……間違っていたらごめんなさい。
「しかしアレだな。宮永先輩はなんかほら、相手によって随分と打ち筋が違うんだな」
最初にそう呟いたのは、意外……と言っては失礼なのだが、少なくとも私にとっては意外なことに井上さんだった。
「んー、まあそうだね。と言っても多分、この面子だと衣ちゃん限定だろうけど」
案の定部室に居着いたロリっ子を横目に返答する。ぼんやりとでも背後から私の打ち方を見ていたならば、それは当然疑問に思って然りだろう。
「ボクも気になるな、それ。特に何か変な力を使ってるわけでも無さそうなのに、どうして衣に勝てるのかを」
便乗したのは、今回は下座に座っている国広さん。まあ君は気になっているよね。単に言い出す機会がなかっただけか。
それと何か勘違いしているみたいだけど、力そのものは割と使っていますよ? 私の場合、その力が内に向かって他に影響しないから認識できないだけだからね。まあ使わなくても衣ちゃん相手なら多分勝てるけどね!(ドヤ顔)
まあそれはさておき、気づけば龍門渕さんやあの衣ちゃんまで真剣な表情で耳を傾けている。彼女らも面と向かって聞き辛かっただけで、やっぱり気にはなっていたのだろう。
「ん…」
とはいえ私も、これは具体的に説明できるものでもなく、言ってしまえば勘のようなものなので少し悩む。……いや、そうだ。ここはちょうど半荘も終わったことだし、ちょっと衣ちゃんにも協力してもらって──
「衣ちゃん」
「ん? なんだー?」
「ちょっと協力してもらってもいいかな?」
「分かったぞ!」
真剣勝負以外ではだいぶ緩くて素直な衣ちゃん(口調で判別できる)が、私の要請に従って全力で卓に支配をかける。
無論、それに対して今回は私も何もしていない。その状態で得られた配牌がこれだ。
照 配牌
{五七八2233④⑨東北白発発}
「……どう思う?」
配牌を開き、そう質問する。随分と漠然とした質問ではあるが、そこには特に触れられず、龍門渕さんから各々の感想を告げる。
「それなりの手ですわね。二索と三索が対子、萬子には良形の面子候補がありますし、役牌を鳴けばそれだけである程度形にはなります」
「ボクも透華とおおむね同意見かな。実際に鳴くかどうかはさておき、字牌を整理し切った頃には聴牌してそうだね」
「かなり良い手だと思うぜ? とはいえ衣が相手だ。素直に鳴かせてはくれなそうだがな」
「衣なら海底で和了れるように立ち回るぞ」
衣ちゃんの意見は参考にならないので置いておいて、ひとまず手前の山を河の場所にズラし、その状態で山から私がツモるであろう牌を抜き出して裏向きのまま山があった部分に並べる。
「はい。では実際にツモって最終形がどんな形になるのかを見てみます」
照 手牌
{②③④⑥⑥⑨⑨⑨東東東発発発}
「妨害されない前提でこんな形かな。役牌混一色三暗刻。裏ドラがチューピンだったから最高形は門前リーチ一発ツモドラ3役牌混一色三暗刻の数え役満。役牌が残ったのは予想外だけど、これは何か能力が作用したとかじゃなくて多分上振れだね。こんなこともある」
「げ、原型がありませんわ……」
東、発にスーピンチューピンが残ってるじゃん、じゃなくて。まあ言わんとしてることはわかる。あの配牌から最終形がこうなるなんて普通は想像もできないだろう。
捲れた全てのツモ牌と最終形を見比べて、それでも納得できなかったのか国広さんが声を上げる。
「……ぐ、偶然だよね? だって萬子や索子を使っても、一向聴までなら普通に──」
「でも、和了れない。聴牌もできない」
敢えて厳しく断言してあげると、流石に言葉を詰まらせる国広さん。理不尽だとは我ながら思うのだが、ここは強引にでも納得してもらわないと困る。
「多分だけど、この萬子と索子は罠です。あるいは撒き餌」
「罠?」
「そう。……実際のところ、どうなの? 国広さんは衣ちゃんクラスの能力者相手に……いや、こんな異常な麻雀を打つ人間に対して、実力で打ち勝てると思う?」
「………」
国広さんはちらりと衣ちゃんの方に視線を向けるが、やっぱり無理なのか黙り込んでしまう。厳密に言うならオカルト使いという時点で実力なんか関係ないも当然なのだが、そこら辺は長くなるのでとりあえず省くとして、
「あの、すみません」
「ん?」
「宮永さんは先程、衣を指して『能力者』と仰いましたが、よもや衣に起きている怪現象について心当たりがお有りでして?」
「……んん?」
そろそろ本格的な解説に移ろうとすれば、ちょうどその出鼻を挫くようなタイミングで、そもそも根本的なことを質問されてしまう。……いやまって、え? 身内に衣ちゃんがいるのにそのレベルからなの?
(あー、いや、そっか。そういえば一般には認知されてないんだっけ……)
正直、上位の打ち手はオカルト標準装備かそうでなくとも認知しているのが普通だったのですっかり忘れていた。でもホント、めちゃつよ妹や衣ちゃん、母に私とこのレベルの能力者が市井に転がっているのに何で一般に認知されていないんだろう?
「……そうだよ、照」
「うわぁっ!?」
不意に背後からあすなろ抱きされ、前方に集中していたのもあってか凄い声が出てしまう。
慌てて振り返ればそこには抱きついてきた静を始めとした麻雀部の面々がほぼ全員こちらへ注目していて、いつから話を聞かれていたのかと思うと途端に恥ずかしくなる。
「照、ここ最近ずっと新入りの世話ばっかりでツレない……かと思えばなんか重要そうなこと話してる……私にも教えてほしい」
「そうですよ照さん。貴女はここのエースなんですからね? そういった情報はしっかり共有してもらわないと。……そもそもそんなものがあるのなら、何故教えてくれなかったんですか?」
「え? いえ、別に使わなくても勝てたので……」
部長からの指摘に、やや歯切れが悪く返答する私。これは半分は本当だが、もう半分が嘘である。
如何に同じ部活の仲間と言えど、それは同時に切磋琢磨するライバルとなる。そうなると、特に私の見せ札になるオカルトは意識されるとそれだけで無力となるので、知る人間はなるべく少なくしたかったのが一つ。
またもう一つの要因として、そもそもあまりオカルト能力を意識して欲しくなかったのもある。実際のところ、衣ちゃんがいる今はともかく、能力なんてふざけたものを前提にすると打ち筋がめちゃくちゃになって地力が伸びにくくなる可能性があるからだ。
その旨をやんわりと説明すると、なんか額に軽くデコピンされた。ぺちん。痛い。何をする。
「これは相談もせずに一人で勝手に決めた罰です。とはいえ……そうですよね。貴女はそういうところありますよね」
「照だからねぇ……」
「……むぅ」
なんか微妙に納得がいかないものの、まあこれだけ重要な要素を意図して隠していたのは事実なので何も言えない。とはいえこれも良い機会だと、せっかくなので部の全員を巻き込んで軽くオカルト能力について説明をすることに。
「と、言っても。実のところ私もそこまで詳しいわけじゃなく、能力者と表現しているものの、そう呼称するのが正しいかどうかも知りません」
ただ、それでも。一度でも天江衣と対戦したことがあるのなら、まず間違いなくその全員が思ったであろう。ただ端的に、
麻雀という競技は、普通に打てば立直ですら起きる確率は5割を切る。しかしそれは逆に言えば、誰か一人は4割5分の確率で立直が可能なゲームであるということ。
それが半荘一回分、最低8回の確率その全てを潜り抜け、その上で自身は0.4%以下でしか発生しないはずの海底摸月で幾度となく和了る。これは果たして偶然なのか?
「偶然では発生しないはずの事象が偶然発生した場合、それを引き起こした人物はまさしく超能力者であると言える。ただし、それが
故にこそ、その発生した事象そのものをオカルトと表現し、それを意図して引き起こせる人物をオカルト使いと呼ぶ。
「そして、オカルト使いの中でも発生する
「………。………照が異様に強いのも、その能力者だからなの?」
発言内容のぶっ飛び具合に戸惑う部員の中、未だに私をあすなろ抱きしてる静が耳元で囁く。くすぐったいからやめて。じゃなくて。……うん、まあ。話を聞いてるとそういう結論になるよね。それも間違ってはないんだけど……うーん。
「私は……まあ、そうなるのかな。というかね。実はこの部には私に限らずとも、むしろ麻雀に真剣に打ち込んでいるだろうほぼ全員が、厳密にはこのオカルト使いに該当するんだよね」
「え?」
流石にこの言葉は予想外だったのか、地味に首元にかかり続けていた腕の力が僅かに弱まる。
さっきはついワンピースの能力者で例えてしまったが、このオカルト能力は知っての通り、性質としてはHUNTER×HUNTERの念能力に近い。そしてきっと、その習得のハードル自体は恐ろしく低い……何故なら明らかに前世と違うのだ。何というかその、全体的な和了率とかその辺が。
「だって静。貴女初心者相手に半荘2回もやったら、一回くらいは倍満狙えるでしょ?」
「え?……まあ、それくらいなら……」
「それ、ダウトだから。相手の弱さとか関係なく、普通はそう簡単に倍満なんて和了れない」
「ええ……?」
納得ができないのか、静の反応は鈍い。しかしこの点に関して納得できないのはこちらの方だ。龍門渕さんが特に顕著だが、本来なら麻雀なんて派手さを求める競技ではない。もっと地味で静かで陰険で……3900くらいの点数を細々とやりとりする、そんな全体的に暗い遊びなのだ。
というか倍満なんて親で和了れば初期点数とほぼ同等だぞ。それ相応に難しいに決まってる。どうしてそうも簡単に和了れると思ってるんだ舐めてんのか。
「衣ちゃんが代表的だけど、例えば静であれば、『オタ風を明槓すると、その牌にドラが乗りやすくなる』能力がある」
「……初耳なんだけど」
「いや、言ってないし、聞かれてもないから……でもこれ、火力は相応に高くなるけど、かなりリスキーな能力なの分かる?」
「……そうですわね。槓材集めも槓そのものに関しても、基本的には相手の利益に繋がりやすいですわ」
口を挟んだのは龍門渕さん。唐突な流れで説明した能力に、きっちりリスクリターンを踏まえた上で発言できるのは流石だと思う。
そしてまさしくその通り。麻雀が相手と対面して行う競技である以上、意識していれば当然違和感が相手にも伝わるし、対戦中は厳しくても後で牌譜なんかを研究されれば一目瞭然。特に部内では毎日のように打つわけで、その度に変な打ち方をされると純粋に読みが鈍る。そもそも槓でドラや符を調整してプラマイゼロで半荘を終えるような変態は妹一人で十分なのだ。
「だから短期的には強くなるけど、プロなんかを目指すならある程度の地力が付くまでしばらくそういうのは抜きにした方が──」
「……いや、短期的でもなんでもいいから、手っ取り早く強くなる方法があるなら早く知りたいんだけど」
「え?」
目をパチパチとさせて、思わず静の腕を振り払って強引に振り返る。そこには相変わらずダウナーな雰囲気を醸し出す静の顔があって……うわ顔近っ。下手したらぶつかってたよ。びっくりしたなもう。
「……あのね、多分だけど。こんな龍門渕さん一人にボコボコにされるような弱小麻雀部でプロを目指す人なんてのは、それこそ照自身や照が実質引き入れた龍門渕さんたち一派くらいなもので、少なくとも私含むうちの大多数は、そんな先のことまで考えてないから」
「えー……?」
そうなのか。ってかそうだとしても、それをはっきりと公言するのはちょっとどうなんだろう。いや、でも……うーん。
(………)
私自身、割と麻雀は真剣にやっていたのでその発言は地味に衝撃である。というか、そうか。別に麻雀が全ての世界ってわけじゃないんだなここ……こんなにあからさまに麻雀が人気なのに。
「それに私も、衣ちゃんみたいに予告和了とかしたい。『お前達の命脈も尽き果てる!』ってよく分からないけどカッコいいよね」
「……別にあれ、一発芸じゃないからね?」
半ば呆れながら返答する。思った以上にダメージが大きくて衝動的に周囲を軽く『見』渡すと、本当に結構な人数が同意を示していて更に困惑。私と静、こんなにも意識の差があるとは思わなかった……。こんなんじゃ私──いや、それで私が何かするわけでもないけど。
しかし、そうなら……うーん。………。
(……別にいいか。なんか面倒になってきたし)
「じゃあ更に脱線するけど、とりあえず希望者のオカルトを調べてみようか……私、実はそういうオカルトを保有しているので……
しばらく考えて、本人の同意があれば構わないだろうと将来をぶん投げる私。人はそれを思考放棄と呼ぶ。加えて、よもやこんな酷い流れで行われたエンジョイ勢による大能力精査祭(仮)が、まさかあのような大惨事を引き起こすことになるとは、この時はまだ、誰も予想だにしていなかったのである。
☆☆☆
『場の空気に呑まれる』とは、現在の状況のことを指すのだろうとボクは思う。
「……これは予想以上かな」
事の発端であるはずの宮永さんが、沈黙が満す空間に波紋を立てる。静寂の中に突き抜けるその声にふと我に返って周囲を軽く見渡せば、ボク達以外の人、つまり各々その『能力』とやらを試していたはずの部員たち全員が、等しくボク達の卓に集中しているのが見て取れた。
「──では、起家である私から」
びくりと、大げさなほど勝手に身体が反応する。聞き覚えのあるはずなのに、あまりに聞き慣れないその声。それは今現在において、間違いなくこの空間の中心人物にあたる彼女から発せられたものだ。しかしそれは、原因ともなった宮永さんのことではない。
即ち、ボクの主人でもあり友人でもある龍門渕透華。いつも陽気な彼女が放つ異様な“
国広一 手牌
{三三六七九2赤55①④④北西}
ツモ
{北}
(パッと見、手牌は悪くないけど……)
むしろ『悪くない』ことこそが問題なのかもしれない。現在、この卓に座っているのはボクの他に衣、透華、宮永先輩の3トップだ。ボク自身もそれなりには麻雀の腕も立つ自負があるにせよ、この面子相手に勝てると思うほど自惚れてはいない。
特にオカルトなどという非常識な話を証拠付きで散々聞かされた直後だ。いや、宮永先輩の話が本当ならボク自身も自覚していないだけであってそのオカルトとやらを使えるそうだけど、存分に使い熟しているはずの宮永さんには絶対に劣るだろう。
(でも……)
打牌
{西}
ぐるりぐるりと様々な思考が入り乱れ、最終的な結論として選んだのは普段と何も変わらない平凡な
宮永照 打牌
{赤⑤}
まるで助けを乞うように宮永さんの方へ視線を向ければ、彼女の第一打は当然のようにセオリーから外れたもの。無論、手牌の形が最初から良いようなら危険牌になりかねない赤ドラを巡目の早いうちに捨てる、というのも間違いではないのだけど、彼女のソレはボクの平凡な
「ほう……?」
天江衣 打牌
{赤五}
その思考を証明するように、衣が宮永さんとほぼ同一の牌を手牌から溢す。宮永さんに衣、この卓にいる圧倒的強者2人が全く同じ選択をした。ならばきっと、間違っているのはボクなのだろう。それが如何に、傍目からはオカルトにしか感じられなくても。
「リーチ」
「立直棒は必要ありませんわ。ロン、5200」
「……はい」
10巡目、卓にいる全員がただただツモっては捨てるをしばらく繰り返したのち、動き出した宮永さんの立直牌を透華が直撃する。
しかしそれに衝撃を受けるわけでもなく、むしろ得心したように宮永さんは点棒を差し出す。何気に透華が宮永さんに直撃したのは初めてだったような気がするけど、今の正気には見えない透華を見るに、反応を期待するだけ無駄だろう。
「ツモ」「聴牌」「ツモ」「ノーテン」「聴牌」「ツモ」「ツモ」「ノーテン」「聴牌」
それからはひたすらに透華だけが和了り続けて宮永先輩と衣(とついでにボク)をボコボコにするという異様な光景が続き、透華の点数が50000点を超え、遂に最下位である宮永先輩の10倍以上と圧倒的な大差にて迎えたオーラス。
そこでふと気づく。そういえばこの半荘で、誰も一度も鳴いていないな、と。
それは、ボクと実力が切迫する純くんが鳴きを多用するからこそ気付けた異常。そう思うと、よくよく思い返してみれば、無理やりにでも鳴ける場面がなかったのではと、浮かび上がったその事実に、そのあまりにあんまりな
透き通る透華の冷たい声。それが振り返るとまるで反響しているかのようにリフレインされるのは、その中に
(──いや、違う。正確には、一人だけ──)
「
澄み切った泉に上空からダイブするような、無遠慮で無粋な一言が突如として透華に降り掛かる。
咄嗟に俯きかけていた顔を上げれば、そこには冷たい表情のままながらも、どこか動揺を表している透華がいて──そんな彼女に突きつけられている役を見て、更に驚愕する。
宮永照 和了形
{一一一二三四四五六七八九九九}
「──32000点。これで捲りトップだね」
「──!」
当然のように、必然のように。以前にも見た、一生に一度しか和了れないと言われる役を携えながら宮永先輩は宣告する。
そして、そんな異次元の麻雀を間近で体験したボクは、確かにこんなの相手にしていたら地力がどうこうという問題じゃないよね、と宮永さんがそれをひた隠していた理由について改めて実感するのだった。
次回があれば多分時間が飛びます。具体的にはインターハイくらい。
登場人物紹介
国広 一
メイドさん2号。ご存じ服装がやばい人。本作においては服装はあまり描写されないと思うので基本一般人枠。麻雀はそれなり。
井上 純
背が高い。イケメン。最初原作読んだ時男性かと思ってた。他人の座席に置いてあるタコスを勝手に食べ出す結構やばい人。麻雀はまあまあ強い。
礼堂 静
れいどうしずか。オリキャラ。照の友人兼部活仲間。それ以上でもそれ以下でもない。レズでもない。麻雀は割と弱い。
部長
龍門渕高校麻雀部部長。実はお嬢様なので口調が丁寧。それだけ。名前は必要になったら考える。麻雀はそこそこ。