ユクモ村ハンター ジル・ローレンツの場合 作:繊細なゆりの花
このユクモ村でハンター・ノヴィスの名前を知らぬ者はいない。
現在、彼は村一番の弓の名手であり、その優しい性格から皆に慕われている。
しかしノヴィスは当初、半ば嫌々ながら仕事をしていた。
ハンターになった理由は父親に連れられて、肺をわずらい寝たきりの母親を入院させるという交換条件で。
そんなノヴィスの心をシーラ・ステルヴィアや、訓練所の教官は看破していた。
天暦102年 ノヴィスがハンターになりたての頃のお話
ユクモ村訓練場
地面にまっすぐ立てたT字の棒にロープから小さい丸太を垂らした錬具がある。
動く的を射る訓練だ。
森に入らなくても腕を磨ける為、教官はノヴィスをここでかなりの頻度で訓練させていた。
そんなノヴィスはいつも心ここに在らず。
真面目で言う事は聞くが、気持ちが身に入っていない。
だから教官はノヴィスを森に連れて行くことが出来なかった。
獲物を仕留める技術はあるが、この呈ではいつか死ぬ。
というか、すぐ死んでしまう。
ノヴィスに見かねた教官が尋ねた。
「お前なあ。そんなにこの仕事が嫌か?訓練も仕事のうちだぞ?それとも我輩が嫌いなのか?」
それを聞いたノヴィスは一瞬呆けた。
何も考えず、ただ言われたとおりに訓練をしていたのに、怒られる理由が全く分からなかったのだ。
「???いえ。教官の教えは聞いていますし、出来るだけ実行します。」
「それだよ。考えを改めなければ駄目だ。」
「どういうことですか?」
「ハンターはな、皆、目的を持って仕事をしている。金、女、趣味、生活等だ。お前にはそのどれもが当てはまらない。お前は何故ハンターになりたいのだ?」
「… …特に無いです。父に連れてこられただけだから」
「だから嫌か?」
ノヴィスに決定的に足りないものは覚悟だった。
父親から奴隷のような扱いを受けて自主性が完全に無かった。
教官はそれを危惧していた。
「ノヴィス、お前の母親は今、寝たきりだが、あの先生の所にいれば必ず良くなる。ハンターの仕事を続けていれば家だって買える。村の為にやれと言っているわけではない。母親が安心できる男になれ。その為に我輩は厳しくするぞ」
「母さんの為にハンター… …僕の父はもう死んだものとして考えています。教官、ありがとうございました。僕がんばります」
(だから、言われて気づくようだと駄目なんだよ。まあ、言わないと死ぬだけだしな。抑圧されていた代償か… …)
教官は心の中で大きなため息をついていたが、ノヴィスにとって母親は幼い頃から心の支えだった。
父親に出来損ないだの、役立たずだの毎日罵られて泣いていた時も、母は優しく慰めてくれた。
その母が父に殴られた時、自分は何も出来なかった。
だから教官に返事をした時、決意したのだ。
強くなろうと。
しかし、教官の読みは当たっていた。
一度内側に向いたエネルギーは、そう簡単に外側へは出て行かない。
それを克服するのにノヴィスはこの日から10年以上かかってしまった。
「ところでお前の“ゆがけ”な、ぼろぼろだから取り替えたらどうだ?」
「これは母に昔作ってもらったのですが、新しいのを買うお金がまだ無くて… …」
「そうだと思って加工屋のゲンさんに頼んでおいた。後で取りに行け」
「いや、だからお金が… …」
「任務が始まったら少しずつ返していけばいい。それとアイルーが必要だ。ゆがけを着けると片手が塞がるから道具が使えなくなる」
ユクモ村の訓練場には道場があり、そこでは新米ハンターやアイルー達が日々鍛錬している。
教官はノヴィスに、2匹のアイルーを紹介した。
「よろしくニャ。分からない事があったらどんどん聞くニャよ?」
ノヴィスは一瞬めまいがした。
何故こいつはこんなに偉そうなんだ?と。
このクムと名乗るアイルーはまだ何かしゃべり続けている。
「戦闘経験は大いにあるニャ。ついこの間も大砂漠まで我輩呼ばれたニャ」
「クム、いい加減にしろ。お前の自慢話を聞く為に顔を合わせたわけじゃない」
「教官、このアイルーってもしかして… …」
「そうだ、我輩のオトモアイルーだ。現役を退いてからも遠出をすることはある。だが、今はお前のアイルーだ。ちゃんと信頼関係を築けよ?」
(やだなあ… …)
「は、はい。よろしく。クム」
「さて、もう一匹なんだが… …」
クムより体が一回り小さく、クムの後ろに隠れるように立っていたこのアイルー。
名前をラックと言った。
教官の説明では、手先が器用で、物つくりが得意な上に家事をそつなくこなすという。
一見完璧に見えるが、ラックには致命的な弱点がある。
それは戦闘を全く行えない事だった。
本人は頑として語らないが、過去に何かしらあったらしい。
この欠点のせいで村々を渡り歩き、ユクモ村まで流れ着いた。
戦闘とは自らの身を守る術も入る。
それすら出来ないなら、王都の鐘つきアイルーのように低賃金で使い捨てられるか、野良アイルー(メラルー)になる者が多い。
王都の一部の金持ちを除き、人々にそんな金銭の余裕は無いのだ。
因みに王都の金持ちに雇われているアイルーは、ラックより遥かに家事スキルは上である事を明記する。
教官は、加工屋や鍛冶屋にこのラックを放り込もうと考えていたが止めた。
当の本人は一人で何かを黙々と作る事に長けている。
ならば、それが戦闘サポートとして役立つと考えたのだ。
教官の強い押しにこのときのノヴィスは断れなかったし、理解できなかった。
「アイルーの賃金ってどれくらいなのですか?」
「それはお前が決めろ。一家の大黒柱だろ?自分で判断するんだな。これからは全て」
「わかりました… …クム、ラック、母さんに会わせたいんだ。一緒に来てくれる?」
(根が優しすぎるんだよ。ノヴィス… …クムに鍛えてもらえ)
現在ノヴィスの母親は、コンラート医師の診療所に入院している。
彼女はノヴィスが幼い頃から肺を患っていた。
しかし、家計を支える為に週六日、髪結いの商いを村で行っていた。
その無理が病の悪化を招く。
ノヴィスが13の時、ついに仕事が出来なくなった。
村長からの薬で難は逃れているが、体力が落ちる一方の自分の妻を、ノヴィスの父親はまるで要らない物を見るような目つきで見ていた。
このままでは捨てられる。
ノヴィスは本能的にそう思い、自ら進んで父親の狩りの手伝いをするようになった。
以前から父親の仕事に携わっていたが、さらに積極性が増す。
捨てられたくないから。
そんなノヴィスを見てくれる人は母親だけだった。
ハンターになった時、一番心の底から喜んでくれたのも母親だった。
ノヴィスがマザーコンプレックスを抱くのは必然といえる。
だから教官は、自分のアイルーをノヴィスに付けた。
Sっ気があって、口が悪く、優秀なクムを。
「母さん、来たよ。調子はどう?」
「あら、ノヴィス、今日はお仕事はもういいの?」
「ううん。これから森に入るんだ。母さんに僕のオトモを紹介したくて」
「まあ。そうなの?体はね、先生のおかげですっかりいいわ。漢方薬ってこのお薬が良く効くもの。再来週には歩く練習が出来るらしいわ」
漢方薬の他にもコンラートが処方している薬には栄養剤G(栄養剤&ハチミツ)、古より伝わる秘薬〔活力剤(増強剤&マンドラゴラ)&ケルビの角〕があったが、この時彼は黙っていた。
今のノヴィスには到底払える金額ではなかったから。
勿論コンラートは請求するつもりは無い。
「それは良かった。本当に… …」
ノヴィスは泣きながら母親の話を聞いていた。
(ノヴィスはマジでハンターに向いてないニャ。ご主人は何故こんニャ奴を… …)
「母さん、紹介するよ。こっちの体が大きくて逞しいのがクム。少し小さいのがラック。2匹とも僕のアイルーなんだ」
「よろしくニャ。ノヴィスの母ちゃん… …じゃニャかった。ご主人(ノヴィス)の大奥様」
クムは努めて丁寧な物言いを心がけたが、ノヴィスの母親には筒抜けだったようだ。
「面白いアイルーね。母ちゃんでいいわ。そっちのほうが仲良くなれるし。ノヴィスと一緒に居ると言うことは、私達は家族みたいなものだもの。ラックさんもノヴィスをお願いしますね」
「そんニャ… …ボクは…」
ラックの頭をさわさわしていたノヴィスの母親は、急に苦悶の表情を浮かべると、激しく咳き込んだ。
ごほっつごほっごほ
「… …ノヴィス、ごめんね。母さん横になるね」
近くに居たコンラートが駆け寄る。
「ノヴィス君、今日はもう無理だ。また明日来なさい」
ノヴィスは苦しんでいる母親の顔を見ながら考えていた。
再度、ハンターになる決意だ。
アイルーも揃った。
後、ノヴィスに足りないのは実戦だけだった。
そんなある日、教官はとある情報を仕入れてから、彼を現地へ向かわせた。
名目は、母親の薬材を取りに行かせる為。
ノヴィスに対し、アレが出る事を教官は秘匿した。
渓流中流域。
ここにはかつて集落が存在していたが、現在は全ての家屋が空き家になっていて、無人の地だ。
近頃この場に居つく“動く山”の報告が上がっていた。
尾槌竜(びついりゅう)ドボルベルク
体長18m~26m
背中に大きなコブが2つあるのが特徴。
ハンマーのような尾が付いていて、木を倒し、それを食べながら進む。
草食で温厚。
しかしこの固体は縄張り争いに負けたのか、付近の家に当り散らしている。
その音で、ノヴィスは遠くから存在を知ることが出来た。
高台に上り、双眼鏡を覗き込む。
こちらの戦力は実戦経験ゼロの新米ハンターと、猫2匹。
逃げる選択肢もあったが、ノヴィスもクムもそれはしなかった。
ノヴィスは家を建てる目標と母親の入院費、そして自分でも気づいている軟弱な精神の打破。
クムは勝てる自身があった。
ラックも泣き顔を見せていたが、付いて来てくれるようだ。
その証拠に
「ご主人サマ、丸鳥の羽根をたくさん取って来て欲しいニャ。ボクはその間木の枝を切るニャ」
「ニャるほど!なら、我輩が丸鳥を殺るニャ」
「???丸鳥なら僕がやるよ」
「ノヴィスは馬鹿ニャ。指揮官が構えて無くてどうするニャ」
「わ、わかった。でも丸鳥なんかどうするんだい?」
(こいつ、マジでやばいニャ)
「ラックは鳥の羽根で矢を作ろうとしてるのニャ。20本だけじゃ足りないニャ」
「じゃあお願いしようかな」
「我輩達に指示する時はお願いじゃなくて命令ニャ。生ちょろい事やってると死ぬニャ!」
クムはノヴィスに対し、真剣に怒った。
馴れ合いでハンターは出来ないからだ。
(まるで教官みたいだ)
ノヴィスは再度双眼鏡を覗く。
目標は動いてはいないが、眠ってもいなかった。
ドボルベルクは昼行性だ。
夜まで待つ必要がある。
その巨体に似合わず、寝る時は体を横にする。
像のように足を折り曲げしゃがむのではない。
その時がチャンスだ。
ノヴィスはクムの忠告?を生真面目に実行していた。
片時も目を離さず、サーベイランス(監視)に徹していた。
言われた事しか出来ない。
言い換えると言われた事は出来るという意味である。
「ノヴィス、奴は眠りに入ったニャ。こっちへ来て打ち合わせニャ」
「うん。矢はどんな感じ?」
「25本は出来たニャ。戦闘中もラックが作り続けて、ここを補給線にするニャ」
「それで、作戦って?」
クムは大きくため息をついた。
「それを考えるのもノヴィスの仕事ニャ。駄目な所は我輩が逐一訂正してやるニャ」
「わかった。クムはこの中で戦闘経験が一番多い。ドボルの正面に回ってくれ。僕は弱点のコブをひたすら狙う。曲射放散なら壊せるはずだ」
「ふーん。我輩が正面に回るのは何故ニャ?」
クムはドボルベルクの攻略法を知っていたが敢えてすっとぼけた。
「ドボルの角は一対で脳に直結している。それを壊せば勝つ確立はぐんと上がるから」
「我輩のニャンテツケンなら出来ると考えたニャね」
クムは、ノヴィスを少し感心した。
ハンターに対し売られている、モンスターの習性や弱点が記載されている書がある。
ドボルベルクが今日この場にいる情報は与えられていない。
だとすれば、おそらくだが、ノヴィスはモンスターの情報を網羅していることになる。
「でもそんニャ上手くいくかニャ?当たったら即死ニャよ?」
「分かってる。地形を利用しながらドボルのリーチ外から攻撃するつもりだよ」
クムはこれならいけると思った。
1人と2匹はそれぞれ持ち場につく。
満月が綺麗な夜。
流れ星が絶え間なく走っている。
いびきをかいて寝ているドボルベルクは、起きる気配が無い。
夜の森は、虫たちのオーケストラがそこらじゅうで開催されている。
ノヴィスはその声を聞きながら呼吸を整えると、霊弓ユクモの弦を目一杯引き、クムと目配せした。
クムが刀を抜き頷く。
ノヴィスがドボルベルクのコブ目がけて矢を放った、
その矢が到達する前に、クムはニャンテツケンを角の同じ箇所に2回打ちつけた。
それでもニャンテツケンは刃こぼれ一つ無い。
さすが峰山龍の堅殻より作り出した業物である。
背と頭の同時攻撃。
2人とも手を休めない。
パアァァウ
その巨体からは似つかわしくない可愛い叫びを上げ、ドボルベルクは激痛で飛び起きた。
間髪いれず曲射放散。
夜空に上がった矢は、ドボルベルクの上空で細かい矢に分れ、降り注ぐ。
コブ内部の栄養貯蔵が剥き出しになったところへまた数射。
ドボルベルクは頭を振り、目の前のクムを退けるとノヴィス1人を標的にした。
大人2.5人分もある尾の先端を執拗に打ち付けてくる。
ノヴィスは応戦しながら必死に避けるが、縦、横とその暴力的なまでに振り回される尾が、地面に叩きつけられる度に轟音、地響き、そして小さなクレーターが出来た。
矢をつがう暇など無くなってきた。
ノヴィスはここでやってはいけない過ちを犯す。
恐怖のあまり敵に背を向け走ってしまった。
頭上から粉砕された木々がバラバラと落ちてくる。
どこをどう走ったのか分からなくなった。
無茶苦茶に走った為、上手く呼吸が出来ない。
いつの間にか音が止んでいた。
ノヴィスはドボルベルクを見る。
“尾槌竜の大回転”
初めて見るハンターは情報として知ってはいても、その光景に誰もがポカンと口を開ける。
そして、そのまま多くが押しつぶされる。
尾を遠心力で回す、ドボルベルクが強敵と判断した時だけ使う最終奥義だ。
その回転を利用しジャンプ。
そのまま目標へ落下する。
質量そのものを攻撃とし、あらゆる生き物を押しつぶす。
クムは手が出せないでいた。
(ご主人は必ずどこかで見ていてくれているニャ。ノヴィスの足がすくんでいるニャらその時必ず助けてくれるニャ。問題はドボルが飛び上がった時、ノヴィスが動けるかどうかニャね)
(母さん… …)
ノヴィスの頭に母親の顔が浮かんだ。
ドボルベルクの体が宙に舞う。
唾を無理やり飲み込み呼吸を正すと、奥歯をかみ締め走った。
後方へ落下したのを確認すると、矢をひたすら放った。
(走った時に何本か落としたのか?少なすぎる… …そうだ!ラック!)
ノヴィスは急いでラックの元に向かう。
「あ、ご主人サマ。… …ごめんなさいニャ。10本しか出来てないニャ」
「大丈夫だよ。足りるさ。ありがとう」
ノヴィスはラックの頭を撫でた。
「なあ、ラック、罠を張って欲しいんだ。今クムが足止めをしている。やってくれ」
「… …分かりましたニャ」
急ぎクムの元へ向かうと、ドボルベルクはまだ地面に埋まっていた。
クムはドボルベルクの角を叩き折っていたようだ。
だいぶ弱っていた。
落とし穴をラックが設置。
キリキリと半自動のボーリングマシンが地面に食い込んでいき、穴を形成していく。
ノヴィスが残矢を全て叩き込む。
クムが捕獲玉(麻酔)を投げる。
これだけ弱っていれば、麻酔は半日以上持つだろう。
後は村に運ぶだけだ。
長い戦闘が終わった。
(初戦闘でドボルを狩れるなんて運がいいニャ… …運だけじゃないニャね。ノヴィスの実力ニャ)
「ノヴィス… …いや、ご主人様、お疲れ様ニャ。凄いニャね。見直したニャ」
クムは本心を口に出した。
ノヴィスは母親への土産としてドボルベルクのコブの中にある珍味を採っていた。
「あはは。これからもノヴィスでいいよ。教官と紛らわしくなるだろ?」
「ニャハハ。それもそうニャね。それにしても大金星ニャ」
「うん。まさかって感じだね。でも絶対引かないって決めてたから」
「ボクニャんにも出来なくてごめんなさいニャ」
「そんニャことないニャ。ラックはラックですべき事を全てやったニャ」
「クム… …僕が言いたかったのに… …」
「ごめんニャw」
村長宅の母屋に寝泊りしていたノヴィスは、正式にハンターになった時、借金をして小さいながらも家を建てた。
彼の夢は、お金を貯めて母親の為に大きな家を買うことだ。
診療所の娘ジル・ローレンツのように、自分にも本当にやりたいことが見つかるのか疑問だったが今日なんとなく分かった気がした。
教官はそんなノヴィスの戦闘後の楽しそうな顔を見て安堵した。
これを切り抜けられれば大丈夫だろう… …と。
この日を境に教官は自分の持てる全てを教える事にした。