解説の宮永さん   作:融合好き

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しばらく視点が変わります。具体的には大会前まで。


きっと全てが塗り変わったその日

 

 

 

長野県にある清澄高等学校は、無駄に設備が充実しているということで地元ではそれなりに知られている。

 

兎にも角にも広大な敷地。旧校舎を含めて4つもある建物。やたらラインナップのある食堂。それらと比較すると小さめながらも充分な質の蔵書と、それらの設備に惹かれて入学する生徒も多いと聞いている。

 

かくいう私も、蔵書に関しては心惹かれるものを感じていた。私がこの学校を志した理由こそ不純なそれでも、今後3年もその場所に通うとなるとやはり設備が優れるに越したことはない。とはいえ上記の設備についても箇条書きマジックのようなもので、単に予算の都合で旧校舎を解体していないだけだったり、敷地が広いのも辺り一面畑しかないようなど田舎だからだったりと色々と不便なところはあるものの、それでも私は都会の喧騒から一歩離れたこの校舎が、おそらく思った以上に好ましいものだと感じていた。

 

「………ふぅ」

 

本校を見下ろす位置にある木漏れ日の漏れるベンチの上で、心地よい風に晒されながら本を捲る。以前から読みたかった推理小説シリーズの第一巻。都合の良いことに、図書館にはシリーズ全巻がまだ誰にも借りられていない状態で残されていた。ざっと蔵書を見た感じそれ以外にも面白そうなシリーズはいくつかあったし、しばらくは退屈せずに済みそうで何よりである。

 

「おっす。何だ、もうお気に入りの場所を見つけたのか?」

「……京ちゃん?」

 

十分ほどその調子で本を読みながら涼んでいると、不意に視界に金髪の見慣れた少年の姿が映る。

 

私よりも一回りは高い身長。細身に見えて意外とがっしりした体躯。やや軽薄ながらも穏やかな表情。見間違えるはずもない。私の恋人である須賀京太郎その人だ。

 

「いやー、思ったよりも広いのなこの学校。色々見て回ったつもりだけど、まだまだ旧校舎側の方はさっぱりだ」

「ああ、うん。地味にこっち、本校舎から遠いよね。道路や階段も挟んでるし、もう別の建物扱いでいい気もするけど」

「でも、いつまでもそのままじゃいられないだろ? こっちには体育だけじゃなく、美術なんかでも足を運ぶそうだしな」

 

美術? 写生の授業とかで使うんだろうか。確かにロケーションとしてはいい感じだけどわざわざこんなところまで来ることもあるんだ。まだ入学して二日目の放課後なのにどこからそんな情報を仕入れてきたのやら。相変わらず無駄に顔の広い男である。

 

「それに、文化系の部活はだいたい旧校舎が部室だって話だから、咲にも他人事じゃないんじゃないか?」

「私? いや、私はハンドボール部のマネージャーにでも」

「咲よ。この学校、ハンドボール部はもう無いんだ……」

「え」

「数年前にはあったみたいなんだが、そもそもハンドボール自体がだいぶマイナーな競技だしな。自分で作ることも少しは考えたんだが、それ以前に俺がハンドボールを始めたきっかけは、男友達とワイワイやってくうちに何となくって感じだったし、アイツらとはもう校外でしか会えない以上、そこまでハンドボールに拘る理由もないんだよな」

 

まあ、次に何で遊ぶかはまた集まった時にでも考えるさ、などとあっけらかんと言い放つ京ちゃん。結構頑張ってたのに適当だなぁ、と思うものの、だからこそ情熱を注げるというのはあるのかもしれない。少なくとも、私はいつまでもハンドボールに拘って友達を蔑ろにする彼より、こういった小さな繋がりを大切にする彼の方が好ましく思う。

 

「ってなわけで、俺は先に本校舎の部活を幾つか見学してからこの旧校舎まで足を運んで、そしたら図書館に向かったはずの咲がベンチでぼーっとしていたから声をかけたわけだ」

「なるほど…」

「ここにいるってことは、もう図書館は見てきたんだろ? せっかくだから咲も一緒に見学していこうぜ」

「そう……だね」

 

自然に手を差し伸べられる。読んでいる推理小説が丁度良いところだったのでほんの一瞬だけ躊躇ったものの、すぐ本なんていつでも読めると思い直すとその手を掴む。直後、思い掛けぬ力強さで引っ張られて蹌踉めくも、京ちゃんは「おっと」と私の体勢を支えて上手く立て直すと、

 

「じゃあ行こうぜ。まずは屋上からだ!」

「いきなり最奥ってのはどうなの……?」

 

そのままぐんぐん進む彼に引きずられる私。正直言って新学期二日目から旧校舎の屋上で活動している部活なんてまず無いと思うのだが、高台にあるこの旧校舎の屋上からの風景は地味に気になるので無抵抗にズルズルと追従する。いや、それ以前に鍵が開いているんだろうか。見たところ柵が設置されてる感じでもなかったし、転落防止のため立ち入り禁止となっているのが妥当なのでは?

 

「……開いてないな」

「だろうね」

 

屋上に繋がっていそうなドアをガチャガチャ捻りキョトンとする京ちゃん。なんか意外そうにしているが、むしろ何故この結果を予想できなかったのか。そもそもここに来るまで誰一人として他の生徒とすれ違うこともなかった。当然だ。部活動見学は明日以降に午後いっぱい専用の時間が設けられている。なのに貴重な放課後をわざわざ削ってまで部活動見学に勤しもうとする殊勝な生徒がどれほどいるのか。現状を鑑みるに、そんな人物はいたとしても極々少数派だろう。

 

「……ん?」

 

ガチャ、と。瞬間、直ぐ近くから確かに聞こえてきた音に耳を凝らす。しかしその頃には音も虚空へと消えていて、聞き間違いかとも思うものの、見れば隣の京ちゃんにも聞こえていたらしく、彼も私と似たような顔をしている。

 

「聞こえたよね?」

「ああ。……あれ、もしかして更に階段があるのか?」

 

どことなく不気味さを感じて、まだまだ外も明るいというのに京ちゃんの後ろに隠れるように階段を登っていく。我ながら大袈裟だなぁとは思う。けどなんだろう。このシチュエーションは思ったよりも悪くない。むしろ良い。ぶっちゃけテンション上がる何これ胸がすごい高鳴るんだけどやばいやばい。

 

「なぁ、咲。見えたか?」

「えっ何!? ごめん聞いてなかった!」

「急にどうした。じゃなくてほら、今あの先の扉閉まっただろ? あそこの鍵開けた誰かが入ってったんじゃないか?」

「そうだね! 多分そうなんじゃないかな!?」

「いやマジでどうしたよそのテンション。とりあえず落ち着け」

 

すみません全く見てませんでした。だけど適当に肯定する。若干不審がられたが気にしない。京ちゃんは私が大丈夫だと言えば一度は流してくれる優しい子。それよりも今は存分にこのシチュエーションを堪能しなくては。

 

「大丈夫、大丈夫だから……」

「そうか? ならいいんだが……疲れたんならしっかり掴まっとけよ」

 

優しい。鼻血出そう。でもここで鼻血を出したら色々と台無しなので必死に堪える。気づいたら彼の腕に縋り付くような体勢になってしまった。無様。今私は無様を晒している。京ちゃんの前であり得ないあり得ないあり得ない。でも不思議と心が滾るのは何故なのだろうか。ひょっとしてこれが愛? これまでの恋と重ねて進化して夫婦になったりするの?

 

「ここは屋根裏部屋か? え、旧部室とかじゃなくて誰かいるのか?」

「誰が居ても関係ない、今行くしかない。幸せな家庭……」

「行く? そっか、そうだな。せっかくこんなところまで来たんだ。男は度胸、たのもーう!」

「……へ?」

 

コンコンバタン!と、ノックの返事すら聞かないまま京ちゃんが目の前の扉を開く。屋根裏部屋らしきその部屋の内部は外観から予想していたよりも遥かに広々としていて、また内装の整い具合から物置部屋の類ではないことが見て取れる。

 

何より、

 

「あら、お客様かしら? それとも道場破りだったりするのかしら?」

 

その部屋の中心部──今では一般家庭にも当然のように普及しているという見慣れたゴテゴテしい机を携え、その席に佇んでいた女性がこちらを一瞥し挑発するように告げる。

 

今更ながらに部屋の入り口近くの表札を見る。ボロボロの紙には『麻雀部』と書いてある。そして見紛うはずもない。あのゴテゴテした机は麻雀の自動卓だ。ならばここは麻雀部の部室。我々はそこに、無遠慮に足を踏み入れてしまった。

 

「──ようこそ麻雀部へ。私の名前は竹井久、僭越ながら、この学校の学生議会長をやっているわ。愛すべき新入生さん」

「………」

 

すっかりと冴えてしまった頭に、堂々とした名乗りが澄み渡る。口調の端々から漏れるのは確かな自信。しかしそれは、学生議会長…生徒会長としての立場から来たものではなく、一人の雀士として、彼女自身が築き上げて来たものの現れである。

 

「……学生議会長?」

「いわゆる生徒会長ってヤツね。入学式で顔を合わせなかったかしら?」

「そういえば……って、すみません。失礼しました竹井学生議会長。つい勝手に扉を開けてしまって……」

「いーのよそんなのは。むしろすっごく嬉しいわ。まさかこんな早くからこんなトコにまで新入生が見学に来てくれたんだもの」

 

しかも2人もね。と付け足され、そういえば私も彼と一緒に突入したんだったと改めて実感する。当事者であろうと一歩引いて物事を見てしまうのは私の悪い癖だ。早く治すべきと理解しているつもりだったが、しかし性分というものは中々に覆るものでもない。でも。

 

「新入生の宮永咲です。こちらは同じく新入生の須賀京太郎。急な来訪にも寛大な対応感謝します」

「う、うん……随分と硬いわね貴女。学生議会長って言っても所詮は貴女たちとなんら変わらない一生徒に過ぎないんだから、そんなに硬くならなくてもいいのよ?」

 

客観的に見ても美人である竹井先輩から詰め寄られて困惑する京ちゃんを庇うように、私は自己紹介と共に彼の一歩前に出る。自己紹介をしたくらいで何かが変わるわけでも無い。なのにどうしてわざわざそれを遮ろうとしたのか。嫉妬も過ぎては見苦しいだけ。それは分かっているはずなのに。

 

けれど私の醜い内心を吹き飛ばすように、竹井先輩は心底から弾んだ声で輝くような笑顔を見せると、

 

「宮永さんに、須賀くんね。せっかくのお客様だもの。今日は見学と言わず、好きなだけこの卓で打って行きなさいな。貴方たちが初心者でも上級者でも、きっと満足できる卓を用意するわよ?」

「は、はぁ……」

 

その態度があまりにも嬉しそうで、無駄に警戒していた私が馬鹿らしくなってすっかり毒気がこそぎ落とされる。たかが見学希望の新入生に対し些か対応が過剰なような気はするが、こんな旧校舎の屋根裏部屋なんかに部室を構えているのだ。おそらく私が計り知れない深い理由があるのだろう。単に廃部寸前だとかそんな世知辛い事情だったりするのかもだけど。

 

「ほら、まこ起きなさい! 入部希望者よ。5秒で支度して!」

「な、なんじゃあ!?」

 

あれよこれよと卓に座らされ、私達とは全く違う態度で竹井先輩が奥のベッド(なんでベッドがあるんだろう)を蹴り飛ばすと、同じく流されるままに卓に付いていた京ちゃんが今更のように、

 

「……なんか流れで麻雀打つことになったけど、咲って麻雀できんの?」

「それなりに出来るよ。京ちゃんこそ大丈夫? アプリなんかと違って手動で点数計算しないとだけど」

「げ。そうだった。けど、その言葉が出るってことは思った以上に麻雀できんのな。俺も最低限の計算はできるつもりなんだがあんまり自信はない。いざとなったら頼むわ」

「りょーかい」

 

軽くなった気持ちのまま緩く返事をする。実際、気取る必要性すら無い。点数計算は私の得意分野だ。そんなことで頼られるなんて気楽なものだ。

 

そうこうしていると、竹井先輩が奥の方から髪にウェーブをかけた眼鏡の女性を連れ立って現れる。

 

「待たせたわね。これでようやく面子が揃ったわ」

「悪いのう。わざわざ新入生がこがなトコまで足を運んどるっちゅーに寝入ってもうたわ。わしは2年の染谷まこゆーもんじゃ。よろしゅー頼むわ」

「あ、よろしくお願いします」

「……よろしくお願いします」

 

一瞬、爺口調にも思えるキツい方言に面食らったものの、真摯な謝罪と丁寧な挨拶に好感を抱く。少なくとも、口調だけで敬遠していい相手では無さそうだ。そして何より──

 

(竹井先輩もだけど──この人、強いな……)

 

彼女は気負うことなく“満足できる卓を用意する”と発言した。それはつまり、彼女は私達が初心者でも上級者でも、軽くあしらえるだろう自負を持っているということ。

 

そして事実、彼女達は間違いなくその自信に恥じないだけの実力を有している。それこそ、どうしてこんな寂れた旧校舎の片隅に部室を構えているのか理解できないほどに。

 

「それで、どうする? とりあえず肩慣らしに東風でも──」

「半荘一回。赤入り各10万点持ち順位点は無し。トビあり。ただし京ちゃん……須賀京太郎はトビを考慮せずそのまま続行する。これでお願いします」

「え?」

「なんじゃと……?」

「お、おい、咲……?」

 

改めて居直り、先んじてルールを提案する。通じるようならそれで良し。そうでなければ()()()()()()なんだと思うだけのこと。いつだったか、スタンスの確認は大事だと姉に教わった記憶がある。しかし、彼女がこのルールの意図を理解し、その上で乗ってくるようであれば──ここで現実を叩きつけるのも、今後の彼女のためのはず。

 

「乗った」

「おい、久!?」

「いいじゃない──こんなに心が躍ったのは久々よ。まさかまこ、こうまで言われて黙ってるつもりはないでしょ?」

「そ、そりゃあそうじゃが……」

 

竹井先輩がニヤリとイヤらしく笑う。素で言っているのか、表情を作っているのか。お姉ちゃんほどの洞察力を持たない私では分からない。ただ、意図は十分に理解しているようだ。その上で挑発に乗ったのであれば、こちらも相応の対応をしよう。それがおそらく、現状の彼女たちにとって、一番の礼儀であると思うから。

 

「──それでは改めて、よろしくお願いします」

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

「ロン、一気通貫。3900の8本場は6300」

 

幾度となく響き渡ったその声が、私を射抜くように突き抜ける。

 

否、“ように”という表現は適切ではない。少なくとも声の主には私を射抜く意志があり、その代償は点棒という形で根刮ぎ奪われていく。

 

何も出来ない。何もさせて貰えない。縮こまっていても、強引に引き寄せては潰される。自信が、声が、意思が、心さえもが。一手進むごとに急速に失われていく。

 

「………」

 

 

竹井久 6巡目

{999①①②②③③⑤⑨北北}

ツモ

{⑦}

 

 

悪くない手──そのはずなのに、それに一体何の意味があるというのか。良型も愚型もその中間の微妙な手も。和了れなければ全てが無意味。必死の抵抗も諦めの境地も、いずれも先に和了られてしまえば終わり、その卓に爪痕を刻むことはない。

 

竹井久 打牌

{⑨}

 

「ロン、役牌のみ。100符1飜の9本場は7500」

 

無慈悲な発声が再び響く。最初のうちは横に曲げていた捨て牌も、しかし今では力無く河に流れ落ちるだけ。パラパラと開かれた相手の手を掠れた視界で見つめる。五筒と九筒のシャボ待ちの手。どちらを捨てても無意味だった。何故、どうして。どうやって。疑問ばかりが募っていく。

 

「──10本場」

 

 

東二局10本場 親 宮永

 

染谷  100000

宮永  193400

竹井    6600

須賀  100000

 

 

いつの間に二桁の大台にまで乗っていたのか。もはや勝負を挑んだことさえ間違いなんじゃないかとすら思い始めている。それはおかしい。理性では理解している。けれど頭には後悔が占める。一体、私はどうすればいいのか。

 

「リーチ」

 

宮永咲 打牌

{横四}

 

親によるダブルリーチ。それが発生する確率についてはもう考えもしていない。重要なのは、この後の選択肢。しかしその思考も意味などない。親のダブリーを相手にして、己が直感以外に信じられるものなど存在し得ない。

 

 

竹井久 手牌

{三五六九468①発発中中白}

 

 

「っ……」

 

現在は10本場。積み棒を含めダブリーの2飜だけでも直撃すれば飛ばされる。そして彼女の目的は明白。とにかく徹底して私への直撃狙い。即ち、この一打に切る牌次第で、このまま私はこの卓で、何一つ残せずに全てが終わる。それはまるで、私のこの3年間の軌跡のように。

 

(上等……!)

 

まさしく絶望的と呼べる状況。だが、それが果たしてどうしたというのだ。その程度の逆境など、私はいくらでも乗り越えて来た。

 

立場も親も自らの名前さえも。自己を形成するありとあらゆるモノを精算してたどり着いたこの小さな部室。しかし今目の前に立ち塞がる彼女は、それら全てを纏めても比肩さえ出来ないほどの圧力を以ってして、無慈悲にこちらを蹂躙してくる。

 

しかし。しかしだ。ピンチはチャンスとはよく言ったもの。逆にこの状況さえ乗り切ることさえ出来たなら、その矛先はそのまま私の覇道を均すための武器となる。何としても彼女を味方に引き入れる。そのためにも、ここでいつまでも蹲っているわけにはいかない。

 

 

竹井 打牌

{①}

 

 

「……そう。まだこの場面で逆転を狙うのであれば、たとえそれが罠であろうと踏み越える他に無い。その結果の是非はさておき、少なくとも、私はその選択を高く評価したく思います」

「え……?」

 

処刑台を一段一段踏み締めるかの如き一巡が通り過ぎて、再び手番の回って来た宮永さんが静かな口調で語り出す。けれどその内容は、これまでのように冷酷なだけの和了宣言ではなく、ほんの僅かながらも、こちらを賞賛する意図が含まれていた。

 

「ツモ」

 

 

宮永 和了形 

{北北東東南南西西発発中中白} {白}

 

 

「字一色七対子。16000の10本場は、17000オールです」

「………。逆転の目は既に無く、しかも逃げたら振り込んでいたとか、ちょっと性格悪過ぎない?」

「まさか。こんなものはただの偶然(オカルト)です。私は役満手なのにリーチをかける素人ですよ? そんな意地の悪いことなんて出来ません」

「貴女のどこが素人なのよ。素人は100符の符点計算なんかスラスラ出来ないっての」

 

たっぷりと皮肉を込めてそう言うと、彼女は悪びれもなく「流石に無理でしたか」などと言い放ち、主に私から掻き集めた点棒を見せびらかすように卓上へ置くと、

 

「それで、どうしますか? 先程の私よりも強い打ち手は、残念ながら全国各地にゴロゴロといます。力の差は今まさに実感した通り。それでも抗うつもりであれば、おそらく地獄を見る程度では済みませんよ」

「全国行きの切符としては、随分と安い代償ね」

 

がっしりと卓上の点棒を握り締めると、互いに顔を見合わせてニヤリと笑う。目に映るのは計算され尽くした自然な笑顔。その瞳の奥底に、彼女はどれほどの獣を隠し持っているのだろうか。何にせよ、面白い後輩が入ってきたものだ。

 

「そんなわけで京ちゃん。私、この部活に入るから」

「……あー、うん。色々と聞きたいことはあるし、それ自体はまあ構わないんだが……いや、やっぱなんか色々と心配だから俺も入るわ」

「え!? いや、駄目だよ京ちゃん。私、京ちゃんがいたら加減しちゃうかもじゃん。確かに京ちゃんがいた方が嬉しいけど、ついさっき地獄を見せるって約束したわけだし」

「地獄て。お前は麻雀で一体何をするつもりなんだ? それに仮にも生徒会長、じゃなくて学生議会長に地獄を見せるって、もしも竹井先輩が再起不能になったら生徒会の運営はどうするんだよ」

「えーと。そこはほら、自己責任?」

「はい入部決定」

「何で!?」

「何でじゃねぇって。さっきのお前は昔のお前みたいで危なっかしいんだよ。ならストッパーは多い方がいいだろ? それに、仮に会長が本当に地獄を潜り抜ける必要があるにせよ、その回数は少ない方が良いに決まってる」

「良くないんだよ本当にこの道は魔境なんだよぉさっきの私くらいなら余裕で完封できる変なヒトたちがたくさんいるんだよぉ……」

「安心しろ。お前の言う“変なヒト”も、さっきのお前にだけは言われたくないと思ってる」

 

(………)

 

訂正。本当、面白い後輩たちがやってきたものだ。何ならこれまで燻っていたこと自体が彼女らを迎え入れるために必要な道程だった。そう納得しかねないほどとびっきりの。

 

「ええんか? おそらくじゃが、アレは久が思っちょるより遥か上の化けモンじゃぞ」

「化け物猛獣大いに結構。それくらいは飼い慣らせないと、全国なんて夢のまた夢よ」

 

善意から忠告してくれているまこに、精一杯の強がりを返す。当然のこと、先の勝負による苦手意識はまだ消えていない。しかも彼女は私に対して、何故か意欲的に地獄を見せようと決意しているご様子。はっきり言おう。普通に恐ろしい。一体何者なんだろうかあの少女は。実はストッパーになりそうな須賀くんの入部発言に、一番ホッとしてるのはおそらく私である。

 

(それ以前に、贅沢を言えるような立場でもないしね)

 

いくら家庭の事情があったとはいえ、この部の現状は私の怠慢に近い。何なら彼女たちが入部してもまだ人数も足りていない。そしてそれは流石に誰かには頼れない。あれだけ大見栄切っておいて「メンバー不足でエントリーすらできませんでした」では話にならない。

 

「あ、じゃあ週一くらいのペースならどうかな? それならどうにか夏までに間に合うかも」

「何が“じゃあ”なんだよ。今から夏までって最低10週以上あるぞ? 何がお前をそこまで地獄へと駆り立てるんだ」

「だって、()()()()()()()()()……もし万が一京ちゃんに現を抜かしたら困るし」

「え、何だって?」

「なんでもない!」

 

 

 

「これから忙しくなりそうね……」

 

わちゃわちゃと楽しそうに不穏な会話を繰り広げる彼らを見ながら独り言ちる。不安はある。むしろ地獄云々の発言には不安しか感じていない。でも同時にワクワクしている自分がいる。その方が強くなるとは即ち、まだまだ私にも伸び代があると言うことだからだ。

 

明日からは、きっと激動の日々が始まる。どんどん騒がしくなっていく部室を見回しながら、そのことを深く実感する私だった。






本作では色々と面倒なことになるので春季大会は無かったことにしています。流石に原作の描写だけで大会一回分(多分オリキャラだらけになる)は無理ですごめんなさい。咲も宮永だからタイトル詐欺ではない……はず。

また電波が通じないところに行く予定なので修正が遅れるかもですごめんなさい。


登場人物紹介

竹井 久

たけいひさ。実は咲がノータイムで入部を決意するくらいには期待されている。これから定期的に地獄を見る。麻雀は結構強い。出番はある。

染谷 まこ

そめやまこ。何気に作中の高校生で一、二番を争うくらいの熟練者なんじゃないだろうか。スピンオフが他の作品よりも恋愛色強めでマジオススメ。わかめメインか…とか思って読んでない人は是非買おう。マジで面白いので。作中の京ちゃんも結構この作品の影響を受けてる。それはそれとして麻雀は相当強い。出番はある。口調がだいぶ怪しいのは作者のせいですごめんなさい。
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