ユクモ村ハンター ジル・ローレンツの場合 作:繊細なゆりの花
天暦117年
この頃になると、ジルはハンターとしての貫禄がにじみ出ていた。
暦も既に5年。
村は平和だし、そろそろ店を出して腰を落ち着かせようかなあと考え始めた矢先、緊急の伝令通達が来た。
ユクモ村よりはるか北の凍土の入り口に村がある。
「凍土で一番早く春が来る村」(以降は早春村と記載)この長ったらしい名前は、かつてこの村がフリズ村だった時、村の名前くらいは温かみが欲しいと村人から声が上がり、村民のアンケート投票数が一番多かったこの名に決定した。
この早春村よりさらに北の氷に閉ざされた大地を人々は極圏と呼ぶ。
極圏は一年中オーロラを見ることが出来る為、毎年世界中から研究家たちが観測に訪れる。
大勢の護衛を連れて。
崩竜ウカムルバス
白き神と呼ばれるモンスター
今回この情報を持ってきた古龍観測隊員、シモンスキー・コンスキーの話によると本来、極圏から出ないはずのウカムルバスが人里に向かって突き進んで来たと言う。
その緊急事態に立ち向かったのが、早春村の英雄アレクサンドル。
“疾風の雷槍”の異名を持つ彼は、村の北のU字谷でウカムルバスを討伐した。
「凄い!1人で討ち倒したなんて。あの伝説の… …」
「僕は無理だ… …腰を抜かすかも知れない」
「全員でかかっても我輩たちには絶対無理ニャね」
ジルたちは口々にアレクサンドルの偉業に感嘆を述べたが、真相は違う。
ウカムルバスの接近を知ったアレクサンドルは、村中の男たちをかき集め、U字谷に大きな落とし穴を掘った。
時間が無かったので細工は出来なかったが、出来るだけ深く掘った。
そして、時間ぎりぎりに完成。
落とし穴にハマったウカムルバスを全員でたこ殴りにした。
この話は、村人がアレクサンドルを思って捏造したものだ。
しかし事実はどうあれアレクサンドル、腕も立つが頭も切れる。
ユクモ村村長シーラ・ステルヴィアと性質がよく似ていた。
では何が問題なのか?
崩竜ウカムルバスが極圏から這い出て凍土を騒がせた事により、縄張りを持っていたモンスターがあふれ出た。
そこで、各村々へ増援要請が発令された。
現在早春村へ増援のハンターは、ユクモ村北東約32里に位置するガザ森林公園内のコルト村所属ハリス・キングラーとカミーユが防衛に当たっている。
ジル達は2人の交代要員として行くことになる。
シモンスキーは飛行船で来た。
ならばジル達も飛行船で早春村へ行けるかというと、物事そう簡単ではない。
飛行船は水素で動いている。
その水素を発生させる為に、金属を塩酸で溶かす方法を用いている。
だから今すぐには、長距離移動用の水素を得られない。
替えの飛行船はユクモ村北東15里の観測定置点にあるが、物資の総重量が大きい為、飛行船は飛べない。
ハンターと物資を別けて移動する事も出来るが、現地に着いてから不備が出る為安全ではない。
船でハンターと援助物資を一緒に運ぶ方法が一番安全なのだ。
「勝手に話が進んでいるけど私達了承していないですよ?」
シモンスキーの説明に口を挟んだのはジルだった。
「決定事項っす。早春、ユクモ両ギルド長の許可は得ているっす」
「断ったら?」
「ハンター資格永久剥奪っすね。GC(ギルドカード)の再発行は無いっす」
「それもいいニャね」
ボソッとジンベイが呟く。
ジルを想いついつい口が滑った。
「良くない」
しかし、そうするとノヴィスチームだけが行くことになる。
ジルにそれはできない。
シモンスキーも淡々と答えているが、意地悪で言っているわけではない。
戦闘に入れば、古龍観測隊はハンターの指揮下に入る。
テキトーな奴に命を預けたくないのだ。
シーラ・ステルヴィアが確認に入る。
「シモンスキーさんでしたわね。食料品で今すぐご用意できるのは、貯蔵庫の乾燥品と漁港の魚介類ですわ。あと要る物は?」
「助かるッす。バリスタが何台か壊れたので部品が欲しいっす」
「私達の村にバリスタは1台しか御座いませんわ。全部バラしてお持ち下さいな」
「ステルヴィア村長、助かるッす」
「いえいえ、アレクサンドル様によろしくどうぞ」
「はい。伝えるッす。戦闘用道具は村に備蓄があるッす。異論が無ければ準備出来次第出発したいっす。寒冷地用の服は船内で」
それぞれ自宅に帰り、荷物を持てるだけ持って装備を整える。
「ジル、寒い所に行くならこれを持っていきなさい」
「これは?」
「飲むと体が温かくなる飲み物だよ。暑いところに行く時はまた別のをあげるから」
「さすがお父さん!ありがと。行って来るね」
「ジル」
「ん?」
「無理だけはするな」
「分かってる。行ってきまーす」
ガーグァ4頭、荷車4台。
御者にシモンスキー、ジンベイ、ラック、クムが付きユクモ村南の漁港を目指して、急ぎ出発した。