ユクモ村ハンター ジル・ローレンツの場合 作:繊細なゆりの花
ジルは実戦訓練中の2ヶ月間、毎日自分の体を苛め抜いた。
村長からの擬似依頼は、毎日規則正しい時間に行われる。
その為、それ以外の、つまり夜明け前の時間と、夕方から夜にかけては一応自由になる。
夜明け前の走りこみ、その訓練方法は実に個性的だった。
夜の虫たちがまだ鳴いている、夜明け前には程遠い時間。
起床時夜目に慣れる為、あえて灯をつけない。
父親が買ってくれた村で一番重い、鉄で出来た防具、チェーン一式をつける。
父親を起こさないよう、そっと家を出たいジルだが、装備がガチャガチャと鳴る為、いつもコンラートはその音で起きる。
ジルはその度に謝るが、コンラートは全く気にしていない。
むしろ、ありがたかった。
彼は彼で仕事上すべき事があるからだ。
村が見渡せる丘にはサラ・ローレンツが眠っている。
ジルは12歳の時からほぼ決まった時間にそこへ行き、日々の感謝と前日の出来事を報告する。
父親に言えない悩みや、些細な相談を打ち明けたりもした。
返事は返ってこないが、聞いてくれるだけでその日を頑張れた。
訓練中は時間節約の為、体を動かしながらこの丘を登ってくる。
「お母さん、いつも見守ってくれてありがとね。また明日来るね」
毎日決まった終わりの言葉。
よいしょと立ち上がると気持ちを切り替えた。
全力で木や岩に向かって進み、ぶつかる直前で回避動作を右、左。
また次の障害物へ。
それを一時間半休み無しで続ける。
その後、来た道をゆっくり下り、今度は全長500メートルの坂を全力で駆け上がる。
だが、手を抜くわけにはいかない。
それをまた一時間半、終わる頃には陽が昇り、鍛冶屋やオトモ武具屋、ハンター専門の道具屋が店開きする。
「お父さんただいまー」
「ジル、おかえり。はい、昼のお弁当とタオル」
「ありがと」
言いながらジルはチェーン装備をガチャガチャと外している。
服も平気で脱いでいく。
コンラートは深いため息をつき、ジルの方を向かずに話しかけた。
「お前なぁ。上の自分の部屋で着替えろよ。毎回、毎回恥じらいってもんが無いのか。恥じらいってもんが」
「いいじゃん。誰もいないんだし」
タオルで体を拭きながらジルは口を尖らせた。
「私が気にするんだよ」
「ご主人もここまで酷く無かったニャ。ジル坊はズボラ過ぎニャ」
「毎日、毎日うるさい!時間が無いんだからしょうがないでしょ!」
「お前、まさかノヴィス君の前でもそんな事するのか?」
「するわけないでしょ?お父さんこれ片付けておいてね。ジンベイ行くよ」
矢継ぎ早に言うとジルはあわただしく家を出て行った。
任務開始ぎりぎりの時間だ。
『なーにが「片付けておいてね」だ。それだけじゃなく毎回洗っているのだって気づいてないくせに… …私だって暇じゃないんだぞ。まったく』
ぶつくさ文句を垂れながらも娘に甘々なコンラート。
因みにジルたちが居た部屋は台所兼、玄関。
壁一枚隣の建物が診療所になっている。
二階はすべて居住スペースだ。
時は少し遡ってある日の昼時。
ふんふんふ~ん♪
ジルは鼻歌を歌いながらコンラートの作ってくれた弁当箱を開ける。
今日のお昼ご飯はマグロのステーキとタチウオの塩焼き、ユクモ温泉卵2個。
対してノヴィスは先日狩ったケルビの干し肉だ。
「ジル、鼻歌なんか歌っちゃ駄目だよ。ここは比較的安全だけど、匂いの出る食べ物まで持ってきて… …村長に言われなかったのかい?」
「ごめんなさい… …」
ジルは別に浮かれていたわけではない。今日が実戦訓練初日。
母親と同じ職に就けた実感がふつふつと沸いて抑えられなかった。
それともう一つ。
ハンターは長期に渡って野外で生活するので基本食事は一日一回。
他にもいろいろあるが一回だ。
ジルはこの瞬間が一日のうちで一番嬉しい時間だったが、言い訳はしなかった。
先ほどの言葉を訂正する。
ジルは、確実に浮かれていた。
2人は食後に温泉水を飲むと、森のさらに奥へ入った。
渓流。
ここは大型のモンスターが出る可能性があるエリアだ。
ノヴィスは目がいい。
上空に雄火竜の姿を確認した。
雄火竜リオレウス
別名「空の王者」
体長15m~20m
広大な縄張りを持ち、凍土以外の全世界に分布している。
体内に火炎袋と呼ばれる器官を持ち、可燃性の内容物を核にして火球、ブレスを吐く。
延焼性はないが、高威力で殺傷力のある炎はあらゆるものを瞬時に炭化させる。
鉤爪には毒が仕込んであり、獲物を容易に死に至らしめる。
「この地形ならいいかもな。2人とも木陰に隠れてて」
「え?」
ノヴィスは矢じりに、小指程度の爆薬をつけた矢の導火線に火をつけ、つがうと上空の火竜目がけて思い切り放った。
霊弓ユクモ〔破軍〕から放たれた矢は“キュイン”と高い音を立てて上空へ上がった。
当然矢は届かない。
しかし、上空到達時の小爆発により、火竜の注意を引いた。
火竜は飛行を止め、その場でホバリングし地上を注視。
ノヴィスは木陰に隠れながら、今度はより強く弓を引き絞り、火竜の翼膜に狙いをつけて放つ。
矢はほぼ直線軌道で火竜の翼を貫き、落下した。
グギャアアァァァァ
火竜の叫びが森全体に響きわたる。
「ジル、行くぞ。耳栓つけて」
ノヴィスは言うや否や火竜が落下した場所まで走りだした。
ジルは脳が理解しながらも体がちぐはぐだ。
慌ててノヴィスの後を追う。
火竜は直下の木を、バキバキとへし折りながら森に接地し、もがいていた。
ゴアアアァァァァァ!!!
リオレウスは接近する人間の匂いを嗅ぎとると、腹や脳に直接響くような咆哮を浴びせてきた。
しかし、2人には効果が無い。
「火球に注意し、木を盾にしながら接近するんだ。」
火竜はまだ飛べる。
だから二度と飛ばせない為に、ノヴィスはジルが接近する前に2射矢を翼に放った。
そして、ジルが近接戦闘を行う直前、敵上空に放たれた通常矢より太い特殊矢から鋭利な矢先の付いた細矢が何本も火竜に降り注いだ。
曲射放散
この攻撃で、火竜はしばらくの間飛ぶことが出来ない。
リオレウスはあがいた。
生まれて初めて生命の危機を感じた彼は、体内の燃焼核を口から吐けるだけ吐いた。
広範囲爆炎〔ワイドレンジ・バーニングブレス〕
リオレウスは自分の口が、焦げ始めたのも構わず、辺りに炎をばら撒いた。
殺傷力の高いこの爆炎は森の木々を焦がし、倒し、爆散させた。
しかし、それも終わりを告げようとしている。
彼は死を悟った。
首周りや、足元にまとわり付いているこの小さな人間のせいで。
胴体や首からはおびただしい血が流れ、意識が朦朧としてきた。
リオレウスが最後に見たのは、彼の額に狙いを絞っている人間だった。
「ふう。終わったね。ノヴィス、ちょっと焦げちゃったね」
「うん。あんなにブレスを連発してくると思わなかったよ」
「リオレウスって結構思ったより大きかった。まあそのおかげで下にもぐり込めたけどさ」
「ジルにとって、これが初めての実戦だったけど、何か気づいた事ある?」
「うん。ノヴィスが最初に翼を壊した事、落とした先が木の密集地帯だった事、そのおかげで火竜は火球が殆ど効果が無かったし、突進も出来なかった。だから広範囲ブレスしかなくて、こちらも動きが読みやすくなった。これで相手が平地にいて、無傷だったらって思うと怖いよね」
「初日でそこまで観察できるなんて凄いや」
ノヴィスの口から出た言葉は純粋な感嘆だった。
「そう。僕が教官から教えられたのは常に、状況や地形を利用しろって言われた。それを理解して実行できるようになるのにずいぶん時間がかかったよ… …生まれ持った才能か… …」
「そんなんじゃないよ。偶然だよ」
「ううん。ちょっとうらやましいなあ… …今日は荷車が無いから必要素材と火竜の紅玉… …」
「ジル坊、火竜の紅玉ゲットニャ」
「主人もそのアイルーも凄いや」
ノヴィスの言葉を聞いたジルとジンベイは、お互いの顔を見合わせ笑った。
ノヴィスに褒められて嬉しかったから。
体力の限界まで使ったことがある人は分かると思うが、1度腰を下ろして休んでしまうと、その後動く気がなくなってしまう。
ジルも例外ではなく、村に到着すると、体が動けるうちに、対人訓練を始めた。
それは、陽が暮れて教官が訓練場の鍵を閉めるまで続けた。
全ては夢のために。
その後ジルは自宅で泥のように眠った。