そんなわけでなんか出来てしまったので投下します。
──弱っちそうな奴。それが正直な感想だった。
全国大会も二回戦となれば、それはそれなりに緊張もする。それでもウチは去年の経験や生来の気質もあってかガチガチとまでは行かずとも、しかし内心では相応に緊張していたことを覚えている。
「あ、どうも。お先に失礼しています」
だからこそ、比較的早めに会場へと足を踏み入れたウチは、既にその場で陣取っていた彼女の存在に面食らった。いくら会場には他に誰もいないからと、よもや仮にも全国の猛者が集う雀卓の一角で、休日のオヤジみたいに堂々と新聞を読んでる阿呆がいるとは想像もしてなかったからだ。
(なんやこいつ……)
「ええと確か、千里山の人だよね。……そうそう、江口さん」
うわ話しかけて来た。遠巻きに様子を伺っていたウチの思考をよそに、そいつは広げていた新聞を畳んで自身の席に片すと、
「初めまして、龍門渕高校の宮永です。今日はよろしくお願いしますね」
「あ、ああ……」
にこやかにそう告げて、再びそいつは新聞を広げ始めた。……いやホンマ何なんやこいつ。マイペース過ぎやろ。思わず歯切れ悪い返事になってもうたわ。
(ん? 宮永……?)
ふと、聞き覚えのある名前が思考の片隅に引っ掛かる。否、聞き覚えのあるどころではなかった。まさしく試合会場に向かう直前、長ったらしいミーティングの中で真っ先にその名前が出ていたからだ。
「ふむふむ……」
(………)
しかし、どうだろう。今まさに経済紙を熟読しているコイツからは、いわゆる強者特有のオーラというものをまるで感じない。キャプテンや竜華、他校だと洋榎といった強い面子は、それぞれ独特の気配を纏っているのが常だ。あくまでこれはウチの直感でしかないのだが、感じた奴らは全員それなりの打ち手であったので間違いはないだろう。
だから、弱そうな奴。ウチはこいつをそう断じた。それでもカントクやフナQが注意しとったんで警戒はするが、実際にはその必要もないだろうと。
そう思っていた。そして事実としてその感想は間違っていなかった。もしや卓上では雰囲気が変わるスイッチタイプかと思いきや、そいつは実際に打ち始めてからも朗らかなオーラを崩すことはなかった。
ただ、問題があるとすれば──
「あ、それロン。えっと白のみで1000点だね」
「………了解や」
倒された牌を確認し、点棒を強く握って差し出す。安いからと安心することはない。何せウチの手牌には、その30倍にもなろうという手が眠っていたのだから。
(マジで何なんや、こいつ……?)
弱そうな奴。その認識は今に至っても変わらない。ただ和了られる。理由もなく。根拠もなく。弱そうに見えるこいつを前にウチはロクに和了れずにいる。
気づけば、半荘も南場に差し掛かろうとしていた。しかしウチのこれまでの和了りと言えば、東一にあった様子見の満貫くらいで、それ以降の手は全てこの弱そうな奴によって潰されている。
もはや頭では最優先で警戒すべきと理解している。けれどウチの本能と言うべき何かは、真嘉比と射水総合の先鋒を優先する。
理解っていても止められない。それは強盗に拳銃を向けられた人間が怯えるのと同じ。実は同じく横で怯えていた一般人が強盗を瞬殺できる暗殺拳の担い手だとして、表に出て来なければそんなものは認識できるはずがないのだ。
「ツモです。一盃口と役牌一つ。他の複合は無いかな……1000・2000。お疲れ様でした」
「お疲れ様です」
「お疲れ様でした」
「……お疲れ様でした」
結局、訳がわからないままに、最後の高目も潰されて前半戦が終了する。半荘一回では終わらないことにこれほど感謝することになるとは、初めにこの弱っちそうな奴を見た時にはまるで考えもしなかったことだった。
先鋒 前半戦終了
真嘉比 101900
龍門渕 113400
射水総合 88000
千里山 96700
……………………
……………
………
「実際に見ると、思った以上に気持ち悪いな……」
控室に戻ると、開口一番にカントクがそう告げる。誰のことを指しているのか、これに関しては本能的に理解した。気持ち悪い……そう、アイツの麻雀は、まさしく気持ち悪いとしか言えない何かだった。
「何やねんホンマにアイツ……」
「高目を狙うと、それを悉く潰されとるな。まあ普通の人間は、高目を狙ったからとそう簡単に手が入るものでもない。なら少なくとも宮永にとって、江口のそれは
何のこっちゃ、と思ったが、心当たりがあったために直ぐ察する。高目を潰される。それは試合中に散々感じていたことだ。それでも理解できないことはいくつかあったが、それがアイツの仕業という点は同意である。
「射水総合のこっちは分かりやすいな。こいつはリーチ牌を狙い撃ち……イカサマやない方の“燕返し”が得意やったはずやけど、逆に2回返されとるな。偶然にしては出来過ぎや。これも宮永の仕業で間違いないやろ」
カントクも漫画とか読むんやなと、関係ない思考が過ぎる。つまりはそれだけ混乱しているということだろうか。普段なら試合中にこんなこと、考えもしなかったはずなのに。
「そして真嘉比はデータ通り普通のデジタルと……結果を見たら一目瞭然やな。もう部員全員アイツの前に座らせて結果を見てみたいわ」
はぁーと深くため息をついて、カントクは改めてウチへと向き直る。仮にも強豪校の先鋒がこの有様、叱責の一つでも来るのかと思えば、返ってきたのは予想外のそれだった。
「……どうにもならん。特殊すぎるわ。運次第で勝てるかもしれんが……この試合中は無理やろな。既にこれだけの点差がついとる。高目を狙わずにこの点差をひっくり返すのは流石に厳しい」
「高目を狙わず……? 安目でどうにかしろってか? 冗談やろ、既にこんな──」
「甘えんな」
びくりと身体が震える。カントクが冷たい声を出すときは、ウチらに現実を突きつけるときだ。最後に見たのは、ウチが先鋒に選ばれたその瞬間。詰め寄る3年の部員に対して、このような態度だったのを覚えている。
「そうやろうなとは思っとったが、今回のでハッキリしたわ。いいか江口──
「なに、を……」
「運が悪かっただけってか? 違うで。確かに運の問題はあるが──お前が負けたのにはちゃんとした理由がある。江口、お前があの卓で高目を狙い続けるなら、安手より先に和了れるなんて希望は捨てろ」
厳しい口調のまま、されどどこか言い聞かせるようにカントクは語り始める。それはまるで、子どもに常識を説くかのように。
「本来、麻雀というゲームはな──
それを簡単に和了れるお前はおかしいと、言外にカントクはそう告げる。そして事実、ウチにとって高目とは、そこまで難しいものでは決してなかった。確かに確率的にはおかしいかもしれないが、ウチはそれを、ウチが高い実力を持ってるからと認識していた。それがおかしいと?
「まあ、確かに実力と言えるかもしれんな。そういった運も全部ひっくるめて、それがお前の強さという認識でええ。ただ、どういうわけか宮永相手にはその豪運が通用せーへん。だから普通に安手も狙う宮永相手に、高目しか狙わないお前が速度で負けるのは当たり前やろ」
「………」
「とはいえ今更改善も無理や。けどまあ、この分なら大負けはせんやろうし、この際一度、持たざる者の気持ちってのを存分に味わってみるとええ。言っとくがな、お前が蹴落とした3年の連中は全員、普通にあの宮永に勝てるで」
尤も、それも全部運次第やがな──と締め括り、やたらと長く感じた休憩時間も終わりに近づいていく。しかし、そろそろ会場に向かわなければならないのに、何故か身体が追いつかない。
(ウチが間違ってた……? でもウチは、それで先鋒を勝ち取ったんや。だけど、それだとアイツには──)
ぐるぐると、ぐらぐらと、揺らいだ思考が頭を鈍らせる。足元が覚束ない。まるでこれまでの全てを否定されたような気分になる。
「よろしくお願いします」
結局、ぐちゃぐちゃの思考のままで、気付けばウチはアイツと同じ卓の席に座っていた。今になってもオーラを感じない朗らかな微笑みに、どこか不気味なものを覚えながら。
先鋒戦終了
真嘉比 90400
龍門渕 120100
射水総合 73600
千里山 115900
「なんか勝てたわ」
「…………。…………ホンマ、訳分からん打ち手やな。これは……」
本気の言葉をあっさりと覆されて、カントクは強く頭を抑える。そしてそのまま諦めたように、彼女は深くソファに凭れ掛かるのだった。
☆☆☆
副将戦終了時点
真嘉比 105100
龍門渕 119000
射水総合 68500
千里山 107400
「ほぼ横並び……申し訳ありませんわ」
「うーん、龍門渕さんでも厳しいか……やっぱり普通に強いね、銘苅さん」
点数を見ながら告げる。副将戦開始時点では真嘉比は80000を切っていたので、単純に彼女一人で25000点持ちの初期点数分以上は稼がれたことになる。決して甘く見ていたわけではないが、やはり運が絡む麻雀では想定外なんていくらでも起こり得る。
「いや、それよりも千里山かな。強いのは分かってたんだけど、全体の平均値が凄まじいね。最低でも龍門渕さんクラス……私も稼げるタイプじゃないし、今はどうにか食らいついてるけど、正直衣ちゃんがいなかったらかなり厳しかったかも」
「そうだぞ!」
少々弱音を漏らすと、衣ちゃんが背伸びをしながら無い胸を張って元気よく発言する。どうも今は緩い状態であるらしい。試合直前なのにこのモードのままなのは何気に珍しいが、彼女は咲と違ってスイッチの切り替えが上手なので、試合中には本気モードになっているだろう。
「まったく! とーか達は不甲斐ないなぁ。ここはおねーさんである衣が、とーか達の分まで稼いでやろう!」
「……うん。衣ちゃんなら心配はしてないけど、油断だけはしないようにね」
「信頼はしていますが……やはり少し心配ですわね」
「……未だに時々油断して、例の『初見殺し』で一撃死するからね、衣」
ふふん!と意気込む衣ちゃんに聞こえないように小声で呟く龍門渕さんと国広さん。いや、流石にそのレベルのインチキオカルトがあれば一昨日の時点で気づくよ? それに初見殺しは本当に扱いが難しいから、存分に活かせるのはオカルトのルールがギチギチ且つ海底まで保たせる必要がある衣ちゃんくらいだし。
そう考えると、私と衣ちゃんはかなり相性がいいんだなと改めて実感する。というか他人を妨害する能力者ってあまり見かけないんだよね。それも実力者ともなればそれこそ龍門渕さんや衣ちゃんくらいで、大抵は自分の手牌を良くする方向に働く。そりゃあ普通はそうなるよね。だから一定の実力者相手だと基本的に照魔鏡は必須なのだけど。
まあ何にせよ、心配は無用だろう。初見で衣ちゃんに勝てる人間なんてそういない。私自身が例外という自覚はある。あんな異常な場を前に、初見で正しい対応が出来る人間などいるはずがない。あるとすれば龍門渕さんの例のアレみたいに上から抑えられることだが、そうであっても今の衣ちゃんであればどうにでもなる。
元より変なオカルトに振り回されていただけあって、我が龍門渕高校で一番伸び代が著しいのは衣ちゃんだ。あの扱いが難しいであろうオカルトを完全に制御し、このまま順当に成長したならば、よもやあのめちゃつよ妹をすら凌駕するのでは無いかと期待するほどに。
尤も、妹も妹で、まだまだ婚約だのプロポーズだのといった強化イベントが待ち構えている。流石に在学中は認めるつもりはないが、罷り間違って婚前交渉なんかをした日にはどんな有様になるのか考えるだけ恐ろしい。その場合はきっと、咲が牌を握っただけで無様に喚き散らす私が見られることだろう。
『ツモ。海底摸月──4000オール』
そんな数十分前の取り止めのないやりとりを思い返しながら、私はモニターの中で元気に暴れ回る衣ちゃんを見つめる。
彼女に対してすっかり怯えてしまっている対戦者達に、未来の咲との対戦を重ね合わせながら。
2回戦第2試合終了
真嘉比 68200
龍門渕 207100
射水総合 39700
千里山 85000
多分見直しが甘いので誤字があったらごめんなさい。
登場人物紹介
江口 セーラ
前回にもちょっと名前が出てた子。学ランを愛用しているらしい。昔ニコニコにあったニワカ先輩の小ネタ集を見た記憶が強すぎてバスガデルデーの印象しかない。麻雀は強い。出番はある。
銘苅さん
原作にちょくちょく名前が出てる子。原作一年前、本作の時間軸において個人戦6位だったらしい。それ以外の情報はニライカナイくらいしかないので闘牌はカット。悲しいね。麻雀は強い。出番はない。
寺崎 遊月
てらさきゆづき。射水総合高校の先鋒。何故か制服にキャップ帽を被ってる。能力が燕返しなのは脳内で岡山県代表の刀持ってる子と混同していたから。というか投下直前に確認するまで新免那岐さんだと勘違いしてた。危ない危ない。麻雀は強い。もう出番ない。