常からよく、冬優子はあさひのことをよくわからないと言っている。
しかし、あさひからしたら、冬優子の方がよほどわからない。
あさひはただ自分のしたいことをして、言いたいことを言っているだけだ。我慢もしていない。学校でも家でも事務所でも、ずっと同じように振る舞っている。
しかし冬優子はそうではない。そもそも、ストレイライトのメンバーといる時と、他のアイドルといる時──もっと言えば、その他全員の前にいる時とで振る舞いを変えていることからして謎だ。
なりたい自分とか、本当の自分は好きではないとか、こっちの方がウケるとか、こっちこそが本物だとか、さっぱり意味がわからない。アニメの見すぎではないだろうか。
一度、中二病かとからかったら、ガチ中学生に言われたくないと怒られた。よくわからないが、冬優子には冬優子なりの信念があるのだろう。
事件の後、一週間、あさひは仕事を休んだ。学校も休んだ。怪我のことはもちろん親にはバレたが、病院には行かずに済んだ。
1日目の夜が怖かったので、2日目はプロデューサーの家に泊まりに行った。
少しずつ、自分が別の世界にいることがわかってきた。そして、プロデューサーと復帰の時期を相談する内に、あさひは前にいた世界との大きな違いに気が付いた。
アイドル活動に対して、まるでワクワクしなくなっていた。
しかしそれは、アイドル活動に対してだけではない。何にも心を動かされない。だからあさひは、アイドル活動を続けることにした。
続けないと、何もなくなってしまう。それに、プロデューサーはプロデューサーだ。あさひがアイドルではなくなってしまったら、プロデューサーもまたプロデューサーではなくなってしまう。
アイドルを続けるには、あさひはかつての芹沢あさひを演じる必要があった。今の空っぽの自分には何の魅力もない。みんなの求めている芹沢あさひは、今の自分ではない。
昔の自分を演じながら、あさひは冬優子のことを考えずにはいられなかった。
もしかしたら冬優子も、前に何かあって、ああして本当の自分を偽って生きているのだろうか。そうだとしたら可哀想だし、仲間が出来たようで嬉しくもある。
だから、あの収録の日の事件の時も頑張った。冬優子が自分のために戦ってくれているのに、怖がって泣いているわけにはいかない。それは本当の自分であって、求められているのは元の世界の芹沢あさひだ。
そうして少しずつ、あさひは自分が何なのかわからなくなっていった。
ある日、仕事の後、キャピキャピモードを解いた冬優子をじっと見つめていたら、冬優子が怪訝な顔をした。
「何よ」
「冬優子ちゃん、前に、アイドルの時の冬優子ちゃんが本当の冬優子ちゃんだって言ってたっすけど、あれ、どういう意味っすか?」
「急に何? そのままの意味だけど」
「日本語で喋って欲しいっす」
わかりやすい説明を求めると、冬優子は「ケンカ売ってるの?」と表情を険しくしてから、やれやれと首を振った。
「ふゆは可愛いのが好きで、みんなも可愛いふゆが好きなら、それでいいじゃない」
「ダメなんて言ってないっす。被害妄想やめて欲しいっす」
「ねえ、本当にケンカ売ってるの?」
冬優子が冗談で凄む。あさひは少しだけ笑って質問を続けた。
「わたし、みんなの求める芹沢あさひ、やれてるっすか?」
何気なくそう聞くと、冬優子は表情を凍り付かせてあさひを見下ろした。そして、慎重に、言葉を選ぶように言った。
「みんな、どんなあんたのことだって、好きだと思うわ」
「じゃあ、みんな、どんな冬優子ちゃんだって好きっすね」
「……そうかもね」
まったくそう思っていないような顔で、冬優子は頷いた。見てわかる嘘だったので、あさひは唇を尖らせた。
「真面目に答えて欲しいっす」
「真面目に答えたわよ。もしかしたら、今のふゆだってあんたたちみたいに受け入れてもらえるかもしれないけど、ふゆはなりたい自分になるの」
「かっこいいっすね、それ」
「あんた、絶対にバカにしてるでしょ!」
「してないっす」
冬優子と軽口を叩き合う。こういう時間は楽しいと感じる。
もしかしたら、こういうやりとりを繰り返せば、元の世界の自分に戻れるかもしれない。
プロデューサーもきっとそう考えている。
少しだけ、真っ暗な道の先に光が見えた気がした。