テイク・クラウン ブレイク・ザ・スローン 作:黎明のカタリスト/榊原黎意
◽︎7月5日:カルぺ・ディエム刻碑専門店:ドウェイン
「え」
「弟子にしてやると言ったのだ。何を惚けている」
僕は困惑の渦中に居た。予想外の答えについ思考が停止してしまう。
まさか本当に弟子にしてもらえるとは思ってもみなかったのだ。むしろ、これで断られることで原作知識という甘えに踏ん切りを付けるつもりでさえいた。
だと言うのに、ヴィレームさんは驚くほどあっさりと承諾した。
唖然とする僕を訝しげな目で見ながらも、彼女はふっと柔らかく微笑む。
「さあ、我が弟子よ。お前に早速仕事をやろう」
「あ、はい!」
「ふふ、良い返事だ」
何が何だか分からないが、それでもこの展開を逃してはならないということだけは分かっていた。
付いてこい。たった一言そう告げると、彼女は踵を返して店の奥へと入っていってしまう。
慌ててそれを追いかければ、なんとも不思議なことに外から見えていたモダンな風景が一変、殺風景な空間へと早変わり。
僕にはそれが一歩を踏み出してしまったことの暗示に思えてならなかった。
「ひとつ言っておく」
「っ」
無言で先を往く彼女の後ろを追っていると、彼女は打って変わって冷たい声音を零した。
「お前には才能が無い。私に師事したからと言って、私のようになれるとは思わないことだ」
その言葉に、落胆しなかったとは言わない。
オブラートに包まれた彼女の言葉が何を意味しているか、分からないなら彼女に師事なんてしない。
僕は彼女の力を継承できないということだ。
ああ、弟子入り早々当初の目論みが挫折した事実に軽く目眩がする。
「なに、そう落ち込むな。お前にもできることくらいはある」
「そう、ですか……」
励まされるが、あまり効果は無い。
僕はこの世界でドウェインとして生き残ること、原作キャラクターに会うことを目的にしている。
だが、折角転生したのだからと、なろう異世界転生的な展開なんかにも少なからず憧れを抱いていた。少しもこの成り行きに期待しなかったとは言えない。
けれども、頭の片隅では薄々気が付いていたことだ。
僕に所謂俺TUEEEEのような展開は荷が重い。転生特典だって影も形も無い。
原作知識だけが僕の武器なのだ。
僕は主人公、赤兜の鬼神じゃない。僕はドウェイン、いやその立場に転生した力のない元日本人でしかない。
僕が主人公じゃないことくらい、初めから分かっていたことだろ。
お陰で吹っ切れた。
「そうさ。それに、お前の馬鹿さと従順さには見所がある。この世界で生きていく術を学ぶと思って、私の教えに耳を傾ければ良い」
「……分かりました」
それだけでも、十分だ。
強みが原作知識以外に何も無い現状を考えたら、転生者であるということを除けば所詮はスラム育ちの孤児でしかない僕の、その知らない世界で生きる術を得られるというだけで大きく意義がある。
また暫く無言で歩くと、僕達の前には大きな鉄の扉が現れた。
「入っても驚くなよ」
「え? わ、分かりました」
「まあ、驚くのも無理はないだろうが」
がしゃんと音を立ててロックが解除され、大きな扉は軋む音を上げながら開いていく。
そしてその先に拡がっている光景に、僕は言葉を失った。
「―――歓迎しよう。カルぺ・ディエムへようこそ」
地下に広がる明らかに不釣り合いな大空間。
その先には騎士甲冑に身を包んだ数十人の人間達と、見紛うはずもない鉄の棺桶、
騎士甲冑の彼らのことは知っている。ヴィレームさんの臣下の王選候補者達だ。
「安心したまえ。彼らの時間は私の臣下となった時点で止まっているが、お前を臣下にするつもりはまだない」
「……まだ、ですか」
「ふふ、あまり気にするものではないぞ。さあ、もう少し先だ。付いてこい」
ひえっ。
妖しく笑った彼女に、冗談では済まされないような雰囲気を感じたが気の所為にして再三彼女の後を追う。
「さて、お前は今スラムの子供たち相手に教師の真似事をしているらしいが、週に三日は空いている時間を作ってもらう」
「三日、ですか」
「ああ」
というかなんで僕が青空教室を開いていることを知っているんだ。話したことは無いはずだが。
ヴィレームさんの末恐ろしさに身震いすると、彼女は遂にひとつの扉の前で立ち止まった。
「ここだ」
「?」
「この先にあるものは、いつか、お前のような馬鹿の為に作った物だ」
そう言うと、彼女は映画で見るような網膜認証スキャンを行い扉を開く。
今日何度目とも知れぬ驚愕。今日一番の衝撃に打たれ、僕は今度こそ言葉を失う。
「紹介しよう。これは私が作ったキングデバイスの
扉の奥で鎮座していたのは、どこか機械的な風貌の黒い騎士。
僕はこれに見覚えがあった。いや、テイクラプレイヤーなら見覚えが無い筈がない。
これは物語の中盤でヴィレームさんが主人公に貸し与える人工キングデバイス。その完成品だ。
ド派手な登場シーンCGと、三ステージ限りの正に最強性能にプレイヤー達は歓喜に叫び。
そして真の力の解放の代償に主人公の寿命を削り、周囲とプレイヤー達を曇らせたいわく付きの逸品である。
「お前にはこの鎧を纏って冒険者になってもらう」
「これを、僕が?」
「ああそうだ。これは正真正銘のキングデバイスであり、等しく全ての人間に王となる資質を与える代物」
そんなものを僕が預けられるなんて。
ことの真相こそ定かではないが、代償を負った主人公は確かに瀕死になり、回復後も臓器の不全という後遺症を背負った。
主人公ですら呑まれるほどの強さ、大き過ぎる代償。これを僕が扱えるとは到底思えない。
「どうした。力が欲しいのだろう?」
「……っ」
ヴィレームさんが艶めかしく耳元で囁く。
そうだ、僕は力が欲しい。生き残れるだけの力が欲しい。
死にたくない。実感はまだないけど、その未来を知っているということこそが恐ろしいのだ。
でも、本当に? これが僕の進むべき道なのか? この力を得る為に僕はヴィレームさんに師事したのだろうか?
……違うだろ。勘違いするな。
僕が求めている強さは、求めて良い強さはこんなチートのような物じゃない。
これこそ、僕なんかじゃない本当に強い人間が扱うべきものだ。
さっき理解したばかりじゃないか。
僕は主人公じゃない、この力は名実ともに主人公の為のモノだ。僕が生き残るためにこの力を掠め取って良いはずがない。
それは主人公を崇敬しているとか、展開絶対主義とかそんな話じゃなくて。兎にも角にも、僕はこの形容し難い想いを伝えなければならなかった。
「……ごめんなさい。この鎧は、必要ありません。僕にこれは荷が重すぎる」
「っ、本当に?」
どうしてそんな悲しそうな顔をされるのか、分からない。
でも、この世界じゃ道を貫くことこそが正解だから。
言葉を選びながら、僕は僕の想いを伝える。
「僕は、一足飛びで強くなりたいわけじゃない。身の丈に合った力とは言わないけれど、僕の強くなる道はこれじゃないです」
僕はドウェインだ。本当なら死ぬ運命にある人間だ。
もしかしたら僕は運命を変えることができずに死ぬかもしれない。
それは嫌だけど、嫌なんだけども。
僕はこのクソみたいに不条理が横行する世界を、僕を魅せた大好きな世界を生きると決めたんだ。
「……そう、か。お前は、そうなんだな」
「ごめんなさい。本当に勝手で申し訳ないって思うんですけど、弟子入りの話も無かったことにしてください」
ああ、情けない。情けない。
でも僕はこういう生き方しかできないんだろう。だから、先に進む為に僕はこの展開を切り捨てる。
「っ、それはダメだ!!」
ヴィレームさんが声を荒らげる。
僕はその理由が分からなくて、目を白黒とさせた。
「分かった。分かったから、この鎧は今は置いておこう。また明日来い! 絶対にだ! 私は破門なんてしないからな……!」
「ちょ、まっ」
「【ラド】!」
いきなりのことに声を上げるも既に遅く。
彼女が空間に文字を描くと同時に、僕の視界は真っ白な光に包まれた。
Tips.
『黒騎の鎧/
古き神の手に拠らない人工キングデバイス。人類、というよりかは一人の女の叡智と超克心の結晶。
本編ではとある強敵と対峙した際に主人公に託され、圧倒的な力で退けてみせた。
代償が重い。
2022/3/9/00:00に先行募集開始の予定です。