テイク・クラウン ブレイク・ザ・スローン 作:黎明のカタリスト/榊原黎意
◽︎7月4日:王都貧民窟:ドウェイン
カッカッと割れた黒板に安物のチョークの走る音が響く。
後ろからはそこそこ集中してくれている少年少女達の視線。
ふと振り返ると無表情で手を挙げている少女、レアの姿。なんとなく微笑ましくなって、レア君なんて呼んでチョークで指してみる。
「ドウェイン、キングデバイスって何?」
「レア君、ドウェインではなく先生と呼びなさい」
「兄貴は先生っぽくなくね?」
ぐさり。純粋な言葉が刺さる。
まあ確かに先生っぽくないのは認めるけれども。だって先生じゃないし。
僕は今、青空の下、貧民窟の空き地で子供達を相手に教鞭を振るっていた。
特に発端というものは無い。強いて言えば、子供達はともかくとして、徒人である僕に対する貧民窟の亜人達の姿勢はそれほど好意的なものではなく、そうすぐに評判になるはずもないだろうという考え。そして、どちらにしろやるなら早い段階からこうやって子供達に教えておいてあげるべきだろうという単なるお節介だ。……本を読む以外にすることが無くて暇だったとも言う。
「キングデバイスとは、王選候補者を選び出す為の装置だ。これ一つが武器であり、王となる為の資格になる」
「武器ということは、それを使って戦うの?」
「戦ったり戦わなかったりだね。やっぱり話し合いでどうにかなるならそれに越したことはないんだよ」
キングデバイス。盤上世界アストルムを支配していた今は亡き古い神々が遺した遺産のひとつ。世界の王を決めるための選定の剣。
これ自体が武器であり、所有者に唯一無二の力を与える。という設定だ。
しかし、こんなことを彼らに言っても半分も伝わらないのは確か。
ただ、有難かったのは、彼らがそこそこの識字率を保っていたことだ。どうやら、ドウェインが時折彼らに文字を教えていたらしい。我ながらデキる男だ……。
ああ、そうだ。もうひとつ分かったことがある。
どうやら僕はドウェインに憑依したのではなく、ドウェインとして転生していたらしい。それが何らかの拍子に前世の記憶を思い出したというのが正しいのだろう。
そう判断した理由はいくつかあるのだが、最もな理由はこの世界での記憶を辿ってみるとかなり僕っぽい趣味をしていたからである。というか完全に僕だった。
これには一安心である。
もしも僕がドウェインという存在を上書きしてしまったのだとしたら、今更ながらにとても申し訳なくなってしまう。だが仮にそうではなく、ドウェインという人物の立場に僕として生まれたのだとしたら、まだ幾分か心象的にマシだった。
「なんで王さまなんて選ぶのー?」
「この王選、王権選争はアストルムという星の王を決める為の戦いなんだ。王国だけじゃない、北方公国や帝国、格陽すらも支配する全体の王を立てる為の戦いなんだよ」
「?」
「つまり、この王さまが立つとしばらく世界は平和になるってことだね」
「おー! 王さますげー!」
まあ、そう単純な話でもないのだが、あまり込み入って複雑な話をする必要も今は無いだろう。
テイクラというゲームのシナリオは、主に王選候補者達の戦い、王権選争を描く。
キングデバイスは他の王選候補者を殺す、又は配下に加えることでその力を増す。そして王選候補者殺害数千人、もしくは配下となった王選候補者の数が百人を越えることで王として認められる。のだが、ここら辺も子供達にはまだ早い。
前世日本で培った一般的な倫理観を頼りに、ぼかしながらも授業を続ける。
「ドウェイン、冒険者ギルドについて教えて」
「王国や共和国、北方公国、格陽に在る冒険者をまとめる組織だね。冒険者って言うけど、中身は何でも屋が近いかな。確かに身分は貰えるけど、ちょっと柄が悪い人ばっかりだよ」
子供達はよく学んでくれる。まともな教育なんて受けられなかった環境だ。彼ら彼女らは学ぶことに貪欲だった。
特にレアはそれが顕著で、授業中の質問も随一。まさにスポンジが水を吸う如く次々に知識を得ていく。
「冒険者になるにはどうすれば良いの?」
「……うーん。確かに個人でもなれるけど、今の冒険者の形態は基本的に企業とか会社に所属しているものなんだよね。相当腕っ節が強い人じゃないと個人ではやっていけないと思うよ」
この世界における冒険者はほとんど名ばかりのものであり、実状は冒険をする者の為の機関というよりも、個人の傭兵や何でも屋、PMCじみた企業や会社のそういった部門に依頼を斡旋するための機関でしかない。今の時代、個人の力もそこそこに重要ではあるが、企業などに所属することの優位性は圧倒的だ。単独で冒険者としてやっていくのは、それこそ将来のレア程の実力でもない限りは難しいだろう。
そう言うと彼女は何故かしゅんとしてしまった。
しかし、彼女に限って冒険者になりたいなんて思わないだろう、僕はそう判断して授業を再開する。
「そうなの……」
「うん。それに、もしもこの中で誰か冒険者になりたいって言うなら、まずはこの教室で勉強して、就職できるようにならないとね」
「「はーい!」」
元気の良い返事に僕も嬉しくなる。
もしかすると、僕は本来のドウェインに似ているからこそ、こうして転生したのかもしれないな、なんて思いながら黒板にチョークを走らせるのであった。
◽︎7月4日:王都貧民窟:レア
私たち、貧民窟の亜人には人権なんてない。
この国は種族平等を掲げているけれど、本当は私達のことなんてどうでも良いのだ。
徒人にとって、たかが猫人種の子供一人の命など。
「レア、これは読める?」
「アン、スール?」
だけど、ドウェインは違った。
徒人なのに、ドウェインだけは私達のことを違う生き物としてなんて見ていなかった。同じ人間として見てくれた。
私達、貧民窟の子供たちにとって、人間として見てもらえるということがどれだけ嬉しいことなのか。ドウェインは分かっていない。
でも、だからこそ本当に心から人として見てもらえているのだと、そう思えた。
「今教えたのは念話のルーン。何かあったら、僕のことを思い浮かべながら、この指輪を嵌めている指で教えた文字を描くんだ。そうしたら、一方的にだけど僕に言葉が届くから」
「……分かった」
「まず居場所を伝えてくれ。すぐに駆けつける」
そう言ってしゃがみ込んだドウェインが渡してきたのは、宝石が嵌め込まれた黒い指輪。
多分、高い物だ。貧民窟の人間は余程のことが無ければ買えないだろう。
こんなものを貰って良いのか。そう聞こうとした時には既にドウェインは話は終わったとばかりに立ち上がっていた。
「気をつけて帰るんだよー」
「……」
夕暮れの道、ドウェインに振り向いて小さく手を振って私は家に帰る道へと歩き出す。
「……ふふ」
自然と頬が緩んでしまうのが分かった。
ドウェインにそんなつもりは無いと分かっているけど、男の人が女の人に指輪を渡すことの意味くらい子供の私でもわかる。
そして、それが私にとって少なくとも嫌な感覚じゃないことは確かだった。
ドウェインは人差し指に付けろと言っていたけど、これならすぐに付け替えられるだろう。
私はそっと
知らないけれど、暖かくて安心するものが内側から溢れる。
ドウェインがくれた本には、こういう時、この気持ちは幸せというものだと書いてあった。たとえ、ませた子供の妄想のようなものでしかなくても。
私は今、幸せなのだろう。
……でも、思うのだ。
私は貰ってばかり。ドウェインは何もして欲しいとは言わないけれど、私はそれが後ろめたかった。
私ばかりが幸せをもらっている。
そんな施されるだけの関係じゃなくて、私はもっとドウェインを助けたい。ドウェインの力になりたい。そう思ってしまう。
ドウェインの為に。
何か、力が欲しい。
そうだ。それこそ、キングデバイスのような凄い力が―――。
『―――力を手に入れたいか?』
誰かの声が聞こえた。
すぐさま、ドウェインに教えられた文字を描こうとして、指輪が薬指に嵌っていることを思い出す。これでは明確に文字を描けない。
早く指輪を嵌めなおさないと。
早く、早く。
『そう急くな。質問に答えよ』
「っ」
『力が欲しいか?』
質問に答える必要が無い。早くドウェインに知らせなければ。
そう思うのに、その声は不思議と私の耳に響いて、私の心を離さない。
気が付けば、私は口を開いていた。
「……欲しい」
『そうかそうか』
声は嬉しげに弾んだ。
何が嬉しいのか、私には分からないけれど。この不思議な声は、私の答えを喜んだ。
その感情の理由が気になって、問いかけようとするのだが。
『―――なら、くれてやろう』
「……え?」
不思議な声の予想外な言葉に、私は何も言えなくなって。
そして私の意識はそこで途絶えた。
Tips.
『王選候補/
フィリウス・レギス、又はフィリア・レギス。
先史文明の遺したオーパーツ、キングデバイスへと適合した人間の総称。
適合せずとも、王選候補者を非王選候補者が下すことでキングデバイスの所有権並びに適性を得る下克上のシステムも存在する。
他の王選候補者を殺す、又は配下に加えることでキングデバイスはその力を増し、王選候補者殺害数千人、もしくは配下となった王選候補者の数が百人を越えることで王として認められる。その状態の候補者が複数人存在した場合は一人になるまで終わらない。
王はイニティウムと呼ばれる場所に在るアストルムの玉座に座ることを許され、それは即ち星の王、全能の者となることを許される証でもある。
『キングデバイス/
先史文明の遺したオーパーツ。王選候補の証。
その姿形は多岐に渡り、剣や銃の形をしたものから車両や義肢の形をしたものまで様々、
一つ一つがワンオフの能力を持ち、王への道のりを助ける。
これは選定の剣にして最優の従者、そして鍵である。