崩天地壊郷 作:山明鏡 紫水
あと簡単な設定まとめもおまけにつけておきたい
“霍乱”
「おや、ここらじゃ見ない顔の
「残念ながら私は職人ではない。貴重な輝石を弄れるほど指先に自信があるわけでもない……」
「珍しい砂人だねぇ」
ギムズ研磨都市。近くで質の良い鉱石が採れる事もあり、宝飾界に名を馳せる町。必然腕のよい職人も誘われるように集まり、中には手先の器用な砂人や小人も多い。
夜の酒場に入ってきた初見の砂人も他の都市から移ってきた職人かと考えた酒場の主人だったが、砂人の背負う大包みと隆起する腕を見てころりと意見を変えた。
「けど確かによく見りゃ鍛えてる。傭兵みたいな腕だし、細かい細工道具よりも大剣でも握ってそうだ。この街には職人よりも貴重品の方が多いからね。よく傭兵も集められる。その包みも仕事道具かい?」
「まあ……そんなことはどうでも良い。この街では貴方が一番の情報通と聞いたのだが……」
「情報通って言ったって、そんな大した物じゃない。噂話がよく流れてきて、それをよく憶えてるだけさ。ちゃんとした情報が欲しけりゃもう1つ裏通りに行かないと」
「あそこは……いい。怖い所だ……」
ぶるりと砂人の肩が震え、苦い顔で舌を出す。
「ははっ、傭兵の癖に臆病なのか! 長生きするな、きっと。いいだろう、何が聞きたい?」
「武器……いや鎧か盾の話は? おぞましきトロアの持つと聞く、護槍のようなものでも良い。何か無いか……?」
砂人の爪が手首と鉄鎖で繋がれた大包みを手繰り寄せる。真剣な砂人には申し訳無いが、魔剣の噂はありふれていても守りに秀でた武具は滅多に話題にはならない。噂を流す聴き手にインパクトが無いのだから仕方ない話なのだが、期待に応えてやりたい酒場の主人としては唸ってしまう。
「どんな与太話でも良い……頼む……」
「──1つ、思い出した話がある。希望に添えるか分からないが、ここから南に行くとヒティーアって町がある。以前気味悪い噂でちょっと有名になった場所だが、次はどうやらそこに魔王自称者のテルキの遺産があるって噂が流れてる。鯨波のテルキと言やぁ兵器開発の最先端だ。装甲の種類だって豊富にありそうじゃないか?」
「なるほど……時に気味の悪い噂とは……?」
「知らないのか。あそこはな――」
ジョッキ一杯の酒を渡しながらこっそりと顔を近づけ、主人が知ってる砂人の鱗と少し質感の違う頭に耳打ちする。
「ま、アテが外れても恨まないでくれよ」
「もちろんだとも。代金は」
「そこに置いといてくれればいいさ」
並々注がれた酒を二口で飲み干し懐から巾着を取り出す砂人を尻目に、酒を求めて騒ぐ荒くれの対応に向かう。信用ならない一見の客ならば、会計を放置するなど商売人としてあり得ないが、主人はこの少ない時間で砂人を信用しきっていた。
だからこそ、店を出た砂人の後を追う複数の影を見て嗤うのだ。
「あの砂人は長生きするだろうが……あいつらはダメだな。ツケが無くて良かったよ」
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「なぁ、あんた。あそこの仕事帰りだろ」
「……何の用だろうか」
「ってーことは今が一番の狩り入れ時ってわけだ」
町の南門から出立してからしばらく、小川沿いの狭い一本道の上で大包を背負った砂人は前後を塞がれた窮地に立たされていた。前に三人、後ろに一人。全員が姿を夜闇に埋めるローブで覆いつくし、体格すら判然としない。
ギムズは宝飾産業を目玉にする都市であるが、同時にその莫大な富を守るためにより腕の良い護衛・傭兵が不可欠である。彼らには腕を求め、対価として利潤の一部を分け与える。その金銀の重みは並大抵の報酬ではない。傭兵たちがギムズに招かれようと腕を磨くのは必至だが、招かれるだけの腕のない狡賢い者が徒党を組んでその報酬を奪い取ろうとするのも、また必至だろう。そして強者を打倒した暁には、その首級を掲げて自らを売り込みに行く。
行きはよいよい帰りは恐い、傭兵狩りの街ギムズの実態である。
「ギムズの基本報酬なら四分割してもまだお釣りが来る。さっきの酒場で見たぞ、懐に巾着があるだろ。それと背中の武器も寄越せ」
「……なるほど状況は理解した……だが金はともかく、これは無理だ」
全身黒ずくめ、声もくぐもって聞こえる。それは命を助けることもある優しさから来るものか、あるいは万が一の逃亡の備えなのか。だがその楽観も悲観も砂人は考えない。目の前に立たれた以上は考えるのは斃し方のみ。
「ところで私を狙うのはお前たち四人だけか……?」
「どうしてそんなこと聞くんだ? さあな、もしかしたら後ろから別の奴らが追っかけてるかもな」
「それは困る……仕方ない」
はらりと大包が解ける。取り囲む四人の意識がその中身に注がれた瞬間。
「“打て”」
水中に突然沈められたかのような音に包まれて、砂人を中心に球状の白壁によって空間が隔離されていた。隣の小川は流れを止め、高木は幹を割られる。
「驚いた。これは魔具か?」
「ここならば外からは見えない」
腕と鎖で繋がれたまま包みから露になったのは、柄の先端すら持ち手を刺しかねないほどに尖り、刃は鋸のように厳めしい長斧。それを砂人は易々と振り回すが盗賊側に焦りはない。相手は元々ギムズに呼ばれる腕利き、予想外なのは予想内だ。
「そうかそうか、そりゃあよかった。じゃあ死んでくれ」
「【
一説の詞術で闇が夏陽にも勝る光で塗り替えられ、視界がホワイトアウトする。夜に慣れた目を眩ます光に紛れ、前の三人のうち一人は後衛よりローブに隠した短弓の弦を鳴らし、二人が距離を詰める。砂人は右手に斧を携えていた、ならばそちら側の一人が鋼鉄の盾と防具で一撃を防いだ隙にもう一人と矢が標的を貫く。完璧な連携だった。
「……ガランガンズクの悪辣斧」
「ギッ、ガァァアア!? 」
当てずっぽうではない、確実に当てるよう狙いすましたタイミングで振り降ろされた斧が盾を
首元から袈裟切りにされた第一の兵は血に汚れ吹き飛ばされても、弾かれた矢と共に第二の兵に刃を届かせないという役目は果たした。軽い刀と異なり鈍器に近い長斧では即座に逆袈裟に振り戻すには難しく、再び頭上に振り上げるには時間が足りない。結果として後ろ控えの一刀は砂人へ届く。
「………………え?」
砂人の鱗は人間の皮膚よりも固く、鈍らでは刃こぼれして役に立たない。なので対処としては竜と同じく、優先して狙うは眼。死なずとも決して鍛えられず、致命への足掛かりになる。そして間違いなく左右二つのナイフは眼窩を貫いた。
しかし。
「
薄く閉じた瞼の内は、空洞だった。最期の疑問を抱けど悪辣なる斧は配慮しない。返しの薙ぎが首を抉る。
「…………あと二人」
その砂人は、生まれながらの
彼の生は常に闇の中にあった。故にこそ彼は不可視の全てに恐怖する。おそらく、視覚の代わりに宿ったもう一つの感覚が無ければ彼は自分で自分の生を閉ざしていたかもしれない。
「どうして見えている、こっちが見える?!」
残された射手に刺さった二振りのナイフを投げて牽制しつつ長斧を地に擦り走る。
彼は最初から見ていない。
「……」
無言でチロリと舌を出し、またしまう。退化して人間では使い物にならない器官をヤコブソン器官という。彼の砂人は視覚喪失の代償として、空気を舐めるのみでおおよその存在の位置やサイズを把握できるまでに嗅覚が異常発達していた。
矢の二本分もない極至近からの剛力のスイングによって射手が臓物と少しの砂煙を散らす。その生々しい鉄錆の臭いだけが、光のない彼を安らがせ得るのだ。
前方を塞いでいた三人を難なく斃し、残る後方の一人を振り返る。逃げるという選択肢はない。ここで残りの一人を解放すれば、対策を立てられていつか殺される。それが何よりも怖いから。
「……あと一人」
「そこの三人もそこそこ慣れてたはずなんだけどなぁ。ま、同族としては鼻が高いね。俺は安堵のジグニクサ。名前は?」
残る一人は、同じ砂人。だがそれに深く思うところはない。予め匂いで察知しており、同族だからと情けを掛けられるほど世界は単調甘美に作られていない。
「……
「聞いたことはないが、いい名前じゃないか兄弟。だがそんな武器は俺達には無用じゃないか?」
両手をひらひらと振りながら、親しげな足取りで近づいていく。お互いの手が届かない、つまりは長斧の間合いに入った瞬間ガランガンズクの悪辣斧が唸る。
「それはさっき見た」
ガランガンズクの悪辣斧は生物のみを喰う。であればその刃を止めるのも生体に他ならない。
「あんま切れ味良くないだろ」
「……」
ジィリ、と鱗との摩擦。魚類の鱗と異なり、砂人の鱗はトカゲの物と同様に皮膚の硬化である。もとより防御は無視する前提の一振りはその肌を破れない。
同じ体を持つベゼマイルはその程度百も承知。ゆえに斧の振り降ろしは軽く、本命は斧の背に仕込んだもう一つの鉄光。逸らされ、脛まで落ちた斧をそのまま切り上げる。
「危ねぇ。まだ隠してたな?」
それは極厚の悪辣斧と対をなす極薄の妖刀、銘を夢網爛閃。斬られた者は竜であっても2秒間は五感を強制的に消失させられる。ほぼ確実に防がれることのない斧と異なり、防がれてしまえば無意味な魔剣。盲目のベゼマイルにとっては不意打ちでしか使えない。
振り下ろしの軽さから切り返しを察されたか。長柄を踏まれ、繋いだ鎖に引かれて体が前に傾ぐ。
「やっぱり
魔剣を足蹴に前傾で懐へ潜り込んだジグニクサの指爪が集う。相手は素手だという安堵の上に用意された、砥がれた爪の殺傷力は弩にも劣らない。ベゼマイルの喉に風穴を開け、あとは死を待つのみのはずだった。
「硬っ?!」
「げほ……思った通り、まだ足りない」
鎧であっても首や関節などの可動部はどうしても装甲が薄くなる。だがその弱点を的確に貫くはずの手刀は、首筋の鱗にめり込んだものの血の一筋も誘っていない。少し噎せて、それで終いだ。
ベゼマイルはとびぬけて臆病な性格だ。
複数の武器を構えれば、それだけの選択肢を敵に公開してしまう。ならば一つに隠してしまおう。
魔剣を持つ自分が有名になれば、おぞましきトロアに殺されるかもしれない。ならば名乗らないようにしよう。
そんな彼が、防御を疎かにするなどあり得ない。
「
如何なる甲冑よりも長い期間、種の誕生より洗練された天然装甲────皮膚。一寸の隙間もない最密の鎧を、ベゼマイルは全身への竜鱗移植により改造していた。
「次は、
ベゼマイルはおそらく史上最も臆病な
ぐるんとベゼマイルの体と魔剣が半回転した。巨大な斧部はされど地面に邪魔されず地中を潜る。ガランガンズクの悪辣斧は生体以外を透過する。しかし警戒するのは隠した薄刃だけでいい。手元の挙動を注視する。竜鱗の突破を考える余裕はない。それよりも敵の攻撃手段を無力化する。ジグニクサの思考は間違っていない。しかし足りない。彼の予想より一拍早く、脇腹を何かが軽く突いた。残虐な斧ではない。夢に縛る刀でもない。それは斧の尖った柄の先。一度使われたきりの、奥の奥の手。
「が、ぶぉ……」
二人を囲っていた白壁が消え、脇腹に立てられた長斧の鋭い柄の先、否、れっきとした槍の穂先に白い球が生まれる。
レ・リューの荒楔。空間を白珠内部に打ち止め、外界の影響を遮断する魔槍である。基本的に目撃者の封じ込めにしか利用していなかったが、攻撃に転用した時の凶悪性も理解している。命懸けで抗い斃した者より得てきた、これら三種混合の魔装こそがベゼマイルの生存の標。
小さな白球も消えると肋骨の一部や肉片、内臓が落ちていく。人によっては吐きかねない凄惨な光景も彼は見えない。血だまりに涙を流す同族の命乞いも見えない。
何も見えない。
それでも“
それは如何なる鎧よりも隙無く、竜の吐息にも耐える装甲を纏う事ができる。
それは生来から闇と死を恐れ、生き残る為には加減を知らない。
それは視覚を失った代償として人間には不可侵の知覚領域を有している。
財宝の代わりに生きる術を奪い集める、無光の竜人である。
霍乱のベゼマイル
Q、なんで没になったの?
A、話に拡張性がないから。一応本編キャラは第一部で能力や思想に触れて、第二部で隠し球を見せてるんですが、彼は最初から隠し球を開示しないといけなかった。うまく調整すればいけた気もしますが、結果として彼の枠はテミルルクに渡りました