テイク・クラウン ブレイク・ザ・スローン 作:黎明のカタリスト/榊原黎意
◽︎7月5日:王都貧民窟:ドウェイン
早朝。僕が根城としているボロ屋。
そこに、僕とレアはいた。
あ、もちろん朝チュンみたいなシチュエーションじゃないよ?
朝早くにレアが訪ねてきたので、今しがた話を聞いていたところである。
「それで、気が付いたら、これを持っていたの」
「なるほど……」
不安そうなレアが差し出してきたのは赤い刃の短剣。鍔には王冠の紋章。
それが意味するのは、この短剣がキングデバイスの一つであるということ。そしてキングデバイスに選ばれたということは、つまりそういうことである。
レアが王選候補者になった。
早くない? いや、早すぎる。
レアが王選候補者となるのは少なくとも本来のドウェインが死んでからのことで、今から数年後のはずだ。絶対に何かがおかしい。
聞いたところによると、昨日の帰り道でいきなり変な声に呼び止められたレアは、軽い問答の末に少しの間意識を失い、目覚めた時には手元にこれがあったのだと言う。
……実は、その変な声の正体には目星がついている。
『マーリン』だ。
古い神々が遺した王選のシステムを円滑に進めるために存在する機能のひとつで、王となる資質を持っていながらも環境のせいで己がキングデバイスの元に辿り着けないであろう人間の前に声として現われ、キングデバイスを与えるないし押し付ける存在である。
一応、レアは本来の物語においてもマーリンからキングデバイスを受け取る。その時は僕ことドウェインの死に怒り、主人公赤兜の鬼神への復讐心と、異種族だからと争いばかりな世界を平定するために立ち上がる志を認められてのことだった。
しかし、参った。
もう既に僕がいる弊害が出始めている。
何をきっかけに、レアは王選候補者となったのだろうか。
王選候補者に選ばれる資質は大きく分けて二つ。
何を犠牲にしてでも自身の手で王冠を戴くという意思、または死んででも誰かを王にしたいという熱烈な支持がキングデバイスに選ばれる資質であるとされる。
考えても分からない。まさか、何があっても良いようにとレアに刻碑装置を渡した矢先にこんなことになるとは。
「ごめん、なさい……私」
「いや、レアは悪くないよ。気にし過ぎないで、ね?」
「でも……」
「ほら、僕が怒る理由が無いだろう? だから気にしないこと」
取り敢えず、レアという少女はこういう時に引き摺る性格だということはゲームで知っている。慎重に言葉を選んで慰める。
責めるつもりなんて毛頭無いし、こればかりは予測できていなかった僕が悪かった。
それに、これはレアが受け取るべき権利だ。
「その短剣は、誰にも見つからないようにしておいて」
「……分かった」
「うん、良い子だ」
時計を見遣ればもうすぐ授業の時間だ。今から家に帰らせるのもアレなので、少し待つように伝えて荷物の準備を始める。
教科書やチョーク入れなどを鞄に詰めながら、考えるのは僕が存在することで生じている違和についてだ。
本来、レアがこの時期にキングデバイスを手に入れているのは明らかにおかしい。何らかの心境の変化があったであろうことは明白だが、それを聞くのは憚られた。
確かに、聞けばレアは答えてくれるかもしれない。
しかし、こういう時には向こうから何かを言ってくるでもしない限りは詮索をするべきでは無いのだ。デフォで複雑な事情が入り組むこの世界ではなおさらに。
「準備終わったよ。行こうか」
「うん」
とにかく、今は青空教室を続けて様子を見るべきだろう。
所謂バタフライエフェクトが確実に起こるとすれば、もう少し先になるはずだ。今回のレアの件で、既に致命的な差異が生じてしまっている気がしないでもないが……それこそ気にし過ぎるべきではないのかもしれない。
というか、僕自身そこまで頭を回せるほど賢くもない。暗記は得意だが考察はあまり得意ではなかった人間なのだ、仕方が無いだろう。
僕は嫌な予感ともなんとも言えない曖昧な感覚を煩わしく思いながら、いつもの空き地への道を急いだ。
その日の午後。僕は足早に王都の大通りを歩いていた。
八〇平方キロメートルにも及ぶ面積の王都を護る防壁『グレートウォール1』の大門を潜ってすぐの所にある大通り『ペンデュラム・ストリート』は、前世で言えばイギリスはロンドンの街並みのような景観をしている。キャッスル・オルドを中心に栄えるビル街へと続くこの大通りとその周囲は、言わば城下町のようなものだ。
目的地は『カルぺ・ディエム刻碑専門店』。
刻碑というのは、簡単に言えばこの世界における魔法そのものである
ちなみに、昨日レアに渡した刻碑装置もここで全財産を使って買ったものである。
大通りから逸れた路地裏に入り、ひっそりと佇むアンティーク調な雰囲気のある店へ。
転生を自覚する以前から何度か足を運んでいる為、勝手知ったるというほどではないがそれなりに馴染んだ扉を、いつもとは違う心持ちで開ける。
「お邪魔します」
「……昨日ぶりだな、少年」
そう言って僕を出迎えたのは、白髪に
全身から某神絵師の気配を感じる佇まいのこの人はヴィレームさん。もちろんテイクラに登場するキャラクターの一人だ。
メインストーリー第一部十二章秩序失墜では、全身鎧に身を包んだ臣下の王選候補者達を引き連れて暗躍したりと何かと黒い人だが、それでもこの人が理想に殉じる優しくて芯のある人であると僕はプレイヤーとして知っている。
「それで、今日は何用か?」
「……」
鋭い琥珀の目に、ああ、僕じゃ敵わないなと思い知らされる。彼女には何もかもお見通しなんだろう。
元はと言えば平和しか知らない現代日本人の僕と、理想の為に走り続ける彼女とでは一生懸けても埋められないような差がある。
それが分かるから。
「……ヴィレームさん」
「凡そ、言いたいことは分かるが、聞いてやろう」
今日一日考えて、やっぱり僕の存在による差異を無視できないと思った僕はこれから少しでも力を蓄えようと思った。
これは賭けだ。
それも、こちらが賭けるものはそこそこに大きく、得られるものは実のところ将来の保険程度でしかない。
でも、この世界でドウェインとして生きていくと決意した。ドウェインとしての死の定めを超えて、テイクラファンとして推しに会いに行くと決めた。
だから、僕は先ず自分に負けるわけにはいかないんだ。
「僕を、弟子にしてください……!」
我ながら綺麗な土下座。少しヴィレームさんが驚いたのが気配で分かった。
彼女は世にも珍しい銃の扱えない火人種だ。
この世界で銃を扱うためには、火人種であること、というより彼らのある種統一化された指紋が必要になる。火人種以外は彼らの作った銃のセーフティロックを解除できないのだ。世の中にも拳銃くらいなら出回っているが、それらはとてつもなく高価で、性能も彼らの作った本物と比べれば劣悪なものでしかない。そして銃の製造方法は火人種にしか理解できない。
しかし彼女は生まれつき指紋を持たず、それを理由に火人種の特有言語を教わることができなかった。それどころか、同じ火人種で見た目もほとんど変わらないのに、指紋が無いというそれだけの理由で彼女の一家はバーストロア山脈にある火人種の都市を追放された。
「悪いが、弟子を取るつもりは無い」
だが、彼女には他の火人種では絶対に辿り着けないとある力があった。
それは偽りのキングデバイスを創り出せるほどの高度な技術力と発想力、その禁忌じみた才能、それを世界から許可されている事実。
彼女はこの世界における特別の一人だ。
「……弟子にしてくれるまで、ここを退きません」
「……はぁ。馬鹿だなお前は」
そして、その力は
彼女の教えを受けた者は、彼女の下位互換となれる。才能次第では彼女に並び立つことも。
これがこの賭けのリターンだ。
それを彼女自身も理解している。
僕が彼女のその力を知っているとは気が付いていないはずだが、余程のことがなければ弟子を取るなんてことは無いだろう。
最悪の場合、僕がその事実を知っているということを知られて、明日には僕はスラムに屍を晒していることだろう。これが賭けのリスクだ。
でも、僕はあまり期待してはいなかったし、緊張してもいなかった。この賭けは成立するはずがないと、最初から知っていた。
そもそも僕と彼女はそこそこの付き合いではあるが、当然ながら弟子入りするような間柄じゃない。
なんなら本来のドウェインは彼女と関わりがあったかさえ怪しい。僕がドウェインとして転生したことで、どういうわけか彼女と関わりができたのだ。その程度の浅い縁で、しかも唐突な弟子入り志願。認めてもらえるはずもないと分かりきっていた。
なにより彼女の弟子となるのは、ドウェインではない。未来で彼女を救う一人の少女なのだから。
「顔を上げろ」
冷たい琥珀の目が僕を射抜く。
その視線に身が縮こまる。
やはりダメだったか、そんな諦観が心中に渦巻いて。
「分かった。お前には弟子とは名ばかりの体の良い下請けになってもらおう」
「え?」
僕はその言葉が理解出来ず、ただ固まるしかなかった。
Tips.
『ルーン/
魔法、魔術、秘術、呪術、マジック、マギア。
神々の遺産が一つ、魔導装置『文字の泉』。そのパスワードである神碑文字と体内の魔力を用いて、文字の泉から力を引き出して世界に現象を引き起こす術。基本的に人類は指に填める刻碑装置を用いなければルーンを扱うことはできない。しかし精人種は神碑人とも言われ、体内だけでなく空間の魔力を用いることができ、また神碑文字をただ指で空間になぞるだけでルーンを行使できる。
『ヴィレーム/
火人種の女性。幻属性闇ルーニスト。ゲーム内評価はB。