出所を確かめてから動いていた。単なる噂の調査にしては規模が大きすぎる。噂の発生源が原因だった。
「ッたくよ~、おちおち歌も聞けねェのか」
「は、はははは、う、うた、ま、また、きけた!」
「そんなに気に入ったなら、次の工作は蓄音機だな。ラヂオ鉱石じゃ録音は無理だが、他にいい素材がなんかあんだろ」
軸のキヤズナ及び窮知の箱のメステルエクシル。彼女たちが、噂の発生源。色彩のイジックが亡き今、最悪の魔王自称者が誘蛾灯となっていた。
(死にたくないなぁ)
戦っても、機魔使いとして圧倒的に格下のレニが生き残る未来はない。部下とはぐれたのはむしろ幸運だった。彼らまで死なせるのは偲びない。
「一応聞きますが私が生きる方法ってございますかね?」
「別に殺しやしねえよ。殺すならとっくに殺してる」
「こ、ころし、てる! ははは!」
「第一、お前らがテルキの遺産を手に入れてどうにかできたか? お前にはまだ役目があるしな」
面倒事の匂いがする。生粋の魔女がにやける役目など、悪辣な物に違いない。
「か、かあさん! これは、ど、ど、どうするの?!」
「あー、もういらねえから押し付けるか。おい、コイツもオマケしてやるよ。お前も機魔使いなら注意点はわかるな。気を付けねえとすぐ逃げやがるぞ」
濃紺の機魔が担いでいた麻袋をレニの前に落とす。呻き声が上がる。中身は人か。
キヤズナが袋を開けると猿轡を噛ませられた老人の姿が。今回の重要参考人として、レニは彼を知っている。
「生体認証でも採用されてたら厄介だから連れてきたが、まァいらなかったな。テルキはロック機能なんざ付けねえだろうし」
「……一応本人から確認させてもらってもいいですか? あの、浮島のガルナーだと思うんですが」
「そうだ。助けてくれ……わたしは、何も悪くないのに」
「オイオイオイ何抜かしてんだ」
猿轡を外され、かさついた声で訴えかけてくる。人相書と同じだ。魔王自称者の元右腕、浮島のガルナー。彼がどうして軸のキヤズナに拐われているのか。
疑問が残っていた。
テルキの遺産とはナズカを指す。では、工廠は一体なんだったのか。工廠自体はテルキの設計ではない。しかし製造品は間違いなくテルキの設計した兵器だ。
いたはずなのだ。テルキの設計図を読み解き、大規模な工廠を建設できた人間が。
「お前が生産ラインを勝手に作って、ナズカにバレそうになったから封印したんだろうがよ」
浮島のガルナーが恐れたのは異常な出力ではない。それにより、秘密裏に建築された工廠がテルキに露見する事だ。ナズカの工術範囲はヒティーア全土を覆っている。
資金の工面や対外関係の構築など言い訳はいくらでもあるだろう。しかしテルキは常に唯一のロマンを求めた狂人。模造されて戦争に利用されると知れば激昂するのは間違いない。
だから暴露される前にナズカを封印し、既得権益だけを抱えて逃げた。暴露されれば、最悪命すら危ない。彼のロマンを邪魔するとはそういうことだ。
(生産ラインって……テルキの兵器の? そんなものが残っていたら)
「ちなみにもうブッ壊されてっから変な考えはよしな」
「う、はい」
「黄都も“灰暮の壺”やら回収してたな? それの解析をコイツにやらせちまえ。ちょうど良い手土産にはなんだろ」
今まで置物であった超兵器が解禁される。確かに良い手土産にはなる。兵を失した責任を取っても、帳消しになる功績。
一瞬目をきらめかせるが、また顔を曇らせる。対価が恐ろしい。レニから差し出せる物など皆無だ。
「それで、私に何をしろと……」
「あの機魔は、アタシのモンだ」
「はい?」
「
「何の利益があなたに……あ、もちろんやります!」
あの巨大な機魔を鎮めたのは、宙を駆けていた人影だ。キヤズナではない。それはレニも地上から視認している。
見栄を張っているのかと思った。しかし彼女は他者からの評価を気にする人柄だろうか? そもそもどうして彼女はテルキの遺産を求めたのか。軸のキヤズナは邪悪な魔王であって、盗掘を好む下賤な小悪党ではない。
「利益ィ? ……先払いで貰ってんだよ」
「はは、は! な、なに?! り、り、りえ、き?!」
恨めしいような目で紺色の機魔を見た。断じて自分の愛息子に向ける眼差しではない。単眼の機魔は不明な負の感情に機体を傾ける。
アイラヒの推定では、ナズカは地下深くにいるはずだった。しかしレニが発見した段階では地上にいた。高熱のマグマの中から探して、引き揚げたのだ。
それができるように、鯨波のテルキは設計した。
「クソが。自分の思い通りに動くと思ってやがるのが嫌だね。もっと言や、そう動くことになったアタシ自身が嫌だ」
マグマを潜航する機魔ならば、テルキは簡単に設計できる。しかし造れない。だからガルナーたちが必要だった。彼らに裏切られたあの日を境に、他の工術士を探して対価を払う必要があった。
その過程で彼は見つけてしまったのだ。理論上永遠に打倒不可能な、最強の機魔の存在を。
それを造れたとして。テルキの人格は消滅する。わかっていた。けれど……彼は欲望に歯止めが効かない。誰もが笑う荒唐無稽な夢であるほどに。
「これで貸し借りはナシだ。アタシの子は自由にさせる」
彼は最期に、一つだけを願って消えた。
『自分の
軸のキヤズナは他者の感情に配慮しない。相互に拒絶の関係だけがあって、それで満足している。
しかし理解できる感情すら共感しないわけではない。我が子への思いは、キヤズナにも理解できた。だから約束を守る。そこを違えてしまえば、彼女の軸は折れてしまうだろうから。
ナズカの所有権がキヤズナにあると黄都が誤認すれば、彼らはきっと手を出してこない。彼女の元にはナズカ以上の戦力もあった。ガルナーという副産物もあれば、官僚は鉾を収めるはずだ。
メステルエクシルの背が開いて、鋭角の翼と樽のようなブースターが展開された。青白い霞が灯って、太鼓のように胃を底から小刻みに揺らす振動が伝わる。鉄の腕に抱えられ、杖を打ち鳴らす。
「行くぞ、メステルエクシル! 義理は通した。あとは何しようがお前の自由だ!」
「ははははは、ははは、はははは! ね、ねえ、さん! また、ね!」
爆音と熱風が下から煽り上げて、咄嗟にレニは顔をしかめながら横に崩れる。正座のせいで足が動かない。そして次に目を開いたときには、二人の姿はとうに失せていた。
消えた鯨波、その波紋。
彼らの洋々たる前途は凪を求めない。
完結しましたわよ~~! 大体の総文字数10万字。こっから調整してジャスト狙うのもアリっちゃアリ。
ストーリーとしてはメカニック系のキャラが出た時点で予測されるかもしれないオチでしたが、まぁ満足! 今後原作で言及されたらifルートって事でご了承くださーい
じゃあお疲れ様でした~~~~~!