解説の宮永さん   作:融合好き

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きっと何かが変わったその日

「うーん、どうしようかな……」

 

ついにインターハイも目前に迫ったある日のこと。今日は透華が日直だということで一人で部室の扉を開けると、そこには何かの紙切れを片手に珍しく苦悩している様子の宮永先輩がいた。

 

「こんにちは。お疲れ様です。……一人ですか?」

「こんにちは。うん、一人。HRがちょっと早く終わってねー。うちのクラス、麻雀部は静くらいしかいないし、その静も生理酷いからって今日は不参加だし」

「なるほど……」

 

とりあえず返事が返ってきたので一安心する。そうそう人前で弱みを見せないポーカーフェイスの彼女が、こうもあからさまに苦悩してるので何か重大な事件でもあったのではと邪推したが、口調からもそれほど重要な悩みでもなさそうだ。

 

「ああ、そうだ。国広さんって1〜5の中でどの数字が好き?」

 

その証拠に、悩みの内容についてだろう。軽い調子で宮永さんがボクにそんなことを尋ねてくる。質問の意図自体はまだわからないものの、別に回答に困るような内容でもなかったので、荷物を部室の片隅に置きながら軽く答える。

 

「特に拘りはありませんけど……強いて言えば、1ですかね? ほら、ボクって下の名前が(はじめ)なので」

「そう? ……じゃあ国広さんが先鋒でいいかな」

「ちょっと待って貰えるかな?」

 

ノータイムで()()()()()()()の一番上にボクの名前を書き込もうとした宮永さんを慌てて押し止める。やっぱりこの先輩は色々な意味で、一筋縄ではいかない人だと改めて実感するボクなのだった。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

いつだったか、麻雀のインターハイがあると聞かされて、思わず吹き出してしまったのを覚えている。

 

あれは今から36万……という冗談はさておいて、中学一年生になったばかりの当時の私は、麻雀における対戦経験が家族に偏っている、むしろ家族以外との対戦経験がないことを憂いていた。

 

とはいえ実際のところ、あくまで親の庇護下にしか居られない学生の時分でそれ以上を求めるのは酷であろう。親からすれば、習い事の一つにしたって相応の時間や費用を割く必要がある。特にうちの両親はとある事情からちょうどその時期は多忙で、4人で食卓を囲むことすら稀であった。

 

そうなると必然、私の対戦相手は妹一人に絞られることになる。しかしこの妹……咲も咲でその事情から塞ぎ込んでしまい引き篭もりがちで、とはいえ精神的にはそれなりに歳を重ねている私が我儘を言えるはずもなく、それ以前に間近に迫る生々しい家庭環境の崩壊を目の当たりにして、毎日を怯えて過ごしていた。

 

「ここがあの女のハウスね…」

 

だから、だろうか。その日はクラスメイトの誘いに乗って、中学校に当たり前のように存在していた麻雀部の部内戦に軽い気持ちで参加した。家に居づらかった気持ちも多少は無くもないが、実際のところ、私自身としても、自分が同年代と比較してどれくらいの位置に存在しているのか気になっていたのだろう。

 

まずは結論から言うと、その試みは過ちだった。少し考えたらわかることだった。あの家で行われていた麻雀が、まともなモノじゃないことなんて。

 

部員全員を纏めて薙ぎ払い、以前はプロだったという顧問の先生すら手も足も出せない。最初は凄い凄いと褒め称えたクラスメイトも、その日の部活が終わる頃には何も言わなくなっていた。

 

私の家の事情もあってか、部活には勧誘されなかった。いや、仮に家の事情がなかったとしても、あの様子では歓迎されることはなかっただろう。

 

そして存分に思い知った。これではまるで楽しくない。勝つのが気持ちいいのは認めるが、こんな勝ち方では面白いとは言えない。

 

しかし実際どうすればいい? 最早私の実力は、ただの事実として他者のそれとは隔絶している。手加減を学ぶというのも違う。勝負事は、あくまで全力でやらないと面白くない。

 

麻雀から離れる選択肢も頭に過った。けれど私は、麻雀が好きだった。何故なら麻雀は当時の私にとって、唯一と言っていい家族とのコミュニケーションツールだったのだから。

 

「嫌いになりたくないなぁ……麻雀」

 

全力で打つことすら周囲によって憚られ、いつしか牌を握るのすら苦痛になる。そうなってしまえばもう終わりだ。私はそれが怖かった。それを捨てればあの家がどうなるのか、簡単に予想が出来てしまうが故に。

 

しかし結局、都合良く解決策など思い浮かぶはずもなく、それから丸1年、どこか家族とは気まずいまま、必死のフォローでどうにか家族がバラバラになるかならないかのチキンレースを繰り返し続けたある日のこと。

 

「……ねえお姉ちゃん。明日なんだけど、友達喚んでいい? 須賀くんって言うんだけど……」

「──え?」

 

ついには問題が解決しないまま、ようやく学校にも行けるようになった妹から不意にそんなことを聞かれる。私はきっと、その日の衝撃と感動を、いつまで経っても忘れないだろう。

 

 

 

…………………

 

 

…………

 

 

……

 

 

 

「──宮永さん、宮永さん」

「ん……?」

 

肩を揺すられ、微睡んでいた意識が覚醒する。視界の端には、いつも見惚れていた綺麗な金髪。どこか()()()()と被る眩しい彩色は、私の一番好きな色でもある。

 

「珍しいですわね。宮永さんが上の空なのは。何か思うところでもありまして?」

「この時期はちょっとね……まあ、どうでもいいことだよ」

 

これは本当だ。もうあれは終わったことだ。今更後悔しても意味はない。いくら無力感を味わったところで、解決した以上は自己満足以外にはなり得ない。

 

(しかし、私がインターハイね……)

 

正直なところ、あの頃は家族が纏まったままに私が参加できるとは思ってもなかった。だから毎年この時期になると、ついつい感慨に耽ってしまう。

 

今日はそのインターハイ長野予選の初日。56もの高校が犇めき合い、頂点の座を競い合う。過去を振り返ることなんて、終わってから良き思い出と共にで構わない。

 

「ねぇ、本当に私が先鋒でいいの?」

 

試合会場に向かう直前、最後に改めて部員の前で確認する。私は確かにこの部内における平均着順がダントツだが、それでも点棒の奪い合いという点では衣ちゃんに劣る。実際、去年はそれが原因で団体戦では風越に稼ぎ負けた。今回もそうなる可能性がある以上、衣ちゃんに任せた方がいいのではないか。

 

「先鋒は絶対的なエースを置き、大きく点差を付けて後続を縛る。それがインターハイでは一般的ですし、確かにその戦略は正しくあります。しかし──」

 

私がつい零してしまった弱音。それをばっさりと否定すべく、龍門渕さんは声を上げる。

 

「我が龍門渕高校麻雀部の先鋒は、貴女以外はあり得ない。どれほど理不尽なオカルトでも、どのような相手だろうと安定して戦えて、最悪情報だけでも持ち帰る。それはまさしく先鋒の仕事です。

 

──誇りなさい、宮永照。きっと我々の世代にて、正しい意味で『先鋒』に相応しいのは、貴女をおいて他はありませんわ」

「──」

 

俯きかけた私とは対照的に、どこまでも堂々と、胸を張って龍門渕さんは告げる。凄い人だと、素直に思う。それは入学式の日に茶化していたときとはまるで意味が違う、正しく彼女を表した言葉だった。

 

「──行ってくるね」

 

もう振り返る必要はない。去年までとは違い、今の私にはこんなにも頼れる仲間がいる。ならば私はいつも通り、全力で卓に臨むだけだ。どんな相手でも全力を出し切れる。それが私の望み(オカルト)なのだから。

 

 

 

 

先鋒戦終了

 

龍門渕  113300

今宮女子  76800

赤沼第一  84700

高瀬川  125200

 

 

 

 

「ごめん、負けちゃった…」

「って、何をあっさりと負けてるんですのぉぉぉぉおっ!!!!」

 

すごすごと控室へと戻った私に、予想通りの絶叫が響き渡る。だから言ったじゃん、とは流石に言えない。もう何というかただただ恥ずかしい限りです、はい。

 

「……いや、でも、あれはしょうがねぇわ……むしろよくプラスまで押し返したもんだぜ」

「高瀬川の3年、物凄い豪運だったね…」

「……まさかこの大会での初めての役満が天和になるとは思ってもみなかった」

「ちなみにインターハイですら天和の記録はない。まさに天運。凄い」

「ははは……」

 

各々の必死のフォローを渇いた笑いで返す私。言い訳をするなら、あの卓には今宮女子……『最速』の名で有名な門松葉子さんがいて、早和了りに対抗するためにはどうしても安手で和了るしかなかったというのが敗因の一つなんだけど……ま、これは野暮な話か。

 

「稼ぎ負けたのは悔しいけど……まあ、たまにはこんなこともあるよ。麻雀ってそういうものだしね。バトンを渡すことになるみんなには申し訳ないけど……」

 

そう言いつつも、どこか私の心は清々としていた。確かに負けたのは悔しいけど、これは私が全力で挑んだ結果だ。そして私のような化け物が全力で挑んでも、時には負けることがあるのが麻雀という競技だ。

 

きっと、だからなのだろう。どんなに絶対的に見えるオカルトに対しても、必ず和了筋が残されているのは。

 

誰もが卓に座る以上、そこには勝負をしようという意志がある。ならば必ず、そこには勝ち負けが付き纏う。どんな異常な人間も、それが麻雀という競技である以上は、敗北の可能性から目を逸らすことが出来ない。その敗北をねじ伏せて勝利してこそ、勝負とは面白いものなのだから。

 

「──なんにせよ、終わってしまったことは仕方ありませんわ! ならばそこで待っていなさい宮永照! 次は貴女のライバルであるこの私が、貴女の分まで稼いで魅せますわ!」

 

何故か副将である龍門渕さんがこのタイミングで控室から出て行き、それを追い掛けんと続けて退出した国広さんを私は苦笑して見届ける。

 

彼女の突飛な行動に、周囲の全体が巻き込まれる。それはまるで、彼女が世界の中心のようで。

 

しかし、それを愉快なことと感じている私と、いつの間にかそれを受け入れてしまっている自分がいて、こんなおかしな世界も悪く無いなと、改めて実感するのだった。

 

 





導入なんで短めです。次回は決勝戦まで飛びます。(※この試合は衣がなんとかしてくれました)

ちなみに、この作品の照の能力は『相手のオカルトを解析、及びそのデメリットによって生じる和了り筋をなんとなく察する』というもので、基本的に対オカルトに特化しています。なので龍門渕透華や天江衣、松実玄、大星淡なんかは割とボコボコに出来ますが、逆に江口セーラとか愛宕姉とかそこら辺の面子相手には基本的に実力勝負になります。また役を知ってるだけの雑魚相手に本当に偶然で初手役満とかをされると運次第では負けることもあります。麻雀ってそういうゲームだから仕方ないね。

また、これまでの描写だと最強モノっぽくも見えますが最強は咲ちゃんなので最強ではありません。

多分フナQあたりが一番欲しい能力。むしろオカルト版フナQ。


登場人物紹介



主人公の父親。本名は宮永界。咲世界では貴重な名前のある男性キャラ。麻雀が強い。おそらくもう出番が無い。

沢村 智紀

原作で次鋒やってた眼鏡の子。現時点では交通事故で轢殺されたくらいしか出番が無い可哀想な子。麻雀はそれなり。この作品では次鋒国広中堅井上副将龍門渕大将天江になってるので以降の出番も殆ど無い。

門松 葉子

かどまつようこ。「最速と呼ばれた私のスピードに着いてこれるかしら?」みたいな独白くらいしか原作で出番無い子。原作で2年生なのに先鋒、且つ最速とか言われてるので多分きっとおそらく強い。もう出番無い。




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