解説の宮永さん   作:融合好き

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ゆったり投稿していきます。


まるで何かに導かれるその日

 

 

 

「おい、清澄の!」

 

会場の扉を開けるや否や、いきなり大声で指し示される。声質も声色も何もかもが違うはずなのに、どこか優希とも被るハキハキとした良く通る声。ただ無遠慮に声を掛けられただけだというのに、それだけで声の主が快活な性格だろうことが伺える。

 

そんな少女……猫耳にも見える独特な癖毛の黒髪の女性はと言うと、声の勢いそのままにずけずけと私の近くにまで歩み寄ると、驚いて硬直したままの私へこう告げる。

 

「お前んトコの先鋒の所為で、キャプテンがこれ以上ないくらい落ち込んでるし! ホントはそいつをこの華奈ちゃんが直々にぶちのめしたいとこだけど、ルールは守らなきゃだし、代わりにお前で我慢してやる!」

「………」

 

(………)

 

初対面にはあまりに厳しい物言い。その発言に、何より迫力に押され思わず無言になる。嫌われる気満々の乱暴な主張は結構な挑発というか割と酷い言い草なのだが、何というか、妙に叱り慣れているというべきか。不思議と逆らう気が失せてしまう。でも同時に、何故か微笑ましく感じてしまうのは何故だろうか。

 

(ある意味、とても強い子ね……)

 

それはそうとこの少女。風越の大将──確か登録名は「池田」さんだっただろうか。物言いからしてキャプテン……まあ多分部長であろう福路さんがあれだけズタボロにされたというのに、たとえ当人じゃないからと元凶たる清澄(ウチ)に向かってこれだけ強気に出れるのは素直に凄いと思う。

 

(というか、あの先鋒の子もどっかで見たコトがあるような気がするのよねぇ……どこだったかしら)

 

「……ええ、そうね。期待しているわ。よろしく」

「ふん! その余裕、直ぐに打ち砕いてやるし!」

 

ちょっと関係の無いことを考えながら握手でもと手を差し伸べると、拒絶こそされなかったものの露骨に邪険にされてちょっと落ち込む。余裕どころか、私の視点ではむしろ彼女のことは私の同志とまで認識しているほどだというのに。まあ被害者の会とかそういう仲間意識なので勝つ気満々な向こうからしたら一緒にされるのは勘弁だろうけど。

 

(余裕、ね……)

 

しかし、傍からはやはりそう見えるのか。単に嫌味としてそう言ったのか。いずれにせよ、随分と買い被ってくれたものだ。そんなにこの私が強そうに見えるのか。まあ現状全国2位の龍門渕を差し置いての圧倒的なトップであるし、あの宮永さんが天江さんに劣るようには見えないから、親玉である私を警戒するのも当然ではあるのだが。

 

(ここで私が、ハッタリを利かせられるような性格だったら……)

 

多少は試合を有利に進められるようになったのだろうか。しかし目の前の池田さんはむしろ奮起して厄介なことになりそうなので一概にそうとは言えない。当然、天江さんにも意味をなさないだろう。なら一般的な有利不利はどうあれ、無理にそれに拘る理由もない。

 

「おっと私が3番手か。順位を暗示してるようで少し嫌だな」

 

そうこうしていると、会場に3人目の雀士が姿を見せる。なんだかんだと名門校である風越を抑え、互角以上の戦いを繰り広げる無名高。まあ私の立場から言ってもアレかもしれないが、そもそもこの卓で戦いが成立する時点で相当におかしい。

 

聞けば、例の地獄のような先鋒戦が成立したのは、鶴賀の先鋒の存在があってのことらしい。もはや私には到底理解できそうにない話だが、彼女も彼女でこの場に居るのはやはり、それに相応しい理由があればこそのことなのだ。

 

「………」

 

プンスカ擬音が鳴り響く様子で、ずしんと勢いよく座席についた池田さんに倣い適当な席に着くと、鶴賀の大将もそれに追従し、しばし無言で見つめ合う。

 

どこか気まずいなんとも言えない時間。早く会場に来た我々の自業自得と言えばそれまでだが、私からこの空気を崩すのもなんか違う気がする。何せ状況だけを見ればウチの学校が他の追随を許さない圧倒的トップ。今まさにそれが原因で怒っている池田さんもいるわけで、だから──

 

「清澄の。少しいいだろうか?」

「へぁ?」

 

だからこそ、もしもこの場で会話を切り出すとするならば彼女しかいない。予想はしていたはずだったのに、まさか本当に声を掛けられるとは思わず、妙な返事をしてしまった。

 

しかし鶴賀の大将は聞かないフリをしてくれたのか、あるいは単にスルーしてか特に私の反応については追及せずに続ける。

 

「いや、まずは自己紹介からだな。私は鶴賀学園の大将を務める加治木と言う。実績も何もない母校で大変に恐縮だが、それでもこの場で似たような立場の高校と出会えたことを嬉しく思う」

「ど、どうも……」

 

加治木と名乗ったこの女性。堅いというか、または馬鹿丁寧というか。自己紹介なんかよりも言いたいことは色々とあるだろうに、なんともまあ律儀なことで。

 

「ん? ああ、この点差で同類呼ばわりは失礼だったか。すまない、どうも思った以上に頭が混乱しているらしい。なにせ当初の想定では清澄と龍門渕の点数はそのまま逆転していた。それがよもや、我々が龍門渕(全国2位)と肩を並べ追い縋る側とは──勝負とは分からないものだな」

「……そんなの、とーぜんのことだし」

 

半ば独り言のような言葉に反応したのは、意外や意外、まさかの池田さん。不機嫌そうな表情ながらも、しっかりと発言の意図を汲んで自らの持論を容赦なく口にする。ともすれば突き放しているかのような厳しい物言いではあるが、加治木さんは気を悪くするでもなく、むしろ興味深そうに頷いて。

 

「ふむ。というと?」

「天江や宮永の姉妹、それにお前のトコの先鋒あたりも。アタシはそいつらの持つ()()()がどの程度のものなのかを知る術はない。でも、それを測れないのは単にアタシがまだ弱いから、未熟だからだ。そして、そんなのはどんな競技だってありふれたこと。お前がそれを読み違えたのも同じ。だから、そんなことを嘆いても意味なんてあるわけがないし」

「………」

 

淡々と、つらつらと池田さんは語る。先の態度からはこのような考え方をする人間には見えなかったのだが、やはりあの程度の第一印象なんてアテにはならないか。

 

しかし、その思い込みはすなわち私が彼女を侮っていた事実に他ならない。舞台のせいかもしれない。状況によってかもしれない。それでも『時にそういう考え方が出来る』というその認識が私に有るか無いかのほんの僅かの差が、試合での致命打となり得る可能性は十分にある。

 

(何せ、その“読み”だけで()()宮永さんを相手に互角で競ったお姉さん(みやながてる)という実例が存在している──)

 

十万点差は半荘二回分での持ち越し(ストック)と考えたら破格の数値だが、理論上はたったの二局でひっくり返る差でしか無い。

 

ならば少しでも足掻こうと、握った拳に力を入れる。如何に宮永さんと言えども、他者の思考は推測は出来ても暴くことは“絶対に”できない……らしい。その理由については麻雀が麻雀として成立しなくなる能力には制限が云々とあの子は色々言っていたが、その理屈(?)はともかくとして、まあ思考を読まれたら麻雀どころじゃないからそんな能力は存在しないという結論は理解出来なくもない。

 

故に私は考える。少しでも長く、少しでも鋭く。幸いにも、悪知恵に関しては昔から無駄に働く方だった。伊達に学生議会長なんて立場に収まっているわけじゃない。お悩み相談なんて慣れたもの、人を顎で使うことなど日常茶飯事だった。それが麻雀の実力に繋がるのかどうかはさておいて、自分が持つ他の誰かに無い要素は、それがそのままその人の強さとなる──そう評する人もいた。というかまんま宮永さんが言っていた。

 

信憑性、根拠なんてどうでもいいこと。元より私はそんなものが保証されるような世界で戦っていない。どれほど努力をした人間でも、対戦相手の一時の気紛れで当たり前のように読み違える。あるいは単純に確率に裏切られ裏目るなんて日常茶飯事。なんと恐ろしく、なんとも無為な競技なのだろうか。

 

しかし、それでも。TRPGなんかでは固定値を優先するような臆病者(チキン)な私でも。それでも私はこの無情極まりない競技が大好きなのだ。

 

(まあ、尤も──)

 

「今宵もぴたりと5分前。やはりハギヨシは良い仕事をする」

「………!」

 

威厳。

 

比較的高い池田さんより更に二回りはトーンが上の甲高い声。ともすれば子どもと見紛う幼い声色に似つかない()()()()()に、脳がバグって混乱を起こしそうになる。

 

不快感とも違う違和感から咄嗟に声の主を探れば、いつのまにか会場の扉が開け放たれていて、扉を背景にすっぽり絵画の如く仁王立ちする少女の姿が見える。

 

龍門渕高校二年生、天江衣。その肩書きは、堂々たるインターハイチャンピオン。インターハイ競技人口約一万人の頂点に立つ存在。更には去年、彼女はそれまでの歴代獲得点数のレコードさえも更新している。即ちそれは史上最強の高校生と呼んで差し支えないということ。

 

(この子が、最強の高校生──

 

 

 

 

 

 

………高校生?)

 

胸を張る長い金髪の少女。前述した通り、彼女は肩書きに相応しいだけの実力、相応の威厳や雰囲気を有している。しかし、知っていたはずなのに、こうして実際に見るとイメージしていたよりも更に一回り二回りくらいは体格がちんまりしている。

 

確か優希の身長が140センチを少し超えたくらいだったか。正直彼女でも発育不良を疑うレベルだというのに、天江さんは彼女よりも更に一回りは身体が小さい。目測だが、130センチを下回っているのではないだろうか。一切の先入観を抜きにして見ると、子どもが背伸びをしているようにも思える。

 

それはそうと。

 

(この子が、あの子(宮永咲)の同類……)

 

とてとてと歩いて空いている席に着く天江さん。椅子と身長が合わないらしく足をぷらぷらさせるその姿からは、はっきり言ってあまり強そうには感じられない。でも、それはきっと私がまだ未熟だから。実力が足りていないから、のはず。

 

ただ、あからさまに強そうであれば、逆に程度が知れるというもの。宮永さんがそうであるように、理解できない、得体の知れない存在である方が恐ろしいのはよくある話。

 

だから不満を抱くのは違うと、つい先ほどに池田さんも言っていた。いやまあ流石に宮永さんレベルの異能があればやはり何か物申すところはあるのだが、それでも嘆いたところで何も変わらない。精一杯ポジティブに考えるなら、実力が解らないのであれば勝てるかどうかも分からないということで、つまり勝てる可能性がある──あるいはそう捉えることが出来るのなら、私は人生をもっと楽しく生きられたのだろうか。

 

(………)

 

考えても仕方ないこと。分かってはいても、最近は特にこうして頭を回す機会が増え、過去を思い出して気が沈みそうになる。それでも、割と幸運と言っていい今を思い起こしてどうにか堪える。

 

全ては今更だ。今は今私が出来る限りのことをするだけで、それ以上を求められても無理なものは無理。

 

そして、宮永さんは10万点差があれば最低限勝負になるだろうと言っていた。あと出来ることと言えばまあ、天江さんの強さが宮永さんの想定よりも下回る、言ってしまえば()()()()()()()ことを祈るくらいだろうか。

 

(……ま、こっちは望み薄よね)

 

情報に踊らされてるだけと言えばそれまでだが、何か本能の奥底から真っ当に闘って勝てる気がまるでしない。点差を活かして、どうにか減点を抑えて、そんなハンデ戦を前提に辛うじて抗える程度。

 

嗚呼、なんて厳しい闘い。とても辛い。非常にキツい。今すぐにでも逃げ出したい──だからこそ、どういうわけか燃えてくる。

 

(私も私で、難儀な性格よねぇ……)

 

現状では都合が良いので無視しているが、我ながらいつかギャンブルで破滅してしまいそうで不安である。私自身、そういった欲は全部麻雀で解消しているつもりだが、将来的に興味本位でパチンコなりに手を出したりしたらどうなるか。……あまり深く考えない方が良さそうだ。

 

「そろそろ時間だな」

「そうね……」

 

加治木さんの発言を合図に、最初にこの会場に居たからと仮親として私が賽を振る。会場は不正防止のため、私たちの他に誰もいない。周囲を囲うカメラによって状況は把握されているが、基本的に体調不良や災害などの不測の事態が起きるまでは徹底して不干渉を貫いている。

 

孤独の闘い。とはいえ真後ろで応援されてもそれはそれで問題だが、心細いことには変わりがない。特に私は世人より寂しがり屋という自覚があるから、そこが戦況に響くかどうか。

 

(起家は天江さんか……)

 

そして幸先の悪いことに、まだまだ心の準備も整わないうちに、開幕から地獄の風が吹き荒れるのが確定してしまう。いや、天江さんはおそらく典型的なスロースターターで制圧力が高い分序盤は様子見に回ることが多い。今回もそうだと考えるのなら、天江さんが起家というのは労せずして親番を流せる可能性があるということ。

 

ならば一概にこの席順は、もしやあながち不運とは呼べないのではないか──

 

 

 

 

 

「ツモ。海底摸月、4000オール」

「………」

 

──などと、甘い考えをしていたのが5分前のこと。早速いきなり開口一番大物手を成就され、今にも心が折れそうな私がここにいた。

 

(キッッッッッッツイわね、これ………)

 

天江さんの持つ力の詳細については良く聞いている。ある一定の段階になると手が進まなくなり、それが延々と最後まで続く。言葉にすればそれだけだが、これは思った以上に精神的にクる。 

 

思えば、一手分を裏目るだけでも相当な精神的ダメージになるというのに、それが延々と続くなど正直やっていられない。去年の大会ではかなりの人数が彼女にボコされて麻雀を引退していると風の噂で聞いた。まさか他校のそんなデリケートな話を聞けるわけもなし、あくまで噂話でしかないが、ここまで理不尽且つ一方的な麻雀をやられるとその気持ちは非常に良くわかる。

 

(確かにこれは、マトモにやったら勝てないわね……)

 

悔しいが、認める他はない。そも得意技だからと当然のように海底摸月で和了るなど、どこか根本からして狂っているとしか言えない。

 

海底摸月は数ある役の中でも偶然の要素が大きい役だ。他者の和了りを抑えるなんて離れ業すらただの前提、無理鳴きでさえツモ順が容易に変えられることを考慮すると、とてもじゃないが狙って出せるような役ではない。

 

それを平然と、意図して実行する。確率の概念を嘲笑う運命の操り手──即ちそれは、彼女が全国に割と点在する()()()()()()()()()()であることの証左。

 

(世界には……いえ、こんな狭い地域にもこれだけの人材がゴロゴロと。今から全国の舞台に上がるのが怖いわね……いえホントに)

 

いや、それはまだ流石に気が早いか。兎にも角にも、まずはこの試合を乗り切らないと始まらない。そのためには、まずはこの不条理な卓から、どうにか突破口を見出さねばならない。

 

(一応、ヒントは貰っているけど……)

 

『とはいえ、この方法で理解るのは傾向だけ。最後に頼れるのは己が勘のみです。何故なら──』

 

(この手の力は、実力差が()()()()()()にそのまま反映される。だから、最終的な判断は自分がするしかない……)

 

理解できるようでやっぱり理解できない理屈。けれどまあ、そういうものだと無理やり納得することは出来なくもない。

 

「………」

 

 

竹井 配牌

{一二三九九3589東西西発}

 

 

(………)

 

再度配られた牌をざっと眺める。配牌の時点で面子候補が5つ。常であればこの時点で半ば己が和了りを確信するような良配牌だが、この卓に限れば配牌から聴牌しているくらいじゃないと、いや、天和でもないと安心はできない。

 

何せ宮永さんと来たら、地和ですら『鳴けば止まるじゃないですか』などと言って実際に先鋒戦で阻止しているのだ。天江さんの“格”が宮永さんと比べてまだ()()()()かは不明だが、宮永さん本人が“同格”と認めている以上、彼女に同じことが出来ても驚かない。

 

加えて天江さんはそれはもうあからさまに妨害に特化した打ち手であり、その分野であればおそらく宮永さんをも超えているだろう。故に天和が最善手であり、とはいえ流石にそんな豪運を通り越した何かを望むほど愚かではなく、そもそも親が天江さんなのでどう足掻いても不可能。

 

そんな相手に、良い手ではあるものの、逆に言うと()()()()()なこの手牌で挑む。心が折れそうになる。けれど、何もないよりはそれでいい。

 

「………」

 

 

竹井 2巡目 ツモ

{②}

打牌

{一}

 

 

今更になって、どうしてこれまでのインターハイに個人でも参加しなかったのかと後悔ばかりが募る。

 

焦っているのも、余裕が無いのも、偏に私が大会の経験を持っていないから。チャンスが無いのもぶっつけ本番なのもまた然り。要するに現状は、これまで意地を張っていた私のツケだと言える。

 

(10万点、か……)

 

──以上、言い訳終了。いつまでも長々と愚痴を、本当に背負った肩書きに見合わない情けない女だと自嘲する。

 

嘆くのは後。マイナスな思考は全部後回し。既にその差は大分削られてしまったが、事前に宣言した通りの数値でそのツケをいくらか肩代わりしてくれた心優しい後輩の手助けもある。

 

だったら、ここで私が頑張らなくてどうする。無理でもなんでも、何としてでも和了るんだ、絶対に……!!

 

「………」

 

 

竹井 3巡目 ツモ

{⑨}

打牌

{二}

 

 

「………」

 

 

竹井 4巡目 ツモ

{白}

打牌

{三}

 

 

「………。………」

 

 

 

 

………………………

 

 

……………

 

 

………

 

 

 

 

インターハイから一月ほど前のある日のこと。

 

『そうですね。いっそ配牌は捨ててしまいましょう。左から順にぽいっと。ぜんぶ』

『は?』

 

既に部員も先に上がってしばらく、空も暗くなり始めた二人きりの部室で、そんな私の間の抜けた声が響き渡る。

 

冗談だろうと思って聞き直せば、やっぱり流石にこれは冗談だったようでやや安心。ここ最近で分かったことだが、どうも宮永さんは基本短期決戦型というか、単純にいつまでもダラダラと麻雀を繰り返すのに慣れていないらしく、こうして一日の試合回数が嵩むと途端に色々なものが雑になってくる。思考も試合も発言も色々と。だから宮永さんに本気でなりふり構わずどうしても勝ちたいのなら耐久戦がおすすめである……というのはさておき。

 

そんな状態の宮永さんに真面目な話を振った私も私で迂闊ではあったのだが、それでも今の発言のポンコツっぷりは殊更に酷い。珍しいこともあるものだとその時は思っていたが、後で須賀くんに聞いた話だとむしろ麻雀の時の態度こそが異常で、それ以外だと割と普段から随所でこんな感じらしい。聞きたくなかったようなそうでもないような何とも言えない彼女の弱点であるが、しかし話はここで終わらない。

 

『いえ、いや……意外と悪くない手なのでは? 力量差的に、干渉し得る配牌は全て罠と言っていいでしょうし、上手くハマれば部長のスタイルに合致する。どうせ最後まで保たせる前提なら他の人の和了りも気にする必要はなく、もしも戦法を切り替えられても配牌で判断できる……』

『……宮永さん?』

 

そんな経緯で、唐突に、あまりに雑に紡がれたあからさまな戯言。しかし宮永さんは何故か自身のその発言に食い付いて、付いていけない私を余所に色々とよく分からない考察を繰り広げる。

 

その日から更に数日が経過し、宮永さんが出した結論としては『試す価値はそれなりにある』というものだった。なんでも要約すると、『どうせ目処は立たないだろうから、半荘2回のうちの一局を捨てる価値は十分にある。部長であればどのような形であれ、その一局で取っ掛かりは掴めるだろう』と。

 

期待されているのか馬鹿にされているのか良く分からないが、実際一局自由に打ってみて攻略の手掛かりも糸口もまるで見つかっていないのは事実。このような狂気の所業をぶっつけ本番で“モノは試し”と行うのは精神的にキツいが、これも私の怠慢の結果と割り切って強行する。

 

すると。

 

 

竹井 14巡目 手牌

{①②③④⑤⑥⑦⑧⑨西西白発}

ツモ

{白}

 

 

(出来た……)

 

せめてもの抵抗と雀頭になる西だけを残して手を入れ替えた結果、自分でもびっくりするくらいスムーズに聴牌してしまい逆に困惑する。

 

たかが聴牌に14巡も掛けて大丈夫かと頭の中の冷静な私は思うものの、実のところツモ切りの回数であれば前局の方が最終的には上回っていた。そう考えると勝負の舞台に上がれるだけ精神を削った価値があるというものだ。

 

しかし。

 

「……む」

 

牌を手に取り、確認して手牌の上に横向きで重ねたまさにその瞬間、私が驚くのとほぼ同時に天江さんが僅かに眉を顰めるのが見える。聴牌気配を感じ取ったのか、そんなに態度に出ていたか、とかなり焦るも、そもそも宮永さんであれば目を瞑っていても聴牌気配くらいは感じ取れそうだなぁと今更のように気づいて辟易とする。

 

そう。ここまでしても、こんな奇策を用いてまでどうにか食らい付いても、その成果は最低限の参加資格を得ただけ。対する天江さんは万全の体制で待ち構えていて、ならば当然、彼女は舞台へ割り入ろうとする邪魔者(わたし)を全力で蹴落としにかかることだろう。

 

そして奇策で舞台に割り込んだ私に、そんな天江さんに対抗する術などあるはずがない──その筈が、何とも()()というものは私の思った以上に良く出来ているようで、

 

「……ツモ。混一色、白、一気通貫。3100・6100、です──」

「…………」

 

 

竹井 和了形

{①②③④⑤⑥⑦⑧⑨西西白白} {白}

 

 

まるで何かに導かれるように、自然と山に一枚しか無いはずのその牌を引き込む。断言してもいいが、この和了りは完全に偶然、つまりは奇跡のようなもので、再現性は見込むべくもないだろう。

 

「……」

 

しかしながら私には、そんな自分で自分に驚いている滑稽な私を、嘲るでもなく次の局に移るまでの間、じっと無言で見つめ続けていた天江さんの姿が、何故か妙に印象に残るのだった。

 

 

 

大将戦東一局一本場終了時点

 

龍門渕   90300

清澄   199000

風越    46300

鶴賀    64400

 

 

 







仕事が忙しくて一度離れてたらモチベが上がらず難航しました。まあ今後もどうにか細々と進めたいと思います。エタらないよう頑張るつもりですが、無理そうなら長野予選決着で無理やり畳むかもしれないのでご了承願います。

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