ユクモ村ハンター ジル・ローレンツの場合 作:繊細なゆりの花
この村に、現在ハンターはサラしかいない。
村長シーラ・ステルヴィアは、勿論それを知っている。
荒療治だ。
しかしサラが倒す気満々なのは知らない。
あの傷では戦闘は不可能と判断し、流れのハンターが戻って来るまでの時間稼ぎ。
つまり「情報収集と足止めになればいいなあ」ぐらいに思っていた。
しかし、サラは巨熊を倒すため、準備を怠らなかった。
渓流、ユクモ村から王都まで長く緩やかな川が流れている。
その川のせせらぎは、近隣の村々に様々な恵みを与え、そして海へと流れる。
上流は渓流が形成されているが、地元民は様々な呼び方をしている為、名称が固定されていない。
ここにはかつて村があったが、現在は廃村になっている。
吊り橋や神社、家屋や船がそのまま残っていて、それは徐々に朽ちる遺跡になっている。
崖からは、遠くにそびえ立つ山々が、眼下には深い谷が見える。
普段は大型獣も更に森の奥に潜んでいる為この辺りにはめったに現れない。
例外を除いては。
サラとジンベイは到着してすぐに巨熊の痕跡を見つけた。
慎重さを欠いてはいけない。
急いては事を仕損じる。
しかし、自身が優位に立てるよう先手を打つ必要があった。
パンパンに膨れ上がった背負い袋の中から、ハチミツや木の実、旬の野草、魚など取り出していく。
2人が今いる場所は、起伏の激しい渓流において数少ない平地。
そこに落とし穴を設置。
時間が無いので中に杭は打てない。
その上に持ってきた餌を山積みにした。
(後は… …)
「ジンベイ!」
「分かってるニャ」
仕上げに瓶詰めにされた大量の動物の血を辺りに撒いた。
多くの野生動物は傷を癒す為に絶食する。
それをサラは経験上知っていた。
ただでさえ大食いのアオアシラだからこそ、この作戦は通用すると思ったのだ。
ぐずぐずしていると、見つかってしまう。
どこから現れるか分からない。地上に隠れるのは危険だった。
(木の上しか… …ん?やってみようかな。一か八か)
落とし穴直上の高い木。
そこなら身を隠せるし、運が良ければ先に見つけられる。
「でも高いところ苦手なんだよなあ。やだなあ」
「何ぶつぶつ言っているニャ。さっさと上るニャ」
「ちょっと!ぐいぐい押さないでよ」
「でかい声出すなニャ。奴に気づかれてしまうニャ」
作戦時におけるジンベイはいつも頼もしい。
サラの足りない面をいつもサポートしてくれる。
人格が少々変わってしまう所が欠点だが。
「そういえばここってモミさんが以前ハンターと一緒に戦った場所だったよね」
モミさんとはユクモ村でオトモ武具屋を営んでいる店主だ。
もう引退したが、前職は狩専門アイルーだった。
「うん。ボクもモミさんみたいに強くなりたいニャ」
「そうか、だからジンベイはハンマーにこだわっていたんだね」
「言ってなかったニャ?」
「うん。聞いてない。ロマンだから使っているのかと思った」
「そんニャ訳にゃい… …しっ!来たニャ」』
朝日が昇り、そのシルエットがうっすらと視認できる。
サラは、ポーチから双眼鏡を取り出し、巨熊を確認後ジンベイに渡した、
(どう思う?)
(歩き方がおかしいニャ。右… …いや左後ろ足を引きずっているニャ?)
(うん。外傷は治っているだろうけど大きな収穫だね)
恐らくハンター達が一点集中攻撃で人間の胴回りより太いアオアシラの後ろ足の腱を切ったのだろう。
巨熊はひょこひょこ、いや、その巨体をかっくんかっくん揺らしながらまっすぐこちらへ向かって来る。
巨熊が近づくにつれ、緊張が高まる。
サラは血の入った最後のビンを開けた。
それを、自らに半分かけ、もう半分を布に染み込ませると、落とし穴の上に投げた。
距離50メートル。
よほど腹が減っているのだろう。
辺りを気にせず、餌まで直進してくる。
サラは、今度は手信号でジンベイに合図した。
(私の後ろに隠れるように飛び掛って)
(分かったニャ)
ドシンッ
大きな音と共にサラ達のいる木が揺れる。
時間が無く、細工は出来なかったが、体の半分は埋まる程の穴は作った。
「もらったあぁぁぁ」
サラは、わざと叫びながら木から飛び降りた。
巨熊はパニックを起こしていたが、声の主へ顔を向ける。
サラには時が止まったかのように思えた。
顔の細かいところまでよく見える。
知性を感じない目、長い舌、突き出た鼻。
可愛さのかけらも無かった。
落下の速度を利用し、右手に持っていた剣を頭に叩きつけようとしたが、ずれて右目に突き刺さった。
遅れてジンベイが飛び降りる。
サラが死角になり、ジンベイの姿は巨熊からは見えない。
腕を振るわれる前にサラは頭を蹴りそれをかわした。
巨熊の腕がサラの足をかすめる。
この腕が危険だった。
青熊獣アオアシラが動物の熊と大きく違う所は、肘の辺りから、手首に至るまで無数の骨が変異した大きな棘が生えている点だ。
ジンベイもその重力に任せ、その槌を振るうと、ゴインッと音がして脳震とうを起こした。
その隙に、右目に刺さった剣を抜き、サラに渡した。
ゴアアアアァァァァッ
痛みで巨熊は覚醒した。
前足と後ろ足1本だけで強く地面を蹴り出し、罠から這い出たそれはモンスターだった。
完全にサラ達を敵とみなし、両手を高く上げ牙をむき出し咆哮を上げる。
殺意が森の鳥たちを羽立たせる。
サラの愛剣「憤怒の双刃」は、あの狂暴竜イビルジョーの頭殻を、加工し作り出した双剣である。
アオアシラ通常種ならその皮膚は容易く切れるが、この敵に対してはまだ一度も試していない。
「やってみる!!」
サラは一気に間合いを詰める。
巨熊は抵抗の一撃に右腕を振るう。
しかし、サラはしゃがんでそれを回避。
懐に入るやな否や左わき腹に一閃。
すぐにバックジャンプ。
サラの目の先を、巨熊の左腕がブウンと音を立てて横切る。
今度はサラの髪、数センチが持っていかれた。
「あぶなっ」
「ご主人うかつニャ」
「いけそうかも」
「へ?」
「ジンベイ、攻撃しなくていいから動いてかく乱してくれる?」
「わかった… …ニャ?あぶな… …いニャ!!」
右、左と腕を振り回しながら、今度はジンベイに襲い掛かってくる。
ジンベイは言いつけどおり回避に専念した。
周りをうろちょろしているジンベイに巨熊は完全に頭にきていた。
視野が狭くなりサラの事は忘れている。
そこに左わき腹へもう一撃。
巨熊は苦痛にあえぎ苦悶の表情を浮かべた。
隙だらけだ。
「ジンベイ!右足に思いっきりぶちかまして!」
「分かったニャ!思いっきりぶちかますニャ。せーの」
どん!
巨体の重心をほとんど右足に移していた巨熊はジンベイの一撃で地面を舐めた。
巨熊の足は限界に来ていたのだ。
左手、両足、右目をやられた巨熊は痛みでもがいている。
サラは背中に飛び乗ると、首筋を滅多切りにした。
何度も、何度も。
「これでラストォォォ」
とどめに双剣を思いっきり付き立てた。
青熊獣アオアシラの断末魔が森中に響き渡る。
「終わったね」
「ご主人… …ベストが真っ赤ニャ」
「ほんとだ。ん?この血こいつの血じゃないや。私の血だ」
サラの傷口が開き全身が真っ赤になっていた。
大量のアドレナリンで痛みは感じない。
でも、もう終わった。
生き残れた。
サラは人生で初めて幸せを感じていた。
同時に「先生にまた怒鳴られるんだろうなあ」と少し、しょんぼりもした。