長い事書いてたら、お題に沿ってるかどうかよくわからなくなっちゃいました。
「或る女優の追想」
私は演ずることが好きでした。個人という揺らぎを無視して他者と溶け込めることができるから。私にないものを味わうことができるから。舞台に立つとき、それは私であって私でなくて、確実にそこにあるのだけれど、そこにはいない。そんな存在に一瞬でもなれるのが好きでした。なんのとりえもない私が、そこにいる誰よりも特異な存在である気がして、湧き上がってくる優越感と達成感が、あるともわからない私の心の在り方を教えてくれる気がして、とてもとても気持ちのいいものでした。私にとって演ずるという行為は、もしかしたら生きるという行為そのものだったのかも知れません。
私はもうずいぶんと長い事役者として生きてきました。いえ、演じるという行為に関して云うのであれば、私は物心ついたころからそうだったのでしょう。そしてきっとそれは、特技なんていう祝福ではなく、欠点という呪いなのでした。欠陥があるのは脳か魂か原因は不明だけれど明瞭にある欠落、そんなものが気が付いた時には私という人間にはこびりついていました。他人の真似を割には子供らしい我儘もなく、いつも人形と話している。そんな子供でした。出先で出会った人を真似ては父に叱られることもしばしばで、お陰で童の時分には、随分と父母に不気味がられたものです。
ともかく幼い自我でも明確にわかるほど、私は人とは違うのでした。それはいつしかコンプレックスになり、足枷になりました。
高校生の頃のことです。まだ枷を引き摺って歩いていた私は、運命的な出会いをしました。部活動の勧誘に捕まって、厭々見学に行った演劇部の練習を目の当たりにして、私は人生で恐らく初めて、怒りを得たのです。それまですりガラスの向こうに合った私の心が明確に鼓動した瞬間でした。身体が自然に動いていました。
「全然違う!」
そう怒鳴って私は、先輩から台本をひったくり、演じてしまったのです。全身全霊を以て演じました。私の人生が動き出した瞬間でした。拍手喝采を浴びたのもそれが生まれて初めてでした。望んで演じる、その味わいを覚えたての私は部活動にのめり込みました。高校の三年間、初めて学生生活を楽しんだこの季節は、私の大切な思い出なのです。
高校を卒業し、劇団に入った私にスポットライトが当たるまで、そう時間はかかりませんでした。実力と若さを武器に、汽車のように舞台の上を駆け抜けました。しかし、破竹の勢いというのは、いつも割られる竹によって妨げられるのです。出る杭伐られるとも云うように、私も酷く打たれたものです。先輩の女優に難癖をつけられたりなんてものは日常茶飯事でした。
ある時、いつものように私は呼び出されて嫌がらせを受けました。不愉快や嫉妬という気持ちはよくわからないけれど、仕方がない、そう思いながら時間が過ぎるのを待ちました。退屈な時間の中、エスカレートしていく行為を俯瞰で眺めながら、私は思いついたのです。抵抗を演じてみよう、そんなくだらない思い付きでした。暴力的に突き出された拳を躱し、蹴りを受け止め、髪をつかもうとする腕を払いのけ、迫りくる身体を押しのけました。意外にも簡単に吹き飛んだ彼女の体は、当たり所が悪く人形のように動かなくなってしまいました。結果として相手の命を奪ってしまう事になった私は、ひどく後悔しました。演ずるという行為の範疇を飛び出してしまったからです。その結果がもたらす影響の恐ろしさに、人生で初めて恐怖しました。女優を辞めることになるのではないか。そればかり考えていました。彼女が私の顔を傷つける為に用意していた刃物のお陰で、最終的に正当防衛が認められても生きた心地はしませんでした。
しかし、それと同時に被害者を演じるという快感にとてもとても興奮しました。噓を含んだ演技は、ゾッとするほど甘美なものでした。足りないのは拍手と賛美だけでしょうか。そんなこともあって、私は演ずることをますますやめられなくなったのです。
私はずいぶんと長く役者を続けてきました。私は演じることが好きでした。不明瞭な私という個に、絵の具を混ぜるように、鮮やかに生きることができるこの行為こそが私の心であると思っていました。長く長く演じて、のめり込めばのめり込む程の喜びが、私の心を拍動させました。血の通うニンゲンであるという自覚を得るには必要不可欠な行為だったのです。それでも変わらぬものは決して存在しないのでしょう。私はいつからか、漠然と疑問を抱えていました。演じることを辞めた時、私は何色になるのだろう。もし、私という人間を他者が演じるとき、それはどういうものになるのでしょう。
鏡は人の姿を写すものならば、人は心を写すものなのです。私はこれまで鏡でしたが、私を鏡に写したとき、何が写るのでしょうか。この疑問が演ずる快感や喝采を浴びる快感を次第に喰らいつくすような気がして、気にせずにはいられなくなったのでした。だから、私は役者を辞めることにしたのです。自分の色を目の当たりにするまで、舞台を降りることにしたのです。
最後のセリフを言い終え、最後の拍手喝采を浴びる私は、幸せそのものでした。長く演じてきた人生も一旦幕を閉じるのです。明日からどう生きていくか、そんなことばかり考えながら、スポットライトの光を嚙みしめていました。満足感と高揚感が光であるならば、きっとこのような暖かいものなのでしょう。舞い落ちる色とりどりの紙吹雪の中に私の色があるとしたら、どんな色なのでしょうか。キラキラ輝く金色でしょうか?無くてはならない銀色でしょうか?澄み渡る白色でしょうか?少女時代に決して味わうことのなかった、少女のような高鳴りを握りしめて、降りきった帳の向こうからまだ鳴り響く拍手喝采に聴き入っていると、身体に衝撃が走りました。
「お前が母さんを…!」
血走った目でよくわからないことを口走る青年が、私の身体に何かを突き立てていました。一体何が起こったのかさっぱりわからないまま、老いた私の身体は崩れ落ちてしまいました。まだ疑問が残っていると言うのに。青年はまだ何かをわめきながら、誰かに取り押さえられているようでした。寒い。死ぬのでしょうか?それは困ります。まだ疑問が、探すべきものが、残っているというのに、私の色は何色なのか。私の色は。人生の意味は。私が本当に演じたかった物は。私の色。私。色。知りたいのに。色色色。立ち上がらなければ。私の色を見つけなければ————
——————あゝ、なんだ。赤色だったのか。
答えを見つけた私の為に、拍手はいつまでも鳴り響いていました。