『天岩戸』
作中でちょくちょく「初見殺し」と呼ばれているオカルト。普段は照魔鏡に充てているオカルトぱぅわーを遮断、すなわち意図的に自らの視野を狭めることで、半荘一回につきトータルで大体役満一回分くらいの手牌が手に入る。手牌の質は狭めた範囲に比例する。また、一度狭めた視界はその半荘で回復することはない。
雑魚散らしに便利だから多用しているものの、実は原理は本人にも分かっていない。あと一日に一回くらいは理由もなく役満和了りたくなって東一で無理矢理和了ってたりする。(そしてその半荘は大体負ける)
別に私は自分達のことを、決して無敵だと認識していたわけではない。
事実、客観的に見て我が校は、全国大会常連校と言えば聞こえはいいものの、その実態は毎年のように初戦敗退を繰り返す井の中の蛙であり、全国という大海に飲まれ、明らかに適応出来ていないのが現状だ。
しかしながら、それでも私は長野の頂点に立つ高校のキャプテンとして、その座に恥じない行いはしてきたはずだ。毎日毎日朝から晩まで研鑽を積み重ね、その上で後輩の指導も欠かさない。
特に次期部長候補の福路や、一年で頭角を現しレギュラーに選抜された池田は私から見ても相当に優秀で、今年こそは全国制覇を狙えるんじゃないか、などと意気込んでいたものだ。
当然、対戦相手の研究も欠かすことはない。城山商業や天竜女学院といった強豪校は勿論、個人的に気になった選手のデータをツテを利用して取り寄せたり、人脈を活かして実際に対戦した選手からその印象を聞くなど、コーチからは心配性と言われることが私の常だった。
だが、池田を見れば分かるように、人材とは何処に眠っているのかわからないもの。団体戦における麻雀は5人で行われ、そういった人材1人ではそうそう覆せない競技ではあるのだが、逆に言えばたった5人が集えばそれだけで参加資格がある。最低限大敗しない実力を伴った人材を5人。厳しいが、やろうと思えば個人のツテでも十分に集められるだろう。そしてその個人が小鍛治プロのような怪物であれば、風越の栄光も危ういかもしれない。
幸いにも、インターハイ長野予選大会の規模はそれなりに大きく、2日の日程に分けて実施される。56校全てのメンバー全員は流石に無理だが、2日目へ進出した面子、勝ち上がってきた8校程度であれば1日で牌譜を洗うのも不可能では無い。無論、城山商業や天竜女学院といった事前に調査した学校に関しても省かれる。よって私が最終的に集中して研究することとなったのは、たった1つの無名校の存在だった。
「龍門渕高校……」
龍門渕高校。風越以上の規模を誇る全国有数のマンモス校で、いわゆるお嬢様学校としてよく知られている。しかしそのブランドは本物で、現在の長野市長や、長きに渡り政界で活躍している大臣の一部がこの高校の出身だということで数多の羨望を集める優良校である。
当然、人材についても相応のレベルだろう。単純に風越以上の生徒数がいる。麻雀の競技人口はもうすぐ一億を超えるという。大会に出ようとまでは考えていなかったものの、趣味で麻雀をやっている実力者が部活を機に参戦というのは、あまりにありふれた話でしかない。
まさしくそれを証明するように、レギュラーとして登録されている面子は先鋒を除くその全員が一年生。インターミドルに出ていた形跡もない。おそらく完全に無名の人材だろう。先鋒である宮永は昨年個人4位の有力な打ち手。それが相応の実力者と組めば、決勝まで上がってくる可能性は十分にある。
「……の、はずなんだけど、何これ……?」
そう考えて、今大会のデータを漁る。のだが、その感想としては、困惑の一言である。
先鋒である宮永さんはまあいい。天和を食らってもプラスまで巻き返せる実力は流石の一言で、牌譜からも実に堅実な打ち手であるのが覗える。時折妙な打ち方の相手に対し、対抗するように暴牌することがあるのが玉に瑕だが、それでも風越でレギュラーを張れる逸材だろう。
次鋒、中堅、副将と順に見る。データそのものは半荘2回分しかないものの、全員が真っ当な実力者であることが分かる。強いて気になった点を挙げるとするなら、中堅の子が時々無理気味に鳴いていたり、副将が高め重視の打ち方をすることくらいだが、これくらいならまあ嗜好の範疇だと思う。団体戦でそれはどうなんだろうと個人的には思うところがなくもないが、結果としてプラスで折り返している以上、それを咎める理由もない。ここまではいい。
しかし最後の一人──即ち大将の子の牌譜であるが、それは明らかに異常だった。
初心者としか思えないような暴牌。異様に進まない他者の手牌。極め付けは──たったの半荘2回で、4回も成立した海底摸月。
単なる確率の偏りにしてはあまりに異質すぎる。理外の打ち手──そうとしか呼べない、全国に時々現れるという怪物。おそらく彼女は、そのうちの一人なのだろう。
幸か不幸か、私にはそれらとの対戦経験はない。だから──だろうか。私はそれをデータとして間近で見ても『そういう人間もいるのだろう』とどこか他人事であったし、またそう言った人種に対して、それでも勝負にはなるだろうと考えていた。
それは理解できないモノに対しての思考放棄だと、その瞬間まで気付くこともなく。
………………
…………
………
「今宵は朔夜か……だが、それでも構うまい。元より感覚のみに頼るつもりもない。それ以前に──有象無象の相手なぞ、瑣少の力で十二分だ」
なんだ──これは。
とても同年代とは思えない体躯の少女は静かに告げる。あからさまな侮蔑。しかし私はその言葉に反論することができない。どころか──彼女が纏う異様な空気に、飲まれて声も出せないでいる。
発声をしなくては、もはや麻雀が成立しない……はずが、どういうわけか、競技は滞りなく進んでいた。というのも、彼女以外の卓の全員が、先程から聴牌すら出来ずにいるためである。
これまでに開かれた手牌を覗く限り、配牌自体が悪いわけではない。とはいえ麻雀は極論すれば運ゲーだ。六面待ちの一向聴でも聴牌確率は5巡して5割前後。最善手を打ち続けても次巡であっさり裏目るなど日常茶飯事でもある。
そうだ。確率的にはあり得ないことでもない。だから私がさっきから10巡連続でツモ切りを繰り返していても大丈夫。だって私の闘牌に、おかしな点なんて一つも──
「ツモ。海底摸月、2000・4000」
文字通り、この場を支配している少女が和了る。この半荘では2度目となる海底摸月。大会全体ではもう10度目にもなるだろうか。
しかし、これも確率的にはあり得ること。大丈夫。ただ運が悪いだけ、何もおかしなところは──違う!そんなはずはない!おかしいおかしいおかしい、
18巡目 手牌
{五六12345678⑧⑧西}
ツモ
{④}
打牌
{西}
度重なるツモ切りを恐れ、最後の牌を手出しで放る。乱暴な捨て牌という自覚はあった。けれどそれ以上に、もはや何かが限界だった。とにかく早くこの空間から逃れたい──その時の私は、そんなことしか考えていなかった。
「ロン」
ならばきっと、この結果は必然なのだろう。悪夢の如き
天江衣 和了形
{南南南東東東白白白発発発西西}
「──河底撈魚。四暗刻単騎・字一色。確かルールではダブルは無いな。32000」
その
大将戦終了
風越 ー28700
天竜女学院 5600
龍門渕 406200
城山商業 16900
☆☆☆
「えー、長野大会優勝を記念して、今日は特別ゲストをお呼びしました。妹の咲です」
長野大会を制した翌日のこと。当日は日程からか夜も遅くすぐに解散したということで翌日となる本日の午後より開かれた祝勝会にて、部室に入るや否や宮永さんがそんなことを言い出す。
それに反応して視線を向けると、見慣れた赤髪の宮永さんのすぐ側に、彼女を一回り小さくしたような茶髪の少女が控えていて、親戚である私と衣以上に似通った顔立ちから、彼女が言葉通り宮永照さんの妹であろうことは疑いようもなかった。
「ああいや、まずは優勝おめでとう、だね。勿論、次は全国大会が控えているけれど、今日のところは勝利を噛み締めようか。ほら、咲も」
「あ……えっと、うん」
机を纏めて作られた即席の長机にグラスを並べ、部員全員(+妹さん)で乾杯を取る。持ち寄ったお菓子にジュースで祝勝会という、我が家で時折行われるパーティとは規模も何もかもが違うものの、こういうのも悪く無いと素直に思う。
ちなみにであるが、今回の祝勝会の音頭を取ったのは宮永照さんである。すっかり仕切りが板に付いてきたことといい、一応は休日の昼間なのに部員全員がわざわざ学校にまで集合する人望といい、もはやこの部の中心人物が彼女であることは間違い無いだろう。
「……ところで照、どうして妹さんを呼んだの? いや、別に悪いってわけじゃ無いけど」
しばらくして、宮永さん…照さんの友人である礼堂さんが切り出す。それはきっと部員の誰もが疑問に思っていたはずだが、こうして気軽に話題として繰り出せるあたり、やはり同じ学年でクラスも同じというのはかなりのアドバンテージであると僅かに嫉妬する。
「あー……いや、ほら。案外すんなりというか、ぶっちゃけ風越があんまり手応えなくてちょっとこれじゃなぁって思って。私見だけど、咲は既に全国区の実力はあるから、全国大会の前にそれを間近で体感して貰いたくてね」
「う…あう…」
妹さんの頭をわしゃわしゃと撫でながら照さんは告げる。あれだけ乱暴に撫でられると髪が乱れてしまいそうだが、妹さんは恥ずかしがりはするものの拒絶する雰囲気は感じられない。とりあえず、姉妹仲はかなり良さそうである。
「へー……強いんだぁ。うりうり〜」
「あ、わぁ…う…」
礼堂さんに頬を突かれるも、満更では無さそうな妹さん。とはいえ先程から擬音しか口にしてない。人見知りなのだろうか。けれど好意的に見られる分には嬉しいのだろう。人畜無害、その言葉がまさしく相応しい。そんな印象を受ける少女だった。
「ほう……」
しかしながら、照さんの口から「強い」などと言われては黙っていないのがこの子。普段の緩い雰囲気をすっかり排した衣が、まるで獲物を見るような目で妹さんを見据える。
こうなると彼女はもう止まらない。そもそもからして照さんが妹さんを呼んだ理由も彼女と同じである。よって当然の流れとして祝勝会の傍らで、部員がジュースを片手に見守る中、まずは衣、妹さん、礼堂さん、純の4人で軽く勝負をすることに。
「……大丈夫ですの? いくら妹さんが強いと言っても、衣が相手では……」
傍らにいる照さんに告げる。これは決して彼女を侮っているというわけではなく、客観的な事実としてだ。
照さんは妹さんを全国区と言ったが、衣や照さんの実力は全国という区分から最早逸脱している。特に衣が有しているオカルトとやらは、対峙した者に対しては悪夢でしかない。幾度繰り返しても聴牌すら出来ず一方的に和了られる。そんな怪物を相手にして、あのような人畜無害な少女に悪影響を齎すのは流石に看過することはできない。
そんな私の忠告に、照さんは軽い調子で、
「大丈夫大丈夫。見てれば分かるよ」
「本当ですの…?」
照さんが言うのなら酷いことにはならないと思いたいが、それでもやっぱり心配なので僅かに移動して妹さんの背後に立つ。その頃にはちょうど配牌も終わっていて──彼女に配られたそれを見て、私は目を限界まで見開いた。
宮永咲 配牌
{二二二二四四四四367西西}
(なんですの、これは……!?)
配牌の時点で分かる異常。対戦相手に表情が伝わらないよう、後ろを振り向いて驚愕する。とはいえそれも無意味だったのかもしれない。振り向いた先には私と同じように彼女の配牌を見た全員が、揃って私と似たような表情をしていたのだから。
「──カン」
そうこうしてると、部室に妹さんの声が響き渡る。それは先程までの人畜無害そうな雰囲気とは真逆、衣の本気モードと同等かそれ以上の、射抜かれるように鋭く冷たい言葉だった。
宮永咲 手牌
{四四四四567①西西} 暗槓{裏二二裏}
嶺上ツモ
{西}
暗槓で彼女が引いたのは当然のように有効牌。もはやこの程度では驚きもしなくなったのが悲しい。しかし彼女はここからが本番と言わんばかりに、それから驚くべき行動を取る。
「もう一個、カン」
「は……?」
宮永咲 手牌
{567①西西西} 暗槓{裏二二裏} {裏四四裏}
嶺上ツモ
{西}
彼女の対面に座る純が間の抜けた声を上げる。暗槓すら珍しいというのに、それが2連続ともなれば当然の反応だろう。しかしそれでもおそらくはまだ甘い。彼女の手牌を覗いている我々には、既に彼女が次に何を行うのかが透けて見えるようだ。
「もう一個、カン」
「ほう……!」
宮永咲 手牌
{567①} 暗槓{裏二二裏} {裏四四裏} {裏西西裏}
王牌から持ってきた牌を利用して3度目の暗槓。今対戦相手に晒した西が、手番が回った時点では対子だったなど誰が信じるだろうか。この時点で最低でも4飜確定であるのに、衣が嬉しそうに声を上げる。しかしまだまだその反応では足りない。ここまで来れば嫌でも察せられる。ここで次に彼女が引くであろう牌はおそらく──
嶺上ツモ
{①}
「──ツモ、嶺上開花。三暗刻三槓子、自風ドラ2で倍満。4000・8000です」
槓子にドラが乗らなかったのは幸運ではあるのだろう。しかしとてもではないが幸運などという言葉からは程遠い、まさしく見れば分かるほどに異常な和了り方であった。
「い、一体何なんですの、アレは……」
少し離れて彼女を見守る照さんに話しかける。そう言ってる間にも彼女は衣を相手に当然のように和了り続け、最早心配していた己が恥ずかしくなるほどに他を圧倒している。既に呼び方からして人間扱いしていない自分に気付くが、アレを見てそのように認識しない人間は稀であろう。
「あの子はねぇ……ちょっとやり過ぎたというか、元からどちゃくそ強かったんだけど、あることをきっかけにそれはもう弾けてとんでもないことになっちゃってね」
「きっかけ……?」
あの人畜無害そうな少女があのような有様になるきっかけなんかこの世に存在するのだろうか。そうしたら私はなんとしても衣をそのようにするのを避けなければならない。衣も衣で既にあの子に負けず劣らず相当な気もしなくもないが、流石にあそこまでぶっ飛んではないと信じたい。
「説明しよう。あれは今から36万──」
偶に照さんが言い出す謎の冗談を聞き流し、得られた情報は以下の通りである。
・火事で親戚を亡くした彼女は、一時期引き篭もっていた時期があった。
・そんな彼女を救ってくれたのは、彼女のクラスメイトであった少年だった。
「………?」
一通りの情報を聞き出した私の頭に浮かんだのは疑問符である。どこか衣の境遇と似ていて、当時の衣を鑑みるにその少年の献身は彼女にとって相当なものであろうことは想像に難くないが、それが一体麻雀に何の関係があるのだろうか。
そんな私に、照さんはどこか遠くを見つめて、
「かつての私は考えました。麻雀が精神的なものに影響を受けるのならば、陰鬱としていた当時の咲が強いのは当然の話。だけど精神的に尖っているというのは、それは決してマイナス方向だけのものじゃないはずだと」
照さんは語る。何故か事実として弱体化していった妹さんと、そんな妹さん及び件の少年を巻き込んだ珍エピソードの数々を。
「最終的に相手方の両親まで巻き込んだ騒動の果て、遂に念願叶って2人の少年少女は結ばれました。そしてその頃にはすっかりもう、かつてのトラウマを抱えた咲はいなくなっていたのです」
「聞くに、その念願は8割くらい照さんのものだったように思うのですけど……」
「シャラップ。……いや実際、一週間やそこらで引き篭もりだったあの子があそこまで心を開いてくれた少年だよ? もう何がなんでもくっ付けるに決まってるでしょ」
色々と思うところはあるものの、照さんと衣を割と強引に引き合わせたこの身としては強く言えない。だがしかし、それでもまだあの少女の強さの説明になっていない気がするのだが。
「それは私もよく分からない。咲は元々私に匹敵するくらい強かったけど、今はなんかもうよく分からないことになってる。でも、強いて理由を挙げるとするなら──」
照さんは語る。実は彼女が今この場所にいるのは、この近くで行われた件の少年がやっているハンドボールの応援に来た帰りなのだと。この日のために彼女は早起きをして弁当を作り、熱気漂う体育館で必死に声を張り上げて応援をし、周囲に揶揄われながらも弁当を食べあって、そして部活の仲間と学校に戻る姿を見送った。
「ほら。何というか、その──勝てないでしょ?」
「………」
無言のまま少女を見る。先程までは気にもしていなかったが、確かにただ祝勝会に参加するだけにしては荷物が妙に多い気がする。今まさに彼女の側に置かれている手提げ鞄の中には、おそらくその少年が食べたという空の弁当箱が納まっているのだろう。
「……それは確かに、勝てませんわね……」
照さんが出した結論に、理屈ではなく、深く納得する。問答無用で理解せねばならぬことが世の中にはある。そんな理不尽と謎の敗北感を、その全身で味わいながら。
喪女がリア充に勝てるはずもなかった。この作品の咲ちゃんはこんな理由でアホみたいに強いです。そんな咲ちゃんに対抗するため、照は段々とリア充になる必要があるのです(嘘) 過去に関しては原作で明かされてないので適当です。
長野出場校紹介
風越女子高校
原作でも決勝に出てきた高校。名門とか呼ばれてるので普通に強い。ただ流石に衣相手にはどうしようもない。キャプテンじゃないキャップとか描写できる自信がないので闘牌はばっさりカット。多分出番はある。
城山商業高校
原作一年前、つまり本作の時系列において本来は長野3位だった高校。多分強い。もう出番はない。
天竜女学院
トーナメント表に載ってるくらいで特に原作でピックアップされたことはないが、なんとなく名前が強そう(偏見)なのできっと多分おそらく強豪校。もう出番ない。