崩天地壊郷   作:山明鏡 紫水

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今さらですが、全体の話の流れとしては1巻2巻と似た物を目指してます。トータルの文字数は文庫本一巻分想定ですね


幕間

 煉瓦造りの豪邸の中を、大勢の兵士が闊歩している。魔王自称者テルキの元右腕、浮島のガルナーの邸宅。だが咎める者は誰もいない。彼らは黄都の正規兵であり、彼らを呼んだのはガルナーの従者であるからだ。

 

「なるほどなるほど。彼らが演奏を終えた時に、ちょうど私の部下がお邪魔したわけですな?」

「そうです、はい」

 

 顔の左半分のみを引き攣らせて笑う兵長が、憔悴した様子の従者から聴取していた。

 

「んで、来客のために雑事を片付けて戻って来た時には……失礼。怪我の調子は?」

「おかげさまでなんとか」

 

 青錆錠(あおさびじょう)のキノイチは、軽く右手を挙げて怪我から復帰した部下を労った。齢は五十に近く、老兵の部類に入るはずだ。しかし適切に鍛えられた体はその一挙手にも衰えを感じさせない。

 

「それは良かった。早速で悪いが、浮島のガルナーが(さら)われた。だが屋内にはまだ遺産の手掛かりがあるかもしれない。捜索を手伝ってくれ」

「はっ……拐ったのは、例の歌姫でしょうか」

「まぁ、そうだろう」

 

 巷に流れているテルキの遺産の噂。その手掛かりを知るとされる唯一の人間が消えた。

 目下最大の容疑者とされているのは同時刻にガルナーと面会し、黄都の兵を負傷させた“客人(まろうど)”麗しきイザベルの一行。包帯を何重にも巻かれた兵は、歌姫の軍勢に当夜返り討ちにされた隊の一員である。

 

「しかし、歌姫も今まで表立って黄都に楯突く事は今まで無かった。それに、名の売れた冒険者や破落戸(ならずもの)、噂じゃ星馳せアルスまでヒティーアに向かっている……それだけの事案か」

「遺産が本当なら、黄都と敵対しても手に入れる価値があるって事ですかね」

「そりゃそうだ。テルキの兵器を知らないのか?」

「詳しくは……」

「日の目を見たのが一度だけだから無理もないか。九年前、テルキの部下が兵器を横流ししたことがあったが……その時は一晩で町が半壊した」

 

 それは魔王自称者でもない、よくある悪党の反乱だった。テルキ製の兵器が使われなければ。当時鎮圧の援軍として派遣されたキノイチは、災後の惨状と遺棄された元凶を目撃していた。煉瓦が融解する熱波と、それに対なる寒波を広範囲に超短周期で放ち、冷熱衝撃で万物を崩壊させる人頭ほどの機械。それは黄都の技術者すら解体を拒む、理解不能の異物だ。今も黄都の地下に厳重に封印されている。設計を知る者の多くがテルキと共に姿を(くら)ましてしまったためである。ガルナーの居場所が割れたのもつい最近のことだ。

 キノイチが早足で見張りの兵の横を通り抜け、屋外から人差し指を(かぎ)のように曲げて呼ぶ。

 

「だが歌姫なら遺産なんざ必要無いと思うがね。ほら、あれを見てみろ」

 

 実際にイザベルが欲しているのは遺産ではなく、遺産を欲する強欲な英雄の方だが、キノイチは知らない。それでも歌姫の能力は把握している彼は、人を誘拐してまで遺産を欲するのには違和感を覚えていた。

 壁の一角を指す。何ヵ所か弾痕が残っているが、それよりも目立つ痕跡がある。外からガルナーの寝室が見えてしまっていた。分厚い壁が綺麗な真四角に切り抜かれている。

 

「……工術、ですか?」

「まさか。ここを見てみろ。わずかに切れ込みがある。これはもっと純粋な物理の技……きっと第二将の模倣じゃないか?」

「第二将の、模倣……あれは、何なんですか」

「“客人”を俺らの理解の範疇に収めようとするな。災害だと思え。河が溢れて人が流されるのに理由が必要か?」

 

 対象を直接変形させる工術の場合、余計な切れ込みは存在しない。四つの角には薄皮ほどの厚みの切れ込みがあった。

 節榑立(ふしくれだ)った指がこつこつと壁の断面を叩く。(ドラゴン)の鱗よりは脆いはずだが、断言できない。それだけ固い。特殊な建材なのだろうか。試しに弾痕に指を挿せば、すぐに弾底に触れた。だが絶対なるロスクレイの剣ならば容易く切断できるはずだ。黄都の兵ならばそう断言できる。

 

 麗しきイザベルの楽団は、英雄を量産する。英雄の軍勢。およそ歌劇場でしかあり得ない存在だが、現実に敵対するならば脅威だ。

 気絶する直前に英雄の剣を見ていた兵は、蘇った恐怖に肩を震わせる。手加減されていたとはいえ、刃が振り下ろされる恐怖には抗えない。彼は戦場でしか生きられない狂人ではない。臆病な凡夫である兵は、微かに震える声で問うた。

 

「……追った所で、勝てるのでしょうか」

「勝つのは余裕だぞ。戦法も単純だ。楽団は所詮楽団だからな」

 

 なんでもない事のように両手を擦り合わせて煉瓦の削りカスを落としながらキノイチは言った。また、顔の左半分のみで笑っている。英雄の軍勢を討つ。竜を単騎で討伐した第二将が束になっても敵わない策が、この老将にはあるというのか。

 

「さて、歌姫の行き先は分かっている。情報の封鎖は間に合わなかったが仕方ない。現地でガルナーを捕縛するなり歌姫から聞き出すなりして、遺産を回収する。この泰平の世に、物騒な兵器はいらないからな」

 

 

 

──────────────────────────────────────────────────────

 

 

 

 

「ここで今日は足止めかな」

「なんでも橋が崩れてしまったそうで。復旧まで五日ほどかかると」

「五日? 早いね。これだけの橋梁だともっと時間がかかると思ってたよ」

 

 かぱり、かぱり。アイラヒが銀板写真を収めた首飾りを開閉させて弄る。人の多い宿場の広間では、彼らの雑談も声を潜める必要がない。

 彼らはヒティーア地塁街の目前まで来ていた。しかし市のある山間地域はぐるりと巨大なコーズ渓谷に囲まれており、そこを越える橋はただ一基しか存在していない。幅が十メートルを越す石橋だ。特に見所のある街でも無く、増やす利点も無かったのだろう。その橋の(たもと)にあるのがこの宿場町だった。

 アイラヒとナジコスはまだ陽の高いうちにここに着き、樹海へ入ろうとしていた。しかし肝心の橋が崩落しており、その予定は破綻。ひとまずは情報を集めるべく、アイラヒが宿を探す間にナジコスは日中聞き込みをしていた。どのような姿と口調ならば相手が喋りやすいか、誰よりも理解している。今のナジコスは簡素な鎧を装着した、実直そうな若い男の姿だ。女ならちょっかいを出され、老人なら軽侮される。これなら問題になる事は少ない。

 

「それなら下を歩いて渡るよりも、おとなしくここで待った方が早そうだ。路銀はまだ持つし」

「私はともかく、アイラヒ様は渡れませんよ。コーズ渓谷の底は毒性のガスが充満しているらしく、草木は枯れて獣もいないそうです。そのガスのせいでここの橋も腐食され、崩れることが多かったのだとか。今回は崩壊がかなり前だったらしく、もうじき完成する頃合いにたまたま私たちが到着したというのが実状ですね」

「なるほど」

 

 かぱり、かぱり。アイラヒは腕を組んで何かを考え始める。その思考を遮るのは気が引けたナジコスは、眼球は動かさず体内のセンサーで広間を精査する。特に不審な動きはない。

 

 楽団の一座がいた。商会の御曹司に付き添い、それなりに立派な式典を経験してきたナジコスが聞いても、目が覚めるような演奏だった。何よりも歌姫がとびぬけて美しい。

 冒険者に傷薬を売り付ける薬師の森人がいた。テルキの遺産よりも、遺産目当ての冒険者による商機が目的に見える。

 他にも装備を整えた冒険者が多数。浮かれて酒を飲む者と険しい顔で食事しか摂らない者の二種類がいる。彼女自身もピリピリとした視線を何度か向けられた。

 

(前者は放っておいていい。甘い話に惑わされただけの人間。問題は後者。他の人間に先を越されたらその人間から奪うことになる。ここにいるのは全員が潜在的な敵で、彼らはそれを理解している)

 

 アイラヒとナジコスはテルキの遺産にさして興味がない。奪い合うくらいなら譲っても良いとさえ考えている。無欲なのではない。彼らが欲しいのはテルキの居場所に関する情報、目的が違う。その手掛かりを探すために来た。だが道中で競争者を蹴落とす者がいないとも限らない。

 

(テルキの子……今の商会長は今回の噂も与太話だと思ってる。ましてや本人の噂ではなく遺産の噂。でも今回は何かが違う。他の人もそう感じているはず。でも何が違う?)

 

 うなだれていたアイラヒの肩が跳ねる。寝落ちていたらしい。

 宿場町に到着したのが早かったとはいえ、所用を済ませる間に随分と時間が経ってしまった。これから酒を飲む者も多く、賑やかな広間ではわかりにくいが窓の外はとっくに暗くなっている。

 

「アイラヒ様。もうお休みになられては」

「……ああ、ごめん。そうだね。ナジコスはどうする?」

「私はもう少し」

 

 機魔に睡眠は必要ない。彼女がアイラヒに付き添うのは機魔である事の隠蔽と深夜の見守りのためだが、少しくらい離れても大丈夫だろう。

 借りた部屋に入っていく主人を礼で送るとナジコスは一人で宿を出た。肌の下の計測機器が敏感に乾いた夜の空気を汲む。彼女の得る各種情報量は人の数十倍に及ぶ。湿度が低い。明日はきっと快晴だろう。四年前と同じ気候だ。鎧戸の降りた店舗の並びと店名を一件ずつ走査していく。

 

(来た時からここには見覚えがある。やはりここが)

 

 送還される以前、テルキの世話係としてこの街にも五度来た。街並みも改築されてはいるが、見間違えるほどではない。

 

(……怖い。禁域となった故郷に戻るのが、真相を知るのが。それでも、遅れても見つけなくてはならない。彼の夢を肯定できるのは私だけだから)

 

 模造の鉄面皮の内で、彼女は確かに恐怖している。騙し続けていた恐怖。魔王自称者は一人では生きられない。誰よりもそれを熟知していたはずなのに、今まで戻ろうとしなかった。今ヒティーアにいるのは他の誰かのせいでテルキへの手がかりが散逸して、存在意義を遂行できる日が来なくなるのを恐れただけだ。どこまでも自分の欲求で動いている。アイラヒは人間を下劣だと評したが、ならばその人間を真似る自分も同じく下劣だろうと信じている。

 

(テルキ……あなたの夢は、まだ……)

 

 変調を悟られずに物思いに耽ることができる。彼女の記録媒体には鮮やかな姿が残されている。角の飯屋はテルキのお気に入りで、週に二度は誰かを買いに行かせていた。通り過ぎた緑の看板の服屋はセンスがいいと褒めていた。酒場の新入りの給仕が美女だと聞いて、擬態させられたこともあった。彼と共にあった記憶の全てが輝いている。

 どんな背丈で、どんな仕草をしていたか。語ったロマンと夢を忘れたこともない。しかし彼女も滅亡の前の絶望は語られていない。




次回更新は明日です
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