解説の宮永さん   作:融合好き

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ちなみにあらすじにもあるように、咲ちゃんは清澄に行くので敵対確定です。え、理由? 共学だからですが何か?(本作の龍門渕高校は女子校)


多分何かが発覚したその日

油断がなかったかと問えば、完全にそうだとは言えない。

 

だが、断じて慢心していたつもりはなかった。これまで積み上げた経験を糧に、いわゆる強者の()()()()がようやく手に馴染んできて、これが最後だと全霊を以て挑んだ試合。

 

衣や透華の派手さとは対照的な聴牌流局を二度繰り返し、遂に行われた親のリーチを警戒する。それ自体はまあ仕方ない。それに対し、一発消しのためにオレは多少強引に鳴いた。この対応も、場合によるが非常に良くある対処の一つだろう。

 

しかし。

 

「鳴けばなんとかなる──ってか? ハッ、ちゃんちゃらおかしいわ」

 

鳴きは麻雀のリズムを乱す行為である──そう例える人間がいる。その理由は明確かつ明瞭。単に順番がズレるのもあるし、コトコトと小気味良く鳴り響く牌の音の中でじっくりと手作りするのが好きなヤツは一定数存在する。

 

鳴く、という行為は即ち、他者の和了りを意識させる行為だ。その中でも一発消しによる鳴きは特に嫌われることが多く、逃れられない状況下での振り込みの可能性を意識させられることが苦痛だという気持ちは非常に良く分かる。ルールにもよるが食い換えによる鳴きが大体禁止されているのは、実はそういった私情が絡んでる可能性がないとは言えない。

 

転じてオレは、鳴きにより相手のリズムを乱すことで、相手の調子を崩すことを自身の得意技としていた。宮永先輩曰く、これ自体に能力と呼べるほどの精度はないらしいが……それは逆に、その技術は、オレ自身の培ってきた歴とした技の一つなのだと、磨いて来た経験の賜物であると、ある種の自信を抱いていた。

 

「今までは多分、それで何とかなったんやろうけどな──ウチをお前がこれまで戦った連中と一緒にしてもろたら困る」

 

だからこそ、これは初めての経験だった。ハジメくんのように柔軟に躱すでもなく、透華のように繊細に受け流すでもない、まして衣のような強引に潰すのともまた違う。正しく初めて受ける感覚。

 

全く効いてないわけではない。一発消しには眉を顰め、リズムを乱した感覚もある。しかし、それではまるで揺るがない。彼女は鳴きを厄介だと感じるそれ以上に、自身の打ち方に絶対の信頼を置いている。

 

衣や宮永先輩とも異なる形質の気迫──強者としての矜持。無名であったウチの学校には決して持ち得ないもの。名門校のエースとしての誇り。それを振り翳すでもなく、確かな積み重ねと共に実績を積み上げ、彼女はその座に恥じないよう真っ直ぐに突き進む。

 

揺らがない。折れない。曲がらない。故に強い。そんな人物。姫松高校2年、愛宕洋榎を端的に換言するならば、それはまさしく──

 

「──格が違うわ」

「……!」

 

 

 

 

中堅戦終了

 

龍門渕     95300

千里山    116100

姫松     144200

新道寺     44400

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

「悪ぃ……」

「……いえ、彼女が貴女よりも強かった。それだけの話です。純に落ち度はありませんわ」

 

バツが悪そうに戻ってきた純くんに、透華が柔らかく迎え入れる。これもちょっと前までの透華であれば「何を負けているんですの!」などと理不尽に叱咤していたかもしれないが、彼女もこの大会で色々と理不尽極まりないオカルトを見慣れてしまったせいか、もはやその声色に責める意思はまるで感じられない。

 

(でも、本当に強かった。大阪予選が事実上の全国大会とまで呼ばれる理由が分かるかも……)

 

姫松高校中堅、愛宕洋榎。中堅にエースを据える伝統校にてその座に座る2年生であり、衣や宮永先輩とはまたタイプの異なる強者。何ならボクがこれまでこの大会で見てきた打ち手の中で一番真っ当に強い打ち手であり、名門校のエースとしてはこれ以上ないくらい適任の人物とも言える。

 

「搦め手が通用しないわけじゃないけど、その上で踏み越えてくる……私の一番苦手なタイプかも。真っ当に戦ったら普通に負けそう」

「……江口さんに似たタイプ?」

「そうだね。江口さんを更に柔軟にした印象の打ち手かな。爆発力では江口さんに劣りそうだけど、その分手の形に拘らないで丁寧に打ち回す。厄介だね」

 

宮永先輩がボソッと呟いた言葉に、礼堂さんが興味深そうに反応する。そして語られる内容についてもボクが抱いた印象に相違ない。だろうとは思っていたが、やはり彼女にオカルト云々は付き纏っていないらしい。

 

そしてそれは即ち、彼女がボクの目指す強者としての理想系にほど近いということ。正直なところオカルト能力に興味がないと言えば嘘になるが、散々理不尽なオカルトを体感したこの身。どうせ宮永先輩には通用しないだろうし、神代さんのレベルまで行ってしまうと麻雀を真っ当に楽しめなくなりそうだから、そういった要素を抜きに強者として君臨する彼女の真っ直ぐな麻雀にはある種の憧憬を抱かざるを得ない。

 

そんな風に考えていると、点数状況を見ていた宮永先輩が不意に、

 

「やっぱり全体的に実力不足が響いてるかな……ぶっちゃけ私達のチームって、衣ちゃんの稼ぎに割と依存してるしね。龍門渕さんも素の状態で相当強いと思うんだけど、それが平均クラスとかまさかここまで全国が魔境だとは」

 

いやはや井の中の蛙ってやつだね。と続ける宮永先輩。しかし、ボクや純くんの実力が足りていないのは否定しないが、貴女は十分その大海に適応できてるので安心してほしい。何ならゴジラでも這い出てきたのかってくらい暴れ散らかしてるから少しは自重してほしい。

 

「ごめん。失言だったかな」

「……いえ。でしたら、わたくしがあの力を使って」

「それはちょっと短絡的だね。むしろ今回は使わない方がいいかな。ちょっと想定以上に新道寺が凹み過ぎてる。龍門渕さんはあのオカルトを制御してるとは言い難いし、発動中は意識があるかも怪しいから逆転するより前に新道寺が飛びそう」

「ですが、今夜は……!」

「はい、ストップ」

 

何やら反論をしようとした透華を、宮永先輩は強引に窘める。というか今の会話、まさか透華、自主的にあの力使おうと……? いや、思えばボクの出番の時にも似たような会話はしていた。その時は新道寺の次鋒が見るからに焦燥していたので流れた話だけど、いつからだろう。生来の気質かここまで勝ち進んだからなのか。いつの間にか透華にとっても、この勝負はボクの思ってる以上に重要なものになっていたのかもしれない。

 

そんな透華に、宮永さんは一瞬だけ純くん以上にバツの悪そうな顔をして明後日の方向を向くと、

 

「そういえば、衣ちゃんは何処に?」

「え? あ……外の空気を吸いに……ハギヨシさんが付いてるから、遅刻の心配はないと思う」

「そう。……なるほどね」

 

ちょっと唐突な質問に戸惑うも、解答には納得したのか宮永先輩は改めて静かに透華へと向き直る。……そういえば衣が唐突に一人になりたいからと退室したのも、少し前までは良くあったけど麻雀部に所属してからは初めてだったはずだ。ボクには普段通りの様子に見えていたのだが、良く考えれば衣はこの大舞台での大トリである大将。あの小さな体躯には収まりきらないほど、膨大なプレッシャーが掛かっていてもおかしくはないのだ。

 

「……確かに、今日は衣ちゃんにとって都合が悪いかもしれない。もしかしたらこの点差では、流石の衣ちゃんでも厳しいのでは……そう思う気持ちは分かるし、どうにか出来るならと考えるのも納得できる。だけど、元より麻雀とはそのようなもの。確実に勝とうだなんてそれこそ巫山戯ている。もちろん、私だって勝ちたい気持ちはある。こんなところまで来たわけだしね。でも、それで龍門渕さんが気分を悪くするようでは話にならない」

「……」

「この際だから言っちゃうけど、実は衣ちゃんのオカルトに酷くムラがあるのは、厳密には月齢が関係しているわけじゃない」

「……え?」

「多分、そのことはもう、衣ちゃん自身が一番良く分かっているはず。その上で彼女はこの大舞台に挑まんと気を落ち着かせているのに、他でもない貴女が、みすみす敗北に直結するような打ち方をすることは私が許さない」

「…………」

(…………)

 

黙り込んでしまった透華を尻目に思考を回す。正直、衣についてとか割と衝撃的な内容だったが、彼女が言わんとしていることは分かる。そう、勝ちたいという気持ち以上に、ボクは透華が苦しむことを望まない。当然それは宮永先輩やボクだけじゃなく、純くんも智紀も、衣や他の部員だって同じ気持ちのはずだ。

 

この部の中心は誰かと問えばおそらくは宮永先輩の名前が一番に挙がるが……そもそものきっかけを築き上げ、皆をここまで引っ張って来たのは透華がいたからこそだ。そんな彼女の我儘で負けたところで……否、そもそもそんな彼女らしくない打ち方をして勝ってきたとして、それはボクらの心に痼りを残すだけだろう。

 

「………」

「透華……」

 

厳しい言葉に頭が冷えたのかどうか、しばらく考え込んでいた透華は不意に時計を見て、

 

「……そろそろ時間ですわね」

「お、おい、透華……」

 

純くんの制止も振り切り、そのまま彼女は控室を後にする。時間がないのは本当だ。しかし今のは明らかにこの場を去るための言い訳だった。無愛想とも言える、基本物腰が丁寧な透華は滅多に見せない態度だが、やはり長年付き人なんかをやっていると、稀にそんな姿を見る機会もある。……『超絶不機嫌です』っていう、そんな感じの態度をだ。

 

「…………」

 

その透華も去り、すっかり静寂に包まれた控室の中心で、宮永先輩は無言で立ち尽くす。透華ばっかりに注目していたが、こっちもこっちで態度が冷え切っている。空気が重い。衣の本気モードと同等以上の重圧を感じる。

 

と思ったのも束の間、やがて宮永先輩は長い、長いため息を一つ吐くと、近くのソファに深く腰掛けて、

 

「……ごめん。支配が漏れてた」

 

何を、と疑問に思う間さえもなく、その一言で周囲に張り詰めていた重圧が霧散する。……いや、え? 何なの今の? 支配って何? もしかしなくても今の宮永さんがやってたの? あれだけはっきり周囲にプレッシャー与えるとか、やっぱり超能力者なんじゃないのこの人?

 

そんな感じで混乱しているボクを余所に、宮永先輩はため息混じりで、

 

「……まあ、大丈夫かな。龍門渕さんは意固地だけど、融通が利かないわけじゃない。何より、衣ちゃんのことを誰よりも考えてる。ちょっと……いやかなり強引に押し止めたからだいぶ怒らせちゃったみたいだけど、生憎と恨まれようと勝負は妥協できないからね……」

「………」

 

意外……でもないのだろうか。けれどボクにとっては意外なことに、ああ見えて彼女は勝負に結構シビアな考えを持っていたらしい。普段の緩い雰囲気からはあまり結び付かないが、そういえばこの人って部内戦でもほぼ無敗……衣と同様、完全なお遊び以外で手を抜いてる様子は見られないんだよな。尤も、能力が能力だからか、それでもボク相手でさえもごく稀に負けることはあるんだけど。

 

「しかし、オカルトが本人の気質に合わないとああなるんだね……龍門渕さんには悪いけど、とても興味深い事例」

「いや、大丈夫なのか、あの様子で……」

「問題ないよ。少なくとも、あのレベルの相手であればね」

 

これまでの流れを全て否定するような発言をあっけらかんと言い放った宮永さんに、こっちの方が呆気に取られる。やや言葉に咎める意図もあった純くんもこれには目を見開いている。そこは流れ的に透華がピンチになる感じじゃないの? いや、そんな展開は全く求めてもないけどさ。

 

「──姫松の副将の上重さんは、特定条件下において手牌の質が向上するオカルトを持つ」

「え?」

「それだけじゃなく私は、その特定の条件が何なのかも、手牌が具体的にどんな方向性で伸びるのかも、当然、その対策や弱点も含めて、きっと彼女自身が把握している以上に、私は既にそれを知り尽くしている」

「──」

 

何やら語り出した宮永先輩。聞くに、これは宮永先輩本人の能力の解説だろうか? いや、違う。前にも何度か似たような語り出しを聞いたことがある。多分これは──何かの説明の前振りだ。

 

宮永さんはそこで一度言葉を区切ると、控室にあるモニターに映り込んだ透華を一瞥して、

 

「私は、自分のことを強者であると認識している。特に、こと『見る』分野にかけて──私を超える存在は、トッププロにもいないと確信するほどに。その理由は……」

「対オカルトへの対応力。およそ見たモノ全てを暴くオカルト能力……」

「照魔鏡。私はそう呼んでいる。既に我が眼と一体化して久しいこの能力は、私自身のツモ運雀力支配力抵抗力拘束力その他色々麻雀に関係するもの全てと引き換えに、捧げた分だけ私の視界を拡大することができる。ちなみに副次効果で視力が6以上ある」

 

そんな能力だったのか。そういえば概要くらいは流石に知っていたけど、こうして詳しく説明を受けたのは初めてかもしれない。あと捧げたものの半分くらい麻雀と関係ない力が混ざっていませんでしたか? というか視力増強まで出来るとかやっぱり超能力者なのでは?

 

「母さんも、咲も、衣ちゃんも、神代さんも、あの小鍛治プロでさえも。私の眼からは逃れることは出来ない。それはつまり、少なくともこの分野において、彼女らが私に劣っている証明となる」

 

でも、と一度宮永さんは言葉を止める。ゆっくりと動かしていたその目線の先には、既にモニターの先で卓に座って集中している透華の姿が見える。

 

「たった一人──ある人物のオカルトを、私は看破することが叶わなかった。事前にたくさんの能力を炙り出していたのが理由かもしれない。この能力は私の眼、それ故に乱用すると眼精疲労のような症状に襲われて精度が落ちるのは確認してる。だけど、私の感覚だとそれとは違う」

「……!」

 

ハッとする。思い出すのはかつての勝負。割と唐突な流れで始まった能力精査大会のこと。その最後の最後に行われた戦い──確かに、今になって思えば、あんなオカルトな場に対して、この人がオーラスまでされるがままだったのは違和感がある。

 

「今は確かに全国平均レベルかもしれない。でも、私が例の初見殺しに目醒めたように、オカルト使いとしての素質は、使わなかったからと無駄になることは絶対にない。

だから、私はあの人を──龍門渕透華の持つ潜在能力を評価している。他でもないこの私を、彼女はある意味で凌駕していると言えるから」

「……」

 

まるで何かを噛み締めるように彼女は告げる。この場の誰よりも優れた視界を持つ彼女の視線が注がれる先には、何だかんだと幸先よく満貫を和了る龍門渕透華の姿が映されていた。

 

 

副将戦終了

 

龍門渕    107000

千里山    121000

姫松     139900

新道寺     32100

 




次回で前日譚こと全国編は終わりです。職場がちょっとゴタゴタしてるので多分更新は遅れます。ご了承ください。

今回は登場人物紹介はありません。

「対オカルトへの対応力。およそ見たモノ全てを暴くオカルト能力……」←沢村智紀の台詞。本作では空気と化している彼女ですが、実は作中でもちょくちょく発言はしています。良ければ探してみてね。


一発目、二発目の縛りをたまたま阻止される(本当に偶然。阻止したのは照ですら無い)

焦った姫子のアシスト「信じてますからね、ぶちょー」が発動。哩の和了率がぐーんと上がる。哩は張り切っている。

照がオカルトを感知。以降の和了りが全部オカルト判定になり阻止される。

振り込みマシーン姫子爆誕。

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