解説の宮永さん   作:融合好き

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今回から長野決勝戦になります。


きっと何かに絶望したあの日

 

 

 

 

最近、普段はとても厳しいはずのコーチがいやに優しいのが気になる。

 

彼女を恐れている大半の部員は、それが良い事であると言う。しかし、彼女のことを長く知るレギュラー陣やそれに準じた人であるほど、そのことに対して多大な不安を抱いている。

 

何故なら久保コーチは、典型的な“叩いて伸ばす”タイプの指導者であるからにして、ならばこそ彼女の厳しさとはつまり、生徒への期待の裏返しでもあるはずなのだ。なのに突然態度が軟化したということは、それはつまりコーチが私たちに厳しくする理由が、その必要が無くなってしまったとも取れるわけで。

 

(………)

 

もちろん、全てが私の杞憂という可能性もある。しかし、こうまで露骨に態度が変われば何かがあったのだと懸念するのは当然の流れだろう。

 

きっかけは何時だっただろうか。私の記憶が正しければ、去年私がキャプテンを引き継いだ頃にはまだまだコーチもいつもの調子だった。指導に熱が入りすぎて部員に手を出しそうになった場面を目撃したこともある。それもそれでまた別の問題はあると思うのだが、だからこそそんなコーチが、それほど指導に熱心だった彼女の心変わりは、それがおよそ尋常なものではないように感じてしまうのだ。

 

「福路。先鋒戦だが……」

 

そんなコーチが、いよいよ差し迫った決勝を前に私へ声を掛ける。以前であれば身構えていたかもしれない。それが忠告にせよ激励であるにせよ、学生の身からすると彼女の立場には畏れを抱かざるを得ず、意識をしていても身体が勝手に身構え萎縮してしまう。しかし、

 

「………いや、いい。お前の思うように行け」

「………はい」

 

しかし、今の彼女からは、何故かその必要性を感じられない。私も内心では彼女に対して怯えていたはずなのに、これは一体どうしたことだろう。彼女を侮って下に見始めたわけでは断じてない。自分でも具体的な理由を聞かれたら答えを出せない。得体の知れない違和感だけが加速する。まるで世界がおかしくなったかのような、自分こそが場違いであるかのような錯覚すら抱く。それほどの異常事態。

 

「キャプテン、頑張ってください!!」

「……そう、ね。頑張るわ。ありがとう」

 

後輩からの激励にも、どこか力無い返答しかできない。……本当は、コーチが変わった理由なんてとっくに理解している。わからいでか。コーチが心変わりせざるを得なかった理由。或いはあれだけ麻雀に熱心だった前キャプテンが麻雀からすっぱり足を洗ってしまったその理由は、他でも無い、今から対戦する()()()()以外にはあり得ないのだから。

 

(龍門渕高校……)

 

龍門渕高校。今から丁度一年前、無名校から一気に全国準優勝校にまで上り詰めた新鋭のチーム。当時のメンバーの大半が一年生であり、また先鋒の宮永さんも当時二年生でまだ現役というのもあり、もっぱら現状における高校最強のチームとも噂されている。

 

そして恐らく、その噂は真実だ。いや、あるいはその認識でさえ危機感がまるで足りていない。何せ去年対峙した彼女らはおよそ()()()()()()()に縛られるほど生易しい存在ではなく、むしろ去年に全国で辛酸を舐めた事実が未だに信じられないほどに、彼女たちの存在は強烈な印象と共に記憶に刻みつけられている。

 

陳腐な言い方になるが、特に天江衣の打つ麻雀は異常だ。確率がどうこうという話ではない。おそらくは根本的に、私たちとは何もかもが異なっている。

 

そして、良くも悪くも常人の域を超えない我々では、天江衣を凌駕する算段など存在しない。ならば“指導者”としては何をするのが正解であるのだろう。まさか『お前らではアイツらには勝てっこ無いから諦めろ』と慕う生徒にすっぱりと告げてあげることが最適解だと言うつもりか。

 

だからこその態度なのだと、私は大まかに推測している。そんなことはないと声を大にして主張しても、事実としてそうなのだろう。天江衣を少しでも知る者であれば、勝つ方法など選択肢にも浮かばない。“どう上手く負けるか”……最低限、無様にならない見栄の張り方だけを考え抜いて、それさえ為せずにただただ絶望する。最悪、麻雀そのものを恐れ離れてしまう。それはまさしく、あの人(キャプテン)をなぞるかのように。

 

(何にせよ、やるしかないわね……)

 

不安はある。しかし蹲っているわけにはいかない。そもそも対戦すらしていない相手に情報だけで怯えて縮こまるなど滑稽でしかない。加えて、幸いと言っていいのか、私が闘う相手はいわゆる“そういった手合”を封殺することに長けた宮永さん。いや、全国大会での様子から、彼女はそれに“特化している”と表現しても過言ではない暴れっぷりを見せている。なら、特殊な力なんて持たない私でも、天江さんの同類が他に居たとしても、彼女がいる限り、最低限はどうにかなる……はず、である。

 

「………」

 

他力本願の上に希望的観測。更には根本的解決になっておらず、負担を後輩に押し付けているだけ。いくら私が先鋒向けとはいえ、私自身が矢面に立つ(天江さんと闘う)ことだって、やろうと思えば出来た筈。なのに──

 

(いけない。本当に切り替えないと……)

 

いよいよ迫った試合会場の扉を前に、頭を振ってネガティブな思考を振り払う。

 

根拠らしい根拠はないのだが、試合中のテンションが勝敗に大きく影響を残すという眉唾な話もある。それがほんの気休めであったとしても、いたずらに勝率を下げる真似だけはしたくない。

 

「よし……!」

 

頬を両手でぱんぱんと二度と叩き、気持ち力強く会場の扉を開ける。この先からは応援はおろか電波さえも遮断された孤独の闘いに挑まねばならない。特に私の場合、慕ってくれる後輩たちの存在で気力を奮い立たせている面もあるので、やはり寂しさは拭えないけれ、ど──

 

「──だから、ストーリーは結構いい感じなんだからさ。もっと軽くて明るい感じの話にできないの?」

「無理……だって麻雀以外の作品はそのままだし、麻雀が主題の作品なんて大体アレな内容だし、そもそも麻雀漫画なんてカイジとムダツモくらいしか覚えてないし、ムダツモは首相や大統領が全然違うから面白さが伝わらないし……」

「なんかよくわからないけど、麻雀が題材ってこの漫画麻雀と全然関係ないじゃん……」

「ええと、これでは駄目なんでしょうか? 確かに題材は暗いですが、惹き込まれる魅力を感じますし、かなり面白い作品だと思いますよ……?」

「そ、そう? ありがとう。気に入ってくれたなら、後日龍門渕に電話でもしてくれれば──」

「やめてお姉ちゃん。製本も刊行も構わないけど布教するのだけはやめて恥ずかしい。人に薦めるような内容の漫画じゃないよこれ!」

「えー……」

「まあ、それについてはちょっと否定できませんね……」

 

 

「──………」

 

 

──などと私が闘志を燃やしていると、私以外の対戦相手が揃いも揃って和気藹々と、雀卓に所狭しと並べられた、おそらくは麻雀と全然関係ない本の話題で盛り上がっているのを目撃して思考が完全に停止する。

 

特に清澄の先鋒の方の宮永さんは、これまでの試合を見る限りあまり感情を面に出さない非情で冷徹な打ち手という印象があったので、漫画を片手に感情豊かに吠え猛っている今の姿に尚更脳がバグりそうになる。しかし怯んでもいられないと足を踏み出すと、龍門渕の宮永さんが真っ先に私に気づき、

 

「あ、福路さん。こんにちは。一年ぶりですかね。今日はよろしくお願いします」

「こんにちは! 本日はどうかよろしくお願いします!!」

「またお早いですね……ではなく、どうもお手柔らかによろしくお願いします」

「え、ええ。よろしくお願いします……」

 

あまりにも気安く声を掛けられて呆気に取られる。取り分け鶴賀の妹尾さんと来たら、その挨拶は後輩たちの声援にも劣らない。まさか敵対している彼女から元気よく言葉を投げ掛けられると思わず、これまた困惑する。

 

「しかし、遂に面子が揃ってしまったか……憂鬱だなぁ」

「その割には新刊まで揃えて楽しそうだったけど?」

「そこはほら、現実逃避とかそんなんだよ。少しでも心を軽くしないとプレッシャーで死にそう。私3年生、部長」

「ああ……ちなみにだけど、今日は10万点くらい毟るつもりだから覚悟しておいてね」

「そんな軽いノリで死刑宣告は止めよう? ぐぬぬぬ絶対逆に毟り取ってやる……!」

「このノリで普通に阻止してくるから困るんだよなぁ……」

 

かと思えば、急にバチバチと重圧を撒き散らす二人。しかし互いに片手には漫画らしきものを握ったままで微妙に緊張感がない。けれど纏った重圧は直接向けられていない私が思わず押されるほど凄まじいモノ。温度差で頭がおかしくなりそうだ。

 

「わぁ……! 今日は凄い皆さんと闘えて楽しみです!」

「そ、そう……」

 

そんな二人を見ての妹尾さんの台詞。理解しているのかしていないのか。何にせよ、この状況を楽しみだと言えるのは大物だと思う。

 

(………)

 

妹尾佳織。この人についてもよく分からない。試合の映像を見てると危なっかしいというか、見るからに素人なのだけど、その割には戦績は私を遥か上回っている。素人にしか見えない、しかし圧倒的な実力──となると天江さんの姿がダブってしまい、こうして無邪気な姿を見ていてもどうしても警戒してしまう。

 

けれど、彼女から感じる視線はどう考えても“憧れ”そのもので──何というか、対応に困る。彼女については、あまり深く考えない方がいいのかもしれない。

 

(そして、清澄の──)

 

未だに龍門渕の宮永さんとわいのわいのと騒いでる清澄の宮永さんに視線を向ける。

 

宮永咲。清澄高校麻雀部の一年生にして先鋒。その実力は圧倒的の一言で、一回戦での東場だけで30万点稼いだのを皮切りに以降はぴったり10万点を安定して稼いでいる。

 

この“ぴったり”の意味はまさしくその言葉通りで、2回戦以降の次鋒戦における清澄の点数は決まって200000でスタートしていた。100の端数すら残さない完璧な点数調整。それは彼女の座った卓が、最初から最後まで彼女の思惑通りに事を運んだ証明に他ならず。

 

「というかお姉ちゃんは衣さんいるじゃん。正直10万点差があってもこっちが不利くらいだと思うのに何が不満なのさ」

「あの子は良くも悪くもムラがあるというか対人経験が偏っていて乏しいから、割と抵抗力に難がある」

「へぇ……?」

「はっ!? おのれ咲、何と小癪な……!」

「いや今のそっちが勝手に言っただけだよね!? 人の能力そうやってぺらぺらと語る癖止めなよ!?」

「ぐっ……猛省します。とはいえ、多分咲も分かっているように、アレがあの子の課題でもある。去年もそれで最後の最後に──」

「まあ確かに予想はしてたしそれを伝えてもいるけれど……でも、清澄(ウチ)じゃ結局対抗は厳しそうだなぁ」

 

(………)

 

しかし、表情豊かに語り合う今の彼女からは、試合中に受けた冷徹なイメージは感じない。まあ、如何に彼女が強かったとしても、常時あんな雰囲気を撒き散らしていては疲れるだけだろう。

 

そういえば、宮永照さんも試合前後はかなり朗らかな人物であったのを思い出す。でも、それは逆に言えば、今の態度からは彼女の実力は測れないというわけで──お姉ちゃん?

 

「妹さん、なんですか……?」

「ん? 咲のこと? そうですけど……」

 

隠す事でもないと言わんばかりに、あっさりと返答する宮永照さん。実際、隠す理由も必要もないのだろう。言われてみれば、というより、どうして私は今までその可能性に思い至らなかったのか。苗字も同じで同じ地区で傍目にも顔が似ているのに。

 

(宮永照の妹……)

 

しかし、なるほど。そうして見るとあの強さも容赦の無さもどこか通ずるものを感じる。いや、お姉さんの口ぶりからして妹さんの方が強いのだろうか? 試合での暴れっぷりを見るに、少なくとも同格かそれ以上であると見たほうがいいのかもしれない。……待って、宮永さん、じゃなくて宮永照さんと同格? それは即ち天江さんと同格ってワケで、え、嘘でしょ?

 

「あ、そろそろ時間ですね! 改めてよろしくお願いします!」

「そうですね。よろしくお願いします」

「よろしく。……サイコロ誰回す?」

「座り順ならお姉ちゃんだけど……せっかくだし妹尾さんでいいんじゃないかな?」

「え!? ありがとうございます! では僭越ながら私が……!」

 

衝撃で固まった私をよそにいつの間にかその時はやってきて、風越ではまず見ないであろう緩い空気のまま緊張の一瞬を遂に迎える。

 

そしてまさかの起家は私である。……待って、まだ気持ちが全然追いついていないの。などと嘆いても運命の賽は変わらない。配牌を整理するうちにどうにか心を落ち着かせて、さあ──

 

 

 

 

 

福路 配牌

{三八26④⑦⑦北西東南白発中}

 

 

 

 

 

 

(…………………)

 

 

──これは本当に不味いかもしれない。場所が場所なら役満にもなり得る手(十三不塔)だが、この舞台では考え得る中での最悪に等しい。

 

加えて九種九牌で流すことはおろか、絶妙に処理し辛い牌ばかりが並んでいる。この手牌ではよほどツモ運が良くない限りベタオリでもどこかで振り込んでしまう可能性が高い。

 

「……」

 

 

福路 打牌

{北}

 

 

しかし、そんな思考(どうよう)はおくびにも出さず、自信満々に牌を捨てる。この最悪が最良の手牌であると、心の底から信じて突き進む。

 

表情とは、人の心が最も顕れる鏡であるという。故にこそ、私はそれが映し出す情報の大切さを知っている。

 

それは試合が始まるや否や表情を消した宮永照さん然り、それまでのやり取りが嘘のように眉間に皺を寄せる妹さん然り、何故か喜色満面な妹尾さん然、り──

 

(──………)

 

 

 

「ポン」

 

宮永咲 手牌

{裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏} ポン{北横北北}

 

 

()()()を見た瞬間に押し寄せた不安を打ち消すかのように、対面の妹さんが第一打を鳴く。

 

これは珍しい──というより、初めてかもしれない。彼女がこの大会で鳴いた場面を見たのは。何せ彼女はそんな小細工なんて必要のないほどに豪運で。圧倒的で。()()()()()()()()()()()()()──

 

「………。………………」

 

 

宮永咲 打牌

{⑦}

 

 

眉間に皺を寄せたまま、しばらく長考していた妹さんがゆっくりと牌を捨てる。私がその表情と動作の意味を測れないでその牌をスルー()()()()()と、

 

「ツモです! えっと、これ地和ってやつですよね!?」

「違う。タンヤオ三色ツモの満貫。子だから2000・4000」

 

 

妹尾 和了形

{三四五34566③④⑤⑧⑧} {⑧}

 

 

「え……?」

 

あまりにもあっさりと。至極当然であるかのように、役満とほぼ同等な手が成立して当惑する。しかもそれが他の役といくつか混同しているとなれば、その反応も無理はないだろう。

 

「そうなんですか? それは一体──」

「ごめん流石に教えられない。後で調べて。とにかくそれは満貫だから」

「教えてもいいんじゃない? 滅多にあることじゃないし」

「普通に妨害した人が言うと違いますね……ツモの前に鳴かれたら地和は成立しないんだ。何故かは知らない。気になるなら調べて」

「そうなんですね……勉強になります!」

 

(──……)

 

目の前で繰り広げられた非常識な流れと、それを当たり前に受け止めている3人を見比べて、衝撃で頭がおかしくなりそうになる。

 

けれど私は、こんな異常な場を前にどうにかして勝利を掴まねばならない。あまりにあんまりなその事実に、私は密かに絶望するのだった。

 

 

 

決勝戦先鋒戦東一局終了

 

風越    96000

龍門渕   98000

清澄    98000

鶴賀   108000







なんか当たり前のように妹尾さんが先鋒になっていますが、これはきっと全国準優勝校が対戦相手であることを危惧した鶴賀によるバタフライエフェクトとかそういうアレです。睦月さん(原作での先鋒)そのままだと貯金箱にしかならないので作者側でテコ入れした結果とも言う。


登場人物紹介

福路 美穂子

ふくじみほこ。オッドアイに中二要素が絡まない割と稀有な存在。キャラクターとしては好きな方だが、作品の流れ的に多分酷いことになるのでファンの方は申し訳ありません。麻雀は普通に強い。

妹尾 佳織

せのおかおり。運が良い素人。ただそれだけ。しかし麻雀とは運ゲーなので時に熟練者が運によって負けることもある。そういうことを象徴する存在。当たり前だが全国編はみんな熟練者なので彼女に類似した存在はいない。ある意味で原作における唯一無二。麻雀は弱い。京太郎にも普通に負ける。ただし、異常に運が良い。

久保 貴子

くぼたかこ。風越のコーチ。ちょっと行き過ぎな面はあるが、当時のコーチなり監督なりとしては割と普通、むしろかなり優しい方だと思う(運動部並感) ただノリが運動部すぎて根性でどうにもならない麻雀であの指導方法は良いのか悪いのかは分からない。でもあの世界は根性で配牌が良くなるっぽいのでもっと分からない。麻雀は相当に強い。打たない。

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