解説の宮永さん   作:融合好き

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オカルトを看破するのが叶わなかった(今も出来ていないとは言ってない)


きっと何かを慈しむその日

ギンギンに照り付ける太陽が、容赦なく全身を焦がす。

 

蛍光色は光を反射する、などと言っても、所詮は鏡面でもない人間の髪。他者よりボリュームのある髪量は熱を溜め込む機能もそれ相応に高く、蒸すような周囲の気温も相俟って私の体温を上昇させ続けている。

 

暑いからと薄着で外まで足を運んだのは失敗だった。露出している肌部分が既に赤く染まりかけ、一部は焼けて皮膚が捲れてしまっている。昨日まではこれほどではなかった。だが天気など気紛れなもの、夏なのだから仕方ない──そう思うそれ以上に、この会場の付近だけが、他の場所に比べて異様に熱気が漂っている気がする。

 

否、気のせいなどではないだろう。何せ今は、全国の麻雀好きが集まる祭典の頂点を競う戦いの最中。その中のごく一部とはいえ、いよいよ一億を超えた競技人口の更に選別された民草が、この状況で平静にしている方が無理というものであろう。

 

「衣様」

 

そうこうしていると、衣の健康を気遣ってか、あるいは単に時間が差し迫っているからなのか。透華の付き人であるハギヨシの声がどこからか聞こえてくる。正面に姿を現さないのは、衣の気分をなるべく損ないたくないという彼なりの流儀だろうか。時間になったら声を掛けるよう依頼したのは衣なので些か気を使い過ぎのような気はするが。

 

「……うむ」

 

返事を返し、ベンチから立ち上がる。踵を返せば真正面とはややズレた位置にハギヨシは控えていて、これも不意に背後を向いた衣を驚かせまいとした配慮だとすると病的でむしろ感心する。いや、彼のことはいい。そんな彼がこうして声を掛けたということは、本当に時間が差し迫っているのだろう。まさかここまで来て遅刻が原因で負けるなどと馬鹿馬鹿しい。急ぎその場を後にして会場へと向かう私。

 

「………」

 

会場の入り口に差し掛かる直前、ふと背後に広がる空を見上げる。中心には空を独占し我が物顔で輝き続ける太陽がいて、少しの間探してみても、その対となる存在はカタチすらも確認できない。

 

しかしまあ、それも当然のこと。今宵は新月、月などいくら探しても人間の眼では観測できまい。新月と言えば夜のイメージこそ強いが、実際には完全な新月が確認されるのは昼間の時間帯だけなのだ。

 

「ふむ……」

 

手を無意味ににぎにぎさせる。意外というか、脱力感のようなものは感じられない。しかし実際に卓で支配を掛けると圧力が減衰する辺り、やはり体力とは無関係な部分で何かしらの不調をきたしているのだろうか。

 

『……限界まで? えーっと、私の場合は何故か色盲になるね。限界が迫るとゴリゴリと色が削がれてく感じ。そういえば何でなんだろう。いやオカルトに理屈求められても困るんだけど。視力そのものに影響が出ないのはいいんだけど、赤ドラが把握できなくなるのは地味に厄介』

 

いつか照にもそのことについて聞いてみたことはあるが、あまり参考にならない意見を言っていた。そもそも彼女のオカルトはそうそう切れるようなものでもなく、例の初見殺しを使うか一日中雀荘に張り付いて百人単位での分析を行わなければ限界まで辿り着くことはないそうなのだが。

 

(オカルト、か)

 

衣が持つ超常の力。幼き時分には(今もだろうか?)龍門渕の入り婿に妖異幻怪の気形だのと畏れられたこの力も、少し視線を上にズラせばなんて事はないありふれたもので、中でも永水の先鋒などは衣でさえ瞻るほどの奇幻な手合だった。加えて、千里山の大将の存在が非常に煩わしい。故にこそ、衣でさえ確実なことは何も言えない。

 

否、そもそも衣が万全だったとして、麻雀とは運否天賦にて定められる競技。如何なる状況であっても誰が勝つかは天命に拠る。それこそこの私が神に祈るなどと馬鹿馬鹿しいが──彼方から助力してくるのであれば、応えるのも吝かではない。

 

「ハギヨシ」

「はい」

「父君と母君が黄壌に去ったその日──紅に染まる湖月は如何なる紋様であったか」

「………。私は何も、存じ上げません」

 

背後に控えるハギヨシが、衣の問いに、炎天下にもかかわらず、涼しい顔で言ってのける。きっちり着こなした黒尽くめの燕尾服は衣の髪よりも遥かに熱が篭るだろうに、そんなことはおくびにも出さない。照とは方向性の異なるポーカーフェイスは、彼女同様、その意を表面に現すことはない。

 

「………」

 

まあ、所詮は戯れだ。仮に彼が何を答えたところで意味などあまり無い。質問そのものも衣の想起でしかない。たとえ衣のオカルトがそのことに関係してようとも、今となってはどうでもいいことだ。

 

今の衣は、一人で戦うわけじゃ無い。今もまさに、衣のために戦ってくれる人がいる。ほら、歩みを進めれば、見慣れた金髪の従姉妹の姿が其処に、

 

「──後は任せました」

 

互いに無言のまま視線を交わすと、すれ違いざまにそれだけを言われる。言われるまでもない──などと言うのは無粋だろう。あの意地っ張りな従姉妹より託されたのだ。期待には応えないといけない。

 

試合会場の扉を開けば、既に面子は出揃っていた。時間はぴったり5分前。衣が無駄口を叩くことさえ計算済みとは、相変わらずあの男は嫌味なほど抜け目が無い。

 

「さあ、御戸開きと行こう──」

 

もはや私に憂いはない。しかしそれ故に不安定に成りつつあるこの力。けれどどうだろう。新月の昼間、最悪の状況下に於いても、どういうわけかこの私は、それでも負ける気など微塵も感じられなかった。

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

 

纏わりつくような圧力を感じる。少しでも気を緩めると、思わず頭を項垂れてしまいそうになる。

 

カントクに対しての「慣れてきた」なんて発言はただの強がりだ。それは五度目ともなれば流石に初回のように訳もわからず戸惑うことはないが、だからといってこのプレッシャーが消えるわけでもない。

 

むしろ回数を重ねる毎に、己の無力感を実感し吐きそうになる。仮にも名門校の大将を任されているこの身、これほど機会に恵まれ結局は何も出来ませんでしたでは話にもならないし、ウチのなけなしのプライドが許さない。

 

「起家は私ですね。それっ」

 

姫松の大将が自動卓のスイッチを押している最中、圧力の原因たる天江が、卓の下で足をプラプラさせているのが視界の端に見える。彼女自身の容姿と相俟って側から見るととても同年代の少女とは思えない微笑ましき光景だが、ウチは彼女の恐ろしさをここ数日で骨の髄まで味わっている。ライオンが毛繕いをしていたからと和むことが許されるのは、その檻の中に自分が加わっていない場合のみだ。

 

尤も、天江の場合、随所に見え隠れする愛らしい仕草から、猛獣化するのはあくまで麻雀に限った話なのかもしれないが。

 

 

清水谷 配牌

{八八九2456⑥⑧⑨西白白}

ツモ

{7}

 

 

(さて、どうしたものか……)

 

配牌は悪くない。というより、天江を相手にする場合、いつもこんな感じの“良くも悪くもない”手牌ばかりが手に入る。或いは“どちらかと言えば良い”くらいの手だろうか。最初のうちは疑問にも思わなかったが、半荘4回も打って5向聴以上のクズ手が一度も来なければどんな阿呆でも違和感を覚える。

 

あれはいつのことだったか、『手の進み具合がまさに一向聴地獄ですな』などとフナQは語っていた。特に呼び名に拘りはないので今後はそれで通すとして、その一向聴地獄のカラクリの一つに、手牌の中に“どう足掻いても進まない面子”が配牌、あるいは最序盤に良形で入っている事が挙げられる。それが意図的なものかどうかはこの際置いておいて、期待値を優先する優秀な打ち手ほど陥りやすい非常に悪質な罠だと言えよう。

 

(これ……やろか)

 

清水谷 打牌

{九}

 

これまでの半荘で培ってきた経験に感性を全振りして、初っ端から暴牌をする。こと天江衣との対戦に限っては、牌効率だのといった小難しい理屈は投げ捨てた方がいい。尤も、流石の天江も東一は様子見に徹することが多いので序盤から無理をする必要はないのだが、むしろ他の面子が天江含めて手が鈍る今こそが最大のチャンスであると言える。

 

「………」

 

清水谷 二巡目 手牌

{八八24567⑥⑧⑨西白白}

ツモ

{④}

打牌

{八}

 

 

「……………」

 

 

清水谷 三巡目 手牌

{八24567④⑥⑧⑨西白白}

ツモ

{①}

打牌

{2}

 

 

「……………………」

 

 

清水谷 三巡目 手牌

{八4567①④⑥⑧⑨西白白}

ツモ

{五}

打牌

{7}

 

「…………。…………」

 

 

 

 

…………………

 

 

 

……………

 

 

 

………

 

 

 

 

 

 

「………」

 

清水谷 14巡目 手牌

{一四五六456④赤⑤⑥⑧白白}

ツモ

{⑧}

 

(来た……!)

 

度重なる暴牌の末、どうにかこうにか天江の和了りまでに聴牌することが成功する。

 

しかしながら毎度毎度、結果的にカタチになるのが信じられないくらいの出鱈目な経路ばかりだ。こんな方法で聴牌できること自体が、まるでこれまで学んだ積み重ねが全て無駄だったのだと自ら証明しているようで精神がゴリゴリと削られていく。

 

叶う事なら、この場から一刻も早く逃げ去りたいとすら願ってしまう。しかしそれでは天江衣の思惑通り。如何に手牌やツモがボロボロになろうとも、勝利のために、皆のために。唯一無事な心だけは折れず死守しなければならない。

 

「リーチ!」

 

清水谷 打牌

{横一}

 

どうせ聴牌したことは直ぐにバレる。故にこそ全霊で即リーをかます。天江から和了ることはほぼ不可能。とはいえこの場には、まだ天江の闘牌に慣れていない面子、即ち先程からツモ切りを幾度となく繰り返している人間が二人もいる。

 

尤も、流石の天江も様子見だろうとリーチまでかけられたら黙っているはずもない。隙は一巡かあるいは二巡か、三巡はおそらく有り得ない。つまり実質牌が6つ分。この巡目でそれぞれ一枚切れのシャボ待ちなど普通に考えたらかなり無謀な選択だが、ここを賭ける価値は十分にある。

 

「ツモ! 立直一発ツモ三色役牌ドラ3赤1、裏3! 8000・16000!」

 

清水谷 和了形

{四五六456④赤⑤⑥⑧⑧白白白}

 

 

 

龍門渕     99000

千里山    153000

姫松     123900

新道寺     24100

 

 

 

(よし……!)

 

初手から役満。予想以上の結果に思わずほくそ笑む。一先ずは逆転に成功。加えて天江と比較的安全圏まで点差を引き離した。それでも役満一発でひっくり返される点差なので油断はできないが、流石の天江も役満を狙うとなれば手牌が透けて見えるはず。

 

更にここからはウチが親。期待値はざっと子に比べ1.5倍。ここから勢いに乗って更なる点差を──とは行かないのが、天江衣の恐ろしいところである。

 

「ツモ。4000・8000」

「ッ……」

 

天江衣 和了形

{一一九九1199⑨⑨北北白白}

 

あまりに雑に。あまりにあっさりと。当然のように大物手を和了られる。5巡で倍満。抵抗の余地などまるで訪れなかった。彼女がほんの少し、僅かにでもウチらを警戒して本腰を入れるだけで、容易にウチらを卓に縛り付ける。これが全国獲得点数ナンバーワンの高校生。全国区の怪物、天江衣の実力──

 

「見えるか? 衣の手の、黄泉比良坂への案内人が」

「………?」

 

不意に、件の天江が、何やら難しい言葉と共によく分からない発言をする。

 

トラッシュトークの一種だろうか、と思うも、最早それに回答する余裕もない。一番打ち慣れているウチですらこうなのだ。初見の新道寺や姫松などウチの比じゃないくらい戸惑っていることだろう。最初に意気揚々とサイコロを回した姫松の大将も、本来であれば役満どころか満貫すらロクに和了せてくれないほどの実力者なのに。

 

「一つは伝令、一白水星の豪商。九星が集い煌くその時──お前達の命脈は尽き果てる」

 

 

龍門渕    115000 

千里山    145000

姫松     119900

新道寺     20100

 

 

 

………………

 

 

…………

 

 

……

 

 

 

「………ん?」

 

清水谷 配牌

{二三四55①③④⑤⑥⑧北中}

 

(手牌が良くなった……?)

 

そのことを疑問に思ったのも束の間。そこからの展開は、怒涛としか呼べなかった。

 

「ロン。1800」

 

親であるウチを挫いて親を迎えた天江。流れとしてもそれだけで勢い付く場面であり、彼女もその例に漏れず調子良く連荘をする。

 

安いから、などと油断してはならない。安いとはつまり、相応の速さを備えている。そも天江のオカルトは卓上全体の速度を下げる力。そんな異常な場を前に早和了りなどされてしまっては、追い縋るなど出来やしない。

 

「ロン。2400の2本場は3000」

「くっ……」

 

流石にここまで良型であれば面子を捨てずとも、と思うも、単純に機先を制される。天江が和了に要した時間は7巡。早くはあるが、異常と言うほどでもない。ただ、この場でその“優秀”に付き合えるかと問えば、それはやはり否である。

 

「ロン。4800」

 

6巡での和了り。役牌ドラ1、3900の手。普段はあまり実感することはないが、チリも積もればなんとやら。積み上げられる棒が、徐々に重みを増していく。

 

「ロン。3200」

 

抵抗をしようにも、そうなればどうしても捨て牌が甘くなる。元より、ウチ以外の面子は先程からツモ切りを繰り返しているような有様で、この早和了りの中、天江の手を掻い潜りながら和了るなど、出来る人間がいるのだろうか。果たしてそれは人間なんだろうか。

 

「ロン。5400」

 

あれだけあった点差も気付けば殆ど埋められて、その上で更に積み棒を重ねられる。役牌と赤ドラ。役は奇しくも先程と同様の3900。しかし、これは、

 

「ロン。3800」

 

タンヤオのみ。点数はもはや素の点数の倍近い。止まらない。止められない。何だこれは。ウチは一体どうすればいい? まさか最初に役満を和了られたからと打ち方を切り替えた? もしも、そうであるなら……唯一の拠り所であった、これまでの経験すら──

 

「ロン」

 

9巡目。これまで必死に耐えてきたものの、遂に撃ち抜かれた新道寺の大将が、天江の発言にびくりと肩を震わせる。これほどの積み棒の数。あわやゲームセットかと怯えるものの、天江衣は、この怪物はウチの常識的な予想など遥かに超えてくる。

 

「混一色一気通貫ドラ2で跳満。18000の7本場は、20100」

 

 

 

龍門渕    157100

千里山    142000

姫松     100900

新道寺         0

 

 

 

(こ、れは……まさか、狙って──)

 

戦慄する。八連荘に加え0点調整。もう天江について驚くことは何もないと思っていたが、それでもまだ甘かったらしい。まさに神業としか呼べない所業。逆転された悔しさなど何処かに吹き飛んだ。卓上の怪物、牌に愛されし者。もしもこれが意図的なものだとしたら、こんなモノ、抗うこと自体が間違っているのでは、

 

(いや、折れんな。まだや。まだ逆転の余地はある)

 

この点差。この状況。天江衣の早和了りに対し、安手で対抗することは事実上封じられた。逆に天江はここから500オールでもツモれば、それだけで試合を終わらせてしまう。

 

いや、そうでなくても、今の和了りで新道寺の大将が完全に折れた。あれだけ連続して出和了りが出来るのだ。木偶を相手にするならば尚のことだろう。

 

「──8本場」

 

既に麻雀用語であるはずなのに聞き覚えがない単語を紡いで、天江が静かに賽を回す。出目は9。まあこの数値に意味はない。重要なのは、如何にして天江の9連荘を止めるか。

 

「………んん?」

 

 

清水谷 配牌

{二五九59①④⑥西西発発中}

 

 

ここ来てクズ手……? 落胆する以上に、困惑が先立つ。これまでが異様に良配牌だっただけに、この手の異常さが際立つ。

 

何故今になって? 天江は何を狙っている? 偶然ではないはずだ。ウチはそれを存分に思い知った。分からない。分からない。分からない………が。

 

もしも天江が、何かを狙っているならば。

 

それはつまり、付け入る隙があるということだ。

 

「………」

 

ツモ

{①}

打牌

{9}

 

 

 

…………………

 

 

……………

 

 

………

 

 

 

『短期決戦?』

 

その提案を聞き返す。聞こえなかったわけではない。単に理解できなかっただけだ。団体戦と短期決戦。順当に考えれば結びつくはずもない言葉同士。それを大真面目に提案されてしまっては、困惑するのも無理はないだろう。

 

『ええ。清水谷先輩には酷ではありますが、おそらくまともに闘っては天江衣に勝てません。なので可能性としては、彼女が油断しているうちに、正確には様子見をするだろう最序盤に大物手を和了り、その後暴れる隙を突いてどうにか新道寺をトバすというものです』

 

まともに戦って勝てるはずもない。断言されるのは悔しいが、それは自他共に認めざるを得ない純然たる事実だ。彼女一人に30万点を稼がれる。ほんの少し歯車が噛み合えば、容易に実現するであろうその未来。それだけの力が彼女にはある。それだけの隔絶した格差が、ウチと天江との間には存在する。

 

それでもウチは勝たなければならない。中々無茶を言ってくれる。フナQにしても、こんな作戦も何もない提案を、言うのは心苦しいだろう。

 

それを証明するように、フナQは肩を落ち込ませて、

 

『……理論にすらなっていません。そうなれば良いな、という思い込み、単なる願望です。ですが』

『それでも成し遂げられなければ、ウチらに、いや、他の高校に勝ち目など有り得ない』

 

順当に天江が暴れて、そして順当に勝利する。天江衣とはそんな人間だ。今すぐプロに殴り込んで、そこで当然に勝利するような選ばれしもの。牌に愛されし者とは、そのように理不尽なものである。

 

『そう。残された他の高校にも、天江衣に勝てる人材は存在しない。それは確固たる事実。しかし、今はチームとしての力を競う団体戦。状況が、場が、運が、流れが、たった一つの可能性を示唆してくれています』

 

天江の所属する龍門渕が3位の状況下で、且つ新道寺がトビ寸前。新道寺の大将とは一年の頃に対戦経験がある。決して勝てない相手ではない。いや、そもそも天江の手前、初見の彼女らが和了れるのかどうか。姫松の大将も実力的にはウチをおそらく上回るが、こと天江に限っては強さよりも経験がモノを言う。

 

それでも、と、弱い私が滲み出てくる。無理ではないか。そんなのは妄想だ。諦めてしまえ、そうしたら楽だと。愚痴るように、私は発言する。

 

『状況、場、運、流れ……なんや頼りないなぁ』

 

フナQが悪いわけじゃない。そもそも不安になってフナQに話を持ち掛けたのは私の方だ。誰かに弱音を言いたかった。仲の良い怜だからこそ見せられない情けない姿。それがフナQであったのは、彼女が一番対天江に対し、一緒に尽力してくれたからこそ。

 

『なんですか、清水谷先輩』

『………?』

 

そんな私の身勝手を受けたフナQは、しかしなんとも意外そうにこう告げる。

 

 

『状況も場も運も流れも──全て麻雀を勝利へ導くものではないですか』

 

 

 

………

 

 

 

……………

 

 

 

…………………

 

 

 

 

「…………」

 

清水谷 12巡目 手牌

{五九112233⑦⑧西西西}

ツモ

{九}

 

 

(聴牌……)

 

12巡目。ようやく可能性を掴み取る。天江はまだ動く様子はない。もしかしたら最後は得意の海底摸月で決めようとしているのかもしれない。

 

いや、その決めつけは単なる甘えだ。天江だけに、などと巫山戯ている余地もない。感じるのだ。ふつふつと、湧き上がる恐怖が、すぐ喉元に迫っているのだと。

 

(しかし、これでは……)

 

足りない。ドラは無し。チャンタを引く前提にしても他の複合は一盃口のみ。捲るには最低満貫以上の手が必要だ。立直ツモを信じて即リーするのも一つの手だが、既に天江に対しては2度目であり、本気の天江衣に対し、そんな安直な手が通用するのかどうか。

 

(…………)

 

打牌

{五}

 

しばらく考えて、横には曲げずに形を確定させる。あくまで直感でしかない選択だが、ウチはこれまでその直感だけを頼りに戦ってきた。ならばここでの直感を信じなければどうなる。惨めに敗北を喫するのか? ウチはそんなのお断りだ。絶対に、絶対に──

 

 

清水谷 13巡目 手牌

{九九112233⑦⑧西西西}

ツモ

{西}

 

 

「ん……?」

 

永劫にも思える一巡が通り過ぎ、遂に引き込んだ予想外の牌に、一瞬思考が停止する。

 

河を見れば、確かに4枚目の西は切れていなかった。自分の和了りばかり考えていてそんな初歩的なことさえ見落としていたとは、恥入るばかりである。

 

(まあ、安牌は有り難いけど……そんなことも言ってられへんよな)

 

次はない。この一巡で確信した。死はすぐそこに迫っている。選択の余地など無いと。しかし、これも所詮はウチの直感だ。事実として、先の一巡は何も無かった。ならば今からでも堅実に立直でもして、天江がモタついてる今のうちに──違う!

 

(勝つんや。なんとしても。リスクなんか考えんな。その先なんか必要無い。常に勝利を──名門千里山の大将をナメんな、天江衣!)

 

「カン!」

 

清水谷 手牌

{九九112233⑦⑧} 暗槓{裏西西裏}

 

舞い込んだチャンスに全てを委ね、リスク度外視での暗槓。いや、ここまで来ればどのような打ち手であろうとも、リスクのことなど考えはしないだろう。

 

勝つか負けるか。運否天賦の一発勝負。それがどうした。そも麻雀とはそういうもの。

 

だからこそ勝てる。だからこそ負ける。それが面白くて楽しくて、ウチは麻雀をやっているのだから──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ツモ」

 

 

清水谷 和了形

{九九112233⑦⑧⑨}  暗槓{裏西西裏}

 

「門前混全帯么九一盃口、そして嶺上開花。70符4飜は満貫、2800・4800です!」

 

 

 

 

大将戦終了

 

龍門渕  152300

千里山  152400

姫松    98100

新道寺   -2800

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

 

違和感に目を向けると、音も無く控え室の扉が開く。誰かが入ってくる様子はない。が、扉の向こう側から特徴的な髪飾りが覗いていて、その先に誰がいるのかをすぐに察する。

 

無理もないな、と思うと同時、それを伝えるべきかも少し迷う。後で探しに行く必要があると思ってみんなで意気込んでいたのだが、こうして自力で戻ってくるなんて、本当に成長したものだとしみじみ実感する。

 

「衣ちゃん?」

 

そうしていると、視界が異常な宮永先輩も扉の様子に気づいたのか、その方向に向かって声を掛ける。それを受けて逃げ出すかと思いきや、俯きがちに入室する衣。驚きも一瞬、何を言うべきなのかも悩んでいると、宮永先輩は穏やかな口調で、

 

「楽しかった?」

「……!」

 

衣が思わず顔を上げると、長い金髪が舞う。透華に通ずる美しい長髪。それに付着した僅かな水滴を振り払うように、宮永先輩はやんわりとその髪を撫でると、

 

「このお祭り。毎年あって、次は咲も参加する予定なんだって」

「………」

「だから来年は、もっともっと楽しいお祭りになりそうだね」

「………うん」

 

静かに頷いた衣は、そのまま彼女の胸に顔をすっぽりと収める。そんな2人を、透華は慈しむように見つめ続ける。

 

色々あったこの大会だけど、確かにはちゃめちゃで楽しい日々だった。実力不足を感じることもたくさんあったけど、それはこの先でいくらでも埋められる。

 

衣のため。透華のため。そして何より自分のために。次はもっともっと充実した祭りを楽しもう。それこそが、まだまだ先のあるボクらの特権なのだから。




0点調整。咲を題材として小説を書くなら皆一度はやってみたいよね。死ぬほど面倒臭かった。間違ってても直すのは無理です許してください。衣の言い回しに違和感があっても直せません。ごめんなさい。

そしてプロットが尽きた。というか最初はここで完結予定だった。なので次回は未定です。次回があるのなら間話を挟んで地獄地区大会編になります。



オカルト紹介コーナー②

『照魔鏡』

言わずと知れたオカルト。本作においては「相手のオカルトを解析し、そのデメリットによって生じる和了り筋を察する」というものになっており、使用には所有者の雀力や運などの麻雀に関係ありそうな要素を消費する。

遊戯王で言うなら「自身の攻撃力を500下げることでモンスターの効果の発動を無効にし、その攻撃力を半分にして、その数値分だけ自身の攻撃力をアップする」みたいな能力であり、実は普通に殴られるのが一番困ってしまう。

しかしその場合でも厄介なのは、照自身が普通にステータスの高いモンスターであるという点。原作よりも麻雀歴が浅いので実力的には江口セーラとどっこいだが、オカルト抜きでも最低限の火力を確保できる。

とはいえ弱点としてリスク無しに解除が不可能であり、また普段からその眼に頼り切りであるため解除した場合は露骨に弱体化する。透華レベルの実力があれば初見殺しもまず二度目は喰らわない。総じて対オカルト特化の能力……と思いきや、実は実質的に下がったツモ運のフォローも行えるエライ子。チートに思えるが、これでも本作のオカルト能力の中では5番目くらいに位置するという恐怖。ちなみに一位は強化版竜華です。当たり前だよなぁ?


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