兎は最後の英雄を目指し歩む   作:むー

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7話

「ベル! 木々の隙間を縫って標的を射抜くくらい簡単にやって見せろ!! 標的を逃して後々困るのは自分自身だぞ」

「は、はい……」

 透き通るような綺麗な声で無茶を言う女神(アルテミス)に対し疲れ果てて息を切らし掠れた声になりながら素直に頷く白髪の少年(ベル)

 2人が出会ってから数年が経ちベルは14歳になっていた

「今日はここまでにしよう、お疲れ様」

「あ、ありがとうございました」

「—ベル次は私との訓練だ」

 疲労から膝に手をつくベルに無慈悲な義母(アルフィア)の声がかかる

「す、少しだけ休憩を……」

「何言ってる今1分休んだだろう?」

 アルフィアがさも当然のことのように告げる

「それは休憩とは言いません!?」

 余りの横暴さに悲鳴の様な抗議を上げるベル

(すまんベル俺は無力だ)

 そんなベルのいつもの地獄を遠い目をしながら見るザルド

 

 

 確かにベルの日常は祖父と2人だった頃と比べて随分と賑やかに幸せが溢れる様になった

 ただ人数が増えるたびにベルの訓練は激しさをまし、生傷の数が増えていった

 強くなりたいとアルテミスに弓の扱いなどを習い始めたまでは良かったがその指導はスパルタそのものでありアルフィア以上の感覚派であった

「矢を射れば当たるのは道理だ」

 と当たり前のように神技を披露し『こんな簡単なことすぐに出来るようになるだろう?』と自分(ベル)の顔を見てきた時に彼は悟った

(あ、これお義母さんより酷いや)と

 それでも愚直に同じ動作を繰り返したベルは一般的な眼から見れば一端の狩人と言えるレベルにまで成長していた

 だが神から見ればまだまだ甘く、悲しいことに比較相手となってしまったアルフィアは

「こうやれば良いのだろう?」

 と才禍の怪物の名に相応しく一眼見て神技をマスターしてみせた

(え? 出来るのが普通なの!!??)

 自分の常識を疑いおじさんと祖父を見ると重々しく首を振り

((頑張れ))

 と口パクで伝えてきた

(あっハイ)

 ベルはアンタレスとの戦い以上に絶望的な挑戦に挑む

 不幸中の幸いでファミリアを率いてその技術を教えていたアルテミスは教え方はアレでも何度でも教えてくれる根気よさはあった為、ベルは理屈でなく身体で覚えていく

 そんな修行に加えいつものアルフィアとの組手という名の一方的な攻撃は減ることも優しくなることもなかった

 ザルドは基本の剣の振り方等を教えてからはあまり訓練に関らず、さらにアンタレスの力を喰ってからは自分の力の制御をすることで程いっぱいになっていた故に

「ベルそれは食べやすい程度の大きさに切るだけで良い。細かくしすぎると切ってる間に旨味が溶け出してしまう」

「うん、おじさんこっちはこんな感じで大丈夫そう?」

「悪くはないがまだ煮込みが足りてないな状態(あじ)が均一になってない」

「わかった」

「大分うまくなってきたな」

 真っ当な親子の交流をしていた

 この家での女子力のカーストは男性陣の方が高く

「「……」」

 そして毎度のごとくアルフィアの殺意の篭った視線とアルテミスの射殺すような視線に晒されザルドの胃はベヒーモスの毒に劣らない勢いで荒らされている

 

 

「あれ? おじいちゃん?」

 そんなある日の朝、その前の晩にいつものようにアルテミスの風呂を覗こうとし、矢でいられ磔にされていたはずの祖父が見当たらなくなっていた

 そしてその貼り付けにされていた場所には1枚の神が残されていた

『ベルへ、急用ができたので旅に出る。いつ戻って来れるかわからんが気にするな。ワシはいつでもお前を見守っておるからな14歳になったのだからオラリオに行くといい。あそこには全てがある。お前の焦がれる英雄の候補もあそこには揃っておる良い刺激となるだろう』

「オラリオ……」

 その名は幾度も祖父や義母達から聞いていた

 数多の冒険者達が集いダンジョンというモンスターの巣窟に挑む地

 富も名声も女も男も全てがある街であると

『追伸、お前と同じ歳の頃にアルフィアは冒険者となった』

「!!」

 彼の尊敬し大好きな義母(アルフィア)が自分と同じ歳の頃には冒険者となりダンジョンという魔物達の楽園へと踏み込んでいたという事実

 その事実は何よりもベルの心に火を灯す

「僕はオラリオに行って冒険者になる」

 祖父とのひと時の別れは悲しく辛いものであるが彼の心を満たすのは英雄への憧憬だった

「「「……」」」

 そんなベルを見守る保護者達はベルの決意を暖かく見守りつつ

(あのジジイが可愛い(ベル)に書き置きしか残さずに旅に出ただと)

 彼の性格を考えればあり得なくはないが疑問は残る

 アルフィア達が鍛え上げているお陰でベルは冒険者としてダンジョンに潜ってもまず死ぬことはないだろうと言える

 しかしこんなに急に失踪するのは不可解であった

(((ん?)))

 2人と1柱の頭にある女神の顔が浮かぶ

(((まさか……奴がここにくる……?)))

 ザルドにとっては『黒き終末』と対をなす日常での絶望

 アルフィアにとってはあまりにも面倒くさい女王

 アルテミスにとっては噂に聞くかつて最恐であったファミリアの主神

(((……ベルだけは見つからないようにしなければ)))

 保護者の意識は統一される

 そしてその第一歩としてアルテミスはベルにある提案をする

「ベル、冒険者になるのならばファミリアに属する必要がある。つまり神の眷属になる必要がある」

「あ、神様……」

 すっかり失念していたベルはその言葉に頭を抱える

「こほん、君の前に眷属(こども)を失い悲しむ零細ファミリアの主神がいる」

 わざとらしく咳をしアルテミスは言いづらい事を平気で口にする

「えっ?」

 余りの言葉に疑問符を浮かべるベルに

「ベル、私のファミリアに入らないか?」

 手を差し伸べるアルテミス

 その手が微妙に震えていることに気づいてベルは思いたる

(そうだ神様は大事な家族を失っているんだ)

 つい先程生きていることはわかっているとは言え祖父との別れを唐突に経験したベルはもう2度と大事な人と会えないという状況を想像し、それがどれほどの苦痛か理解できないことに気がつく

 きっかけはどんなものであれまたいつかは必ず訪れる別れを覚悟して自分をファミリアに誘ってくれたその事実にベルはその手を取り

「神様、僕を貴方の眷属(家族)にしてください。僕は必ず貴方を1人にしないと誓います」

 と爆弾発言をする

 その瞬間ピキッ!! と空気が凍る。

 アルテミス達はベルの考えをほぼ正確に理解しておりその言葉に他意はないことは想像できている

「驚いたなベル、まるで私にプロポーズしてるみたいだ」

 驚き目を見開き花の様な笑顔を浮かべるアルテミス

 対照的に無表情で背中に鬼神を宿らせるアルフィア

 眼を手で隠し見ないふりをするザルド

「ぇ? あ!? ち、違いますそんなつもりじゃ!?」

「……」

「え? お義母さん!? ど、どこに行くの? というか何か言って!?」

 アルフィアは慌てふためくベルの首根っこを掴み無言で部屋を出る

「ギャー!!!??? オタスケー!!!!????」

 遠くで悲鳴が聞こえると

「はは、相変わらずアルフィアはベルのことが可愛くてしょうがない様だな」

「……(いやあんたもだろ)そうですね……」

 大の恋愛アンチであったアルテミスが意図は違うとはいえベルのプロポーズじみた発言を断らなかったという事実の意味を理解できているザルドはベルの今後の苦労を思い遠い眼をしながらお茶を啜るのだった

 






ヘラ「オラゼウス!!ここにいるのはわかってるんだ!さっさと出て来い来い!!」
アルフィア「喧しいぞヘラ。それにあのクソジジイはとっくに逃げたぞ」
ヘラ「チィッ!!相変わらず逃げ足の速いやつめ」
アルフィア「用が済んだのなら帰れ」
ヘラ「久々に会う主神に相変わらず傲慢な奴め…まあいいそれよりもメーテリアの忘れ形見のことだが」
アルフィア「黙れ近づいたら殺すぞ」
ヘラ「えぇ…」
ザルド「」ブルブルガクガク


アルテミス「今日はもう少し先まで行こうか」
ベル「はい!よろしくお願いします神様!」

こんなことがあったとか無かったとか

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